気ままな旅

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味わい深い歴史のある住吉大社

2009-05-06 09:55:12 | 気ままな旅
 前回は住吉公園について紹介さしていただきましたが、今回は住吉大社について写真を添えながら、紹介さしていただきたいと思います。
 
 住吉大社は、古くは摂津の国(現大阪府北西部と兵庫県南東部)の中でも、信仰が篤い神社として人々に親しまれ、全国2300社余の住吉神社の総本宮である。
 日本書紀や古事記の神代の巻では次のような言い伝えがある。
 「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、火神の出産で亡くなられた妻・伊邪那美命(いざなみのみこと)を追い求め、黄泉の国(死者の世界)に行きますが、妻を連れて戻ることが出来ず、逆に汚れを受けます。
 その汚れを清める為に、海に入って禊祓いをしている時に、住吉大神である底筒男命(そこつつのをのみこと)、中筒男命(なかつつのをのみこと)、表筒男命(うはつつのをのみこと)が生まれた」  と伝えられ御祭神に祀られている。

 また、第十四代仲哀(ちゅうあい)天皇の妻である神功(じんぐう)皇后が新羅(しらぎ=朝鮮半島)に出兵する際に、住吉大神の力をいただいたことがきっかけとなっている。
 当時の世相から新羅遠征により、大いに国の安定を築くことが出来た、住吉大神のお告げによって、この住吉の地に、西暦211年に鎮座したと伝えられている。
 実際の年代では干支ニ運(120年)繰り下げて5世紀初頭と推測されるが、大和朝廷の玄関口に当たる難波(なにわ)に鎮座して、遣唐使をはじめ大陸への安全な渡航を守り、奈良時代以前からの外交や貿易、あらゆる産業を守護する神として称えられていた。

  住吉大社の御祭神は、海の神である下記の住吉三神と神功皇后を祀る、住吉大神 と総称されている。
            第一本宮    底筒男命(そこつつのをのみこと)
            第二本宮    中筒男命(なかつつのをのみこと)
            第三本宮    表筒男命(うはつつのをのみこと)
            第四本宮    神功皇后(じんぐうこうごう)   である。

 日本の三大住吉は 大阪の住吉大社、下関の住吉神社、博多の住吉神社とされる。    

         
                 住吉大社正門と鳥居 

           
          正門入口左の巨大な石燈篭  住吉大社正面入口に建つ石碑

                   
公園の潮掛道の参道から真っ直ぐにのび、正門の鳥居をぬけると太鼓橋があり、本殿拝殿へ通じている。

           
      北の乾参道入口にある時計塔  電車通り沿いにある海上守護祈願で寄進された燈篭

 住吉大社は昔から海上の無事を祈る神様として、万葉集や住吉神社神代記に歌が残っている。
 奈良時代の遣唐使派遣の際には、必ず海上の無事を祈願している。
 このように海上安全の守護神としての信仰は広がり、海上輸送がさかんになった江戸時代には、運送船業の関係者により、約600基の石燈篭が奉納されている。

           
         四角石の鳥居と反橋(太鼓橋)  反橋(太鼓橋)を渡る親子

 この橋を渡るのは、神様に近づくのに罪や穢(けが)れを祓い清める為といわれ、反っているのは、地上の人の国と天上の神の国とをつなぐ掛け橋として、虹にたとえられて造られた。

           
住吉の象徴といわれる太鼓橋、川端康成の小説「反橋」でも有名 「上るよりも下りる方がこわいものです」 と述べている。

          
           水に映える太鼓橋 昔はこの近くまで波が打ち寄せていた

          
   水面に逆さに映る太鼓橋、夜は21時までライトアップ 関西夜景100選にも選ばれている

          
              北方向から 満開のツツジと太鼓橋方面を見る

          
        四角柱の大変珍しい住吉鳥居、本殿拝殿と参道の間に建っている

 太鼓橋を渡り、住吉鳥居をぬけて門をくぐると、そこは本殿の境内である。
 本殿は全て国宝に指定されている。
 第一本宮から第三本宮までが縦並びに配置され、第四本宮は第三本宮の横並びに配置される、全国的にも大珍しい、住吉大社だけの建築配置になっている。
 この配置様式は、あたかも大海原をゆく船団のように建ち並び、「三社の縦に進むは魚鱗の備え 一社のひらくは鶴翼の構えあり よって八陣の法をあらわす」 とも言い伝えられている。

 ※ 八陣の法=中国の三国志で有名な諸葛孔明が考えたとされる戦法で八掛の法ともいわれる。
    衡軛(こうやく))、鶴翼(かくやく)、魚鱗、横陣(おうじん)などがあるが、日本の戦国時代には、鶴翼の陣と魚鱗の陣が一般的であった。

 ※ 魚鱗(ぎょりん)=八陣の法のひとつで、さかなのうろこように並べ、中央部を敵に最も近く進出させた陣形。
 ※ 鶴翼(かくよく)=八陣の法のひとつで、鶴が羽を広げた形の陣形。

           
               門から見る第三本宮(手前)と第四本宮 

 現在ある本殿は1810年(文化7年=江戸時代)に造られた。
 本殿は第一本宮から第四本宮にいたる四棟からからなっており、神社建築史上最古の様式の一つで、国宝建築物に指定されている。
 いずれの建物も造りと大きさは同じである。 

          
                 第三本宮拝殿でお祈りをする人 

 構造は住吉造りである。
 内部は前後2室に分かれており、回廊がないのも特徴の一つである。
 色彩は丹と白と黒を中心に彩られている。
 黄金の金具により、さらに鮮やかな色彩美を作り出している。

          
    第四本宮拝殿 朱色と黄金を使った金具が格調豊かなイメージを作り出している。
        
          
            第三本宮の桧皮葺(ひわだぶき)の屋根 

 本宮の建築様式は「住吉造り」と呼ばれている。
 日本の古代建築をよく遺したものに、伊勢神宮の「唯一神明造」、出雲大社の「大社造」があり、住吉造りはそれに告ぐ古風を伝えるものである。 

          
           第三本宮の切妻(きりづま)桧皮葺(ひわだぶき)の屋根

 屋根は桧皮葺(ひのきの皮を所定の寸法に切り揃えて、敷き詰めたもの)で切妻造り(屋根の端を切り揃えたもの)の直線的な屋根の様式を採用している。
 棟の両側に流れる二つの斜面は、書物を開いたようにも見える。

          
             後方からの第三本宮(手前)と第四本宮 

           
   平成23年に御鎮座1800年を記念する式年遷宮祭にむけ整備工事中の第二本宮

           
平成23年には20年毎に本殿を新しく建て替える第49回式年遷宮にむけて工事中の第一本宮

          
            拝殿前の境内を取囲むように造られている赤い建築物 

          
        拝殿前の境内を取囲むようにつくられた建築物と奉納された酒樽

          
           本宮殿と同じ境内にあり神楽を奉納する場所である神楽殿

  特に住吉大社は伝統ある神楽として、神楽女が行う神降・倭舞四段・熊野舞四段・白拍子・田舞(やおとめまい)などが伝承されている。

          
                    大阪最古の住吉御文庫

          
            楠涒社(なんくんしゃ)(初辰さん)

 お稲荷さんで、境内の奥に樹齢千年の楠木の大樹がある。
 江戸時代から人々は楠木の神秘的な霊力に祈りを捧げてきた。商売繁盛・家内安全の神さま。

          
            住吉大社とゆかりの深い神社である摂社 

           
              住吉と関係のある神社の一つである 「招魂社」

 神職や崇敬者を代表するような人をはじめ、特別の奉仕をした人々や殉職者や偉業者など、住吉大社に縁の深い人などを祖霊神として祭っている。

           
              住吉の神職七家祖神を祭っている 「五社」

 七家とは、住吉大神をお祭りされた初代神主・田裳見宿禰 (たもみのすくね)と 七人の子より始まる神職の家です。   

           
             商売繁盛の神様の市戎社・大国社と五月殿

           
              毎年6月14日に行われる御田植神事の御神田
           
 大阪市内への帰り道に立ち寄った住吉大社、あらためて歴史の深さに驚かされる。
 同じ大阪府内にあっても全く知らないことも多く、新たに旅の面白さ、奥行きの深さを味わうことが出来た見学であった。
 これからも気ままな旅を続けながら、その歴史や世相・文化などに触れあい、肌に吸収しながら、新たな旅を続けたいと思う。

           
          

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