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リパッティの「ショパン/ワルツ集」録音年、ねつ造説

2008年08月07日 10時47分28秒 | クラシック音楽演奏家論
以下は、『クラシック名盤・裏名盤ガイド』(洋泉社ムック・1996年発行)に掲載した文章に訂正・加筆を行ったものです。発表当時、同書のレイアウト上の文字数制限から、少々舌足らずになっていたこともあって、何人かの方が誤解なさって引用しているのを見かけ、筆者としては責任を感じていたものです。相変わらず、ややこしい話ではありますので申し訳ありませんが、ゆっくりとお読みいただければ幸いです。

■リパッティの「ショパン/ワルツ集」録音年、ねつ造説
 リパッティのショパン「ワルツ集(全14曲)」のスタジオ録音は、日本で初めてLPレコードが発売された時には、現在市場に出ているCDの表記と同様に、1950年ジュネーブでの録音、とされていた。日本コロムビアからの発売で、レコード番号はWL-5056。1953年(昭和28年)3月新譜で、この時期はまだ、東芝はレコードの発売を開始していない。
 リパッティは1947年9月にロンドンのアビーロードスタジオで同曲を録音しているが、仕上りにリパッティが納得せず、日を改めて録音し直すとした。しかし、同スタジオでの再録音の機会がないまま、結局1950年、死の数ヵ月前の7月にジュネーブで録音したこのテイクがOKされたと書かれていた。この録音のためにEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグは最新の録音機材をジュネーブに空輸し、リパッティは当時の新薬コーチゾンの助けを借り、医師の立ち合いのもとで演奏し、やっとの思いで録音されたという感動的なエピソードも、その時に広く喧伝された。まだ1枚1枚のレコードに、日付、場所などを細かく記載する習慣がレコード界になかったころのことである。こうしたエピソードによって、1950年7月ジュネーブ録音、と理解するように書かれていた。この解説内容はその後、発売会社が東芝に移行しても継承されていた。
 ところが1970年代、レコード界は、録音データを可能な限り詳細に記載するようになっていた。リパッティのレコードも例外ではなく、東芝から一気に再発売LPが出ると、小品集でさえ1曲ごとにデータが記載されるようになった。以降、日本では20年近く、スタジオ録音の「ワルツ全14曲」は「1947年9月ロンドン録音」と記載され続け、それは1990年代に国内でリマスタリングされたCDが発売された時にも引き継がれた。
 ただ、不思議なことに、1987年に英EMIのマスターから発売された国内初CD時だけ、英盤と同じ「50年7月ジュネーブ録音」との記載とともに、例の感動的エピソードを紹介するジェレミー・シープマンの英文解説が翻訳掲載されている。だが結局、その数年後、1990年代になってから、国内でリマスタリングされたCDが発売されて70年代LP期の「1947年ロンドン録音」との表記・解説に逆戻りしたため、90年代は、まったくの同一音源が、国内盤CD(東芝)の「47年ロンドン録音」表記と、輸入盤CD(英EMI)の「50年7月ジュネーブ録音」表記とで相違が生じたまま、しばらく放置されていた。だが、やがて輸入盤の表記と一致するように改められ、過去の「1947年ロンドン録音」という記載は、誤記だったということになってしまった。
 しかし、私は、「1947年ロンドン録音」という表記こそが、期せずして表面化してしまった真実なのではないかと思っている。以下は全て私の推測である。
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 初出レコード時からウソをついていたのはプロデューサーのレッグだったのだろう。彼は1947年ロンドン録音の原盤を、破棄せずに保存していた。そして完璧主義者のリパッティ自身には不満であっても、無理をした1950年ジュネーブ録音の演奏の出来よりは、はるかに良いと判断した。ところが、本人がOKしなかったテイクなので、未亡人の発売許可が得られる見通しがない。そこで、この希代の名プロデューサーは、リパッティの名演を全世界のファンに聴かせるため、あの世まで秘密を抱えてゆく覚悟で、1947年録音のテイクを1950年のテイクだと偽って発売した。それが、遠く離れた日本に、何故か正しい録音データのままのサブマスターが後年届いて、日本でだけ正しく表記されていた……というのが、私の想像である。
 レコード会社の制作担当者は一般的に、データや文献に関して、出版社の編集者や校正者ほどには神経質ではない。これは私の経験でのことだが、しばしば、そう信じさせる出来事が起きている。だから、目の前の録音データを、特に疑わずにそのまま掲載するのが普通だし、いちいち他の文献などとの整合性など確認しない。初めてのCD用のマスターが届けば、今度はそこに添えられている「CDで甦ったリパッティ」という英文解説を翻訳掲載し、そこに添付されている録音データをそのまま掲載するのもまた、極めて自然なことだ。
 だが、ミステリーはさらに続く。
 では、1950年のジュネーブでの録音はどこへ消えたのか? これは、例の有名なライヴ盤「ブザンソン告別コンサート」に収録された「ワルツ集」のスイス盤LP(EMI系の正規盤)で、「ワルツ第2番」だけが、まず現われた。力尽きて最後まで弾けなかったライヴでのワルツ全曲演奏の、最後の曲目である「第2番」を加えて「ワルツ全14曲」として、スイスでは「ブザンソン告別コンサート」のLPが発売されたのだ。イギリスでもアメリカでも日本でも、「ブザンソン告別コンサート」の方ではワルツを13曲しか収録していないのに、である。
 この「ワルツ第2番」は結局新発見の別テイクとして追認され、国内盤LPでも「50年ジュネーブ録音」と表記され、その他のいくつかの曲とともに「小品集」に収録された。(2008年現在のスタジオ録音の「ワルツ全14曲」を収めたCDでは、余白にこの「第2番」も加えて収められている。)
 私はこの「ワルツ第2番」だけが、リパッティの遺言に背き世界中の音楽ファンを欺いてまで、世に出すには相応しくないとレッグが判断した「50年7月ジュネーブ録音」のショパンのワルツ演奏なのだと信じている。この「ワルツ第2番」は、「全曲録音」の中の同曲演奏とは、かなり異なったものだ。そして録音場所も、明らかに異なっている。単なる別テイクではない。レッグはジュネーブ録音の方を破棄したのだと思う。ジュネーブ録音は、現地の放送局のスタジオと人手を臨時に借りて行われたようだが、その時の関係者が持ち出していた音源なのではないかと思う。このほかの曲がいくつか1950年7月ジュネーブ録音として70年代に「新発見」され、EMIから発売されているが、それらにきわめて近い音質なのだ。
 この「ワルツ第2番」は、軽やかで輝きに満ちた「1947年(?)の全曲録音」と違って、どこか生き急いでいる人の、とても悲しい演奏だが、新薬コーチゾンに拠ってもここまでしか弾けなかった事実を、おそらく未亡人は知らされていない。
 正規のEMI録音以外のテスト録音などが、未亡人マドレーヌ・リパッティの特別の許可が下りたとして、数年前、突然ArchiphonというレーベルからCDで限定発売されたが、リパッティの録音は、未亡人の厳重な管理の元に、未亡人が承諾したものだけが世に出ているに過ぎない。限られた枚数しか世に出ないリパッティの肖像写真と同様に、彼女のイメージする「リパッティ」からの逸脱が許されていないのだ。リパッティは未亡人の中で固定化されていると言っていい。
 その意味でリパッティは〈封印された音楽家〉なのだ。リパッティの全貌が明らかにされるのは、その封印が解けるまで待たなければならない。

【以下は、洋泉社ムックに掲載した当時(1996年頃)のCDデータ】
●ショパン:ワルツ集(全14曲)[東芝・EMIクラシックス/TOCE7584](録音:1947年ロンドン)
●ショパン:ワルツ第2番(小品集「来たれ、異教徒の救い主よ」に収録)[東芝・EMIクラシックス/TOCE8353](録音:1950年ジュネーブ)
●「DINU LIPATTI: Les Inedits」[ドイツArchiphon/ARC112~3]

なお、文中の1987年発売の東芝盤は、CD番号が「CC33-3519」で、盤面記載の規格番号に英EMIのオリジナルCD番号「CDC-747390-2」が書かれている。前年の1986年に英EMIから、世界初CD化された際の番号である。1990年代に番号が変わってプライスダウンされたが、解説書の内容、録音データとも、86年版を引きついでいる。

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コメント
 
 
 
リパッティの「ショパン/ワルツ集」録音年、ねつ造説について (YK)
2013-01-06 13:30:09
興味深く拝読しました。
・1947年9月にショパンのワルツ2番のみ録音され、78回転レコード:LX1032、またLP:HQM1228として販売されていたようです。レコード番号からみて(グリーグの協奏曲の余白)。その後の全集や小品集、一部最終演奏会のCDに付加されたものはこの演奏のようです)。

また、私の記憶ではリパッティはベヒシュタインのピアノを使っていたと思いますが、1950年のジュネーブの放送局のスタジオにはハンブルグのスタインウエイからフルコンサートと小型のコンサートが送られておれが使われたと思われます。
齡をとり衰えた私の耳ではそれらの音の違いをききわkるべくもありませんが、リパッティの録音には、録音条件・時期・場所、使用ピアノ、曲による奏法の違いによるのかわかりませんが、曲により特定の帯域の音にレゾナンス(共鳴音)が感じられるものがあります。

「クラシック幻盤ー偏執譜」も面白く読ませていただきました。
 
 
 
リパッティの「ショパン/ワルツ集」録音年、ねつ造説について (YK)
2017-03-04 11:23:22
続き:
音楽の友社から「レッグ&シュワルツワルツコップ
回想録 レコードうら・おもて」という本がレッグの死後にシュワルツコップの著書で出ていました。

この巻末にレッグのメモによる、1932年から1979年のレッグが関わったディスコグラフィが出ています。
録音の年月日・場所、レコード番号など、細かく出ています。

これを見れば、1947年のショパンのワルツの録音は第2番のみで、この前後をみても、ワルツの全曲をとるような余裕は全く考えられません。

幻の録音にあることを期待は期待したいところですが、残念ながら、それはないようです。
ただし、1950年ジュネーブの別テークのテープがあったかもしてません。
 
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