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ショスタコーヴィッチ「11番」――プリッチャ―ド1985年盤とストコフスキー1958年盤の乖離

2010年09月15日 10時27分05秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第2期20点の12枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6052
【曲目】ショスタコーヴィッチ:交響曲第11番《1905年》」
【演奏】ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
【録音日】1985年4月12日

◎ショスタコーヴィッチ「交響曲第11番」
 1921年にロンドンに生まれたプリッチャードは、指揮者としてはオペラ経験の長い人だ。イギリスのグラインドボーン音楽祭での活躍が知られているが、ドイツのケルン市立歌劇場の音楽監督をしていた期間も長い。それが彼の、全体構造をきっちりと把握した上での、豊かな即興性あるロマン派音楽の演奏に大きく寄与しているのかも知れない。晩年はBBC交響楽団の首席指揮者として1982年から89年の死の年まで活躍して、ブラームス、やベートーヴェン、あるいはエルガーなど、シンフォニー・コンサートでの実力をロンドンの聴衆に示していた。
 しかし、ショスタコーヴィッチの「交響曲第11番」といった現代のレパートリーとなると、少々状況が変ってくる。
 プリッチャードのショスタコーヴィッチを聴くと、作曲当時の時代の東ドイツなど東欧圏の演奏、例えばフランツ・コンヴィチュニーの残した録音に近いものを感じる。そこではショスタコーヴィッチの音楽は、暗く重い響きで口ごもる。プリッチャードのなかに、そうした演奏の伝統が根を下ろしていたとしても、彼の経歴からすれば、決して不思議なことではない。
 例えば第2楽章。テンポの変化が浅く、管・弦のバランスの移動も控え目。全体に表情付けが淡泊で、あっさりと進行してゆく演奏だ。カラフルな音色の変化も抑えられている。ショスタコーヴィッチの効果的なパーカッションの使用、リズム構造のおもしろさも出てこない。これはショスタコヴィッチ作品の演奏では、本当は困ったことなのだが、このあたりに、プリッチャードの音楽観が見え隠れする。
 ショスタコーヴィッチの「交響曲第11番」の西側諸国での演奏として、アメリカ初演を行なったレオポルド・ストコフスキー指揮ヒューストン交響楽団による初演直後の録音がCDでも復刻されている。この演奏は歴史的に意義があるだけでなく、演奏そのものも優れたものだ。これを聴くと、ショスタコーヴィッチの一見モノトナスな部分でさえ、暗部の底のステンド・グラスのように様々な色彩を放っているのがわかる。そのストコフスキーが自身でバッハやベートーヴェン、ワーグナーなどの作品を色彩感豊かな管弦楽に編曲したりしていたのは有名なエピソードだ。こうした極端な例を持ち出さないまでも、私たちの時代は、ショスタコーヴィッチの描いた複雑な音響やリズムを聴き分ける耳で、バッハやベートーヴェンを聴いているのだという厳然とした事実がある。決してベートーヴェンを聴く耳で、ショスタコーヴィッチを聴きたいとは思わないという観点は、確かにあるのだ。だが、その一方で、それとはまったく相容れない視点もあるということに、プリッチャードの演奏は気付かせてくれる。 (1996.2.4 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 この原稿は「時代と演奏スタイル」との関わりについて考え続けている私にとって、貴重な感覚を思い出させてくれました。すっかり忘れていましたが、15年ほど前に、こんなことを書いていたのだと感慨深いものを感じました。ここで触れているストコフスキー盤は、米キャピトル盤です(ブログup時に、米エヴェレストと誤記しました。訂正します)。老いても「進取の気概」を失わなかった大指揮者が残した貴重な遺産のひとつ。この曲の西側での評価に大きな影響を与えた録音です。




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