goo

METライブビューイング2018‐19の『アドリアーナ・ルクヴルール』に大感動! これは凄い!

2019年03月01日 15時06分41秒 | オペラ(歌劇)をめぐって

 2月22日の上映初日に鑑賞したのだが、またしても、ここに感想をUPするのが遅くなってしまった。昨日、いったん、ほとんどの館は上映が終了したが、東京・東銀座の「東劇」だけはもう一週、3月7日まで上映されている。いずれ、8月ごろにアンコール上映が、そして、「WOWWOW」での放映が来年にはあると思うが、東京周辺にお住まいの方は、時間をやりくりしてでも鑑賞することをお勧めする。それほどに、久しぶりの「大収穫」だった。

 チレアは、今日、ひんぱんに上演されるオペラは、この『アドリアーナ・ルクヴルール』しか残さなかった。とても丁寧な作曲をする職人肌の作曲家で、その凝りに凝った仕上がりは、じつに見事だ。これ一作で精魂尽き果てたとしてもおかしくないほどの力作で、完成度が高い。「まぐれ当たりの一発屋か」などとタカをくくっていると後悔する。「ヴェリズモ・オペラ」の系列に組み込まれているが、私は、そうした括りから大きくはみ出して、20世紀初頭のグランドオペラ黄金時代の最後を飾る傑作のひとつとして、『トゥーランドット』と並ぶ傑作ではないかと思っている。優美で甘美な旋律、にぎやかで楽しい旋律、ダイナミックで劇的な旋律、それらが巧みに配置されたゴージャスな響きが堪能できる。

 ライブビューイングは、2019年1月12日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演された舞台を収録したもので、スタッフ、キャストは以下のとおり。

 

演出:デイヴィット・マクヴィカー

指揮:ジャナンドレア・ノセダ

アドリアーナ・ルクヴルール:アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)

マウリツィオ:ピョートル・ペチャワ(テノール)

ミショネ:アンブロージョ・マエストリ(バリトン)

ブイヨン公爵:マウリツィオ・ムラーロ(バス・バリトン)ほか

 

 私は、このオペラは1980年代の終わりにミラノ・スカラ座で上演されたプロダクションのレーザー・ディスクで観たのが最初だ。ミレルラ・フレーニがタイトルロールのものだが、音楽的な意味で「すごい曲だな」と舌を巻いたのは、レナータ・スコットがレヴァインの指揮で、ロンドンでスタジオ録音された2枚組CDである。今回のメトは、ノセダの指揮で、オーケストラの緻密さ・繊細さ・ゴージャスさは、何一つ不満がなかった。ノセダは、オケの煽り方が、じつにうまい。それに応えるオケも、よく鳴っている。私は、10年ほど前から、オペラ・ハウスのオーケストラで、一番充実した艶のある響きを持ったオケだと思っている。つまり、「ウィーン・フィル以上だ」と思っているのだが、どうだろう。

 幕間のインタビューで、ラジオ中継のディレクター氏が、メトで歌った歴代のルクヴルール役について語っていたが、さすがだ。ティバルディ、カバリエ、フレーニ、そして、スコットである。今回、このキラ星かがやく系譜にネトレプコが加わったというわけである。

 このネトレプコはよかった。彼女に合った役柄なのだ。もちろん、フレーニとはまったく違うキャラ立ちだが、公妃役が、あのラチヴェリシュヴィリだから、正に、四つに組んでの大相撲。有名な第2幕ラストの二重唱での激突は見ものである。

 私は、本質的にはフレーニの可憐さ儚さが好みなのだとは思う。だから、時折聞かれるネトレプコの重い声で吠えるように発せられる歌が気にならなくはないのだが、それでも、彼女の存在感、迫力は、とてつもなく説得力がある。演出も、ネトレプコありの流れで、太く逞しい。これからしばらくは、このスタイルがスタンダードになるかも知れないし、メトでもおそらく、早々に再演されるだろうと思う。忘れてはならないのが、ルクヴルールを娘のように慈しむ舞台監督ミショネの、哀感に満ちた役回りの巧みな配置だ。このペーソスは美しい。このオペラ世界全体が、豊かに肉づけされている。

 久しぶりに、映像付きのオペラの醍醐味を味わった。

 

 

 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。