1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の11枚目です。
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【日本盤規格番号】CRCB-6071
【曲目】ウォルトン:オラトリオ「ベルシャザールの饗宴」
:「賢き乙女たち」
:小管弦楽のための「昼寝」
:組曲「ヘンリー5世」より
【演奏】ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
/ステファン・ロバーツ(バリトン)
/BBCシンガーズ/BBC交響合唱団
/ロンドン・フィルハーモニー合唱団
チャールズ・マッケラス指揮イギリス室内管弦楽団
【録音日】1984年7月20日(「ベルシャザール~」のみ)
1982年3月28日(上記以外の曲)
■このCDの演奏についてのメモ
ロンドンのクラシック音楽界の夏の風物詩ともなったプロムナード・コンサート(プロムス)は1994年に 100回目のシーズンを迎えた。その最終日のコンサートのライヴ録音CDが発売されているが、その中で、ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」が演奏されている。この大規模な合唱を伴った作品は、多様な打楽器を効果的に使用した現代作品特有の音響的な面白さも持っている。
使用される打楽器を列記すると、ティンパニ、小太鼓、中太鼓、大太鼓、トライアングル、タンブリン、カスタネット、シンバル、ゴング、シロフォーン、グロッケンシュピール、ウッド・ブロック、スラップスティック、かな床、といったもので、これらを駆使して、6名からなる2群のブラスバンドで金管を増強した大規模のオーケストラと、大合唱にオルガンまで加わるという壮麗な作品。合唱好きのロンドンっ子たちのフェスティバルを盛り上げる作品として、1931年の初演以来、人気の高い作品なのだ。
当CDには、戦後世代の指揮者ではプロムスで人気ナンバー1だったと言われるプリッチャードの指揮による、1984年のプロムナード・コンサートでの演奏がライヴ収録されている。プリッチャードの指揮はライヴ収録でありながら、この大編成の音響を、決して直線的になることなく、しなやかに、豊かな陰影を込めて歌わせている。それでいてリズムの立ち上がりも充分だ。さすがにオペラ・ハウスでの経験の長かった指揮者だけのことはある。
一方、バッハの作品をウォルトンが編曲したバレエ曲「賢き乙女たち」では、バッハの音楽に流麗な横の流れを付加したようなアレンジの中から、一定した律動感を的確に引き出したマッケラスの指揮が光る。マッケラスは、ヤナーチェクの精力的な紹介で知られ、また古典音楽の演奏などでも、その学究的なアプローチに定評があるが、若いころには、サドラーズ・ウェルズで、オペレッタや、バレエ公演の指揮者をしていた。そうしたマッケラスの経験と知識が、ほどよく融合した温和で、さわやかな演奏だ。(1996.6.29 執筆)
【当ブログへの再掲載に際しての付記】
冒頭で述べているのは、このライナーノートを執筆した当時、確かテルデックの発売だったと思いますが、アンドリュー・デイヴィス指揮の1994年の「プロムス・ラスト・ナイト」とか云うCDが発売されて話題になっていたので、それを枕話にしたものです。その時には「プロムスも、もう終わってしまうのか」などと勘違いした人も出ていたので、会う人ごとに訂正に苦労した記憶があります。「ラスト・ナイト」ですから、ただ、その年度の最終日、千秋楽に過ぎません。
このBBCシリーズは、1984年のプロムスを中心にウォルトン作品を集めたCDです。「ペルシャザール~」以外はマッケラス指揮イギリス室内管弦楽団。もちろん、小編成のオーケストラにふさわしく、巨大なプロムス会場=ロイヤルアルバート・ホールではなく、バービカン・ホールでの1982年ライブ録音です。
「ベルシャザール~」は「ゲロンテウスの夢」と並んで、イギリスでは異常なほどに人気の高い曲で、カタログを調べると、主だったイギリスの指揮者の殆んどが録音を残していてびっくりします。
サドラーズ・ウェルズは、マッケラスが指揮者陣のひとりだった1960年代くらいまでは、軽音楽系の殿堂のような活動をしていて、多くのレコードで、その当時の演奏スタイルを聴くことが出来ます。もちろん、英国国内のみの発売が多いので、ロンドンの中古レコード店あたりでないと、十分にそろってはいませんが、オッフェンバックもヨハン・シュトラウスも、英語で歌っています!