竹内貴久雄の部屋

文化史家、書籍編集者、盤歴60年のレコードCD収集家・音楽評論家の著作アーカイヴ。ときおり日々の雑感・収集余話を掲載

ノーマン・デル・マーは本当に「後期ロマン派」が得意?――リヒャルトの歌曲伴奏を聴いて考えたこと。

2010年08月19日 11時12分36秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第2期20点の8枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6048
【曲目】リヒャルト・シュトラウス:「4つの最後の歌」
                :「オーボエ協奏曲」
                :「管弦楽伴奏付き歌曲、5曲」
      (作品27-2、39-4、43-2、56-5、56-6)
【演奏】ノーマン・デル・マー指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団、
      BBC交響楽団、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
    ヒーザー・ハーパー(sop.)、ジョン・アンダーソン(ob.)、
    エリザベス・ハーウッド(sop.)
【録音日】1981年7月18日、1981年5月26日、1968年3月23日


◎R・シュトラウス「歌曲集」
 リヒャルト・シュトラウスの管弦楽伴奏付きの歌曲を中心にして、それに、同じくリヒャルト・シュトラウスの「オーボエ協奏曲」を加えたアルバム。ふたりのソプラノ歌手の歌の間に「協奏曲」が割って入る形に構成されているので、途中の歌手の交替に違和感がない。よく構成まで考えられたCDだ。
 3曲というか、3つのブロックに分けられた曲目は、録音日もオーケストラもそれぞれ異なるが、指揮はいずれもノーマン・デル・マーとなっている。
 指揮のノーマン・デル・マーは1919年に生まれたイギリスの指揮者。ホルン奏者でもあった。夭折の天才ホルン奏者として有名なデニス・ブレインは親友だったという。王立音楽学校を卒業後、名指揮者トーマス・ビーチャムに見いだされ、ロイヤル・フィルのホルン奏者をしながら、やがて指揮者となった。BBCスコティッシュ交響楽団などで活躍し、後期ロマン派、特にリヒャルト・シュトラウスを得意としていたと言われているが、1994年には世を去った。
協奏曲の伴奏指揮に安定感のある演奏をいくつか残しているが、あまり録音には恵まれていず、1990年録音で得意のリヒャルト・シュトラウスの交響詩「マクベス」、交響的幻想曲「イタリアから」がASVレーベル(日本クラウン発売)にあるのが目立つ程度だった。
 そういう事情だから、このBBCの録音によるCDは、デル・マーの得意ジャンルであるリヒャルト・シュトラウスが聴ける数少ないCDということにはなるのだが、「4つの最後の歌」ではヒーザー・ハーパーの声質ともども、あまりリヒャルト・シュトラウスの陰影のこまやかな豊かな音彩が聴こえてこないのが残念だ。安全運転に終始してしまって、呼吸が浅く、インスピレーションに乏しい薄塗りのリヒャルト・シュトラウスなので、直線的にボツボツと途切れてしまう。そうしたことは、「オーボエ協奏曲」にも言える。この2曲はどちらも1981年の録音だ。
 このCDでは、ずっと古い録音だが、1968年のハーウッドとの「最後の4つの歌」以外の管弦楽伴奏付き歌曲が、このCDでは、一番この作曲家の響きの豊かさを伝えている。(1996.1.29 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 久しぶりに読み返して、デル・マーの演奏に対しての素っ気ない表現に、少々申し訳ないなぁと思ってしまいました。ひょっとしたら、デル・マーの指揮の特徴を私が理解できないのかもしれません。私のこのCD評でのキーワードは「薄塗りのリヒャルト」というあたりですが、それを積極的に評価するのが「英国流」なのかと、名盤の誉れ高い英EMIのシュワルツコップ盤のことを思い出しながら考えました。
 ただ、「安全運転」「インスピレーションに乏しい」という私の感想に間違いがなければ、それはやっぱり、いけません。デル・マーという指揮者には、他の曲でもそうした印象がありますが、どうだったでしょう。数年前にHMVの店頭でしたか、手書きでかなりの「煽りポップ」を付けて、デル・マー指揮のチャイコフスキーを売っていたことがあって、つい買って帰りましたが、そんなに大騒ぎするような演奏ではなかった記憶があります。
 でも、そもそも、「後期ロマン派」というドイツ・オーストリア圏でことさらに「いびつ」な音楽が得意だと言うイギリスの指揮者、というのが曲者かもしれません。つまり、そうした「いびつ」をすっきり聴かせることで評価されていたのだとすれば、これは根底から、見方を変えなくては……ということです。
 西欧の音楽を聴くと言う行為は奥深い、のです。(これはマニア気取りの単純な名盤かぶれの人には無縁のお話しです。)



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