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モーツァルト・コレクション/アラン・シヴィルの演奏する「ホルン協奏曲」

2009年06月06日 08時12分20秒 | ライナーノート(EMI編)






 以下は、1991年2月の東芝EMI新譜として、ほぼ1960年代のEMI録音を原盤としたモーツァルト録音を、交響曲からオペラ・ハイライト集まで全15枚にして『モーツァルト・ポピュラー・コレクション』と名づけて一挙に発売されたCDシリーズの1枚です。60年代の演奏を聴くということの意味は当時もありましたが、今では、更に積極的な意味があるかも知れません。「温故知新」が鑑賞の重要な要素のひとつであることは、「未知のものとの偶然の出会い」とともに自明のことですが、当時は60年代の録音を聴き直す人は少なかったと思います。巨匠時代の終焉が「60年代」なのですが、まだ当時のほとんどの聴き手、書き手が、往年の巨匠時代の呪縛から自由になっていませんでした。そういう時代に書かれた文章だと、ご理解ください。これまで同様、ブログへの再掲載に当たっても当時のフロッピーデータのまま、どこも修正していませんが、今でも十分に通用する内容だと思っています。
 なお、同シリーズ全容の意義についての解説原稿が、全15枚に重複して付けられましたが、その解説原稿は、5月19日付の当ブログに掲載済みです。


【TOCE-6807】ライナー・ノート


 このCDには天才といわれたデニス・ブレインが夭折したあと、イギリス楽壇を代表するホルン奏者であるアラン・シヴィルがソロを吹いたモーツァルトのホルン協奏曲が収められている。
 シヴィルはフィルハーモニア管、ロイヤル・フィル、BBC響など、イギリスを代表するオーケストラの主席ホルン奏者を歴任した名手で、この曲の録音も、このクレンペラーとのほかに、ケンペ~ロイヤル・フィルとの録音がある。
 かつて日本で発売されたブレイン盤の解説に、シヴィルによる曲目解説が掲載されたことがある。その一部を引用しよう。

「この4つのホルン協奏曲にあらわれているモーツァルトの気分は、ときたまちょっとした気むづかしさを交えてはいるが、きわめて明朗なもので、そこには技法的にも何ら特別の配慮は払われていない。しかし全体としてこれらの曲は旋律的魅力をその生命としており、それがまた愛らしいホルンの性格からしても適わしいことである。」(樹下栄一郎氏訳)

 ここでシヴィル自身が述べているように、曲の明朗さを充分に生かす、明かるい音色がシヴィルの特徴で、ウイーン系の奏者とはかなり傾向がちがう。翳りのない明快な音と言ってもいいだろう。
 ブレインの演奏もその響きの明瞭さが特徴的だったが、ブレインにはその天性の気品とでもいうものがあって、独特の貴公子のような音楽に特徴があった。
 シヴィルのホルンはもっと弾んだ茶目っ気があって、しばしば現れる冗談のようなパッセージの描き方が楽しげだ。クレンペラーの指揮がモーツァルトの様式をしっかりと踏まえた格調高いもので、その枠にすっぽりと収まって自由に遊ぶシヴィルの演奏も、確かな技術の裏付けがあるからこその自在さに溢れていて、完成度の高い演奏となっている。
 ついでながら、シヴィルのもうひとつの演奏であるケンペとの録音は、ケンペの柔和で優しい人間性が反映して、愉悦感の魅力では捨て難いものがある一方の名演だ。シヴィルの吹き方もずっとのびのびしていて楽しい。出来ることなら、この録音も座右に置いて、その日の気分の向くままにどちらかを聴きたいなどどいう、贅沢が言いたくなる。



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