何気ない風景とひとり言

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大日堂-(1) (秦野)

2019年06月21日 | 寺社巡り-神奈川

【神奈川・秦野市】奈良時代の天平十四年(742)、仏教を保護し、東大寺や諸国に国分寺・国分尼寺を建立した聖武天皇(第45代)が、奈良の大仏を造立するときの勅願所として行基に建立させたとされる。
大日堂は「覚王山 安明院 国分寺」とも言われ、聖武天皇の勅願所として建立されたようだ。
平安時代末期から南北朝時代までは寂れていたとされるが、鎌倉時代の正応二年(1288)に仏国国師・高峰顕日(第88代後嵯峨天皇の皇子)が、近隣のいくつかの寺院を統合して宝蓮寺(当時「薬音寺」と称した)を開山した。 第12代住持が入山する室町時代の正長元年(1428)頃までは無住持の状態が続いていたようだ。 大日堂の宗旨は不詳だが、本尊が平安時代作とされる大日如来像を含む五智如来像なので密教(真言宗)系と思う。

バス停「蓑毛」から脇を流れる金目川に架かる蓑毛橋を渡ると、赤い屋根の仁王門が見えてくる。 門前に百番供養塔が佇む朱塗りの仁王門....さほど筋骨隆々ではないが、大きな鋭い眼光の仁王像に迎えられる。 正面の台輪上の3つの中備の彫刻を見て思わず顔がほころんだ。 まるで白い鼻の豚の顔が並んでいるように見えるからだ。
仁王門をくぐると、正面に緑樹に包まれて大日堂が建ち、まさに古い山岳寺院らしい雰囲気が漂っている。 290年前に木食光西上人が修復して以降も何度か修復が行われていると思うが、建物はかなり傷んでいるようで気掛りだ。
とはいえ、向拝と軒下に施された彫刻群が実に素晴らしく、目を見張った。 向拝の彩色された彫刻は、木鼻の獅子と像、水引虹梁上の龍、そして手挟の牡丹、また、軒下では台輪上の蟇股、そして四方の通肘木の上の小壁前面に施された鏝絵のような彫刻が見事だ。 正面の桟唐戸に空いた格狭間から本尊(五智如来像)を拝観.....中央には宝冠をいただき智拳印を結んだ金色の大日如来坐像が鎮座している.....合掌。
大日堂の左手に「金剛水」の案内板が立ち、大山詣の際に清澄な金剛水で身を祓い清めたとある。 しかし、奥の山裾にある不動明王石仏が護る石組で囲まれた源泉を覗いたが、僅かな水も湧き出ていない....枯れたのかな?

道路に面して建つ仁王門....道路脇に銀杏の切株が残っている

入母屋造本瓦葺風鉄板葺で八脚門の仁王門....江戸後期の建立のようで、大棟に葵の紋が配されている
 
門前に置かれた飾手水鉢/門前に佇む文政十二年(1829)造立の「百番供養塔」....西国・坂東・秩父の百観音札所を巡礼した巡拝塔

三間一戸で、中央出入口に扉が無く、左右脇間の金剛柵の中に仁王像が鎮座....台輪上の組物間に豚顔のような彫刻がある
 
鋭い眼光で仏敵の侵入を防いでいる阿形吽形の仁王像....寄木造りで彫眼
 
中央通路の入口の組物間の台輪上に配された彫刻....まるで豚の顔を連想させる形が面白い/本柱間の台輪上に配された彩色装飾を施した牡丹のような花文様彫刻、後方の台輪上には入口と同じ彫刻
 
軒廻りは一軒繁垂木、組物は台輪の上に出三斗で中備は正面と後方のみで側面に無し/大棟端に桔梗紋入りの鬼板、拝に変形の懸魚、妻飾りは虹梁大瓶束

横羽目板の側面の柱間に取り付けた木に沢山の御神札が釘付けされている

仁王門を通して眺めた大日堂

仁王門から眺めた緑樹に覆われた境内は山岳寺院の雰囲気だ

寄棟造桟瓦葺で妻入の大日堂....享保十四年(1729)に光西上人により修復された

正面は中央間に桟唐戸、両脇間に腰高格子戸....入口に「金剛王殿」の扁額が掲げられている

向拝は二軒繁垂木、向拝柱上に連三斗、母屋とは海老虹梁で繋がる....水引虹梁の上に見事な龍の彫刻を配す
 
水引虹梁の上の全体に彩色されて精緻な龍の彫刻/彩色された精緻な獅子と像の木鼻

向拝柱の内側の手挟は見事な牡丹彫刻

軒廻りは二軒繁垂木、組物は二手目が尾垂木の二手先で中備は脚間に動物彫刻を配した蟇股....通肘木の上の小壁の全てに施されている彫刻は「鏝絵」のようだ
  
角柱の向拝柱を支える木製の礎盤がかなり傷んでいる/周囲の切目縁の床板や床束等がかなり傷んでいる

小棟造りの屋根で正面三間、側面四間、周囲に切目縁を巡らす....御堂はかなり傷んでいるようで、堂前に瓦落下の注意喚起の立札が置かれている

大日堂には本尊の五智如来坐像を安置....五体全て平安時代後期作とみられ、いずれも一木造りで彫眼

大日堂内陣中央に鎮座する大日如来坐像....ヒノキ造りで他の四体より大きく像高175cm(宝髻欠)、宝冠をいただき智拳印を結んでいる

五知如来坐像 (案内板「大日堂の仏像」の写真を拝借)

大日堂の左手に「金剛水」の案内板が立ち、蓑毛は大山詣の西玄関口で金剛水で身を清めたとある....奥の山裾に不動明王石仏が護る石組の源泉があるが、清澄な湧き水はまったく見当たらずだ

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