goo blog サービス終了のお知らせ 

何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

文殊仙寺-(1) (国東)

2015年08月05日 | 寺社巡り-大分

【大分・国東市】奈良時代の養老二年(718)、仁聞菩薩創建のおりに開かれた寺とも伝えられる。
寺伝によると、大化四年(648)、修験の祖と仰がれる役行者小角により開山されたとされ、国東半島随一の古刹とされる。
伝えられる開山の縁起として、役行者小角が仙術をもって唐(中国)の仏教の霊場五台山(中国三大霊場の一つ、他に峨眉山、普陀山)翔んで文殊菩薩を拝したとき、菩薩の要請を受けて豊後国国東郡霊鷲山に案内、小角は霊鷲山に岩窟を掘って小宇を建てて文殊菩薩を祀り、唐の霊峯の名をとって峨眉山文殊仙寺と号した。 天台宗で本尊は文殊菩薩像。 <国東六郷満山霊場第25番札所 (六郷満山末山本寺)>
 
寺号が刻まれた標石       参道右手の池(放生池かな)

石段参道に立つ石燈籠と少し奥に鎮座する仁王像
  
石燈籠..猫足台の彫りの技術が素晴らしい/江戸時代の文政2年(1819)の銘がある/石燈籠はもともの山門近くにあったようだ

参道に立ちはだかる仁王像..南北朝時代の永和年間(1375~1379)作とされる
  
吽形像..右手を胸前で開き、正面から来る仏敵を押し戻す力を示す(天衣が欠落)/阿形像は左手に金剛杵を握り、右手は真っ直ぐ下げ丸めた指に力を込めている/石段の上から見下ろした仁王像

切妻造銅板葺の山門(四脚門)..左右のスペースは仁王像が鎮座していたのかも

山門..江戸時代延宝8年(1680)建立で杵築藩主松平英親の寄進

山門から眺めた境内の石段参道..石段上の奥に本殿が鎮座

本殿(奥の院)..室町時代天文7年(1538)建立で小倉城主細川公の造営寄進..本尊の文殊菩薩(秘仏)を安置
 
岩屋構造の本殿は入母屋造銅板葺で妻入で屋根の半分がそそり立つ絶壁の中にめり込んだように建つ

本殿前方と回廊部分の床下に長い支柱を幾本も立てて下の岩盤に固定(懸造りのようだ)
 
本殿奥之院は文殊堂ともいわれる..破風の装飾/彫刻が素晴らしい,周囲に擬宝珠高欄を設けた切目縁

石屋に鎮座する開山役之行者石像(2体)..手前の行者像は明治9年の銘
 
後方の役之行者小角像は、脇侍五鬼善鬼像と共に南北朝時代永和4年(1378)頃の作

六所権現への石段
  
六所権現参道の途中に鎮座する石仏/六所権現/六所権現下の崖に鎮座する十六羅漢像

十六羅漢像..悟りの道の厳しさを滲ませた厳しいお顔が多い
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 千燈石仏 (国東) | トップ | 文殊仙寺-(2) (国東) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。

寺社巡り-大分」カテゴリの最新記事