何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

小松寺 (南房総)

2015年12月19日 | 寺社巡り-千葉

【千葉・南房総市】第42代文武天皇の御代(697~707)、山岳呪術者・役小角(役行者)が小さな庵を建てたのが始まりで、山岳修行者の信仰の霊地だったとされる。
奈良時代初期の養老二年(718)、庵が一間四面のお堂に建て替えられ、寺号を巨松山檀特寺とされた。
平安時代の天長八年(831)、天台宗の僧・円仁(慈覚大師)によって堂塔が建て替えられ、併せて山王権現が祀られた。 平安前期に堂宇が焼失した後、暫く廃虚になっていたが、第60代醍醐天皇の御代の延喜二十年(920)、国司安房守住吉朝臣小松民部正寿によって再建されて七堂伽藍が整い、寺号が檀特山医王院巨松寺と改められた。 その後次第に衰微するも、平安時代後期の承安四年(1174)、開基第一世玄海が中興した。
徳川家康や里見義康から寄進を受け、広い山林と田畑を持つ修業道場となり、多くの僧が集う寺院となったが、江戸時代安政元年(1854)に再び焼失した。 幾度も火難に遭って古い記録や文化財が失われたので、再建された時期や小松寺に改名された経緯は不詳。 天台宗として法燈が守り続けられたが、35代目住持の時に真言宗に改宗された。 本尊は薬師如来像。

参道や寺の前の風景を彩る鮮やかな紅葉に感動しながら山門に着く。
少し苔生した数段の石段を上って濃い朱色の仁王門に....大きな眼をした赤い仁王像に挨拶して門をくぐる。 境内はまるで紅葉した木々の中に堂宇が鎮座しているようで、美しい光景に感動を覚えた。
正面に寄棟造りの本堂、手前右手に宝形造りの薬師堂が鎮座しているが、いずれも向拝の装飾的彫刻、とりわけ虹梁上の龍の彫刻が素晴らしい。 また、興味を引かれたのが高い基壇の上に鎮座する石塔で、宝塔のような姿形だが笠の上に相輪ではなく開蓮が乗っていて珍しいと思った。
紅葉の季節はとうに終わったと思っての訪問だったが、久々に風情あふれる紅葉の風景を楽しませてもらった。

苔生した門前は山岳寺院らしい静寂が漂う

切妻造桟瓦葺の朱塗りの仁王門
 
仁王門に鎮座する吽形(左)、阿形(右)の仁王像は大きい目をした愛嬌のある姿形だ..失礼

仁王門から眺めた本堂

寄棟造銅板葺の本堂..向拝彫刻の銘から安政二年(1855)再建のようだ

本堂には銅造十一面観音坐像が鎮座(国指定重要文化財)
 
向拝の虹梁上の素晴らしい龍の彫刻装飾は安政二年(1855)銘..像や獅子の木鼻も素晴らしい
 
寄棟造銅板葺で妻入りの庫裏..庫裡前の庭の紅葉がすばらしい

本堂と薬師堂..参道脇の大きな基壇の上に石塔と地蔵尊像が鎮座

露盤宝珠を乗せた宝形造本瓦葺の薬師堂..本堂と同じ頃の建立?
  
石塔..宝塔と思うが相輪がなく開蓮が乗る(開蓮は珍しい?)/円光を背にした地蔵菩薩坐像(造立年不詳)/堂前に「南無観世音菩薩」の幟が立つが薬師堂なので本尊は薬師如来像なはず!

薬師堂周りの苔生した庭が落ち着いた雰囲気を醸し出している
 
本堂と同様に薬師堂向拝の見事な装飾彫刻/回縁に鎮座する撫で仏の「おびんづる様」像

本堂側から趣のある紅葉越しに眺めた薬師堂の側面
 
仁王門の左脇に建つ切妻造桟瓦葺の鐘楼..梵鐘は県文化財の中で2番目に大きいそうだ

梵鐘は応安七年(1374)、高階家吉正の寄進..保護のため撞かないようで残念だ

本堂右手の池(放生池かな)の真っ赤な紅葉と池淵に佇む雪見燈籠
 
境内に佇む石碑          境内の前脇にある墓所(立ち入り禁止)..五輪塔等の墓石が並ぶ
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