
【兵庫・加西市】寺伝では、奈良時代の天平十七年(745)、この地を訪れて酒見明神を詣でた行基菩薩が、酒見明神の神託を受けたことを行基に帰依した聖武天皇(第45代)に奏上し、伽藍を建立したことに始まる。 古くから朝廷の崇敬篤く、聖武天皇の勅願寺として平安時代後期から勅使の参詣が毎年行われた。 また、隣接する酒見明神社(現・住吉神社)の別当寺となった。 宗旨は真言宗(高野山)で、本尊は十一面観世音菩薩像。 新西国三十三箇所第29番札所。
■北条鉄道北条町駅から歩いて約15分、白壁の築地塀の間に建つ仁王門に着く。 門前からは境内に建つ幾つかの堂塔の屋根が望める。
楼門形式の仁王門の左右の金剛柵の奥に仁王像が鎮座しているが、正面には目の細かい金網が張られていて像容がよくく見えない。 戸口側は菱格子なので、格子の隙間からなんとかお顔が拝観できた。 戸口を通して禅宗様とみられる重層屋根の本堂が見える。 仁王門から本堂に向かって延びている参道の両脇に青銅製の飾燈籠が整然と立ち並んでいて、まるで参詣者を本堂に誘っているようだ。

△入母屋造り本瓦葺の仁王門(楼門)....寛永十九年(1642)創建で、文政八年(1825)の再建....門前の寺号標石は昭和七年(1932)の造立

△大棟端に鯱が乗せた三間二戸の仁王門の軒廻りは、二軒繁垂木、組物は三手目が尾垂木の三手先で中備は蓑束

△上重の長押の上と丸桁の下の小壁に鏝絵のような浮彫りの彩色装飾を施している

△上・下重の間に親柱に逆蓮頭を乗せた高欄付回縁(切目縁)....回縁を支える腰組は三手先、中備は正面は脚間に彫刻を配した蟇股で側面は蓑束

△円柱の門柱に「泉生山 酒見寺」「新西国第廿九番霊場」の聯が掛かっている....戸口の前一間は金剛柵、後ろ一間は菱格子で、ここに仁王像が鎮座

△仁王門の左右の金剛柵の奥に鎮座する仁王像....正面は目の細かい金網でガードされていて像容がよく見え難い

△戸口の菱格子の隙間から見た阿形像の頭部

△仁王門から本堂への参道の両側に21対の青銅製飾燈籠が整然と並ぶ

△切妻造桟瓦葺の手水舎...側部に「水盥」と彫られた手水鉢(造立年不明)....右は水を汲み上げていた古井戸跡か....後方に立つ宝篋印塔

△水口は3つ爪の龍像/手水舎の西側に立つ宝篋印塔....隅飾突起が大きく反りかえり開いているので明らかに江戸期の造立....塔身には蓮華座に乗る月輪に阿閦如来の種子(と思う)が彫られている
■仁王門をくぐると開放的な境内が広がり、本堂に向かう参道の両側に趣のある堂塔が建ち並んでいる。 まずは参道を進んで本堂に近づくと、やたら金色の三つ葉葵の紋が目にはいる。 軒丸瓦、青銅製燈籠、天水桶、常香炉そして賽銭箱にまで.…。
本尊に合掌した後、本堂の構造や細部意匠などを拝観。 正面五間の中央間三間には扉がなく開放され、両脇間に連子子を入れた花頭窓を配している。 堂内は格子戸と板戸によって外陣と内陣とが仕切られ、外陣の隅に参詣者を見見守るように賓頭盧尊者が鎮座している。

△仁王門から眺めた境内....参道の正面に本堂、左側に引聲堂、右側奥に観音堂、本堂の右隣に鐘楼

△本堂は禅宗様建築で、大きな裳腰のユニークな重層屋根

△入母屋造本瓦葺で裳腰付き二層屋根の本堂(根本堂)....寛永三年(1626)創建で、元禄二年(1689)の再建....本尊十一面観音菩薩像、他に脇侍として持国天像、多聞天像を安置

△裳腰は正面五間で、央間三間に扉がなく開放、両脇間は連子子を入れた花頭窓....上層は一軒繁垂木で組物は舟肘木

△向拝の水引虹梁の木鼻は獏(と思う)....屋根の軒丸瓦には三つ葉葵の紋が施されている

△本堂前の青銅製飾燈篭、天水桶、常香炉そして賽銭箱いずれにも三つ葉葵の紋が配されている....大きな青銅製飾燈籠は明治十四年(1881)の造立

△内陣と外陣は中央三間が格子戸、左側一間は板戸(引き戸)で仕切られている....右側一間は小部屋

△階段から見た本堂正面の左脇間....連子子入り花頭の内側に賓頭盧尊者が鎮座....格子戸の仕切りの左側一間は板扉の引き戸/外陣隅に鎮座する賓頭盧尊者....十六羅漢の第一尊者で神通力にすぐれている

△向拝柱は面取角柱で、主屋は円柱

△軒廻りは二軒繁垂木、組物は出組で中備は蓑束

△周囲に擬宝珠高欄付切目縁....裳腰の軒隅四方に宝鐸がさがる....外陣の側面に連子窓、内への入口は桟唐戸

△本堂の大棟端に鳥衾を乗せた鬼瓦、拝は蕪懸魚、妻飾は混成複合式/妻飾の虹梁の間の小壁に兎のような動物の彫刻を配す







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