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退屈しないように シニアの暮らし

ブログ巡り、パン作り、テニス、犬と遊ぶ、韓国、温泉、俳句、麻雀、木工、家庭菜園、散歩、卓球
さて何をしようか

幸福な世界 9

2015-09-15 08:25:55 | 韓で遊ぶ


危機を機会にする知恵
世界中どこでも見ることができ、よく使われているポストイット、報告書にはさんで使われたり、重要な用務とか簡単な記録を残す時も有用な接着性のあるメモ用紙。色も使い方も、形もいろいろで、現代人の必需品だが、はじめは誰一人見向きもしない失敗した発明品だった。
ポストイットを発明した主人公は、アメリカのある製造会社の平凡な研究員スペンサー シルバー、新しい接着時を開発していたある日、彼は好奇心が沸きました。
「この接着性の物質を合わせた物を混合水に入れたらどんな反応が出るか気になるな。実験してみよう。」
何の期待も望みもなかった実験から、彼は不思議な結果を得ました。接着力というよりは凝縮力程度のある不思議な接着剤を作りました。ですが、会社は彼の発明品に関心を見せませんでした。
「これは、接着力があまりにも弱くないか。」
「ですが、紙を簡単に貼ってはがすことを繰り返すことができる長点があります。」
「それが何になる。さっと着いたとしてもすぐに落ちてしまう。こんなものは使い道がない。」
会社は、特許出願はしてくれましたが、製品は生産しませんでした。
それから5年後、彼は会社の同僚であるアーサー フライの一言から意外なヒントを得ました。
「賛美歌を歌うページに前もって紙を挟んでおけば、すぐに探して歌うことができて便利だ。だけどひとつ惜しい点がある。接着性がないからすぐに落ちてしまう。何かいい方法ははいだろうか。」
自分が作った接着剤の用途に悩んでいたシルバーの頭の中に、その瞬間いい考えが浮かびました。
「うん、テープや糊がなくても簡単にくっついて、はがすことができる、そんなメモ用紙を開発したらどうだろうか。」
二人が作った発明品をひとつにして協力して作った物、どこにでもくっついてはがすことができて便利で有用な製品、ポストイット。会社は彼らの発明品を全面的に支援し、躊躇なく大量生産に入りました。どう使うのか知らないうちは消費者の反応は低かったのですが、無料で配るイベントを通して、一人、二人と使う方法を知るようになると、だんだんそれを求める人が増えて来ました。そうやって、一躍、文具の分野の最高の人気商品の座に着いたポストイット、、、、。失敗した発明品だと誰もが見向きもいなかった時、最後まで望みを捨てない忍耐、危機を機会に変える発想の転換が、価値のある成功の神話を残したのでした。
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幸福な世界 9

2015-09-13 07:28:35 | 韓で遊ぶ


便利な切手
産業革命の火がヨーロッパ全体に広がっていた頃、イギリスのロレンド ヒルという人が田舎道を歩いていて、ある家で繰り広げられている諍いを耳にしました。あえてお金を払ってまで手紙を受け取りたくないという女性と配達員のいざこざ、、、。
当時、郵便料金はすべて後払いでした。重さと距離によって決められた配達料を、受取人が、その都度、支払わされていたのです。物を受け取る人の立場としては、さほど重要でない郵便物でなければ、受け取りを拒否することも常でした。そうやって徒労に終わることが頻繁になると、何人かの配達員は適当に料金をまけてやって、会社にはお金を受け取ることができなかったと報告し、自分の懐に入れました。封筒に前もって暗号を書いて受け取りを拒否する方法も内々に黙認されていました。彼が見た女性の姿もそんなよくある状況のひとつでした。
「私は婚約者の手紙を受け取りたくありません。持って帰ってください。」
ロレンド ヒルは、郵便料金を変りに払ってやって、その理由を尋ねました。女性の答えは簡単でした。
「何が書いてあるのかわかるのに、高い料金を払って受け取る必要がないじゃないですか。」
郵便制度の矛盾を痛切に実感した彼は、研究室に閉じこもり解決法を模索しました。長い間の苦悩と研究の末、彼はとうとう郵便料金に代わることができる「切手」を作りました。
「用件のある人に、前もってお金を払って切手を買わせるのだ。」
べたべたする糊がなくても、水とかつばを塗ると封筒に簡単に張ることができる接着性の切手。それを考え出した人は彼の友達である印刷所の主人でした。
そうやって二人が力を合わせ最初の切手が世の中に出ました。財政赤字でひそかに頭を痛めていた郵便局の問題を解決してやり、郵便制度の矛盾を解決した郵便の父ロレンド ヒル卿。郵便物を渡した後になって、やっとお金を現金でやり取りする人々の不便さを減らそうと、自分の時間と熱情を惜しみなく捧げた一人の人の努力。
より成熟した幅の広い疎通の文化を導き出した礎でした。
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幸福な世界 9

2015-09-12 15:48:24 | 韓で遊ぶ


愛の絆創膏
1900年代の初め、アメリカ、ニュージャージー州。平凡な会社員アール ディクソンという人が、恋人のジョセフィンを新婦に迎えました。いちゃいちゃと仲睦ましい新婚生活。寝ても起きても、座っていても歩いていても、彼はひたすら妻のことだけを考えていました。
「愛するジョセフィンは、今頃、料理をしているだろうな、、、、今日は何事もなければいいが。」
仕事場でさえも、妻を心配し、居ても立ってもいられない理由は、妻が料理をしていて、度々、手の怪我をするからでした。
「あ、おいしい、、。お、また手を怪我したのか。」
包丁で切ったり、火傷をしたり、妻のきれいな手は、傷が絶えることがありませんでした。それでも妻は幸福でした。
「あなたのために料理をしていて、こうなのだから、このぐらい何でもないわ、ほほほ。」
目の中に入れても痛くないほど、愛おしい妻の手を治療するたびに彼は悩みました。
「一人でも簡単にはれる絆創膏があればいいのだが、、、。」
怪我をした手にガーゼを当てて、その上に絆創膏を巻いて、一人の手で治療することは難しく不便なことでした。自分が家に帰らなければ傷の治療ができない妻のために、彼はいい方法を模索しました。医薬品の会社に通って、医療用品の近くに居た彼には、難しくない悩みでした。
「絆創膏の上に前もってガーゼを張っておけば、一人でも簡単にはれるはずだ。」
残った課題は絆創膏を保管する方法でした。ガーゼを張っていない部分はべたべたしてほこりがつきやすいからでした。
「何がいいか、、、。」
頭を絞りましたが、到底、答えを見つけることができませんでした。
「ジョセフィンのためにも、必ず考え出さないと。う、、、きっといい方法があるはずだ。あ、こうすればいい。」
べたべたする両側の接着部分に強い布を当てて使う時にはがせるように作った傷絆創膏。
「布だけはぐとすぐにつけられるから、すごく楽だわ。あなた、ありがとう。」
彼が作った最初の傷絆創膏を公表すると、すぐに世界的な人気商品になりました。彼は会社に大きな功績を立てて、副会長の座まで上りました。一度に富と名誉を手にした彼は、成功の秘法を聞かれると、いつも同じように答えました。
「私は成功のために発明したのではありません。ただ、愛する妻を幸せにしてやりたかっただけです。」
100年と言う長い時間、全世界の人々の傷を包んでくれた傷絆創膏。その偉大な発明の根と始まりは、ただ、「愛」だったのでした。
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幸福な世界 9

2015-09-11 11:15:48 | 韓で遊ぶ


成功の鍵
学力もなく、だからと言ってこれといった才能もない男が兄に仕事をくれと頼みました。有名な医者だった兄は、病院の付属の療養院に弟を就職させました。そこで彼は患者のための栄養食を開発するのを助けました。
「燕麦の粉をこねて蒸した後、あそこにローラーが見えるだろう。それで紙のように薄く伸ばす仕事をするように。できるだろう。」
男はその通りに仕事をうまくやりました。ですが、ある日、釜で蒸した生地を取り出さないで帰ってしまったために、次の日の朝、コチコチに固まった生地と格闘することになりました。ローラーに入れた生地は粉々に割れて使えなくなってしまいました。
「乾いてこうなったのだから、もしや水を加えたら元通りに戻るかも知れない。」
彼の予想とは違って、水分を含んだかけらはブクブクに膨れただけでした。その状況を見ていた兄は弟に大きく失望しました。
「お前というやつは、そうだろう、、、、。ふむ、、、、。問題ばかり起こして、それをすぐに持って行って捨てろ。」
台無しにはしましたが、いざ捨てるとなるともったいないという思いがしました。
「もったいないな。お菓子みたいだけど、、、。菓子のように揚げて見たら。うん、、、それがいいみたいだ。」
乾いた生地を揚げて見て、なんとか食べられるものを作りました。食べてみた患者が口を揃えておいしいと褒めました。
「これはどうやって作ったの。本当においしいね。」
彼は自分の作った菓子に、薄いかけらという意味の「フレーク」という名前をつけました。
「わぁ、皆がおいしいというから、私もうれしいよ。そうだ、これで事業をしてみよう。」
その素材で事業をしてみたかった男は、兄に助けを要請しました。10年説得しましたが、いつも断られるだけでした。あれやこれやと紆余曲折の末、彼は自分の力で会社を設立しました。1食の食事としても遜色のないフレークは、人々の口をただの一度でとりこにしました。早々に成長して発展して世界的でも屈指の経営者として名前を高めたウォル ケロック、、、。彼は失敗の中にも機会を発見する洞察力を見せ、周辺の否定的な視線の中でも意思を曲げない強靭さを守りました。そのすべてのことが彼を成功に導いた秘訣でした。
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幸福な世界 9

2015-09-10 08:19:09 | 韓で遊ぶ


終わりのない挑戦
白熱灯を発明し、特許数だけでも、なんと1000種を超える発明の天才トーマス エジソン。目標を立て、それを成し遂げるために彼が傾けた努力は、実に偉大であり、大変なものでした。
エジソンが研究を始めた当時、電灯がなかったわけではありませんでした。ただ、つけたかと思うとすぐに消えてしまい、騒々しい音を出し、光があまりに強くて日常生活で使うには不便でした。
「フィラメントを長持ちさせるには、何よりもまず空気を遮断しなければならない。」
彼はまず真空の状態のガラス球を作りました。今日の電球を作った第1歩でした。フィラメントの材料だけ探せば、すべての問題が解決できる状況でした。
「可能なすべての材料を使ってみよう。木、紙、釣り糸、とうもろこしの毛、、、髪の毛もいいだろう。」
エジソンは、解決方法を探す道は、ただ、実験だけだと確信しました。そうやって実験に実験を重ね、数百個のガラス球を見守りながら、多くの夜を明かしたある日、炭化した木綿糸でフィラメントを作った電球から、奇跡のようなことが起こりました。
「博士、見てください。この電球が30時間を越えて消えないでいます。」
30時間、消えることのなかった電球の光は40時間を越えて消えました。長い忍耐の時間が埋められた歴史的な瞬間でした。
「成功だ。成功だ。成功。」
とうとうエジソンの研究室から新しい光の歴史が誕生したのでした。1500個の多様な材料、10000回を超える実験と挑戦が導いた偉大な結実。
とうとう世の中に結果を発表した日、記者たちは成功よりも失敗した時間の多さに関心を寄せました。
「数え切れないほどの多くの失敗をしたと聞きました。あきらめようとは思いませんでしたか。」
エジソンは淡々と答えました。
「私は一度も失敗をしませんでした。光を得るための多くの段階を踏んだだけです。その過程を通して、私は日々成功に近づいて行ったのです。」
世紀の発明王という名前の下に、人類に生活の便利さを贈ってくれたトーマス エジソン。
「偶然に得たものは何一つありません。すべてのことは、たゆまない努力と多くの実験を通して成されたことです。」
どんな状況でも、いつも初心を失わない意思と成し遂げるまで耐え抜く根気。そんな努力の果てに、価値のある結実があることを世の中に証明してくれた人。彼が正に発明王、エジソンでした。
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幸福な世界 9

2015-09-09 08:49:25 | 韓で遊ぶ


幸福な椅子
「春陽木」という木を知っていますか。松の木の中でも第1級品として、昔は国で特別な管理をしていた程の銘柄の木です。私は、そんな貴重な松の木でできた座卓でした。20年を超えて、金持ちのおじいさんに愛されて生きてきたある日、おじいさんが亡くなり、私は一日にして哀れな身の上になりました。その息子が遺産として受け取った家を売って、私を道端に放り出したのでした。自尊心が傷つきました。肩書きが春陽木でできた座卓をごみ扱いするとは、悲惨な思いがいました。
「あ、こんなしていたら、永遠にごみになってしまうかもしれない。」
誰も私を見向きもせず、意気消沈していた頃、銀髪のおじいさんが私の前で足を止めました。そして私を撫でながら言いました。
「少し、待っていろ、、、すぐに戻ってくるから。」
やっと私のか価値を知る人が現れ、鼻高々にしていたその時、、、、。おじいさんは私を古びたリヤカーに積んでどこかに向いました。
「おお、おじいさん、私をどこへ連れて行くのですか。」
おじいさんが私を降ろしたところは、バスの停留所の前にある木工所でした。若い職人たちは、私を頭の痛い厄介者扱いをしました。おじいさんはどこかに使うところがあると言って、かんなをかけて釘を打って私の手入れをしました。1日、2日、3日、時間が流れるにしたがって、私の姿を見ながら、おじいさんの口元に笑みが広がりました。
「ほほほ、、、。」
とうとう4日目になった日。おじいさんは、座卓から長いすに変った私を、バスの停留所のプラタナスの木の下に出しておきました。
「誰が好き好んで自ら苦労をするだろうか。おじいさん、私は、本当に。」
それはブツブツ文句を言う職人よりも、私にとっては気に入らないことでした。
「こう見えても、私はわが国最高の春陽木なのに、どうして、こんなところでほこりを被っていさせるのか、あー、、、。」
ですが、時間が過ぎるにつれて、私はおじいさんに感謝しました。バスに乗りに来た人たちにとって、私がこの上なくありがたい椅子だったからでした。
「わぁ、本当に素敵な椅子だね。どれ一回座ってみようか、、、、。」
特に苦労している人たちは私をもっとありがたがりました。
「あれまあ、足が痛かったから丁度良かったわ。ここに椅子ができたから、しゃがみこまなくていいから本当にいいね。」
誰かの力になるということが、こんなに満足感があり幸福なことだとは、、、、。やっと自分のいるべき場所を見つけた私は、世の中で最も幸福な椅子です。
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幸福な世界 9

2015-09-08 08:07:00 | 韓で遊ぶ


心を動かしたければ
四輪馬車に乗って旅行をしていた長い巡礼の行列が、静かな田舎道で急に止まりました。狭い道を塞いでいた巨大な物体、他でもない、村の黄牛のせいでした。
道の真ん中に、どかっと座って巡礼者の足を止めた黄牛を野原に動かすために、力のありそうな若者たちが出て来ました。
「せーの、よいしょ、うっ、、、。」
何人かの力を合わせましたが、その牛を動かすには、とても力が足りませんでした。
「あー、すごく重たいよ。私たちの力だけではダメだ、、、、。」
一刻も早く目的地に向って行かなければならない巡礼者たちは焦りました。彼らは牛を追い払うために頭をつき合わせました。
「首に綱をかけて引っ張ったらどうでしょうか。」
綱をかけて引っ張りもしてみて、石を投げて驚かせたりもしてみて、ぴしゃりと尻をたたいたりもしてみたけれど、むしろ牛は腹を立てた様子でした。
「どうしよう。こいつのせいで一歩も前に進めない、、、。」
黄牛を引っ張るのに最後の力まで振り絞った巡礼者たちは、行くことも戻ることもできない状況にだんだん疲れていきました。黄牛が自分の意思で道を空けてくれる以外に、他の方法がないように見えました。その時、状況を見ていた一人の少年が馬車から降りました。少年は野原に行って乾燥した草を一束集めました。すぐに牛のところに行った少年は干草の束を差し出しました。
「牛さん、さあ、、、食べて。」
少年の手の干草を、牛はおいしそうに食べ始め、少年は草を食べさせながら少しずつ後ろに動き始めました。すると、どんな方法でも微動だにしなかった牛が、巨大な体を起こして立ち上がりました。黄牛が少年について動きながら、とうとう塞いでいた道を空けました。牛のせいで苦労した人々は少年の知恵に驚きました。
「うぁ、すごいね。」
「本当にすごいよ。ははは。」
少年が見せたものは、賢明に障害を克服する方法でした。言うことを聞かない黄牛を動かした力、、、、。それは辛い仕打ちではなく賢い親切でした。
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幸福な世界 9

2015-09-07 08:38:23 | 韓で遊ぶ


心を落ち着かせる方法
山水がすばらしく、風景が美しい、ある大きな寺で若い修行者が勉強をしていました。
「あー、なぜ、経を読む声があんなにうるさいのか、、、。僧たちが掃き掃除の時の音もそうだし、、、。」
周辺が散漫で静かな集中ができないと判断した修行者は、大きな寺を出て深い山の中に入って行きました。そして、幸いにも山の中の大きな岩の下に洞窟を見つけました。そこで静かさを楽しみながら精進していた時、今度は、洞窟の天井からぽたぽたと落ちる水滴の音が耳に障りました。後に、その音は大きくなり雷の音のように聞こえてきたのでした。修行者は仕方なく、その場を去り、誰もいない大きな木の下に移りましたが、今度はどこからか飛んできてピーチク、ピーチク歌をうたう鳥一羽のせいで、とても集中できませんでした。
「あー、うるさい、、、。」
森の中に住む鳥の声と草の虫の声も、森の中を流れる川の流れの音も、彼には瞑想の邪魔になる騒音に過ぎませんでした。彼はもっと静かなところを求めて、今度は葦の林に入って行きました。葦の林には、洞窟のような水滴の音も聞こえませんでしたし、木の下のように鳥も鳴きませんでした。本当に静かなところでした。彼はそこで心の平穏を見つけて修行に熱中するようでしたが、風が吹くなり彼は怒って声を上げました。
「うわぁ、とても我慢できない、、、。」
風が吹くと、葦がさらさらとぶつかる音が、どうしたものか荒涼として今までのどんな音よりも気に障ったのでした。修行者は怒りのあまり葦の森に火をつけようとしましたが、その時、逆風が吹いて熱い火が彼を包みました。
あちこちにやけどを負って、やっと大きな寺に帰って横になっている彼を、慰めるために偉いお坊様が訪ねて来ました。
「静かさは、外で得られるものではありません。本当に静かさを得たいならば、環境を変えようとするのではなく、心を静かにしなければなりません。心が静かになった人は、市場にいても静かさを失わないし、心が騒がしい人は、静かな禅房にいても静かさを得ることができないものです。」
修行というのは、雑念を振り落として本来の本当の心で入っていくもの、、、、。空っぽの心の響きがより大きいように、心が空になれば欲も怒りも、どんな感情も感じない平安な状態になるということが偉いお坊様の教えでした。
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幸福な世界 9

2015-09-06 08:32:14 | 韓で遊ぶ


海の上のカモメ
ひっそりとした海辺のカフェで、二人の画家が出会いました。彼らは世界でも屈指の実力者で、香り高いお茶を飲みながら絵に対して多様な考えを交換しました。長い話の終わりは、二人の約束で締めくくりました。世の中で最も美しい場面を絵に描いて、一年後に同じ場所で会うことを約束したのでした。
「1年後に会おう。」
「はははは。」
いつの間にか約束の時間が流れ、二人の画家はうれしく再会しました。ですが、各自の作品を広げてみた二人は、驚きを隠すことができませんでした。二人が絵で表現した世の中で最も美しい場面が、全く違っていたからでした。一人の画家が先に話を切り出しました。
「私は美しい夕焼けの中、日が沈む平和な田舎の村の情景を描いたよ。」
夕焼けが赤く染まった村は、かわいい子供たちが仲良く飛び回って、黄金色の野原には勤勉な農夫たちが、汗を流して農作物を収穫していて、、、、。その懐かしい田舎の風景が、先に口を開いた画家の目には、世の中で最も美しい姿だったのです。
「だが、君の絵は全く意外だな。こんな荒い姿がどうして美しいのだ。」
不思議に思っている相手に、もう一人の画家はこう説明しました。
「私も、はじめは君と同じような絵を描いたよ。」
ですが、ある日、静かな海辺の風景を描いていた最中、暴風雨に遭遇しました。雨風が強く吹きつけ、波も強く押し寄せ、真っ暗な夕方の海、、、、。急いで避難しようと思った時、彼の目にぴかっと光線が走りました。すぐにでも海に飲み込まれそうな岩の上にスーッと立って波を受けているカモメ一羽。
「あ、これだ。」
そのまま家に帰ってきた彼は、前に描いた絵をひとつも残さず破りました。そして、すぐに目に焼きついたカモメの姿を描きはじめました。
「君が描いたのは雨風が吹けば倒れる美しさだ。だけど暴風の中のカモメは、最も辛い瞬間を屈せずに耐えているのだ。それが正にどんな場合にも倒れない本当の美しさだ。」
危機に面した時、その瞬間を逃げないで恐怖に立ち向かう勇気。それが正に人生の価値を光らせる本当の美しさだったということです。
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幸福な世界 9

2015-09-05 07:55:22 | 韓で遊ぶ


銅銭と縄
昔、ある地方に、知恵があると有名な郡主がいました。郡主は性格が善良で慈愛に満ちており、下の人々を使う手腕もまた大きなところがありました。マダンセとスドリは郡主に仕える使用人でした。年が同じで友達である二人は、農作業や庭の掃除のような小さな仕事、大きな仕事を分けてしました。
郡主は、小さな仕事にも最善を尽くす誠実性を最も重要だと考えていました。
「自分の仕事、お前の仕事と問わずに互いに助け合って一生懸命仕事をしなければならないぞ。」
「はい、、、、、。」マダンセはまじめで正直な使用人でした。ですが怠け者で行動がのろいスドリは、浅知恵を働かせ自分がしなければならない仕事をマダンセにやらせました。
「うーん、、、、。」そのすべてのことを知っていながらも知らない振りをしていた郡主が、ある日、二人に同じく藁を一束ずつ与えながら仕事を与えました。
「私がちょっと使うところがあるから、この藁で縄を作りなさい。できるだけ細くて長く作らなければないぞ。」
郡主に言われた通り、マダンセはその場から一時も離れずに、細くて長いけれども丈夫な縄を作りました。その横でスドリは仕事を大体に終わらせて横になって寝ていました。一日の日程が終わった頃、二人は各自の縄を郡主の前に差し出しました。細くて長いながらも目が細かくしっかりと作られた縄はマダンセのものであり、スドリが適当に作った縄は、一目で太くて緩くて、できの悪いのがわかりました。郡主は特別なことも言わず二人に銅銭をひとかたまりを出しました。そしてこう言いました。
「お前たちが作った縄に、この銅銭を通せるだけ通して持って行きなさい。これが今日のお前たちの手間賃だ。」
マダンセの縄は、細く長くてもしっかりしているので、数十数百の銅銭を通しても問題ありませんでした。手間賃をたくさんもらったマダンセは鼻歌を歌いましたが、スドリの顔は泣きそうになりました。縄が太い上に目もあらく、もろいので到底銅銭を通すことができないからでした。手間賃をたくさんもらって喜んでいるマダンセの後ろを歩くスドリは、何ももらわないで家に帰っていきました。
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