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退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

止まってみて、はじめて見えること

2014-06-27 06:53:00 | 韓で遊ぶ

冷静と
熱情の間






心はまだ学生のようだけれど、ある瞬間振り返ってみると、いつの間にか私の名前の後ろに「博士」と言う二文字がついていて、アメリカ北東部にある美しくこじんまりした村にある大学の教授になっていた。
講義を「聴くため」でなく「聴かせてあげるため」はじめて学校へ行った日、私はまるで見合いをしに出かける若い人のように、ときめきでいっぱいだった。学生に対する期待と、共にする時間に対する計画で、胸と頭が力強く駆けていた記憶が、今も生々しい。今まで私に教えをくれた多くの先生の長点だけをそのまま受け継いで、自分も学生たちにいい教えを与えたいという考え、それこそ熱情でいっぱいの時期だった。
私が1学期の間、教える2科目中のひとつは、自分が学生の時、最も関心があった分野である「仏教瞑想概論」であった。私はその授業を単純に哲学的な理論の接近方式にだけ終わらずに、実際に瞑想できる実践の機会を共に与えたかった。後日、その学生たちが卒業して社会にでて困難な状況にぶち当たった時も、瞑想を通して心の平和を見つけることを願った。心の中からあがってくる多くの考えに引きずり回され苦しまずに、自分の心を見守ることができるようになったら、それこそ自分が学生たちに与えることができる大きな贈り物ではないかという考えだった。
今でもはっきりと思い出す初めての授業の時間、私はその授業に入って行く前に、初授業にどんな話をどのようにしようか悩み、また、悩んだ。結局、仏教で言う因縁の大切さについて丁寧に、少し震える気持ちで話をした。私たちの出会いもしかしたら、偶然ではないともいえる点、もしかすると何回かの生を置いて今日この席で再び会うことを願っていたからこのように会うことになったのかもしれないという点を話し、だからこのような因縁を大切に思って、よい学期を一緒に作っていこうと話した。大学1年生の学生たちが主となる概論の講義だと思うと彼らもまた真摯で、近づいてくる大学生活に対する期待もまた非常に大きく見えた。学校の規定上1クラスの大きさが25名を超えなかったので、私は学生の名前を簡単にみな覚えられ、短かったけれど一人ずつ個人面談をして、この講義を聴く理由と何を学びたいのかチェックした。

しかし、時間が経つにつれてだんだん自分が上手くやっているのか疑問になり始めた。今になって思うと、自分が上手く教えようと言う熱情におされ、必ずしもしなくてもいいことを必要以上にしたようだ。
例をあげると、ひとつでも多く教えたい気持ちで、私は学生たちに他の教授に比べて多くの課題を与え、そのレポートを受け取る度にいちいち細々とチェックしてやった。そして、はじめから計画したとおり瞑想の実践を必須事項とし、学生たちは授業以外の時間に寄宿舎でウィッパサナ、看話禅、チベット観法などの瞑想をしなければならなかった。また、他の教授は学期末に一度するかしないかの「学生たちとの夕食の集まり」を、私は学期中3回ずつ行った。学生たちと共に学校の近くの仏教寺院にピクニックも行った。アメリカの著名なウィッパサナ仏教瞑想指導者であるジョセフコールドステンが、学校の近くの教会で法文をするといえば、学生にその法会にみな一緒に参席するように勧めた。
しかし、時間が経つほどに自分の熱情が何か問題を起こしているいるという事実を悟り始めた。自分が最善を尽くして学生に教えるほどに、学生たちも私の指導するとおりに一生懸命ついてくることだけを、無意識に期待したのだ。もちろん大多数の学生は、私が彼らに多様な経験を与えるために努力している姿に感謝を表した。しかし、すぐに彼らも一人ずつ疲れていく姿が歴々と見えた。課題をしない学生、読んできなさいといった本の内容を読まないで授業に参席する学生が現れ始めた。ある学生は、仏教寺院やジョセフコールドステンの法文を聞きに行くことは、授業の一部ではないから参席しないと大胆に宣言した。私はそんな話を学生から聞いた時、自分でも知らないうちに悲しい気持ちになった。私は彼らのためにこんなに心を砕いて努力したのに、彼らの反応は呼応ではなく拒否だったので悲しい気持ちにならないではいられなかった。

私は、その悲しい気持ちをじっくりと覗いてみた。その状況を客観的に眺め始めると、その間どれだけ愚かだったのかすぐに悟ることができた。学生が受講した瞑想概論、この授業は彼らが聞いていた4つの科目のうちのひとつだった。私にとって私が教える科目が大切なように、彼らには学んでいる他の3つの科目も大切だったのだ。私の授業ばかり多くの時間を投資することができないことは確実で当然なことだったのに、私はその状況をちゃんと見ることができず「自分が一生懸命やる味」にばかりはまっていたのだった。
そして、私は利己的にも、私のこんな熱情をなぜお前たちは受け入れてくれないのだと言う気持ちを抱いていたのだった。その悲しい気持ちはすぐ、「学生がどれだけよく学ぶことができるか」という考えよりは「自分がどれだけ熱情を噴出しているか」という考えに重点を置いていたということを反証していた。どんなにいい薬も飲みすぎるように強要したら毒になるものだ。この悟りがあった後、学期の後半からは適当な熱情と適当な冷静の間を行き来する授業となるよう変化を与えた。そうして私が「熱情」という名前で強要して飲ませようとした薬を客観的に判断して調整していった。そうしたら不思議にも学生がその前よりも強い「熱情」を帯びて授業についてくるのだった。本当に意外だった。その瞬間私が悟ったことがある。
どんなことでも、はじめてのことを任されたならば、私たちは自分でも知らないうちにそのことを上手くやろうとする考えで、強い熱情を抱くようになる。しかし、重要なことは「自分がその仕事を上手くやらなければならないこと」ではなく、「その仕事が上手くいかなければならないということ」だ。共に仕事をする人と調和をなすことができず「自分が一生懸命する味」にだけ陥るとか、誰かに被害を与えたながら道徳的な問題を無視して「自分が一生懸命する味」にだけ陥ったならば、その仕事は目標とした通りに上手くいくはずがない。
自分の熱情がこのように強いのに人が気づいてくれず、自分の熱情がこのように強いのに、他人は自分ほどに一生懸命しないように見えて、自分の熱情がこのように強いのに仕事が上手くいかないように感じて、私たちは簡単に傷ついて挫折する。しかし、必ず自分の熱情の本質を確認しなければならない。自分の熱情が仕事を損ねているのか、いないのかをだ。
湧き上がってくる自分の熱情をなだめることができる術を知る時こそやっと他人と調和して平和に仕事をすることができ、アイロニーであるが、その時こそやっと自分の熱情を自分の周囲の人にまで転移させることができるのだ。

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