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退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

幸福な世界 9

2015-09-04 09:47:02 | 韓で遊ぶ


栗一粒の希望
多くの人々が、大地を耕し農業をして暮らしていた昔。13歳の幼い新郎が12歳の幼い新婦を迎えました。彼は受け継ぐ農地がひとつもない貧しい家の長男でした。夫婦は今にも倒れそうな古い家で、病気の父を見ながら暮らしました。せめてもの財産というのは、栗の木が何本かそびえているはげ山だけでした。幼い新郎は、新婦と一緒に山に行って、栗を7斗拾いました。米が貴重な時代でしたが、米の値段を上回るのが栗の値段でした。
「あなた、栗を売って米を買ったらいいでしょう。」
「この栗は、他に使うところがある。」
ひえのお粥さえも食べることのできない貧しい暮らしでしたが、幼い新郎は米よりも貴重な栗を5斗、土に埋めてしまいました。夫婦は栗2斗で秋を過ごし、その辺に生えている葛の根を掘って食べながら、冬を過ごしました。そうやってひもじくて死ぬ直前であっても、台所に埋めた栗5斗には振り向きも、掘り返しもしませんでした。
間もなく暖かい春が来ました。豊かになった春の山のあちこちに、新郎は去年の秋に埋めておいた栗5斗を植えました。村の人々は新郎の行動を笑いました。しまいには、毎年、春になるとからかって聞きました。
「ちょっと、一昨年に植えた栗はいっぱい採れたかい。」
「いいえ。ですが、いつかは採れる日がくるでしょう。」
人々の皮肉に近い質問と、新郎の黙々とした答えが行ったり来たりして10余年、、、、。人々は、やっと新郎の深い意思を理解しました。
「あの栗の木、ちょっと見てみろ。いつの間にあんなに大きくなったのか、、、、。」
そうやってまた30年が過ぎた頃、貧しい新郎は栗の木長者になりました。彼が50歳になった頃、この間に息子を生んで結婚もさせ、孫も見ることができました。いつの間にか、おじいさんになった彼は、毎年、家族と一緒に山に登って木を植えました。彼はその度に昔のことを思い出しました。
「あの頃、どんなに腹がすいても栗を食べなかった理由があった。栗1粒を暖炉に入れることと、土に埋めることはとても大きな差があるからだ。暖炉に入れたらすぐに一人の人の口を楽しませるが、山に埋めるとそこから1年、12ヶ月暖炉に入れても余る栗が、生涯、出てくるからだ。ははははは。」
腹をすかしながら彼が守り抜いた栗一粒の希望、、、、。すぐ目の前のことに執着しないで、遠くの未来を見据えて種を蒔く知恵でした。
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