美しいおしゃべり

土曜日の午後、満員に混んでいるバスでのことです。
客がとても多くて足の踏み場もないバスの中で、私を腹立たしくさせたのは人が多いことでも、立っていなければならないことでもありませんでした。母親と思われる人に、休む間もなく話続ける子供のせいでした。
「今日は本当に空が青いよ。母さん、バスはすごく混んでいて人がいっぱいだ。」
「そうかい、、、」
子供は9歳ぐらいに見えました。
「母さん、今、幸福うどん店の前を通っているよ。その前の街路樹の葉っぱは、僕の手よりもずっと大きいよ。」
子供が母親にする話は、主に通りの風景に関することでした。道端に連なる店の看板を、ひとつ残らず読み続けるので、だんだん、その子供よりも母親に腹が立ち始めました。子供をやめさせるどころか、ずっと「うん。そうなの。」と答える態度が、子供のおしゃべりを助長しているように見えるからでした。
「母さん、あの喫茶店では甘いココアがあるって。おいしいだろうか。」
「そうだね。おいしいだろうね。降りて飲みたいね、、、、。」
子供のおしゃべりが止まりそうもないと思った乗客の何人かが、これ以上は我慢できないとカッと声を上げました。
「母親がほっておくから子供がうるさいじゃないか。まったく。」
「うるさくてたまらない。静かにできないのか。」
年をとった大人が怒ると、怖くなった子供は口をつぐみました。私はその姿を見てさっぱりしました。泣きそうになりながら母親の手をいじっている子供の表情には、誰も関心を持ちませんでした。子供がそれ以上騒がなかったのでバスの中はシーンと静かになりました。
やっと、その子と母親がバスを降りることになりました。バスが止まってドアが開くと子供は母親に言いました。
「母さん、着いたよ。僕の手を握って。絶対に手を離したらダメだよ。母さん。」
子供は母親がバスの階段を下りることができるように、手を差し出しました。そうすると、母親は子供の手をしっかりと握って、1段ずつゆっくり足を降ろしました。彼女は目が見えなかったのでした。
「あ、こんなことが、、、」
愛する子供の顔さえも見ることのできない母親。子供は母親の目で見えない世の中を、心の中だけでも描いて見ることができるようにと思って、バスに乗って行く道々絶えることなく話をしていたのでした。子供のおしゃべりは、バスから降りるとまた始まりました。そのおしゃべりは、私が今まで聞いてきたおしゃべりの中で一番清らかで美しいものでした。
幸福な世界7はこのお話で終了次は10巻です









