退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

幸福な世界 2

2015-05-05 06:34:09 | 韓で遊ぶ


美しいキス

その女性は大きな手術を受けて、今、目が覚めました。
左の顔が麻痺し口が一方にゆがんだ彼女の病名は皮膚ガン。乳白色に輝いていた頬の筋肉と神経まで入り込んだガン細胞を取り除くために、彼女は神経を切り取る手術を受けたのでした。
処置をした看護師が病室を出て行くとすぐに夫を見上げて言いました。
「あなた、鏡を見せてちょうだい。」
女性は包帯をほどいて顔がどうなっているのか見たくて鏡を頼んだのでした。夫は何度かためらいながら、ゆっくりと鏡を差し出しました。
「お、、鏡ね、、だけどね、おまえ、、、」
不安の中で、震える手で鏡を受け取った女性、その丸い円の中には、もはや彼女の昔の姿はなくなっていました。
神経を切ったということは回復が不可能だということ、一生この姿で生きていくしかないということを、女性は知っていました。
女性は泣き、夫がなだめました。
「大丈夫だ。お前」
「ううう、、どうしよう、、私どうしよう。」
「大丈夫だって、大丈夫よ。顔は必ず治るよ。」
夫婦は固く手を握りました。
秋の紅葉が、妻を慰める言葉が見つかず心を痛める夫の目に入りました。夫は急いで妻を車椅子に乗せて病室を出ました。
「どこに行くの。」
「お前、覚えているかい。」
夫は車椅子を押して庭の紅葉した林に入って行きました。
「いつだったか、この美しい紅葉を見ながら約束したこと。」
「あなた、、、」
妻は、紅葉した木に囲まれて夫の言葉を聞いていました。
「死ぬ時まで、どんな姿になっても、互いを見ながら一緒に生きていくことさえできたならば、感謝して生きて行こうと言ったことさ。」
夫の言葉で妻の目に涙が浮かびました。
「でも、ちがうよ。ちがう、、、」
妻に対する変わりない愛を、言葉では、これ以上表すことのできなかった夫は、妻のゆがんだ顔をなでてささやきました。
「お前は、私にとっては変わらずに美しい。」
そして言葉の代わりに長いキスをしました。それは夕焼けよりも紅葉よりも美しいキスでした。
コメント
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