退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

泣かないで、花を見なさい

2014-08-29 05:39:26 | 韓で遊ぶ

腐らないゴム靴
5月のその日以後、私は今まで土の中に埋もれている。昼になれば澄んだ日差し、涼しい風一吹きを全身に浴びたい、夜になれば暖かい星の光を眺めたいと、暗く湿気に満ちたここ、小川のほとりに深く埋もれている。
もう、私と一緒に埋められたすべてのものは腐ってしまった。私を履いていたヨンオクのノートも日記帳もかばんもお母さんに書いた手紙も、今はもう皆腐ってしまい痕跡さえなくなった。
しかし、私はまだ腐らないでそのままいる。それは私がゴム靴だからではない。私はまだヨンオクを愛しているからだ。私は今もヨンオクが私を履いて楽しくあぜ道を走る日を待っているからだ。
1980年5月のある春の日だった。私はその日もいつもと同じようにヨンオクの足に履かれ道を歩いていた。ヨンオクは学校の授業を早めに終えて友達と一緒に家に帰るところだった。ヨンオクはあぜの横の小川のほとりを歩いていた。村の入り口には手に銃を持った軍人たちが数百人ずつ押し寄せていた。軍人は氷のように冷たい顔をして道にバリケードを立てて、村に入る車を一台一台調べて、すべて引き返させた。
「ジェムン、急に軍人たちが何であんなにたくさん来たのかな。何かあったのか。」
ヨンオクが一緒にいた友達に聞いた。
「何だか、知らない。銃を持っているから訓練でもしているんだろ。」
「いや、何かおかしい。車も入っていけないじゃないか。」
ヨンオクはそれでやっと自分の国に再び軍事独裁政権が始まったと心配していた大人たちの話を思い出した。」
「ジェムン、軍事独裁政権って何だ。」
「う、、それは、、僕も大人になんだと聞いて、話は聞いたけど、よくわからなかった。やぁ、ヨンオク、そんなの気にしないで蛙でも捕まえて遊んで行こう。」
ジェムンがヨンオクの言葉をさえぎって小川のほうにヨンオクの袖を引っ張った。
「いや、このまま帰ろう。今日は母さんが遊ばないで早く帰って来いと言っていた。」
「なら、紙の船を作って浮かべて少しだけ遊んで帰ろう。」
ヨンオクは遊びたくなかった。しかし何も言わないでいたナンチョルさえ「誰の紙の船が遠くまで行くか競争しよう。」と言ったのでそのまま川辺に下りていって紙の船を作った。
ヨンオクは美術の時間に使い残した画用紙で紙の船を作り小川に浮かべた。ジェムンとナンチョルは国語のテスト用紙で船を作り小川に浮かべた。
紙の船はゆらゆらと揺れながら流れていった。
「僕の船が一番だ。」
「ちがうよ、俺のが一番だ。」
子供たちは互いに一番だと叫びながら船を追いかけた。
船は前になったり後になったりしながら波に揺られ楽しげに流れていった。
小川に紙の船が流れるのをはじめた見た私は面白かった。私も紙の船になって遠く海まで流れて行きたいと思った。
「パン!」
急に銃の音がしたのはその時だった。
紙の船について行っていた子供たちの笑い声が銃の音にかき消された。子供たちは驚いて向こう側のあぜ道に走った。
ヨンオクも素早く向こう側のあぜ道に走った。だけど、その時ヨンオクの足から私が脱げてしまった。
瞬間ヨンオクが立ち止まったまま私を振り返った。そうしていたら四方から銃弾が飛んでくる危険な瞬間に私に向って力いっぱい走ってきた。
「来るな。危ない。ヨンオク。」
私は力いっぱい叫んだ。
「死んでしまうぞ。来るな。」
私はありったけの力で声を上げた。
だが、ヨンオクは私の声を聞くことはできず、ずっと私に向って走ってきた。
あ、銃弾のひとつがヨンオクのやせた胸を貫いたのはその時だった。小川に脱げた私を拾おうとした瞬間、ヨンオクは「あ。」と言う短い悲鳴とともに横にひっくり返った。
私は目の前が真っ暗になった。全身が震えた。ジェムンとナンチョルはどこへ行ったのか見えなかった。恐ろしい銃声が続いた。
小川に一番最初に走って来たのはヨンオクの母だった。
「ヨンオク、ヨンオク、一体どうしたの。一体どういうことなの。」
ヨンオクのお母さんは私を拾い上げ地を打ちながら慟哭し、そのまま気を失った。
「悪いやつら、国を守る銃で国民を撃つのか。天罰を受けろ。子供に何の罪があると。」
あたふたと村の人々が走ってきて怒りを噴出した。
しかし、村の人々は怒りを噴出すしかなかった。ヨンオクとヨンオクの母を背負って病院に走って行った。すると今度は軍人たちが何人かが急いで走ってきてヨンオクのかばんと一緒に私を小川の横のあぜ道に軍靴で埋めた。
「紙の船、元気でいろ。」
紙の船だけが何事もなかったように波に揺られ流れて行った。

歳月が流れた。もう、ヨンオクを覚えている人は誰もいない。だけど私はまだ、ヨンオクを覚えている。ヨンオクがこの地に再び生き帰ると信じている。だからヨンオクに会える日を待ちながら腐らないでいる。
「待っていることは私たちを腐らせない。」というある若い詩人の言葉を覚えている限り私は決して腐らない。
コメント
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