kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

高槻まちかど遺産No.19 「戦国時代の山城 田能城跡」

2019年10月15日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
国土交通省は15日、台風19号の大雨により長野や宮城など7県の47河川66カ所で堤防の決壊を確認したと発表した。の記事は・・・こちら

ニュースに流れる映像を見ていて、2015年の「茨城県 鬼怒川の堤防が決壊」の時に、これは、天災? 人災? だと思ったことが思い出され、天災だけで片付けるのではなく、あの時の決壊が教訓として何も活かされていないのが残念です。


高槻 まちかど遺産 No.19「田能城跡」

左手前の小高い山は城山と呼ばれ、戦国時代には田能城という山城が築かれました。樫田地区は当時丹波国南端に位置し、山城・摂津両国の国境が接する要衝でした。城は杉生氏や灰方氏などの在地勢力によって築かれたと見られます。

城域は最長約100mで、山頂を中心にそれを取り巻く帯曲輪や南東に伸びる曲輪で構成されており、それらを仕切る横堀などの痕跡が確認されています。
 
*城跡への道はありません。また、私有地のため登山はご遠慮ください。
      平成29年3月  高槻市教育委員会


城山には、城だったころの遺構が残っています。

標高482mの山頂を中心として、最大約100mの範囲に曲輪という平らな場所や
それを取り巻く細長い曲輪(帯曲輪:おびくるわ)がありますが雑なつくりで、帯曲輪の一部は、塹壕状(ざんごうじょう)の横堀となり、臨時的に築かれた山城の様子を示しているそうです。

2008年に来た時に聞いた話では
亀山城主であった明智光秀が「のろし」を上げる場所として
この城山を使っていたそうです。


高槻市営バス「樫田校前」

樫田地区散策は、このバス停で終わりますが・・・

時刻表

時刻表を見て驚きました!

私達は14時26分発のバスで、JR高槻駅まで乗るのですが
これに乗り遅れると、次のバスは17時8分でした。(^^ゞ

バスを待っていると、ランドセル姿の子供たちがバス停にきました。
笑顔で「こんにちは」と挨拶してくれた子供たちは
特認校 樫田小学校の、かわいい生徒さん達でした。
コメント   この記事についてブログを書く
« 「体育の日」は2019年が最後... | トップ | 第11回 絵画同好会「楽彩会展」 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座」カテゴリの最新記事