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きみが一番苦しかったね~土佐いく子の子どもたちのまなざし⑯

2008年07月06日 | 土佐いく子の教育つれづれ

 「もうとにかく毎日くたくたなんです。3キロやせました。どう思いますか。日曜参観で親がいっぱい見ている授業中に、黒板の方を向いているちょっとの間にたたき合いのケンカですよ」
 若い先生から、こんな相談を受けました。一度、一日ゆっくりその子に付き合わせてもらうわ、と出かけました。

 なかなか賢く学力も高い子でした。興味のあることにはぐいぐいくいついてくるのです。図工の工作の作品もおもしろい工夫をしています。ところが、3年生のやんちゃたちが興奮してワーワー言うと落ち着かなくなり、教室を出て行こうとするのです。
 「あっ、雅史、また出て行ってるわ、お前なーまたさぼるんやろ」と非難の声がたくさん飛んできました。
 彼は必死な形相で教室を出て階段を駆け下り、保健室へ「しんどい」と言って飛び込みました。追いかけていくと、ベッドに横になっています。
 「しょっちゅうこんなにして来るんですけど、どうしたらいいんでしょうかね。勉強がイヤで逃げ出してきてるんだったら、厳しくしないといけませんね。友だちとうまくいってないみたいで、教室で落ち着かないんでしょうね」と養護教諭の先生も悩んでいました。

 「なあ、雅くん、あんた虫好きらしいね」と言うと、カミキリ虫のことや好きな魚のことも喜々としてしゃべるのです。「教室にいたらしんどかったんか」と尋ねると、「やかましいから静かな所がええねん。音楽室も行きたくない」。「どうして」と聞くと「リコーダーの音がイヤ」と言うのです。「それじゃあ、4時間目プールやけど、どうするの」「プールは行く」「そうか、それじゃあここで一緒にちょっと勉強して、プールのとき行こな」と言うと安心したような表情をしました。プールの時間が来ると自分から教室へ行きました。「好きなことだけはやるんや。わがままなんやろうか…」

 そして5時間目、国語の学習でした。教科書を開けず、好きな絵を描いています。でも、先生が質問すると、ちゃんと答えるのです。
 その時、特別支援教育でときどき学校に来てくださる先生が来られて、話をもちかけてみました。すると、その先生は「あの子ね、前から気になってたんですが、わが子と一緒なんですよ。うちの子、4年生でアスペルガーです。そんなこと言われてませんか」と言うのです。

 一日、この子と付き合ってそうではないかと思っていたところでした。
 ご両親と話をする場にも付き合わせてもらいました。
 お母さんは自分の子育てのせいだと自分を責め、言うことを聞かないわが子を叱って叱ってイライラも極地にきていました。そして、涙をこらえるようにして、小さかった頃から子育てに苦労してきたことを語ってくださいました。
 お父さんも、日曜参観でわが子の状況を目のあたりにして、「子育てを母親まかせにしてきました。専門家にも相談して自分も一緒にやらなきゃと思っています」と話してくださいました。

 雅史くん、大人たちがきみのことをよく理解してあげてなくて、ごめんな。きみが一番しんどかったなあ。大きな音も強い刺激も苦しくて逃げ場を求めて学校中を走り回ってたんやなあ。
 お母さんも大変でしたね。恐れず早く専門家に相談したらよかったですね。あなたの子育て下手で雅くんがあんなになってたんじゃないですよ。知らなかったから、親も子も追い込まれてしまったんですよね。症状に合わせて適切な対応をすれば、立派に育つのですよ。
(とさ・いくこ 中泉尾小学校教育専門員・和歌山大学講師)

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