旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

日本で知られていない物 ニャラ・ツァツァ

2019年10月15日 | チベットもの


チベットの古い物は
まだまだ
日本では知られていない物は多い。

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あのジービーズですら、
世間で知られて来た、
評価され出したのは、
ここ数十年、40〜50年位前がいいとこだろう。

急激に金銭的市場価値が上がったのは、
30年前に満たない位かもしれない。

いや、もっと若いかもしれない。


長い長い歴史を持った
ジーですら、そんな感じなのだ。


以前、1970年代からチベットの古い物を
集めている欧米人のコレクターに会った事がある。

当時は、100ドルもあれば、
袋一杯にトクチャを手に入れられた、と言う。

今や、インターネットは世界中に普及し、
一度、脚光を浴びると、
瞬く間に世界中に広まる。

それが、
ニッチな市場の物に置いても例外ではない。

今の古いチベット物の金銭的市場をリードしているのは、
間違いなく、
漢民族、
そう、
中国だろう。

ジーを含んだ、
アンシエント・ビーズの世界では、
古くから
欧米人の、「価値観と美、を見出す鋭い眼」がリードしてきたが、
それに加え、
今の中国人達の資金力と市場操作によって、
チベット物に置いて、
ある一定の狂った市場ができあがった。

その物が持つ、「ストーリー」に対する、
「共感」のレベルを超えた
金銭市場が意図的につくりあげられてしまったのだ。


しかし、
思い返してみよう。


ここ数十年の出来事なのだ。


そして、
意図的な市場操作によって、
一般に知らされるのは、
金銭的価値に変換できる、
「一部の特定の物だけ」となった。

インターネットがいくら普及したと言えど、
日本語サイト以外を閲覧してる一部の人を除き、
一般的な日本人にとっては、
特定の物しか知る術がない現状である。


ジーでなくとも、
チベットの古い仏像や、
タンカ(仏画)にしてもしかりだ。


中国本土各地で行われている、
アンティークのオークションのカタログを目にした事がありますか?

チベットの仏像に関してのオークションのカタログを。

そこには、
もはや、狂っているとしか言えない程の
超高額な落札相場金額が
記載されている。

昔から、
チベットの古い仏像は価値を見出され、
それ相応の金銭的価値も置かれてきた事だと思う。

欧米のオークションにしても同じだろう。

しかし、
今までは、欧米人達を中心にした一部の人にのみ、
価値を認められてきた物が、
ものすごい勢いで広まった結果がこれだろう。



で、何が言いたいのかって言うと、

『金銭的価値がない物は、知られない』

という分かりやすい構図となった。


正確に言うと、
超高額な金額がつく物、に注目が集まり、
そうでない物の情報は、
日本へ流れてくる事は限りなく少ない。

また、
日本人の価値観・趣向に適応する物のみが広まり、
全く未知の物は、知られない、求められない現状がある。



世界的にもある程度同じだと思うが、
日本人は、
「世間の情報でモノゴトを判断する」傾向が強いようにしか思えてならない。

ブランド志向が根強い日本。

日本人の際立った特性であろうか?

まぁ、これに関しては、
僕が知る限り、
今の中国人は日本人より更に上を行く、
ブランド志向主義が多い人種であるとは思うが。



では、
チベットの古い物で、
今は知られていないが、
新たに金銭的付加価値(ある種のブランド)をつくれる物は、
もう無いのかというと、
それは分からない。


ただ、
チベットの古い物に置いて、
今の市場情報から漏れた、
日本では知られていない
神秘的な物が存在するのは事実だ。


その一つ、
日本では、全く知られていない、
ニャラ・ツァツァ。

ニャラ・ササ(または、ニュラツァツァ)とも呼ばれています。






僕は、世間では全く知られていないモノ、
その秘められた価値観に興味を持つのです。






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