吾は信ず(クレド)
終点は神である。まずわれ自らが神なることを想い、神と偕(とも)にきょうの一日を始めるがよい。
終点は既に確定している、古往今来常にそれは確定していたのである。あなたは神性である。
神の姿、神のキリスト、神なる男子、神なる女子である。
しかし、あなたにその通りに考えよと強制する者は一人もいない
それはあなたの神我への自由意志による供物でなければならないのである。
神なるわれは宇宙生命・宇宙力と合一しているのである。この力はすべてわが神性に集中し、かくてわれ
神の完全なるエネルギーによって積極的となり、このエネルギーをすべての形あるものに放射し与えて、
これら形あるものをまた積極的ならしめ、ついにありとしあらゆるものが変貌し、調和し、
完全となることを期する。
わが心は無限の叡智を以て満たされている。わが全身にある才能は悉くわが心を通して自由に
表現される。人類すべてまた然りである。
わが情(こころ)は平安と愛と征服者キリストの歓びで溢るるまでに満たされている。
われはすべての人々の面(おもて)にかの征服者キリストを見る。
わが情(こころ)は神の愛によって全人類の情(こころ)を強く満たしているのを自覚する。
神の生命はわが全血流を隈なく豊かならしめ、わが体をその清純さを以て満たす。
神はすべての生命である。われは呼吸と共に生命を吸入し、わが肺は呼吸と共に生命を摂取し、
かくてわが血流は生命の活力を以て満たされる。
神なるわが胃は智慧あり全能なる生命の消化エネルギーである。わが体の器官はすべて健康と調和を
注ぎ込まれ、わが組織はすべて完全なる調和の裡(うち)に機能する。
われはわが器官すべてが神の智慧を以て注ぎ込まれているのを自覚する。全器官がそれぞれの為すべき
業(わざ)を知り、共働してわが全心身の健康と調和を図る。
(つづく)
わたしはこの聖言を暗誦しているが、唱えることによるメリットはポジティブな自己暗示の他に、
その意味を理解した上で実行すれば一点集中できるメリットが増大すると考える。
神のキリスト>神我。われは神であると自認すること
神我>神のキリストと同義
エネルギー>神はエネルギーそのものであり、神はそのエネルギーを放射してもいる。
征服者キリスト>悟りを得たら不可能はなくなるから全能となりすべてを支配し、すべてを征服した存在になる。
したがって神となる。
※「キリスト」が頻出するが、このキリストとは必ずしもイエス・キリストと同義語ではない。
ヒマラヤ聖者の生活探求Vol.5(霞ヶ関書房)より引用
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