ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ウイルス4~武漢ウイルスは人工ウイルスか

2020-07-14 10:20:55 | 国際関係
●武漢ウイルスは人工ウイルスの可能性が大

 生物兵器の使用は、1925年のジュネーブ議定書で禁止された。だが、開発や生産、保有に関しては禁止されていなかった。1970年代にこのことが課題となり、生物兵器禁止条約が締約されるようになった。生物兵器禁止条約は、正式名称を「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」という。生物兵器の開発・生産・貯蔵等を禁止するとともに、既に保有されている生物兵器を廃棄することを目的とする。1972年に署名が開始され、75年に効力が発生した。
 ソ連は、1972年に生物兵器禁止条約に署名したが、それ以後、密かに生物兵器の開発を進め、炭疽菌・ペスト菌・天然痘ウイルス・エボラ出血熱ウイルス等の生物兵器を作っていた。生物兵器の開発責任者だったケン・アリベックは、1999年に著書『バイオハザード』を出版し、ソ連の生物兵器開発の実態を暴露し、1979年にロシアのスヴェルドロフスクで、生物兵器による人身事故が発生し、68人以上の死者が出たことを告発した。当時のロシア大統領ボリス・エリツインは、事故を事実と認めた。ソ連崩壊後、これらの生物兵器技術は他国に流出したといわれる。
 共産中国も生物兵器条約に加入している。だが、中国では、1980年代に生物兵器開発計画が策定され、研究・開発が進められてきた。そのことが浮かび上がったのは、2002年にSARSの感染が起こった時である。SARSにも人工説がある。2003年4月ロシアの伝染病センター所長のニコライ・フィラトフは「感染スピードや感染過程の進化から判断して、SARSウイルスは人の手によって製造されたものだ」と語った。ロシア薬学アカデミーのセルゲイ・コレスニコフ教授は「このウイルスはおたふく風邪と、はしかのウイルスを合成した病原体であり、自然界にあるものではない」「このウイルスは研究室から、何らかの拍子で外部に漏洩した」と明らかにした。アメリカのシンクタンク、ジェームズタウン財団は「中国は生物化学兵器条約に加盟する以前から、生物化学兵器の研究・開発を進めてきた」と公表した。中国は、SARS感染拡大の初期段階で感染者を人民解放軍病院に収容した。宮崎正弘は、「SARSは人民解放軍が生物化学兵器として開発してきたものだったのではないか」と推測している(宮崎正弘+石平共著『ならず者国家・習近平中国の自滅が始まった!』WAC)
 武漢ウイルスにも人工説がある。このことについて、私は本年1月末から繰り返し、SNSに書いてきた。その拙文は「ドキュメント 2020年武漢ウイルス・パンデミック」に収録していている。あらためて、ここに時系列的に整理して書くことにする。

◆平成25年(2013年)

 中国政府系研究機関である中国科学院の公式ウェブサイトに、次のような実験の報告が掲載された。ハルビン獣医研究所(HVRI)のウイルス研究チームが、毒性が強い鳥インフルエンザ(H5N1型)ウイルスと、感染力が強いインフルエンザ(H1N1型)ウイルスとを、遺伝子組み換え技術を用いて結合し、127種の新型ウイルスを作成した。強い毒性と強い感染力を兼ね備えた極めて危険なウイルスを作り出す実験だった。この研究報告は、権威ある科学雑誌「Science」に発表された。

◆平成27年(2015年)

 武漢ウイルス研究所の石正麗が、論文で「SARSウイルスとコウモリウイルスを組み合わせることによって、最初に、ヒトの気道に感染する新しいタイプのコロナウイルスを作成した」と発表した。

◆令和元年(2019年)

・9月18日
 10月18日に武漢で予定していたミリタリーワールドゲームズの準備作業の一環として、9月18日、武漢天河国際空港で大会専用通路の試験運用を行った。大会事務局は同日、空港で新型コロナウイルスの感染者が発見されたことを想定し、応急処置の演習を行った。
 当時の報道内容は、その後発生した新型コロナウイルスを彷彿とさせるものだった。例えば、「航空会社から天河国際空港に”間も無く入国する飛行機に体調不良の乗客がおり、呼吸困難で心拍などが安定していない”との連絡が入った」「空港は即時、応急対応体制を発動し、感染者の搬送を行った」「濃厚接触者と一般接触者を特定し、経過観察を行った」「2時間後に新型コロナウイルスによる感染が確認された」
 この演習では、感染病調査、医学検査、臨時検疫ブースの設置、接触者の隔離、患者の移送、衛生処理などの応急措置の全過程を実戦方式で行ったと報じられた。

・9月26日
 共産中国は、中国が開催した露・朝・イラン等参加の軍事訓練で、武漢ウイルスの中国公式名称『新型環状病毒』の名を使用した。

◆令和2年(2020年)

・1月26日
 中国共産党の権威ある軍事サイト「西陸網」は「武漢ウイルスの4つの主要蛋白質が交換され、中国人を正確に狙い撃ちできる」という文章を発表した。文章の要点は次の通り。「『武漢新型コロナウイルスは4つの重要な蛋白質を取り替えた』ことである。その目的は第一に、SARSウイルスに偽装し、医療関係者を欺くことで、治療の時間を遅らせることである」「第二に、『人への感染力が強力』であるため急速に蔓延させ、伝染させることができる。人間を絶滅させるこの生物技術はコウモリやアケビが生み出したのでしょうか」「これほど正確な『4つの鍵となるタンパク質』の『交換』は、自然界では1万年たっても不可能だ」「これらの事実から導かれる結論は、武漢ウイルスは実験室が製造と生産に関与していることだ」。続いて、この文章は米国に矛先を向け、「SARSから武漢新型肺炎まで、米国の人種絶滅計画を見る」という小見出しで、米国が生物兵器を製造し、中国人を攻撃できるようになったと非難した。後日この記事は削除された。

・1月下旬
 インドの研究者たちは、新型コロナウイルスの中にエイズウイルスが含まれているとネット上に発表した。彼らの英語の論文 "Uncanny similarity of unique inserts in the 2019-nCoV spike protein to HIV-1 gp120 and Gag" によると、コロナウイルス(正式名称:2019-nCoV ウイルス)の表面のSタンパク質(スパイクタンパク質)の中の非連続的な4つの場所にはHIVウイルスのアミノ酸配列が挿入されている。Sタンパク質の3次元構造を見ると、この4つの挿入物は、動物の細胞膜上のウイルス受容体と相互作用することができる。つまり、2019-nCoVウイルスの感染性はHIVと同じであり、その毒性は依然としてコロナウイルスによって決定される。これらの4つの挿入物は、他のコロナウイルスには存在しない。このような巧妙な突然変異は、自然に発生する可能性がなく、人工的に設計されたものでしかありえないとのことである。この記事はすぐ削除された。

・1月下旬
 イスラエルの研究者たちは、新型コロナウイルスは表面にある4つのタンパク質が自然界には存在しえない配列を持っており、SARSにエイズウイルスが合成されているものだと指摘した。

・2月6日
 ブッシュ子政権時代、バイオテロ法の米国内法と国際法を起草したハーバード大学法科大学院で博士号を取得し、アムネスティ・インターナショナル理事でもあるフランシス・ボイル博士は「新型コロナウイルスは、武漢P4研究所から漏れた生物兵器」とインタヴューで明らかにした。

・2月19日
 ロシア政府衛生部長は、「武漢ウイルスは中国が人工的に造った」と発表した。

・4月20日
 フランス発のニュースによると、エイズウイルス(HIV)を発見したことで2008年にノーベル生理学医学賞を受賞したフランスのリュック・モンタニエ博士が、「新型コロナウイルスは中国武漢にあるウイルス研究所から事故的に漏洩してしまった、人工操作されたウイルスだ」と発言した。博士は発表の中で、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の中にエイズウイルスが含まれている、と説明。博士は、生物兵器説ではなく、エイズのワクチンを作る研究をしていて、ウイルスが漏出したという見方をしている。

 以上を踏まえて、私は、武漢ウイルスは自然発生のウイルスではではなく、人工的に作り出されたウイルスである可能性が高いと考えている。何のためにこのような危険なウイルスをつくり出すのか。生物兵器として利用するためだろう。もしこのウイルスが生物兵器を製造するために人工的に開発されたものであり、また生物兵器条約を締約している国が開発したものであれば、同条約違反である。その開発を進めた者たちは、厳しく断罪されねばならない。その疑いの目は、中国共産党の指導層に向けられている。今後、事実関係を明らかにする必要がある。事実が明らかになれば、賠償責任が追及されるだろう。
 既に武漢ウイルスの被害について、中国当局を相手どった賠償請求訴訟が国際的に広がりつつある。フランスの国際放送局RFⅠの4月29日の報道によると、すでに8カ国ーー米国、英国、イタリア、ドイツ、エジプト、インド、ナイジェリア、オーストラリアーーから訴訟が起こされ、請求総額は49兆5000億ドル(約5300兆円)に上り、これに米ミズーリ州を加えると、総合計100兆ドル(約1京1000兆円)となる。中国のGDPの7年分とのことである。史上最高額の国際賠償請求訴訟となる。それだけに、中国共産党は、自らの責任を回避するために必死の対応をしているものと見られる。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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仏教27~仏教と科学、アインシュタイン

2020-07-13 10:12:32 | 心と宗教
●仏教と科学

#キリスト教と仏教の違い
 近代西欧科学は、西方キリスト教の文化圏で発達した。ローマ・カトリック教会は、地動説を主張したガリレオ・ガリレイに有罪判決を下した。ダーウィンが進化論をと唱えると、これを否定した。キリスト教を信じるならば科学を認められず、科学を認めるならばキリスト教を信じられない、という関係が続いた。
 だが、20世紀末になって、ようやくローマ・カトリック教会は、自らの誤りを認めるようになった。ガリレオの死去から実に350年後、1992年(平成4年)に教皇ヨハネ・パウロ2世はガリレオの異端裁判の判決を「教会の過ち」と認め、ガリレオに謝罪した。2015年(平成27年)には教皇フランシスコが、世界の創造についての科学理論は神の存在と矛盾するものではないと、進化論とビックバン理論を認める演説を行った。
これに比べ、仏教は、地動説も進化論も否定しない。仏教では、無から宇宙や人間を創造した人格神を認めないから、地動説や進化論はその教義に反するものではない。仏教が説く因縁果の法則は、因果律を宗教的にとらえたもので、因果律は人間が経験を通じて見い出す法則であり、また宇宙・生命・精神を貫く法則でもある。哲学・自然科学・社会科学に共通する。仏教では、キリスト教のように、人格神の意思によって物事が生成変化するとは考えない。その点で、仏教は科学者が受け入れやすい宗教と言えるだろう。

#アインシュタインと仏教
 20世紀最高の天才物理学者であるアルベルト・アインシュタインは、ニュートンの機械論的世界観の体系を包含する相対性理論を樹立したことで知られる。相対性理論の発表後、アインシュタインは、宇宙には神の意思による秩序があると信じ、その秩序を明らかにするための理論の構築に心血を注いだ。自然界には、重力・電磁力・強い核力・弱い核力の四つの力がある。アインシュタインは、後半生の約40年間、これらの力を統一する統一場理論に取り組んだ。その試みは、彼の死を以って中途に終わった。
 アインシュタインは、科学の最先端を切り開いた科学者だったが、科学と宗教が対立するとは考えず、宗教に意義を認めていた。彼は、著書『私の世界観』(the world as I see it.)に、次のように書いている。
 「人生の意味は、何だろうか。この質問に答えようとすることは、当然、宗教に関わってくる」と、アインシュタインは言う。そして、宗教には、三つの段階があるとする。第1段階は、恐怖の宗教で、原始人が恐怖の感情によって、人間に似た存在を創造し、機嫌を取ろうとする。第2段階は社会的・倫理的な宗教で、社会的な感情が生み出した賞罰を司る摂理の神の概念によるものである。興味深いのは、続いて、アインシュタインは、第3段階の宗教として、「宇宙的な宗教感覚(cosmic religious feeling)」を挙げることである。
 アインシュタインは、「宇宙的な宗教感覚は、それを持たない人に説明するのは、非常に難しい。それに対応するような擬人化された神の概念がないためである」という。そして、ここで仏教に言及する。「ショーペンハウアーの素晴らしい著作で学んだように、仏教は、宇宙的な宗教感覚の、ずっと強い要素を含んでいる」と。そして次のように続ける。「宗教と科学の領域はそれぞれはっきり互いに区別されているにもかかわらず、宗教と科学には強い相補的な関係と相互依存性が存在する。宗教は目標を定めるものであるけれども、それにもかかわらず、宗教は、最も広い意味での科学から、設定した目標の達成に貢献するものとは何なのかを学んで来ている。宗教なき科学は不自由(lame)であり、科学なき宗教は盲目(blind)である」と。
 また、アインシュタインは、「理性における成功を強く体験した者は、誰もが万物に表れている合理性に畏敬の念を抱いている」とし、「科学・宗教・芸術等の様々な活動を動機付けているのは、崇高さの神秘に対する驚きである」と言う。彼は「崇高さの神秘に対する驚き」を以って自然を研究し、「万物に表れている合理性」に畏敬の念を抱いていたのだろう。彼のいう「宇宙的な宗教感覚」とは、こうした驚きや畏敬の念に裏付けられたものだったと考えられる。また、彼は、著書『信条と意見』に、「私は、宇宙的な宗教感覚は科学的な研究の最も強い、そして最も崇高な動機であると主張する」と書いている。
 ここで注目したいのは、アインシュタインが、先の引用にあるように「仏教は、宇宙的な宗教感覚の、ずっと強い要素を含んでいる」と書いていたことである。彼は、ユダヤ教徒であり、シオニズムの支援者だった。ユダヤ人としての行動は、信仰というより民族的な意識によるものだったのだろう。アインシュタインは人格神の存在は認めず、自然の法則を神としており、ユダヤ教の教義とは異なる考えを持っていた。彼の宗教思想は、数学的神秘主義者ピュタゴラスと、汎神論哲学者スピノザの折衷であると分析されている。そうしたアインシュタインが、一方では、仏教を高く評価していたのである。
 アインシュタインは、次のように言っている。「現代科学が必要としているものに応える宗教があるとすれば、それは仏教だろう」(H・デュカス+B・ホフマン編著『素顔のアインシュタイン(Albert Einstein, the Human side)』)。「仏教は、近代科学と両立可能な唯一の宗教である」(フレデリック・ルノワール著『仏教と西洋の出会い』)。
 これらをまとめると、アインシュタインは、仏教には「宇宙的な宗教感覚」が強くあると認め、仏教は「現代科学が必要としているものに応える宗教」であり、「近代科学と両立可能な唯一の宗教」だと考えていたことがわかる。こうしたアインシュタインの見解に基づいて、彼のいう第3段階の宗教は、しばしば “cosmic religion(宇宙的な宗教)”と呼ばれている。
 もっともアインシュタインがどの程度の深さで仏教を理解していたかは、明らかでない。仏教の教えのどういう点が現代科学が必要としているものに応えたり、近代科学と両立可能といえるのか、アインシュタインは、具体的に語ってはいない。
 その点、次に書く科学者たちは、科学的世界観と仏教の教えの類似性を、様々な観点から述べている。

 次回に続く。

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ウイルス3~人口爆発・グローバリゼイション・森林伐採の影響

2020-07-12 10:11:39 | 国際関係
●人口爆発・グローバリゼイション・森林伐採の影響

 20世紀は、感染症の世界的流行の時代の始まりだった。1918年から20年にかけて猛威を振るったスペイン風邪は、歴史上でも最も致命的な伝染病だった。わが国では「風邪」という名称がついているが、実態は風邪ではなく、インフルエンザである。
 スペイン風邪の流行当時、世界人口は18億人から20億人と推定されている。世界全体の推定感染者数は、世界保健機関(WHO)によると世界人口の25~30%。世界人口の3分の1、または約5億人ともされる。死亡者数は全世界で4,000万人から1億人と見られている。スペイン風邪が流行した1918年は、第1次世界大戦の末期だった。スペイン風邪によって、敵味方の双方に戦闘不能者が続出したことが戦争終結を早めた要因の一つだった。この大戦の戦死者がおよそ900万人だったのに比べ、スペイン風邪の死亡者はその4.4倍から10倍以上と推計される。
 スペイン風邪の後、多くの新型インフルエンザが出現している。WHOは、インフルエンザの死者数を、毎年、世界で25万~50万人と報告している。インフルエンザのウイルスもまたカモ・鶏・豚等の動物に由来する。野生動物を自然宿主とするウイルスが人間の飼う家畜の体内に入り、そこから人間に感染すると見られる。
 ウイルスにとって、個々の人間は住みかであると同時に、格好の「乗り物」でもある。これを乗り物として、他の人間に乗り換えて生存・繁殖していく。人類は、20世紀後半から人口が爆発的に増加している。この現象を「人口爆発」という。人口爆発によって、世界各地で人口1千万を越える巨大都市が発達している。巨大都市では不特定多数の人間が絶えず行き交い、接触する。そのため、ウイルスによる感染症が拡大しやすい。また、20世紀末の1990年代から、21世紀にかけて、世界的にグローバリゼイションが急速に進んでいる。グローバリゼイションは、国境を越えた交通・貿易・通信が発達し、人・もの・カネ・情報の移動・流通が全地球的な規模で行われるようになる現象である。航空機・高速鉄道等の交通手段を用いて、人とものが地球規模で頻繁に移動するから、感染症の世界的な流行が起こりやすくなっている。また、近年は発展途上国の経済活動によって、熱帯地方等で森林伐採が急速に進んでいる。森林の乱開発によって、人間が野生動物と接触する機会が一段と増えている。
 人口の爆発的な増加、大都市の発達、グローバリゼイションの進展、森林の乱開発が続く限り、人類はウイルスの脅威から逃れることはできない。

●武漢ウイルスはコウモリが起源

 コロナウイルスは、かつてはありふれた風邪の原因でしかなかった。だが、21世紀に入ると、強毒化した新型が現れた。2002年(平成14年)にSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年(平成24年)にMERS(中東呼吸器症候群)が流行した。ともにコロナウイルスの新型である。
 2019年(令和元年)、さらなる新型コロナウイルスが中国武漢で発生し、世界的に感染拡大しつつある。COVID-19と呼ばれるが、名称はまだ確定していない。本稿では、武漢ウイルスと呼ぶ。このウイルスによる病の名称は、中東で発生したMERS(Middle East respiratory syndrome)の名称にならえば、CHIRS(China respiratory syndrome、中国呼吸器症候群)またはWURS(Wuhan respiratory syndrome、武漢呼吸器症候群)が適当だろう。
 武漢ウイルスの自然宿主は、コウモリである。武漢ウイルスのゲノム(全遺伝情報)を解析した結果、コウモリが持つコロナウイルスの塩基配列と96%が一致した。それゆえ、コウモリの体内で共生していたウイルスが、何らかの形で人に感染したと見られる。
コウモリは、哺乳類の中でネズミに次いで種の数が多く、様々なウイルスを宿している。森林や洞窟等で密集して暮らすため、仲間同士で容易に感染が広がり、体内で遺伝子の組み換え等が起きて新型のウイルスが生まれやすいとされる。コウモリは糞尿を放って、他の動物にウイルスをまき散らす。その動物に接したり、その肉を食べたりした人間にウイルスが感染する。動物から人へ感染すると、ウイルスが変異し、病毒が激増する。エボラ出血熱は、中部アフリカのエボラ川流域に棲むコウモリの一種、オオコウモリが自然宿主だった。人類が知る最も病毒性の強いウイルスによる感染症で、致死率は50~88%に及ぶ。
 中国では野生のコウモリを食肉として販売している。中国のコウモリが持つコロナウイルスの危険性は、世界の多くの科学者が以前から論文で繰り返し警告していた。2002年に中国・広東省で発生したSARSは、コウモリのコロナウイルスが哺乳類のハクビシン等を通じて人に感染したものだった。SARSは約8000人の感染者を出したが、8カ月後には終息した。武漢ウイルスは、SARSと比べて症状が軽い人が多く、そのために無症状の人が移動して感染拡大に拍車をかけている。
 SARSのウイルスにせよ、武漢ウイルスにせよ、野生のコウモリを自然宿主とする新型コロナウイルスが何らかの過程を経て人間に感染し、パンデミックを引き起こしたわけである。ここで、人類は文明のあり方、自然とのかかわり方を、感染症との関係という観点から見直さなければならない。
 ただし、ここで重要なのは、SARSにも武漢ウイルスにも人工説があることである。つまり、コウモリを自然宿主とするコロナウイルスを何者かが人工的に改変したウイルスだという見方があるのである。次にそのことを書く。

 次回に続く。

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仏教26~飲食物、祭儀、暦

2020-07-11 08:35:03 | 心と宗教
●飲食物

 仏教の戒の一つに不飲酒戒があり、出家者は酒を飲むことを禁じられている。だが、わが国では、釈迦が定めた不飲酒戒を守らない僧侶が多くなっている。
 肉食は、本来、仏教では禁じられていない。この肉食には、動物の肉の他に魚の肉を含む。親鸞は僧侶でありながら、肉食をした。だが、僧侶は肉食をしてはならないというのは、天武天皇が仏教の慈悲の精神に基づいて肉食を禁じたもので、日本的な慣習である。インドや東南アジアでは、僧侶は、見・聞・疑の三肉すなわち、自分のために殺されたのを見たり、聞いたり、疑われたりする肉を除いた肉は、食する。

●祭儀

 仏教において、最も広い地域で行われている祭儀は、ウェーサーカ祭である。部派仏教が伝わった南アジア・東南アジア、チベット仏教の伝わった国々で、年に1回行われる。釈迦の誕生・成道・入滅に関する祭儀だが、南伝仏教では誕生・成道・入滅が同じ月の同じ日に起こったとされ、年1回仏滅紀元の5月か6月の満月の日に行う。
 北伝仏教では、ウェーサーカ祭の代わりに、灌仏会を行う。日本では4月8日に、釈迦の降誕を祝う行事として行う。降誕会、花祭りともいう。
 日本では、灌仏会とは別に、12月8日に成道会、3月15日に涅槃会を行う。この他、宗派によってさまざまな行事がある。それらの中には、正月・彼岸・盆等、神道の慣習を取り入れたものがある。また、その宗派の開祖や高僧の誕生日や命日などに行うものもある。

●暦

 仏教には、仏暦という独自の暦がある。これは、釈迦が入滅した年を西暦紀元前544年とし、その年またはその翌年を元年とする紀年法である。東南アジアのミャンマー、スリランカ、タイ、カンボジア、ラオス等の仏教国または仏教徒の多い国で用いられている。
 入滅を西暦紀元前544年とする場合、西暦2019年・令和元年は、仏暦2563年となる。わが国には神武天皇が皇位に就いたとされる西暦紀元前660年とする和暦があり、仏暦より紀元が116年古い。仏暦2563年は和暦2679年に当たる。
 なお、シナや日本で慣習的に使われる暦に、六曜がある。1週間を7日ではなく6日で表したもので、先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口の六つが循環する。起源ははっきりしないが、シナから日本にも伝来した。六曜の中に仏滅があるが、これは仏教とは全く関係がない。もとは「虚亡」と言って勝負なしの意味だった。「空亡」とも呼び、これを全てが虚しいと解釈して「物滅」と書き、さらに仏の功徳もないという意味に転じて「仏」の字が当てられたといわれる。仏滅は、万事に凶であるとされ、六曜の中で最凶の日とされる。そのため、婚礼などの祝儀を忌む習慣がある。

 次回に続く。

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ウイルス2~人類とウイルスの歴史

2020-07-10 08:39:24 | 国際関係
●人類とウイルスの歴史

 人類が地球に出現して、数百万年が経ったとされる。現生人類のホモ・サピエンスは、約20万年前、アフリカで誕生したというのが、今日の定説となっている。当初は狩猟しながら移動する生活だったから、野生動物のウイルスに感染する機会は多かっただろうが、小集団が点在して暮らしていたので、大規模な流行は起きなかったと考えられる。
 人類の文化が大きく変わったのは、今から1万年から1万1000年前に、農耕がパレスチナで始まったことによる。同じころ、東南アジア、西アフリカ等でも農耕が始まった。穀物の収穫で人口が急激に増加し、定住生活が始まった。これを「農業革命」という。農業には動物が利用される。ウシやヤギ等が家畜化されたことで、動物のウイルスが人間の社会で広がる環境が生まれ、新たな病気が発生した。例えば、はしか(麻疹)はウシ、天然痘は野ネズミから持ち込まれた。
 農業の発達によって生産力が増大すると、直接生産に従事しない集団が現れ、都市を形成した。社会の階層化・分業化が進み、組織化や制度化が進展した。これを「都市革命」という。都市は人口密度が高く、動物起源のウイルスが人間に感染する機会が増加した。天然痘は1980年に根絶するまで人類を長く苦しめたが、既に古代エジプト文明で広まっていたことが知られている。
 その後も人類は、様々な感染症を体験してきた。多くの病死者が出た。だが、それによって滅亡することはなく、ウイルスへの免疫力を強め、人口を増やし、繁栄を続けて来た。これは偉大な事実である。
 その間、14世紀には世界的に黒死病(ペスト)が大流行した。ヨーロッパでは、人口の3分の1から3分の2が死亡したと推定されている。カトリック教会は感染症から人々を救うことができなかった。教会の権威の低下は、ルネサンスや宗教改革につながった。また、ペストで多数の死者が出たため農奴制が崩れ、農奴が賃金小作農に代わるなど、社会に大きな変動が起こった。
 また、15世紀末からヨーロッパ文明が「大航海時代」に入り、南北アメリカ大陸に進出した。この時、天然痘がヨーロッパから新大陸に持ち込まれた。過酷な労働とともに感染症によって、先住民の人口は激減した。それがアステカ文明、インカ文明の滅亡の主因となった。
 ヨーロッパ文明では、15世紀から文化・社会・政治・経済の各領域で「生活全般の合理化」が進んだ。私は、これを「近代化革命」と呼ぶ。この過程で17世紀に科学革命、18世紀に産業革命が起こった。人類は、科学と産業の発達によって自然を支配し、自然を改造する力を持つようになった。
 近代西洋文明は、アジア・アフリカにも進出した。各地で地下資源を採掘・利用するために森林の伐採が進められた。野生動物が森林から追い出され、人間に接するようになると、野生動物に寄生していたウイルスが新たな感染症をもたらした。また、生産力の増大によって人口が増加し、人間の居住地が拡大され、数万・数十万の人口を持つ大都市が建設された。その人口密集空間は、ウイルスに増殖しやすい環境を提供している。
 人類の文明の歴史は、人間に感染するウイルスの繁殖と多様化の歴史でもある。

 次回に続く。

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仏教25~出家と在家、性愛と結婚、葬儀と墓

2020-07-09 10:19:05 | 心と宗教
●出家と在家

 仏教の信者は、基本的に出家者と在家者の生活に分かれる。出家者は、一般社会を離れ、解脱を目指す修行に専念する。在家者は、家庭生活・職業生活をするなかで、仏・如来・菩薩等を信仰する。これが原則である。しかし、日本では、戒律が緩和され、出家者ではない僧侶が存在するようになった。今日では会社員・公務員等の職業に就きながら、寺院の業務を行う者が少なくない。

●剃髪と袈裟

 出家して仏教に入門する者は、頭髪を剃る。古代インドでは剃髪は重罪の一つで最大の恥とされていたが、釈迦はあえてその姿を出家者の姿に選んだといわれる。剃髪するのは、俗世間を捨てて仏陀の弟子になる心を表明するため、煩悩を断ち、驕り高ぶる心を除くためなどとされる。
 僧尼は、袈裟という簡素な衣服を授けられる。袈裟は、衣服に対する欲望を起こさせないために定められたといわれる。濁った色の拾った布を綴るのを原則とする。

●性愛と結婚

 出家者は、家族を離れて修行生活を行う。性愛は禁じられ、結婚することなく独身生活を送る。日本では、親鸞が僧侶でありながら、公然と妻帯して以来、結婚して家庭を持つ僧侶が多くなっている。
 在家者は、性愛・結婚を禁止されていない。

●離婚・再婚

 インドには、古代から、結婚した男女は、現世だけでなく、来世に至るまでも、永遠に夫婦であり、その関係を解消することはできないという慣習があるが、仏教では、離婚は禁止されていない。

●自殺

 仏教は、自殺を悪としていない。不殺生を理想としており、悟りを開いた者は、生きるために、他の命あるものの命を奪わないために、自殺をしてもよいとする考え方がある。
キリスト教では、自殺を罪悪とする。理由は、人間は神の被造物であり、人間がいつどのようにして死ぬかを決めるのは神だけであり、自殺は神の権威への挑戦にして神への冒涜だと考えられているからである。
 仏教には、造物主という考えがないから、自殺が神を冒涜するものという考えもない。

●葬儀と墓

 インドでは、伝統的に人が亡くなると、遺体は通常、火葬される。遺骨は砕き、遺灰は川に流す。一般に墓を作らない。人の魂は死後、輪廻転生すると信じられていることによる。魂が別の生命体に再生していると考えれば、墓に行って鎮魂や慰霊をする意味はない。インドの仏教でも同様に、遺体は火葬にし、墓は作らなかった。
 火葬の習俗は、仏教の東漸によって、東アジアにも伝えられた。シナや日本では、儒教・神道等によって墓を設ける慣習がある。そのため、シナや日本では、仏教が伝来した後も、墓をつくっている。だが、輪廻転生を信じることと、墓をつくることは本来は矛盾する。とりわけ阿弥陀信仰のように、死者の魂が死後ただちに阿弥陀仏の極楽浄土に往生すると信じるのであれば、墓をつくる必要は全くないはずである。それでもなお墓をつくり、遺族が墓参りをするのは、東アジアの仏教が儒教的仏教や神道的仏教になっているからである。

●先祖供養

 仏教は輪廻転生を説くので、本来、先祖崇拝を行わない。先祖の霊は既に他の生命体に生まれ変わっているはずだからである。だが、東アジアの儒教・神道は、先祖崇拝を重視する宗教であり、仏教はその慣習を取り入れた。
 日本の仏教は、先祖崇拝を重視し、先祖供養が信仰の柱となっている。これは、先祖崇拝を信仰の柱とする神道の影響であり、仏教の神道化である。また、日本では、ブッダ(仏陀)を意味する「ほとけ」を死者に用いて、死者の魂を「ほとけさま」と呼ぶようになった。輪廻転生説に立てば、ほとんどの死者は解脱すなわち成仏できずに、輪廻転生を繰り返す。ところが、その成仏できずに六道を転生しているはずの魂を「ほとけさま」と呼ぶのだから、仏教の教義からは全く外れている。これも仏教の神道化の現象であり、神道的な死者観が仏教的な観念を上回ったものである。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
 『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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人類がウイルスと共存するには~生命力と調和の精神がカギ1

2020-07-08 10:10:00 | 国際関係
●はじめに

 武漢ウイルスの感染者は、米ジョン・ホプキンス大学の統計によると、令和2年(2020年)6月28日に世界で1000万人を超えた。同じく死亡者は50万人を超えた。
 国別の感染者数は、米国約251万人、ブラジル約131万人、ロシア約63万人、インド約53万人と続き、10万人を超える国が計19カ国。国別の死亡者数は、米国12万5000人超、ブラジル5万7000人、英国4万3000人、イタリア3万4000人、フランス2万9000人と続き、1万人を超える国が計9カ国。
 感染者の3分の1以上は、米国とブラジルである。これら2国を中心に南北米大陸での感染拡大が続いており、まだそこでのピークが見えない。ロシア、南アジア、アフリカでも感染者が増加している。感染者数の増加とともに、これらの地域での死亡者数も増えていくだろう。感染拡大の大波が地球を一回りするうちにウイルスの強毒性が増し、東アジアや欧州に強力な第2波が襲ってくるかもしれない。
 武漢ウイルスによる感染症は、世界的な感染症の最初でもなければ最後でもない。今後も、人類が新たなウイルスと出会う可能性は高い。果たして、人類はウイルスと共存できるのか。共存するために必要なものは何か。本稿は、その点について述べるものである。掲載は7回の予定である。

●ウイルスとは何か

 ウイルスは、タンパク質の中に遺伝情報を担う核酸が入っているだけという単純な構造体である。核酸としては、デオキシリボ核酸(DNA)かリボ核酸(RNA)のいずれかを持つ。イメージ的には、ピンポン球の中に短いひもが入っているという図で表される。大きさは、細菌の100分の1程度で、わずか1万分の1ミリほどしかない。
 通説では、自ら増殖できることが生物の要件とする。ウイルスは自分だけでは増殖できない。生命体に寄生してはじめて自己増殖を行う。そのため、生物と言えるのかどうかについては議論がある。しばしば、「生物と無生物の間にあるもの」と表現される。私は、生命は情報の概念でとらえることが可能であり、生物とは、一定の条件のもとで自ら成長・回復・再生・増殖のできる情報系と考えている。この観点から見ても、ウイルスは生物と無生物の間にあるものである。
 ウイルスは、生物の外にいる時は単なる物質である。石鹸で洗うと簡単に壊れる。だが、他の生命体に入り込むと、そこで生存に必要なシステムを巧妙に乗っ取るようにして、自分の分身を作り出して増殖する。
 ウイルスが地球上に誕生したのは、約30億年から約40億年前とされる。以後、動物だけでなく植物やバクテリアに寄生してきて、自然界のあらゆるところに存在するようになっている。生命体に寄生しないと自らを保つことができないから、寄生した生物の中で、おとなしくしていることが多い。だが、種の壁を越えて別の生物に感染すると、しばしば重い病気を引き起こす。別の宿主(しゅくしゅ)に乗り移るときに、強い毒性(高病原性)を持つようになる場合が多い。
 17世紀後半、西欧で病気の原因となる微生物が発見された。19世紀後半、ロベルト・コッホは、炭疽菌・結核菌・コレラ菌を発見し、感染症は病原性の細菌によって起きることを明らかにした。また、ルイ・パスツールは、弱毒化した微生物を接種することで免疫を得ることができることを発見し、ワクチンによって感染症の予防が出来るようになった。1898年に、細菌より小さい病原体が発見され、ウイルスと呼ばれるようになった。ウイルスという名称は、「毒」を意味するラテン語に由来する。20世紀に入って電子顕微鏡が発明され、1935年に初めてウイルスが可視化された。その後、新たなウイルスが人間や動物、植物などで次々と見つかり、現在は5000を越える種類が確認されている。

 次回に続く。

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仏教24~儀礼、戒名、仏像、象徴

2020-07-06 08:31:46 | 心と宗教
●儀礼

 仏教の儀礼の代表的なものに、読経と念仏がある。
 読経は、経典を読誦することである。本来は、その経典の内容を学んで、修行や信仰に生かすべき書物だが、しばしば経典そのものに呪力があるとみなされ、一種の呪文のように唱えられている。
 念仏には、三種類ある。(1)法身の念仏:理法としての仏を念じること。(2)観想の念仏:仏の相好や功徳を心に思い浮べること。観念の念仏または単に観念ともいう。(3)称名の念仏:仏・如来の名や経典の題目を唱えること。口称念仏(くしょうねんぶつ)・称号念仏ともいう。
 これらのうち、(1)(2)は修行における瞑想の方法であり、(3)は信仰における祈りの方法である。

#南無
 祈りの際に、南無という言葉がよくつかわれる。南無は、サンスクリット語のナマッハまたはナモーを音写した漢語である。原語は「敬礼」を意味し、そこから「帰依」「帰命」を意味する。
 阿弥陀信仰では、「南無阿弥陀仏」と唱える。南無阿弥陀仏は「阿弥陀仏に帰依します」を意味する。法華経信仰では、「南無妙法蓮華経」と唱える。「『法華経』の教えをひたすら信じます」を意味する。禅宗では、「南無釈迦牟尼仏」と唱える。釈迦牟尼仏が本尊だからである。真言宗では、「南無大師遍照金剛」と唱える。遍照金剛は、弘法大師空海を指す。

#数珠
 儀礼では、しばしば数珠が用いられる。これは、ヒンドゥー教で念珠を用いる習慣が仏教に採り入れられたものである。数珠の形態は、宗派によって異なる。

●戒名

 出家して僧尼になると、師から戒を授けられる。これとともに、シナや日本では、師から新たな名前を与えられる慣習ができた。この師から授かる名前を、戒名という。俗名を捨てて、戒名を使うことで、出家者として自覚を持って修行に励むものである。
 日本では、死者に対して戒名をつける。これは、死者は仏陀の弟子になったと考え、新たな名前を与えるものである。

●仏像

 仏教では、偶像崇拝は禁止されていない。2世紀前半、インドのクシャーナ朝では、陸路でローマ帝国との交易が盛んに行われた。そのため、ギリシャ=ローマ文明のヘレニズムの影響によって、ガンダーラで多くの仏像彫刻が造られた。また、ヒンドゥー教の影響で、仏教でもヒンドゥーの神像に当たる仏像がつくられた。如来像、菩薩像、明王像、諸天像等の様々な仏像がある。
 セム系唯一神教すなわちユダヤ教、キリスト教、イスラーム教では、神を像や絵に造形することを禁じる。また、唯一神以外の信仰対象を認めず、偶像崇拝を禁止する。神の造形や偶像崇拝は、唯一神への信仰を揺るがすものとされる。
 仏教は、唯一神を信仰する教えではなく、釈迦を模範としてブッダになることを目指す教えである。釈迦を造形することは、目指すべき姿を具体化し、信仰を高める。また、様々な如来、菩薩、明王等が造形され、信仰対象を具体化し、信仰を強めている。
 わが国の奈良の東大寺の大仏は毘盧遮那仏、鎌倉の長谷寺の大仏は阿弥陀仏を表したものである。

●象徴

 仏教では、卍(まんじ、スヴァスティカー)が瑞兆の印として用いられている。これは、ヒンドゥー教で使われているものを取り入れたものである。
 インドでは、古くから逆まんじ(右まんじ)も使われている。古代遺跡の発掘を行ったシュリーマンは、インド・ヨーロッパ語族と逆まんじ(卐)の関係を示した。ナチスは、逆まんじの変形をハーケンクロイツ(鉤十字)と呼び、アーリヤ民族の優秀性を強調する象徴として使った。これらと仏教との関係はない。
 吉祥を現すものとして種々の花が用いられる。蓮華はその代表である。『法華経』の名は、蓮華にちなむ。
 密教では、大日如来を中心・根本とする諸仏諸尊を図示したものをマンダラといい、瞑想に用いる。漢語では、曼荼羅と書く。
 密教では、サンスクリット語の第一字母の阿(ア、a)を宇宙の本体・現象・人生のすべてを象徴するものとして瞑想に用いる。

 次回に続く。

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「世界コロナ危機をどう見るか」をアップ

2020-07-05 10:08:54 | 国際関係
 6月13日から7月3日にかけてブログに連載した拙稿「世界コロナ危機をどう見るか~世界的知性の眼」を編集し、マイサイトに掲載しました。全文を通してお読みになりたい方は、下記へどうぞ。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-7.htm
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仏教23~死後の運命、霊験と神通力、現世利益

2020-07-04 10:15:57 | 心と宗教
●死後の運命

 仏教では、死後の運命は、因縁果の法則により、自業自得によって決する。生前の業によって、自ずと死後のあり方が決まるので、本来、誰かが死者を裁くという考えはなかった。
 ヒンドゥー教は、ヤマという死者の裁判官を想定する。その影響で後代、仏教でも死者を裁く者が想定されるようになった。シナでは、ヤマを「閻魔(えんま)」と音訳した。そして、死後、生前の行いを調査し、来世で六道のどこに行くか、を決める裁判が行われるという思想が生まれた。この裁判に要する期間を、中有(ちゅうう)または中陰という。「中」は、次に再び生まれるまでの中間期を意味する。その期間の長さは、一念、7日間、49日間、不定等の説がある。
 死者を導く経典として、チベット語で書かれた『死者の書(バルド・トドゥル)』が知られる。バルドは「中間の状態」すなわち中有、トドゥルは「耳で聞いて解脱する」を意味する。8~9世紀にインドの僧でチベット仏教の開祖であるパドマサムヴァが著わした経典だが、それ以前から口伝で伝えられていたらしい。
 この経典は、死に臨む人の耳元で、死の直前から死後49日間にわたって語り聞かせるものであり、死後の世界が一日毎に具体的に描かれ、そこで死者がどのようにすれば輪廻転生せず、解脱できるかを教える。49日とは、どんな死者もこの間には輪廻して生まれ変わってしまう期間とされる。チベット仏教では、解脱の最大のチャンスは死の直後だと考え、この経典を読んで死者に聞かせて解脱に導こうとした。しかし、経典が描く死者を襲い続ける恐怖や幻覚は凄まじく、それに打ち勝たなければ解脱できないことを強調する。いかに解脱が至難のことであるかを強く感じさせる経典である。
 わが国では、中有の期間は49日間とされた。この間、7人の裁判官が7日ごとに亡者を裁くとし、7日ごとに法事と呼ばれる儀式を行う慣習が、室町時代に出来上がった。百か日、一周忌、三回忌には、別の3人の裁判官が再審するといい、それに伴う法事も行われる。だが、こうした慣習の本来の意味はほとんど忘れられており、形式化している。

●霊験と神通力

 仏教では、奇跡を霊験と呼ぶ。霊験とは、祈願に対する仏の不思議な感応・利益(りやく)をいう。
 一般に奇跡とは、常識や理性でもっては判断できず、説明のできない出来事をいう。キリスト教で奇跡とされるものは、神が、通常の自然法則を無視して、あるいは通常の自然法則を乗り越えて起こした現象を意味する。イエスによる病者の瞬間的な治癒や死者の蘇生は、そういう現象として理解される。またイエスは聖霊による処女マリアの受胎で生まれたとされており、これも同様に理解される。キリスト教では、神はこうした奇跡を通じて、人類に神の存在を啓示している、と考えられてきた。また、キリスト教における奇跡は、神の力が加わったことの立証とされてきた。
 これに対し、仏教における奇跡は、超越的な神の力によって起こるのではなく、仏や菩薩など、悟りを得たり、修行を積んだ者が持つ特殊な能力によって起こる出来事とされる。その能力を、神通力という。無神教である仏教で神通という語はおかしな感じがするが、ここでの漢語の「神」は「霊」を意味する。それゆえ、神通力とは、霊的な能力、霊力をいう。
 神通力は、天眼通(てんげんつう)・天耳通(てんにつう)・他心通(たしんつう)・宿命通(しゅくみょうつう)・神足通(じんそくつう)で、五神通という。これに漏尽通(ろじんつう)を加えて、六神通ともいう。
 天眼通はすべてを見通す能力、天耳通はすべての音を聞き分ける能力、他心通は他人の心のなかをすべて知る能力、宿命通は前世の生存の状態を知る能力、神足通はあらゆる場所に自由に行くことのできる能力、漏尽通はすべての煩悩を滅しこの世に再び生れないことを悟る能力をいう。
 これらを、超心理学でいう超能力すなわち念力(PK)及び超感覚的知覚(ESP)と比べると、天眼通は遠隔視、他心通はテレパシー、神足通はテレポーテイションが、それぞれ極度に発達したもの、むしろ理想されたものと言える。宿命通と漏尽通は、仏教特有の教義に基づくものである。
 神通力は、悟りを得た時に自然に出てくる能力、自ずと備わる能力とされる。その能力は、これ見よがしに発揮すべきものではなく、具備していても、むしろ隠しておくべきものとされている。その能力の発揮が例外的に認められるのは、利他的に必要な場合に限られる。
 仏教は、神通力を認めるが、神通力を備えているかどうかを以って、悟りを得ているかどうかを判定する基準とはしていない。悟りすなわち真理の悟得の実証として、神通力の働きを評価することもしていない。だが、私見によれば、神通力は、究極の悟りの境地に達すれば、意識して発揮する人為的な能力ではなく、為さずして成り、無為にして通じるようになる。その境地に到達した最高至上の聖者を、現神人という。仏教の歴史には、現神人は出現していない。
 仏教の信徒は、欲望の充足のために、仏や菩薩の霊験を期待するのは、道を誤っていると教えられる。弱い人間は奇跡を求めるが、強い人間は奇跡を必要としないとし、奇跡を願わない強い人間を、信仰によってつくっていくのが仏教の考え方であるという。
 だが、このことは、仏教には、人々の実際の悩みを解決する力が不足し、救いの実証がないことを示している。仏や菩薩が実在し、それらが神通力を持ち、利他的にその能力を発揮し得るならば、人々の病気、事故、災難、死の恐怖と苦痛等が救われるだろう。だが、そうした出来事は、まれにしか起こっていない。いかに素直に熱心に信仰し、善行を積んでも実際には、ほとんど救われることのない信仰は、観念的な自己満足にすぎない。そこに、仏教の限界がある。

●現世利益

 仏教は、輪廻転生の世界からの解脱を目指すので、基本的には現世否定的である。現世はこの苦しみの世界から解脱するための修行や信仰の場であって、ここでの幸福や繁栄を求めるべき場所ではない。だが、現世において仏や菩薩から恵みを受けることは可能とし、その恵みを現世利益(りやく)という。
 現世利益は、大乗経典の『法華経』『金光明経』『薬師経』等で強く説かれている。祈祷、読経、念仏等を行なうことにより、息災、延命、治病等の利益が得られるとする。特に密教では、加持祈祷による現世利益が強調された。ここには、ヒンドゥー教の影響が大きい。
 仏教は、あくまで涅槃寂静を目指す宗教であるから、現世利益中心の信仰は「ご利益信仰」として批判されることが多い。また、厭離穢土・欣求浄土を説く浄土系諸宗派は、現世利益を求めることに否定的であり、浄土真宗では、信心が決定 (けつじょう) すれば、それによって現世利益は自ずから授かるものだと教える。だが、その実証は、ほとんど示されていない。
 現世利益に対し、来世に受ける利益を当益(とうやく)と呼ぶ。これと対にして、現世利益を現益(げんやく)ともいう。現世において安穏に暮らし、来世において善処に往くことは、理想的であり、現当二世の利益は人間の切実な願望である。試験によれば、現世において、真の幸福を得てこそ、来世においてより大きな幸福を得ることができるだろう。それは因縁果の法則に照らして考えれば、当然の理である。現世において不幸の極致でありながら、来世で急に幸福の絶頂へ飛躍することは、因果関係から見て、不可能といってよい。

 次回に続く。

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