ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ユダヤ39~フリーメイソンとユダヤ人

2017-04-19 08:55:06 | ユダヤ的価値観
フリーメイソンとユダヤ人

 18世紀後半、西欧におけるユダヤ人の地位を大きく変えることになる重大な出来事が起こった。1776年のアメリカ独立革命と1789年のフランス市民革命である。これらの出来事とユダヤ人との関係を述べるには、フリーメイソンについて触れる必要がある。アメリカ独立とフランス革命に影響を与えた思想家や革命を指導した活動家には、フリーメイソンの会員が多くいたからである。
 フリーメイソンの起源には諸説あるが、学術的に有力なのは中世の石工つまり建設業者の職人組合に起源を求める説である。石工組合が近代的な結社に変わったとするものである。
 近代フリーメイソンは、1717年にイギリスに始まったとされる。この年、ロンドンにあったロッジ(支部)が集まって、グランド・ロッジ(本部)が結成された。ただし、これ以前からメイソンは、オランダ、イギリス等で活動したことが知られている。
 「近代フリーメイソンの父」と呼ばれるジャン・デザキュリエは、牧師で自然科学者、権威ある王立協会の会員だった。デザキュリエはニュートンの友人であり、ニュートンはロックの友人だった。ロックは名誉革命を裏付ける理論を提示した。革命の前は、オランダに亡命していた。1680年代のオランダでは既にメイソンが活動していた。ロックがメイソンだった確証はないが、周囲にはメイソンが多くいた。ロックがメイソンと交わり、メイソンの思想をよく知っていた可能性は高い。
 「自由・平等・友愛」というと、誰もがフランスの三色旗を思い浮かべるだろうが、これらはフリーメイソンの標語だった。ただし、この標語はメイソンが発案したものではない。もとはロックの『統治二論』である。ロックは、本書で、自然状態において完全に自由かつ平等である人間が、自然法と理性に基づいて行動し、正義と友愛という原理に導かれると説いている。それゆえ、フリーメイソンがロックの思想を摂取したと考えるべきだろう。
 ロックは、人民の抵抗権・革命権を認める政治的主張するだけでなく、宗教的な寛容を説いた。イギリスでは、1689年にロックの主張に沿って宗教寛容法が制定された。非国教徒に対する差別を残し、カトリック教徒・ユダヤ教徒等には、信教の自由を認めないという限定的なものだったが、信教の自由の保障が一部実現した。宗教的寛容はイギリス以外でも取りいれられていった。またやがてユダヤ教もその寛容の対象に加えられた。
 フリーメイソンの活動が各地で広がると、カトリック教会は1738年にメイソンを破門に処した。メイソンの象徴や知識には、古代エジプトや古代ギリシャからの継承を思わせるものがある。その一方、当時の先端思想である自然科学や理神論的な道徳思想を取り入れていた。古代的神秘的象徴的なものと、近代的合理的科学的なものとが共存していた。彼らの活動の広がりは教権の秩序を揺るがすものだった。
 カトリック教会から破門にされたとはいえ、フリーメイソンはイギリスからフランス・アメリカ・ドイツ等に組織を拡大した。それによって、イギリスの啓蒙思想を、大陸の貴族や上層市民階層、アメリカの指導層等に伝えた。メイソンの活動は啓蒙思想を各地で急進化させた。啓蒙思想とフリーメイソンは分かちがたく結びつきつつ、アメリカ独立思想やフランス革命思想の源泉となった。
 フリーメイソンの思想は、国家・国民の枠を超える。メイソンの活動は、人間の権利を普遍的・生得的なものとする人権思想の発達を促し、人権思想の発達は、西方キリスト教文化圏で差別の対象とされたユダヤ人を利するものとなった。
 フリーメイソンは、組織の原則として、宗教の違いを超えて会員を受け入れるという自由主義の傾向を持っていた。そのため、ユダヤ人が加入するようになり、やがてフリーメイソンの活動とユダヤ人の活動が同一視されるという誤解を生じるほどになっていくのである。

 次回に続く。

「北の守り」から国の守りを固めよう2

2017-04-18 09:32:04 | 時事
●外国人土地取得の規制が必要

 諸外国では、外国人・外国資本が土地を買う場合、一定の制限が設けられている場合が多い。米国では包括通商法によって、大統領は国の安全保障を脅かすと判断した場合は、事後であっても土地取引を無効にできる権限を持つ。
 わが国も戦前はちゃんとしていた。大正15年(1926)に外国人土地法という法律が施行された。同法は第4条で「国防上必要ナル地区ニ於テハ勅令ヲ以テ外国人又ハ外国法人ノ土地ニ関スル権利ノ取得ニ付禁止ヲ為シ又ハ条件若ハ制限ヲ附スルコトヲ得」とある。同条の2項では具体的な地区を「勅令ヲ以テ之ヲ指定ス」と定めている。すなわち、国防上必要な土地については、外国人による土地取得の制限を勅令で定めるとしている。だが、大東亜戦争の敗戦後、すべての勅令が廃止され、同法の実効性が失われたままになっている。
 平成20年に韓国資本が長崎県・対馬の土地買収などを行っているのに対し、同法の効力の有効性が確認された。だが、その後、具体的な対処がされていない。まず、国防上重要な土地に関して、外国人土地法を有効にする政令を発すること。次に、国防だけでなく、国民の生命と生活に直結する水源・森林・農地を守るための総合的な法律を作ることが急務である。
 ところが、この課題がなかなか進まず、ようやく昨年になって自民党や日本維新の会が、外国資本の不動産買収に対する法規制強化に向けて動き出した。だが、その取り組みは遅々としている。
 その一方で国土交通省は、日本国内で外国人が不動産取引をする場合に手続きを円滑化するマニュアルを作成している。日本の不動産を外国資本に斡旋するような姿勢である。売国という言葉があるが、まさに国を売るような行為である。こういう姿勢を改めさせなければならない。

●21世紀の新たな「北の守り」を

 最近中国では、「北海道は10年後には、中国の第32番目の省になる」という予想がされている。共産党系の新聞がそう書いている。北海道が中国の一部になってしまったら、言論の自由、表現の自由は制限され、宗教は弾圧を受ける。チベットやウィグルは省ではなく自治区だが、仏教やイスラーム教が弾圧され、反対する者は多数殺されている。
 まさかと思うかもしれないが、中国は計画を立てたことを着々と実行する国である。毛沢東による核開発計画がそうだった。まだ中国が貧しい発展途上国だった時、毛沢東は核兵器を持つと決め、開発を進めた。中国は今や米露に次ぐ核大国になっている。大量の核兵器、ICBM等を保有していることが覇権主義的行動のもとになっている。また、南シナ海は、最初は九段線の中は中国の管轄だと言葉で言っているだけだった。だが、中国共産党は、計画的に人工島を作り、基地を築き、ミサイルや軍用機を配備するなどして軍事拠点化し、南シナ海を我がものにしようとしている。北海道も、油断できない。真剣に北海道の将来と日本の将来を考えていただきたい。
中国による2050年の東アジアの予想地図というものがある。その地図には、日本の西半分(愛知県・岐阜県・石川県より西)は「東海省」、東半分は「日本自治区」と書かれている。出生率の低下で日本の人口はどんどん減少する。そこで、列島の西半分に溢れ出た中国人を1億人単位で移住させ、「東海省」として中国の一部とする。少数民族となった日本人を、東半分に強制移住させ、「日本自治区」として、これも中国の版図に組み込む、という意図とみられる。
 北海道は、この予想地図では、「日本自治区」の側にあるが、10年後(2027年)には、自治区どころか中国の完全な一部である省になるということを、中国では予想している。いわば「北海省」である。日本全体を中国の版図に入れるに先立って、まず北海道を押さえにかかっている可能性がある。
 こうしたことを考えると、かつては旧ソ連に対していわれた「北の守り」が、今日では中国の進出から北海道を守り、それによって日本を守るという新たな意味を持つ事態になっていると言える。今やロシアからという以上に、中国から北海道を守るという、21世紀の「北の守り」を真剣に考えなければならない。

●朝鮮半島から地殻変動が

 さて、現在のわが国を取り巻く国際情勢に目を向けると、環境の厳しさは一段と増している。
本日4月15日は、北朝鮮では金日成生誕105年祭に当たり、この日に合わせて6回目の核実験を行う準備がされていると見られる。米国は、北朝鮮が核実験や弾道ミサイルの発射をする場合は軍事行動を辞さないという強い姿勢を示している。中国は北朝鮮の主力商品である石炭の輸入を禁止しているが、決定的なのは北朝鮮への石油の輸出を止めることである。中国が北朝鮮にどの程度本気で圧力をかけるか、それに北朝鮮がどう応じるかも注目される。戦争になれば、日本への影響が想定され、緊迫した情勢が続いている。
 振り返ると、4月4日にシリアのアサド政権がサリンを使って一般市民を約100人殺傷した。これに対し、6日米国がシリアの空軍基地をミサイルで攻撃した。米中のトランプ=習首脳会談の最中だった。この攻撃は北朝鮮への警告でもあった。北朝鮮は米中首脳会談の前日5日にミサイルを発射した。米国は北朝鮮がICBMの開発を進めていることに、強い危機感を持っている。北朝鮮が米本土に届くICBMを完成させたら、米国は下手に手出しができなくなる。
 北朝鮮の核・ミサイル開発は、確実に進んでいる。発射準備に時間がかからない固体燃料、どこからでも打てる移動式発射装置、海中から打てるSLBM、高高度から落とすロフテッド軌道等の技術を取得している。わが国はもし核搭載のミサイルを一か所に向けて同時に数発撃たれた場合、完全な防御はできない。また、安倍首相が明言したように、サリンを搭載するミサイルを持っている可能性もある。北朝鮮は金日成の時代から化学兵器を開発しており、現在サリンやVXを2500~5000トン持っていると見られる。
 北朝鮮に対応するには日本・米国・韓国がしっかり連携することが必要だが、問題は韓国である。朴槿恵大統領が大スキャンダルを起こし、3月10日憲法裁判所の決定により、大統領を罷免された。北朝鮮の工作のもと、韓国の親北勢力が民衆を扇動し、韓国民の情緒がマスメディア、国会、憲法裁判所を呑み込んで、この状況を生み出した。
 5月9日行われる大統領選挙では、最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)が支持率でトップ。親北左派で反日反米の過激な発言を繰り返している人物。与党側に有力候補がおらず、親北親中、反日反米の左派政権が誕生する可能性が高いと懸念されてきた。文氏が勝つと、慰安婦合意が白紙にされるなど、日韓関係は悪化すると予想される。そうした中、最近、中道左派「国民の党」の安哲秀(アンチョルス)が急速に支持率を伸ばし、文氏に迫っている。安氏は米韓同盟に基づく安保を主張している。米国が韓国で進めている高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備にも肯定的である。過激派か穏健派か、誰が韓国の指導者になるかによって、日米韓の関係は大きく変化する。
 さて、米国のトランプ政権は、空母カール・ビンソンを中心とした打撃群を朝鮮半島近海に移動させて、北朝鮮・中国に圧力をかけている。北朝鮮は国家行事に合わせて、実験・発射をすると考えられる。北朝鮮が核実験や弾道ミサイルの発射を行えば、米国は北朝鮮への攻撃を行う可能性が高い。米国が何もしなければ、核を持っている国には攻撃しないとして、北朝鮮は核開発を正当化する。他の国も北朝鮮に続き、核拡散が進む。米国は核ミサイル関連施設への攻撃や金正恩ら指導部の一掃を図る「斬首作戦」等を検討している。日本国民は、ここ数日から数週間のうちにも米ソが激突するという展開があり得ることを腹に入れておかねばならない。
 朝鮮半島から、東アジアを揺るがす巨大な地殻変動が起りつつある。わが国は、戦後71年で最大の危機に直面している。米国との緊密な連携を維持しつつ、この困難を乗り切らねばならない。また、日本が生き延び、安全と繁栄を確保するには、国民がこの危機に目覚め、一日も早く憲法改正を実現して、安全保障体制を確固としたものにしなければならない。

 次回に続く。

北朝鮮のミサイル攻撃から、どう身を守るか

2017-04-17 10:16:43 | 時事
 北朝鮮が日本を攻撃した場合、どう身を守るか。国民は政府の警報システムや避難方法をほとんど学習していませんし、ごく一部を除いて対応訓練も行われていません。
 わが国は世界唯一の核兵器の被爆国でありながら、核攻撃を受けた際の基礎知識すら国民に教育せず、世界で初めてサリンを使ったオウム真理教のテロ事件を経験していながら、化学兵器への対応の周知も怠ってきました。
 いざとなったとき、何の備えもしていないと言っても過言ではないでしょう。戦後の日本人が現行憲法第9条のもとであっても出来ることをしてこなかったツケは、あまりにも大きいです。

 今朝の産経新聞は、Jアラート(全国瞬時警報システム)、ミサイル迎撃後の被害、身の守り方等について記事を書いています。政府が緊急テレビ放送、緊急公報紙の発行等をして、国民に周知すべき内容です。要点を抜粋します。

 「北朝鮮によるミサイルの脅威が現実化した際には住民への早期伝達、迅速な避難が命を守る鍵となる」「ミサイル発射を確認し、防衛省の情報をもとに政府が「日本に飛来する可能性がある」と判断した場合は、総務省消防庁を通じてJアラートで発射情報を発信。領土や領海に落下する可能性があれば屋内避難が呼びかけられ、落下場所の情報が伝えられる。伝達手段は防災行政無線によるアナウンスのほか、ケーブルテレビやコミュニティーFM、スマートフォンや携帯電話のエリアメール・緊急速報メールなどもある」
http://www.sankei.com/affairs/…/170416/afr1704160021-n1.html

 「ミサイル迎撃に成功したとしても、それで国民の安全が確保されるとはかぎらない。ミサイルの破片や猛毒が飛散して害を及ぼす恐れがあるからだ」「PAC3が迎撃する弾頭は超音速で落下。重さ約300キロのPAC3が衝突すれば、無数の落下物が広がることは確実だ。核・生物・化学(NBC)兵器が搭載されていない弾頭の迎撃に成功しても、甚大な被害が発生する恐れがある」「弾道ミサイルにNBC兵器が搭載されている場合、毒性物質が飛散しかねない」「核弾頭の場合、通常は起爆装置が何重にもロックされており、迎撃時の衝撃で起爆することは考えにくいが、起爆時には電子機器に深刻な被害をもたらす電磁パルス(EMP)の発生が考えられる」
http://www.sankei.com/politi…/…/170416/plt1704160019-n1.html

 「ミサイル発射が確認された場合の避難先」は「堅牢な建物。理想は地下街」「周囲に建物や地下街がない場合は、頭を抱えて地面をはったり、しゃがんだりするのが有効」「車に乗っている場合はガソリンに引火する恐れがあるので、下車して地面に伏せる必要がある」「化学剤や生物剤を使った攻撃が疑われる場合には口と鼻をハンカチで覆い。密閉性の高い屋内や風上の高台など、汚染のおそれのない安全な場所へ避難する」(14版22面)

 皆様、ご用心なさってください。

ユダヤ38~宗教的寛容の原理の確立

2017-04-17 09:22:30 | ユダヤ的価値観
宗教的寛容の原理の確立

 近代西欧諸国では、宗教戦争や市民革命を通じて、信教に対する「寛容の原理」としての自由が求められた。そして、宗教的寛容の広がりによって、プロテスタンティズムやユダヤ教の信仰が許容されるようになった。
 ジョン・ロックは名誉革命の理論を提供したことで知られるが、同時にユダヤ教徒等への宗教的寛容を説き、大きな影響を与えた。名誉革命期にオランダに亡命していたロックは、そこで宗教的寛容の思想の影響を受けた。ロックは、『寛容についての書簡』で、キリスト教の中で正統と異端の区別をなくすだけでなく、ユダヤ教やイスラーム教などの異教徒も、キリスト教徒と同じく信教の自由を保障されるべきだと主張した。ただし、社会秩序に反するもの、他の人々の信仰の自由を認めないもの、外国への服従を主張するもの、無神論者には制限を設けるとした。
 『寛容についての書簡』は1689年にオランダ、イギリスで出版され、同年イギリスではロックの主張に沿って宗教寛容法が制定された。同法は非国教徒に対する差別を残し、カトリック教徒やユダヤ教徒、無神論者、三位一体説を否定する者等には、信教の自由を認めないという限定的なものだったが、信教の自由の保障が一部実現した点で、歴史的な意義がある。その保障は、やがて拡張されていった。ロックが直接意図したかどうかはわからないが、彼の主張がユダヤ人の自由と権利の拡大に寄与したことは間違いない。
 宗教的寛容は、他のヨーロッパ諸国にも広がっていった。私は、ユダヤ人の活動なくしては、西方キリスト教圏で信教の自由を実現し、思想・信条の自由を確立する運動は、それほど進展しなかっただろうと考える。ユダヤ人自身の活動は思想運動ではなく、経済活動として進められた。ユダヤ人は富を生み出して、キリスト教社会の発展に寄与することによって、彼らの自由と権利を拡大した。同時に、それはキリスト教社会にユダヤ的価値観が浸透・普及していく過程でもあった。

●中央銀行の設立

 ユダヤ人は、常に追放の可能性にさらされていた。そこで生き延びるための集団的本能から、様々な方策を行った。危険が訪れたら速やかに財産を以て移動し、移住先でもすぐに財産を別のものに交換できるようにする技術を発達させた。それゆえ、新しい土地でもすぐ商売や取引を開始できた。また、彼らは経済の手続き全般を合理化した。
 第一の例は、信用貸しである。ユダヤ人は、信用貸しの制度を生みだし、これを普及させた。
 第二の例は、有価証券である。ユダヤ人は、信用状が発達すると、それをもとに無記名債券を考案した。為替手形や銀行券などは、彼ら移動の民にとって非常に有利なものだった。
 第三の例は、株式取引所の整備である。株式は効率よく合理的に資本を調達し、それを最も生産的に配分するための手段である。ユダヤ人はアムステルダムの株式取引所を牛耳っていた。最初に証券による大規模な取引を行ったのもユダヤ人だった。ロンドンではそれをさらに拡大した。
 第四の例は、中央銀行である。その重要性は、上記の三つの例を遥かに上回る。ユダヤ人は、1694年にイングランド銀行を設立した。イングランド銀行でユダヤ人は、アムステルダム銀行の仕組みをさらに高度に発達させた。イングランド銀行は民間銀行だが、政府に巨額の貸付を行うことで、銀行券の発券特許を得た。民間銀行が一国の通貨の発行権を獲得したのである。それによって、イングランド銀行は、国家の中央銀行となった。近代主権国家は、貨幣経済を管理するために、その国の信用制度の中心となる銀行を必要とする。それが中央銀行である。その中央銀行を民間銀行が務めることになったのである。また、これにより、政府は財政の維持や戦費の調達のために国債を発行し、銀行はそれをもとに貨幣を発行するという仕組みも作られていった。
 ロスチャイルド家が台頭するのは18世紀後半だから、中央銀行の設立はそれより一時代前の話である。その頃すでに、ユダヤ人は中央銀行制度によって国家財政を動かし、とめどない富を獲得する仕組みを作り上げていたのである。1833年には、イングランド銀行券が法貨に定められた。法貨とは、法的強制力を与えられた貨幣である。民間銀行が発行する銀行券が、法定通貨になったのである。これによって、中央銀行制度は完成した。
 近代主権国家は、個人の所有権、財産権、商業活動の自由、職業選択の自由等、国民の自由と権利を保障するための法制度を発達させた。それらは、資本と国家が富と権力を維持・発展することを可能とする仕組みである。そして、それに加えて、この中央銀行制度が完成したことをもって、私は近代資本主義が完成したと考える。
 貨幣は、利子をつけて貸すことで価値を増大させる。それが、資本主義の根本にある。貸し借りは権力関係を生む。この関係が個人と個人の間ではなく、資本家と政府の間で結ばれ、さらにその債権債務は政府が国民から徴税する方法で処理される。こうした仕組みが法制度化されたことにより、近代資本主義は仕組みとして完成したと私は考えるのである。そして、近代資本主義の発展・完成の過程で、ユダヤ人銀行家の果たした役割は極めて大きい。
 さらに重要なことは、民間銀行が中央銀行となり、通貨発行権を握った場合、紙幣を印刷することで、ほぼ無限の利益を得られることである。その仕組みは、「紙幣の錬金術」と呼ぶに値する。中央銀行は通貨発行権という特権を用いて、政府が印刷した紙幣を原価並みの値段で買い取る。それを政府は銀行から額面どおりの値段で借りる。その結果、利子の支払いが生じる。政府は、債務を追うということである。政府からほぼ原価で引き取った紙幣を、政府に額面どおりに売り、そのうえ利子を取るのだから、利益は莫大となる。これこそが中央銀行の本質である。それゆえ、この権益を犯そうとする者に対しては、しばしば暗殺、戦争、クーデタ等の手段が取られる。
 ユダヤ人は経済の手続き全般を合理化し、活発な経済活動を行った。それによって、ユダヤ的価値観が西洋文明に浸透し、普及していった。繰り返しになるが、ユダヤ的価値観は、物質中心・金銭中心、現世志向、自己中心の考え方であり、対立・闘争の論理、自然を物質化・手段化し、自然の征服・支配を行う思想である。こうした思想が近代西洋思想と考えられているのは、近代西洋思想がユダヤ=キリスト教の文化を土壌として発達したからである。そして、近代西洋思想の核心には、ユダヤ的価値観が存在するというのが私の見解である。西欧で発達した近代資本主義の中枢を占める中央銀行制度の存在は、そのことを最もよく表すものとなっている。

 次回に続く。

「北の守り」から国の守りを固めよう1

2017-04-16 09:37:38 | 時事
 4月15日、札幌市で講演を行った。中国等の外国資本の土地・資源の購入によって「北海道が危ない」と述べ、外国人土地取得の規制と、ロシアから以上に中国からの新たな「北の守り」が必要であることを語った。また、北朝鮮と米国の間で緊張が高まる朝鮮半島情勢等を踏まえ、憲法改正が急務であることを話した。講演の概要を掲載する。

●北海道が危ない!

 私は昨年10月に札幌市で行った講話で「北海道が危ない」ということを話した。主旨は、次の通り。

 「旧ソ連の脅威に対して『北の守り』ということがいわれた。ソ連の解体後も、ロシアは北方領土の不法占拠を続けている。近年、地域の経済開発、軍事拠点化、土地の無償分与等を進めて、実効支配を強化している。経済協力の拡大だけでなく、領土返還と平和条約締結の進展を願うところが、ロシアはしたたかである。容易な課題ではない。
 『北の守り』の重要性は、今も変わっていない。そのうえ、北海道では、近年外国資本による土地の買い占めが、新たな脅威となっている。中国等の外国資本が、水・観光・農業等の資源を買い占めている。ニセコ、倶知安、帯広等や札幌の宮ノ森等での買収の事例が伝えられている。
 北海道の危機は、日本全体の危機でもある。この危機を乗り越えるために、皆さんに日本人としての自覚を持ち、日本精神を取り戻すことを呼びかけたい。」と。

 昨年12月の安倍=プーチン首脳会談では、残念ながら私の予想通り、北方領土交渉に進展はなかった。その一方、この数か月の間にも、中国等の外国資本の進出は、さらに広がっている。地元の皆さんは、良くご存知と思うが、最近の動きを伝えたい。
 中国は20年ほど前から北海道を狙っている。そして計画的に、北海道の土地や資源を買い、中国人を送り込んできていると見られる。
 今から約12年前、平成17年、札幌市の第1合同庁舎で、「夢未来懇談会」なる会合が開かれた。国土交通省と北海道開発局の主催だった。そこで「北海道人口1000万人戦略」と題して、北海道チャイナワークの張相律社長が講演した。
 張氏は、北海道の人口を1千万人に増やすための戦略として、(1)農林水産業や建築業を中心に海外から安い労働力を受け入れる、(2)北海道独自の入国管理法を制定し、海外から人を呼び込む、(3)授業料の安いさまざまな大学を設立し、世界から学生を募集するーーなどの持論を展開した。
 そして「北海道に限定し、ノービザ観光を実施し、観光客を増やす」「住宅など不動産を購入した裕福な外国人には住民資格を与える」「留学生を積極的に受け入れ、北海道に残る仕組みを作る」「研修制度を廃止し、正式な労働者として労働力を受け入れる」などの具体的な提案をしたという。
 人口1000万人というが、これは日本人の人口を増やすということではない。日本人半分、外国人半分の場所にしようということである。もちろんその多くは、中国人である。チベットやウィグルでは、中国人が大量に移住し、人口の多数を占めるようになってしまっている。
 この張氏の話は、個人の意見に過ぎない。だが、中国共産党がこうした計画を持っている可能性は、十分ある。ここ10数年の間に、中国資本による北海道の土地・資源の購入が急速に広がっている。ニセコやトマムリゾートなど観光地に進出していることは、ご存じのとおり。洞爺湖温泉でも、昨年12月、中国企業が経営するホテルがオープンした。 
 また、北海道で中国資本に買収された森林や農地などは、推定で7万ヘクタールに上る。だが、それが何に使われているのか、実態ははっきりしない。たとえば、道内には、中国資本が関係しているのでは、とみられる太陽光発電所が50件前後あるという。いったん買ってしまえば、そこを農地にしたり、集落を作ったりできる。太陽光発電はその集落で使える。知らぬ間に中国人がドンドン増え、農地や水源地を握られていく可能性が高い。

●釧路を“北のシンガポール”に

 特に最近、中国が目をつけているのが、釧路市である。釧路は、釧路港や空港があり、道東の太平洋側で社会、経済、文化の中心的機能を担っている。
 昨28年5月21日、中国の程永華駐日大使が釧路市を訪問し、蝦名市長と会談した。大使は、「釧路市が民間・地方外交を積極的に進め、中日関係の改善と発展を後押しするためにさらなる努力をされるよう期待している」と熱く語った。続いて12月張1等書記官が、「釧路はアジアの玄関口として国際港湾物流拠点としての成長が期待できる」「北米にも近い。将来は(中略)南のシンガポール、北の釧路といわれるような魅力がある」と語った。すなわち、釧路を”北のシンガポール”にと言うわけだが、シンガポールの経済を握っているのは、中国系である。 
 海洋進出をもくろむ中国は、太平洋に出ようとしている。「その拠点として釧路を押さえるのが狙いだ」と防衛省関係者らは分析し、「すべて習主席の指示を受けた国家戦略なのは間違いない」と見ている。
 釧路市や隣の白糠町で、不動産が買収され中国系の企業の進出が目立っている。白糠町の小中学校では、中国人講師によって、中国の歴史、文化が紹介されたり、中国語教育が行われている。白糠高校では、26年度から中国語が学校設定科目に指定されている。
 釧路市には、「孔子学院」の開設が検討されている。孔子学院は、中国共産党の世界戦略に沿って各国の大学に設置されている文化機関。文化交流の皮をかぶったプロパガンダ組織に過ぎないことがわかって、米国やカナダの大学では、孔子学院を閉鎖する動きが出ている。そういういわくつきのものを、これから釧路市に造ろうとしている。このまま中国のペースで進むと、北海道の一角が中国の手の内に入ってしまうだろう。

 次回に続く。

トランプ政権の内紛激化、バノンは更迭か

2017-04-14 08:55:02 | 国際関係
 4月7日米国の複数の主要メディアは、トランプ米大統領が、最有力側近であるスティーブン・バノン首席戦略官兼上級顧問の更迭を検討していると伝えた。
 バノンは5日に国家安全保障会議(NSC)閣僚級委員会の常任メンバーから外れたばかりである。これらの動きの背景には、バノンが率いる保守派とトランプの娘婿のジャレッド・クシュナー上級顧問に連なる中道派の対立があり、トランプ大統領が内紛に不満を募らせているためだという。
 バノンは極右といわれるメディア「ブライトバート」の元会長で、昨年8月にトランプ陣営入りした。陣営入りは遅かったが、不法移民排斥などの強硬論で、大統領と意気投合し、強い影響力を振るってきた。首席戦略官兼上級顧問という役職は、閣僚のトップである大統領首席補佐官と同格とされており、異例の待遇である。バノン派のメンバーには、就任演説のライターとして知られるミラー補佐官、プリーバス首席補佐官らがいるとされる。
 一方、クシュナーは、長女イバンカ補佐官(無給)の夫として大統領の絶大な信頼を得ている。まだ30歳台半ばであり、政治経験もないかった若者が、政権の人事や方針の決定に関わっているのは、異常である。トランプ王朝の王子のような存在だが、保守的なユダヤ教徒であり、背後にイスラエルと結託して米国政界に強大な影響力を持つユダヤ・ロビーが存在し、クシュナーはそのパイプとなっていると考えられる。クシュナー派には、ともに金融大手ゴールドマン・サックス出身のコーン国家経済会議(NEC)委員長とパウエル国家安全保障担当副補佐官が連なるとされる。
 バノンは、トランプ陣営に入る前、反ユダヤ的な言動を行っていることで、ユダヤ人社会から反発を受けていた。政権に入るに当たって、反ユダヤ的な姿勢を改めたように見えるが、ユダヤ人及びユダヤ勢力に対するあり方は、クシュナー派との間で潜在的な対立要因となっているだろう。
 バノン派は「米国第一」を掲げるナショナリズムの勢力であり、一方のクシュナー派はより穏健な政策を志向する。ワシントン・ポスト紙によると、両派は当初、協力関係を築こうとしたが、政策面で意見が全く合わず、次第に反目するようになった。バノン派はクシュナー派を陰で「民主党員」「ニューヨーカー」と呼び、クシュナー派はバノン派を「国家主義者」「ブライトバート」とやゆするなど、確執が深刻化したという。
 トランプ大統領がシリアのアサド政権に対する巡航ミサイル攻撃の是非を検討する際には、攻撃を支持するクシュナー派と、中東情勢への関与に消極的なバノン派が衝突した。トランプはクシュナーの主張を受け入れる形で、4月5日、バノンを国家安全保障会議(NSC)閣僚級委員会の常任メンバーから外した。ニューヨーク・タイムズ紙は、バノンが一時は辞任すらほのめかし、降格に抵抗したと伝えている。
 しかし、バノン派はこれまで約80日間の政権運営において、一部のイスラーム教国からの入国禁止を強行して、出入国管理の現場に混乱を招き、また国民多数の反発を受け、大統領は方針を修正せざるを得なくなった。また最大の目玉政策で内政の最優先事項である医療保険制度改革(オバマケア)の見直しにも失敗した。バノンの専横的な進め方に与党共和党議員の一部が反発したため、政権が法案を下院に提出するのを取り下げるという無様な結果となった。NYT紙によれば、クシュナー派はこうした不手際に不満を募らせており、バノンはこれらを材料に包囲網を築かれたとの見方が強いという。
 ホワイトハウスは、トランプ=習米中首脳会談が行われていた7日、トランプ大統領と主要閣僚らがフロリダ州のリゾート「マールアラーゴ」の会議室でシリアの戦況をテレビ画面で見守る写真を公表した。バノンは右後ろの壁際に座っており、政権内で影響力を失いつつある様子が見て取れる。大統領の近くに座っている閣僚の一人に、フリンの辞任後、大統領が新たに国家安全保障補佐官に任命したマクマスター陸軍中将がいる。安全保障政策の主導権が、バノンからマクマスターに移ったことは明らかである。
 ニューヨーク・タイムズ紙、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は7日、大統領が首席補佐官のプリーバスの更迭も検討していると報じた。オバマケア見直しの失敗の責任を取らされる形だろう。バノンと連携してきたプリーバスは、元共和党全国委員長という大物で、政権と共和党の調整役を担ってきたが、バノンとともにクシュナー派によってホワイトハウスから追い出されることになりそうである。トランプ大統領は、プリーバスの後任候補を挙げるよう周囲に求めており、国家経済会議(NEC)のコーン委員長や、マッカーシー共和党下院院内総務の名前が挙がっているという。
 バノンは、トランプ大統領への影響力の強さから「黒幕」と呼ばれてきた。彼が更迭されれば、政権の内政・外交政策は大きく方針転換すると予想される。バノン流のイデオロギー色の強い政策から現実主義的・実利主義的な政策への転換であり、政治・外交・安全保障のプロフェッショナルが直接、大統領を補佐する体制への変化である。また、注目すべきは、クシュナーの背後にいるユダヤ人社会の影響力が一段と増し、それが中東政策や金融政策に反映されるだろうことである。
 政権の内紛については、ハフィングトン・ポストの記事が詳しい。

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●ハフィングトン・ポスト 2017年4月8日付

http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/08/trump-bannon_n_15872294.html
トランプ大統領の娘婿クシュナー氏、「黒幕」バノン氏外しに一役買う
The Huffington Post | 執筆者: Christina Wilkie
投稿日: 2017年04月08日 17時09分 JST 更新: 2017年04月08日 17時09分 JST

 ドナルド・トランプ大統領は4月5日、安全保障の政策決定機関「国家安全保障会議」(NSC)から、保守系ニュースサイト「ブライトバート」元会長で首席戦略補佐官のスティーブ・バノン氏を常任メンバーから外した。この背景には、トランプ氏の娘婿ジャレッド・クシュナー氏が助言していた。
 この更迭人事は、トランプ氏が署名したイスラム圏からの入国を禁止する大統領令が相次いで差し止めとなり、健康保険制度改革法(オバマケア)撤廃が失敗したことを受けて、ホワイトハウス内でバノン氏の影響力が弱まったことが理由と考えられていた。
しかし政治ニュースサイト「ポリティコ」が複数の匿名情報筋から得た情報によると、バノン氏の左遷劇の裏の立役者はクシュナー氏だったという。
 そもそも初めから、バノン氏のポピュリズム的政治手法と、「行政国家を解体する」という願望を公言してはばからない姿勢は、政権運営に関して比較的官僚的な姿勢のクシュナー氏と対立状態にあった。
 クシュナー氏は最近ホワイトハウスの同僚に、「バノン氏の国家主義的な思想がトランプ氏にダメージを与えている」と語っていたとされる。さらにバノン氏の極右的思想が、トランプ氏が持つ資質のなかでも最悪の部分を引き出していることを懸念しているという。
 トランプ氏は就任後最初の10週間で政権運営に弾みを付けようとしたが、ホワイトハウス高官の陰謀、選挙陣営とロシアとの接触に関する度重なる捜査、目玉政策の失敗がたたり、行き詰まっている。
 「国家主義者と『ホワイトハウス内部の民主党員』の間で激しい主導権争いが起きている」と、ある政府高官はポリティコに語った。
 バノン氏が衝突した相手はクシュナー氏だけではない。ゲーリー・コーン経済担当大統領補佐官も同様に対立している。コーン補佐官は、ゴールドマン・サックスの前社長でクシュナー氏とは親しい間柄だ。
 マイク・ペンス副大統領もバノン氏とは距離を置いた動きをしている。3月に共和党が提出した健康保険制度改革法案(トランプケア)をめぐり、バノン氏は下院共和党の保守派「下院自由議員連盟」(フリーダム・コーカス)の議員に、「いいか諸君。これは話し合いではない。討論でもない。この法案に賛成票を投じる以外、君たちに選択肢はない」と、高圧的に最後通告を突きつけたが、裏目に出て保守派の離反を招いた。するとペンス氏は、連邦議会に出向き、溝を修復しようと折衝を重ねた。
 バノン氏自身は、ホワイトハウス内で非主流派に甘んじるというそぶりはまだ一切見せていない。それどころか、「NSCに出席できなくなったら辞めてやる」と脅しをかけたという噂が数多く流れている。
 ホワイトハウス内のバノン氏支持派は、「バノン氏は元々NSCには数カ月だけ留まるつもりだった」「NSCのメンバーに任命されたのは、大統領補佐官を辞任したマイク・フリン元陸軍中将を監視するためだ」などと、彼がNSCの常任メンバーから外されたことを正当化する言い訳を続けている。
 「スーザン・ライス(バラク・オバマ大統領の国家安全保障補佐官)が、オバマ前政権時にNSCを機能不全に陥れた」と、バノン氏は5日の声明で述べた。「私がフリン将軍とNSCに加わったのは、適切に機能するよう元に戻すためだった。マクマスター将軍がNSCに戻り、適切に機能するようになっている」
 バノン氏が、ライス元補佐官がNSCを「機能不全にした」と述べた時、その具体的な根拠は示さなかった。したがって、バノン氏がNSCの「機能を回復する」ために何をしたのかは謎だ。
 フリン氏の辞任に伴い、トランプ大統領はH.R.マクマスター陸軍中将を新たに国家安全保障補佐官に任命した。マクマスター氏は就任直後から、フリン氏が連れてきたメンバーをNSCから追放した。追放されたメンバーたちは、クシュナー氏よりバノン氏との関係が強かった。
 中国の習近平国家主席が訪米したことで、バノン氏とクシュナー氏が再び衝突することになりそうだ。バノン氏のポピュリズム的思想こそが、トランプ氏の過激な発言の源泉となっている。2016年の大統領選で、トランプ氏が「アメリカが中国の貿易政策に翻弄されている」と演説した内容に、バノン氏の思想が大きく反映されている。
 一方クシュナー氏は、ホワイトハウスと中国側との関係構築で中心的な役割を果たしてきている。クシュナー氏も、フロリダ州パームビーチにあるトランプ大統領所有のリゾート施設「マール・ア・ラーゴ」での米中首脳会談に同席した。
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関連掲示
・トランプ政権とユダヤ人社会の関係については、下記の拙稿をご参照ください。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-3.htm
 「4.どういう政権になるか」へ

ユダヤ37~イギリスでのユダヤ人の自由と権利の拡大

2017-04-13 09:37:05 | ユダヤ的価値観
●イギリスでのユダヤ人の自由と権利の拡大
 
 ユダヤ人が自由と権利は、オランダに続いて、17世紀のイギリスにおいて市民革命を通じて拡大された。
 イギリスでは、先に書いたように1290年にユダヤ人が追放された。以後、公式に追放令が撤回されることはなかったが、わずかながらずっとブリトン島に住み続けたユダヤ人もいた。例えば、エリザベス1世の金主はセファルディムのユダヤ人だった。女王の医者ロドリゴ・ロペス博士もユダヤ人だった。ロペスはユダヤ人を標的にした魔女狩りの餌食となり、1593~4年に反逆罪で裁判を受けた。
 17世紀後半になると、イギリスでは事実上、ユダヤ人の居住が再び認められ始めた。それは彼らの経済的能力への評価によるものだった。もともとイギリスのユダヤ人追放は宗教的ではなく経済的な理由だった。経済的に役立つということになれば、実利的な目的でまた居住を認めることになったわけである。1649年のピューリタン革命、1688年の名誉革命は、イギリスのユダヤ人の地位を大きく変え、また西欧におけるユダヤ人の自由と権利を拡大する端緒となった。
 ヨーロッパ初の市民革命であるピューリタン革命は、ユダヤ人に対する政策が再検討されるきっかけとなった。清教徒たちは、英訳の旧約聖書を読んで、ユダヤ人に尊敬の念を持つようになった。オリヴァー・クロムウェルは、ユダヤ人の経済力が国益にかなうという現実的判断をし、寛大な政策への道を開いた。クロムウェルの軍隊は、ユダヤ人から資金を得ていた。
 ユダヤ人の側では、アムステルダムの学者メナシェ・ベン・イスラエルが、イギリスで1649年に国王チャールズ1世が処刑されたのを見て、ユダヤ人がイギリスへの入国を勝ち取る良い機会だと考えた。1655年9月メナシェは自らロンドンへ乗り込み、護国卿となったクロムウェルに請願書を提出した。クロムウェルは請願書に理解を示し、議会に提出した。議会に小委員会が設置され調査されたが、条件が決まらなかった。すると、クロムウェルは小委員会を解散し、1656年にユダヤ人の移住を認めた。それによって、イギリスのユダヤ人社会が復活した。当時のイギリスは重商主義政策によってオランダ、スペイン、ポルトガルと激しい貿易戦争を展開していた。これに勝つためにユダヤ人の能力を必要としたのである。
 王政復古後のチャールズ2世も同様にユダヤ人に対して正式に居住を認めた。理由は、イギリスの商人を守るよりユダヤ人を保護する方が、経済的にずっと大きな利益が得られると判断したからだった。
 名誉革命は、さらにユダヤ人の地位を高めた。この革命は、オランダからオレンジ公ウィレムを招聘して、国王を交代させたが、そこにはユダヤ人の関与があった。1688年ウィレムが英国に出兵する際、オランダのユダヤ人ロペス・ソアッソ一族が経費として200万グルデンを前貸しした。名誉革命は、オランダのユダヤ人の資金提供がなければ、成功し得なかった。ウィレムが新英国王ウィリアム3世になると、大勢のユダヤ人金融業者がロンドンに移り住んだ。17世紀末までに、ユダヤ人は正式にイギリスに住むことが出来るようになった。
 名誉革命を通じて、国際金融の中心は、アムステルダムからロンドンに移った。ロンドンではウィリアム3世の治世に銀行業や金融市場が発達した。その創設にはユダヤ人が関った。その後のシティの繁栄は、ユダヤ人の知識・技術・人脈によるところが大きい。また、経済能力の高いユダヤ人が多数移住したイギリスは、資本主義発達の最先端地域となって発展していった。
 イギリスで市民革命が起った17世紀中後半の時代のヨーロッパでは、プルボン朝のフランスが強大だった。ブルボン朝はハプスブルグ家と抗争しつつ王権を強化し、ルイ14世時代に絶頂期を迎えた。ルイ14世は「朕は国家なり」の句で知られる絶対君主の典型である。大陸を軍事的に制圧するルイ14世は、イギリス、オランダと国際政治・国際経済の主導権を争い、4次にわたり絶対主義戦争を繰り返した。すなわち、南ネーデルランド継承戦争、オランダ侵略戦争、ファルツ継承戦争、スペイン継承戦争である。
 フランスに対抗して大連合が組まれ、1672年からオランダ統領のウィレムが連合軍を指揮した。彼は、名誉革命後は英国王として指揮を続けた。戦いは連合軍の勝利となり、ルイ14世の支配は打ち砕かれた。この戦いにおいて、資金と食糧を調達したのは、主にユダヤ人グループだった。ユダヤ人にとって戦争や革命に資金を提供することは、自らの富を増加することになるだけでなく、自らの自由と権利を拡大していくことにもなっていた。
 ところで、ピューリタニズムは、カルヴァン派プロテスタンティズムのイギリス版である。彼らは、旧約聖書を通じてユダヤ教の影響を受けた。マックス・ウェーバーは、この点に注目し、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に次のように書いている。「すでに同時代の人々をはじめとしてその後の著述家たちが、とりわけイギリスのピューリタニズムの倫理的基調を『イギリスのヘブライズム』と名づけているのは、誤りなく解するなら、まさに正鵠をえたものである」と。
 ウェーバーは、ユダヤ人とピューリタンの経済思想の関係について、次のように述べている。「ユダヤ教は政治あるいは投機を指向する冒険商人的資本主義の側に立つものであって、そのエートスは、一言にしていえば、的資本主義のそれであったのに対し、ピューリタニズムの担うエートスは、合理的・市民的経営と労働の合理的組織のそれであった。ピューリタニズムはユダヤ教の倫理から、そうした枠に適合するもののみを採り入れたのである」「イギリスのピューリタンたちにとっては、当時のユダヤ人はまさしく彼らの嫌悪してやまぬ、あの戦争・軍需請負・国家独占・泡沫会社投機、また君主の土木・金融企画を指向するような資本主義を代表する者であった」「ユダヤ人の資本主義は投機的な的資本主義であり、ピューリタンの資本主義は市民的な労働組織であった」と。
 私は、ウェーバーのこの見方に基本的に同意するが、ウェーバーは重要な点を軽視していることを指摘したい。名誉革命後、オランダから移住したユダヤ人がロンドンを国際的な金融の中心地とした。そして、ピューリタンによる合理的な経営方法と労働組織は、ユダヤ人が作った金融システムが機能しているからこそ、資本主義的な生産活動を拡大させることができたことである。このことは、18世紀半ばからの産業革命によって、巨額の資金が必要になればなるほど重要な意味を持つようになっていったのである。
 近代西洋の歴史を振り返ると、ユダヤ人を最終的に受け入れた先は、ほとんど例外なく繁栄した。プロテスタントの宗教的信念が勤労と蓄財を鼓舞したとする説は、資本主義発達の初期の段階には当てはまるものの、長期的に概観すると、ユダヤ人の移住こそが、近代資本主義が発達した地域に共通する著しい特徴となっている。このことの重要性を軽視する経済学・経済史学には、大きな欠陥がある。
 14~15世紀にはイタリア諸都市やスペイン、ポルトガルで、17世紀にはオランダのアムステルダムで、17世後半からはイギリスのロンドンで、ユダヤ人は移住するたびに新しい場所で才能を発揮した。ヨーロッパ経済また資本主義システムのその時々の中心地で、ユダヤ人は活躍した。北米、ドイツ等でも移住したユダヤ人が活躍した。20世紀以降、今日まで世界で最も繁栄しているアメリカ合衆国は、イスラエル以外では世界最大のユダヤ人人口を有する国家となっている。
 逆にユダヤ人を差別し迫害する宗派が支配的な国家は、それまでの経済的繁栄を失うか、十分な経済的発展ができない状態を続ける。ユダヤ人に自由と権利を保障し、それらを拡大した国家が大きく発展しているという事実は、キリスト教とユダヤ教の関係という観点から見れば、キリスト教がユダヤ教に寛容を示したり、再ユダヤ教化したり、ユダヤ教徒の信仰活動を保障したりした地域が、経済的に発展してきていることを示している。この現象は、西方キリスト教社会におけるユダヤ的価値観の浸透・普及を示すものである。

 次回に続く。

トランプ政権は北朝鮮にどう対応するか

2017-04-12 10:07:06 | 国際関係
 アメリカは北朝鮮にどう対応するか。4月7日米NBC『ナイトリーニュース』は、トランプ大統領が構想している対北朝鮮問題解決の戦略的選択に、韓国への核兵器配備、金正恩除去、秘密作戦の三つがあると伝えた。
http://www.nbcnews.com/news/us-news/trump-s-options-north-korea-include-placing-nukes-south-korea-n743571

 韓国の新聞、中央日報の日本語版が内容を詳しく伝えている。中央日報は、朝鮮日報、東亜日報とともに「朝・中・東」の一角をなす保守系紙で、実利主義、現実主義を標榜している。

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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170409-00000006-cnippou-kr
米国の対北朝鮮3大オプション…韓国への核兵器配備、金正恩除去、秘密作戦
中央日報日本語版 4/9(日) 12:28配信

 トランプ米大統領が構想している対北朝鮮問題解決の戦略的選択に、韓国への核兵器配備と金正恩(キム・ジョンウン)除去作戦などが含まれていると伝えられた。
 米NBC『ナイトリーニュース』は7日に米軍高位関係者と情報機関消息筋などの話としてこのように報道した。NBCは米国家安全保障会議(NSC)が米中首脳会談に先立ちトランプ大統領に3つの対北朝鮮戦略オプションを提示したと説明した。

◇オプション1.韓国への核兵器配備

 報道によると、トランプ政権が最も優先的に取れるオプションとして韓国内への核兵器再配備を考慮している。1991年に韓国から撤収させた戦術核兵器を再び持ってくることだ。(註 ブッシュ父政権) 米情報機関高位関係者は「われわれは20年間外交的努力と制裁を並行してきた。しかし北朝鮮の核開発を防ぐのに失敗した」とし、韓半島(朝鮮半島)への核兵器再配備議論に対する背景を説明した。烏山(オサン)空軍基地に再び核兵器が配備される場合、東西冷戦終息後初めて米国が海外に核兵器を配備することになる。
 リッパート前駐韓米国大使はNBCとのインタビューで「韓半島への核兵器再配備の必要性を受け入れる韓国人が増加している」と明らかにした。だが「世界非核化を目標に設定している米国が自らこれに逆行する政策を展開するのは良いことではない」と指摘した。また、スタブリディス元北大西洋条約機構(NATO)司令官は「良いアイデアだとは思わない。北朝鮮の憤怒だけ触発させるだろう」と懸念する。

◇オプション2.金正恩除去作戦

 NBCはトランプ政権の対北朝鮮問題解決の2番目のオプションが金正恩除去作戦だと報道した。これに先立ち米国はリビアのカダフィ大佐とイラクのフセイン大統領など海外政府のトップの除去または逮捕作戦を進めたことがある。同様に北朝鮮の金正恩を直接除去することを戦略的選択肢に乗せたということだ。
 スタブリディス元司令官は「金正恩除去作戦は興味をそそる戦略。特に非常に予測しにくく危険な指導者を相手にする時はそうだ」と説明した。だが「斬首作戦以降にどのようなことが展開されるかを自問してみる必要がある。北朝鮮問題においてはどんなとんでもないことが起きるかもわからない」と懸念する。リッパート前大使も「政権交替と斬首作戦に対する議論は中国側の大きな懸念を買いかねない。中国側がわれわれの望み通りに圧力を加えず正反対に動く可能性がある」と指摘した。

◇オプション3.韓米特殊部隊北派

 トランプ政権の3番目の対北朝鮮問題解決案は韓国軍と米軍の特殊部隊を利用した秘密作戦だ。連合特殊部隊を北派し北朝鮮の核心インフラを破壊するものだ。NBCは韓国軍が昨年3月、「スパルタン3000」というニックネームで呼ばれる3000人規模の連隊級迅速機動部隊を創設したとし、これを利用して北朝鮮の主要核ミサイル施設と橋梁などを破壊する案が検討されていると報道した。移動式ICBMなどの移動を妨げるということだ。
 一方、NSCからこうした3つの戦略的選択肢を伝えられたトランプ大統領は、その後2日間の米中首脳会談で対北朝鮮問題と関連して特別な合意点を見出すことができなかった。
ティラーソン米国務長官は7日の会見で「両国間のパッケージ合意のようなものはなかった。トランプ大統領が習主席にもし中国が米国と協力できないならば米国は自らのコースにより動くと話した」と明らかにした。だが「自らのコース」がこれら3つのオプションを指すものなのか、この3つのオプションを習近平主席に説明したのかなど詳しい内容は明らかにしなかった。
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 トランプ大統領に提示された三つの戦略的選択肢に、単なる経済制裁の強化はない。米国単独の経済制裁も米中協同での経済制裁も、もはやこれら三つと同等の選択肢ではないということだろう。
 北朝鮮は核搭載のICBMの完成を間近にしている。完成の見込まれる時点が本年内なのか、3~4年後なのか見方が分かれるが、米国本土に向けられるICBMを米トランプ政権が切迫した脅威と感じ、日本や韓国に具体的な被害が出るおそれがあろうとも、米国民の安全を第一として、北朝鮮を攻撃するかどうか。その時期は、数週間内か、2~3年内か。「アメリカ・ファースト」がどこまでのものかによると思う。

ユダヤ36~スピノザの独創的な哲学

2017-04-11 09:37:31 | ユダヤ的価値観
●スピノザの独創的な哲学

 科学革命の世紀に特異な思想を説き、後世に大きな影響を与えたユダヤ人哲学者がいる。バルーフ・デ・スピノザである。
 スピノザは、汎神論的な独創的思想を生み出し、デカルト、ライプニッツとともに、大陸合理論の代表的哲学者となった。その影響はドイツ観念論の発達、無神論・唯物論の出現に作用し、現代にまで及んでいる。
 スピノザは、1632年にアムステルダムの富裕なユダヤ人の貿易商の家庭に生まれた。両親は、ポルトガルのユダヤ人迫害から逃れてオランダへ移住したセファルディムだった。スピノザは、ユダヤ人学校でヘブライ語・聖典学を学び、ユダヤ神学を研究した。当時のユダヤ教の教義や信仰に批判的な態度をとったため、スピノザはユダヤ教団から破門され、ユダヤ人共同体から追放された。ラテン語を学び、数学・自然科学・スコラ哲学およびルネサンス以後の新哲学に通じ、とりわけデカルトから決定的な影響を受けた。
 スピノザは、オランダの自由主義の政治思想を支持し、神学の干渉から思想の自由を擁護しようとした。そのために旧約聖書の文献学的批判を行い、1670年に『神学政治論』を出版した。本書は禁書とされ、スピノザは極悪の無神論者とみなされた。
 スピノザの哲学体系は、実体(ウーシア、サブスタンティア)の概念から出発する。実体は、ギリシャ哲学からスコラ哲学で中心的な役割を演じた概念である。変化する諸性質の根底にある持続的な担い手であり、それ自身によって存在するものをいう。デカルトは、方法的懐疑によって疑い得ぬ確実な真理として、「我思う、ゆえに我あり(cogito ergo sum)」と説いた。そこから神の存在を基礎づけ、外界の存在を証明した。神を無限な実体として世界の第1原因とし、それ以外には依存しないものとして、物体と精神という二つの有限実体を立てた。これら「延長のある物体」と「思惟する精神」は相互に独立した実体とする二元論の哲学を樹立した。
 これに対し、スピノザは、実体を自己原因ととらえ、無限に多くの属性から成る唯一の実体を神と呼び、神以外には実体はないとした。所産的自然としての個物は、能産的自然としての神なくしては在りかつ考えられることができないものとし、すべての事物は神の様態であるとした。そして、神は万物の内在的原因であり、すべての事物は神の必然性によって決定されていると説いた。また、延長と思惟はデカルトの説とは異なり、唯一の実体である神の永遠無限の本質を表現する属性であるとした。延長の側面から見れば自然は身体であり、思惟の側面から見れば自然は精神である。両者の秩序は、同じ実体の二つの側面を示すから、一致するとした。
 主著『エチカ 幾何学的秩序によって証明された』は、1675年に完成したが、生前は発刊されなかった。副題が示すように、限られた公理および定義から出発し、一元的な汎神論と心身並行論を証明し、それらに基づいて人間の最高の善と幸福を解明する倫理学を展開した。
 スピノザの思想の核心は、神即自然 (deus sive natura) の概念にある。彼の哲学は、一種の汎神論であり、また新プラトン主義的な一元論と理解される。人格的な神の観念を否定し、理性の検証に耐えうる合理的な自然論を提示している。そのため、ユダヤ=キリスト教の側からは無神論者と決めつけられた。だが、むしろ理神論者と見るべきだろう。
 理神論(deism)は、キリスト教の神を世界の創造者、合理的な支配者として認めるが、創造された後では、世界は自然法則に従って運動し、神の干渉を必要としないとし、賞罰を与えたり、啓示・奇跡を行ったりするような神の観念には反対する宗教思想である。キリスト教を近代科学と矛盾しないものに改善しようとした試みであり、信仰と理性の調和を目指し、キリスト教を守ろうとしたものである。17世紀前半のイギリスに現れ、18世紀の啓蒙主義の時代に各国に広がった。そうした風潮において、18世紀の後半、ドイツでスピノザの哲学をどう受け入れるかという汎神論論争が起こった。その結果、スピノザ哲学は無神論ではなく汎神論であるという理解が確立された。
 スピノザの一元的汎神論や能産的自然の思想は、後の哲学者に強い影響を与えた。スピノザは、自己の個体本質と神との必然的連関を十全に認識するとき、有限な人間は神の無限に預かり、人間精神は完全な能動に達して自由を実現し、そこに最高善が成立すると説いた。その哲学は、フィヒテからヘーゲルに至るドイツ観念論哲学の形成に決定的な役割をはたした。ヘーゲルは、スピノザの唯一の実体という思想を自分の絶対的な主体へ発展させた。そのヘーゲルの絶対的観念論を打破したところに、マルクスの無神論的な史的唯物論が登場した。
 スピノザは、ユダヤ教の側から破門にされ、キリスト教の側からは危険人物視された。だが、その神即自然の思想は、数学・自然科学の知見を踏まえたものなので、ユダヤ=キリスト教の信仰と数理的・科学的な理性との両立を図る科学者には、受け入れやすいものだった。
 20世紀最高の天才物理学者でユダヤ人であるアルベルト・アインシュタインは、ニュートンの機械論的世界観の体系を包含する相対性理論を樹立したが、その一方てユダヤ教徒であり、信仰と理性を両立させた世界観を持っていた。彼の神に関する考え方には、スピノザの影響があることが指摘されている。

 次回に続く。

学習指導要領に聖徳太子の名前を堅持

2017-04-10 09:35:29 | 教育
 本年2月に文部科学省が公表した中学校の次期学習指導要領改定案は、現行の「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」に変更していた。これに対し、多くの有識者が批判を述べ、また文科省へのパブリック・コメントでも批判的な意見が多く寄せられた。教員からも「小中で呼称が異なれば子供たちが混乱する」「指導の継続性が損なわれる」といった意見が出された。その結果、学校現場に混乱を招く恐れがあるなどとして、文科省は現行の表記に戻す方向で最終調整していると伝えられる文科省は小中ともに聖徳太子の表記に統一し、中学では日本書紀や古事記に「厩戸皇子」などと表記されていることも明記する方向だという。
 学習指導要領の改悪を防ぐことができたのは、良かった。2月の改定案は、日本人の精神の形成において重要な役割を果たした聖徳太子を抹消しようという暴挙である。今後も、同じ動きが繰り返されないように、注意して見守りたい。
 本件に関して、有識者が見解を述べたうち、拓殖大学客員教授・藤岡信勝氏が本件について書いた記事を転載する。

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●産経新聞 平成29年2月23日付

http://www.sankei.com/column/news/170223/clm1702230006-n1.html
2017.2.23 12:00更新
【正論】
周到な「聖徳太子抹殺計画」 次期指導要領案は看過できない 拓殖大学客員教授・藤岡信勝

≪国民に「厩戸王」の定着を狙う≫
 文部科学省は2月14日、次期学習指導要領の改訂案を公表した。その中に、国民として決して看過できない問題がある。日本史上重要な人物で、日本国家自立の精神的よりどころとなった聖徳太子の名を歴史教育から抹殺し、「厩戸王(うまやどのおう)」という呼称に置き換える案が含まれているのである。
 聖徳太子(574~622)は、冠位十二階と十七条憲法によって国家の仕組みを整備し、天皇を中心とする国づくりへ前進させた指導者だった。中国大陸との外交では、「日出づる処(ところ)の天子、書を日没する処の天子に致す」という文言で知られる自立外交を展開し、日本が支那の皇帝に服属する華夷秩序に組み込まれるのではなく、独立した国家として発展する理念を示した。
 こうして聖徳太子はその後1世紀にわたる日本の古代国家建設の大きな方向付けをした。
 そこで当然のことながら、現行の学習指導要領(平成20年)では「聖徳太子の政治」を学習すべき一項目として設け、日本の古代律令国家確立の出発点に位置づける次のような指示が書かれている。
【「律令国家の確立に至るまでの過程」については、『聖徳太子』の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きくとらえさせるようにすること】(中学社会歴史的分野「内容の取扱い」の項。二重カギは引用者)
 この一文は改訂案でもそのまま踏襲されているのだが、ただ1カ所、右の「聖徳太子」が「厩戸王(聖徳太子)」に突如として置き換えられたのである。
 括弧を使ったこの書き方の意味するところは、「厩戸王」が正式な歴史用語であるが、すぐには誰のことかわからない者もいるので、それは一般には聖徳太子と呼ばれてきた人物のことだ、と注記をしたというものである。
 ということは、新学習指導要領とそれに基づく歴史教科書によって「厩戸王」が国民の間に定着すれば、次期改訂ではこの注記は無くしてしまえるということになる。

≪反日左翼に利用される珍説≫
 改訂案は、小学校ではこの表記の前後を入れ替えて「聖徳太子(厩戸王)」と教えることにするという。学校段階に応じて「厩戸王」という呼称に順次慣れさせ、「聖徳太子」の呼称をフェイド・アウトさせる。周到な「聖徳太子抹殺計画」といえるだろう。
なぜこんなことになったのか。その根拠は、今から20年近く前に、日本史学界の一部で唱えられた「聖徳太子虚構説」と呼ばれる学説だ。その説は「王族の一人として厩戸王という人物が実在したことは確かであるが」「『日本書紀』や法隆寺の史料は、厩戸王(聖徳太子)の死後一世紀ものちの奈良時代に作られたものである。それ故、〈聖徳太子〉は架空の人物である」(大山誠一『〈聖徳太子〉の誕生』平成11年)と主張する。
 しかし、この説には根拠が乏しい。「聖徳太子」は100年以上たってから使われた称号だが、核となる「聖徳」という美称は、『日本書紀』以前に出現しているからだ。この学説が公表されたあとも、「聖徳太子」の名を冠した書物はたくさん出版されている。
 戦後の日本史学界では、さまざまな奇説・珍説が登場した。騎馬民族征服王朝説、大化改新否定論、三王朝交替説などが典型例である。それらはしばらくもてはやされても、やがてうたかたのように消え去った。「聖徳太子虚構説」もそのような一過性の話題として消え去る運命にあった。
 ところが、事情は不明だが文科省は、この珍説が歴史学界の通説であるととらえてしまったようだ。この説は日本国家を否定する反日左翼の運動に利用されているのであり、その触手が中央教育行政にまで及んだ結果である。

≪日本を精神的に解体させるのか≫
 死後付けられたということを理由にその呼称が使えないとすれば、歴代の天皇はすべて諡号(しごう)(没後のおくり名)であるから、いちいち、大和言葉の長い名称を書かなければならず、歴史教育の用語体系は大混乱となる。そもそも歴史教育は歴史学のコピーではない。歴史教育には国民の歴史意識を育てる独自の役目がある。
 聖徳太子抹殺の影響は古代史のみにとどまらない。明治以降発行された紙幣の人物像として最も多く登場したのは聖徳太子である。このことが象徴するように、聖徳太子は日本人の精神の支えとなる人物だったのだ。
 聖徳太子の抹殺は日本国家を精神的に解体させる重大な一歩である。「日本を取り戻す」ことを掲げて誕生した安倍晋三政権のもとで見逃されてよいはずがない。
 だが、まだ間に合う。文科省は学習指導要領の改訂案について、3月15日まで国民の意見をパブリック・コメントとして募集している。「聖徳太子の呼称を厩戸王に変えるな」という明確なメッセージを文科省に届けて、日本の歴史教育を救わねばならない。(拓殖大学客員教授・藤岡信勝 ふじおかのぶかつ)
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 藤岡氏は「明治以降発行された紙幣の人物像として最も多く登場したのは聖徳太子である。このことが象徴するように、聖徳太子は日本人の精神の支えとなる人物だったのだ。聖徳太子の抹殺は日本国家を精神的に解体させる重大な一歩である。」と書いている。
 伝統的な日本精神を語る時に、聖徳太子は欠かせない人物である。拙稿では、下記のものなどで太子について述べている。「厩戸王」の呼称では、その精神をよく語ることができない。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/j-mind05.htm 目次より01へ
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion04d.htm
 藤岡氏が「聖徳太子の抹殺は日本国家を精神的に解体させる重大な一歩」と言うとおりである。今後も文科相の官僚、その背後にいる左翼の政治家、歴史学者、教育学者、日教組等が、日本解体のために、聖徳太子の抹殺や日本精神を体現した人物の削除を図ってくるだろう。これを断固としてはねのけていかなければならない。