ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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カント22~ユングの共時性

2013-09-13 07:32:00 | 人間観
●ユングの「共時性」という仮説

 ショーペンハウアーは、後代のニーチェ、フロイト、ユング等に大きな影響を与えた。ニーチェは、カントとは正反対に神や霊、死後の世界、不可視界を否定する一方、現実世界における生を肯定し、生命の本質を「力への意志」であるとした。「力への意志」こそ、生の唯一の原理である、とニーチェは説いた。これは、ショーペンハウアーの意志を、否定すべきものから肯定すべきものへと逆転させた思想である。
 ショーペンハウアーは、フロイトとユングを啓発し、無意識の研究を促した。精神分析医のフロイトは、性本能の基底となるエネルギーをリビドーと呼んだ。そのエネルギーの移動と増減によって、すべての精神現象を説明しようとした。フロイトは、リビドーをショーペンハウアーの意志と同じものと考えた。
 機械論的唯物論的な性向を持つフロイトは、視霊現象やテレパシー等に対しては懐疑的だった。自身が様々な超常現象を体験していたユングは、師のフロイトと考えが合わず、別の道を進んだ。患者の治療を通じて深層心理の研究を深め、西洋の錬金術等を心理学的に解釈し、また易や道教、チベット仏教等の東洋思想を西洋に広く紹介した。
 ユングは、10代後半にショーペンハウアーを読み、『意志と表象としての世界』を通じて仏教に触れた。それが、ユングが東洋の宗教・思想を広く研究するきっかけとなった。ユングはショーペンハウアーには、納得がゆかなかった。カントの物自体を意志とし、意志を形而上学的な実体にしたことは、過ちだと考えた。その一方、視霊に関する小論には強い影響を受けた。カントの『視霊者の夢』にも影響を受け、医学生時代にスヴェーデンボリの大著を読んで、彼を「偉大な科学者にして神秘家」と称えた。カントとの関係で、ユングがスヴェーデンボリをどう見たかを書くに当たり、まずユング独特の仮説である共時性の説明をしたい。
 ユングは、自然科学の基本原理である因果律では説明のできない意味深い偶然の一致という現象を自ら体験していた。この現象を説明するために、非因果的でしかも同時的な二つの事象の間を関連づける原理として、「共時性(シンクロニシテイ)」という仮説を立てた。
 偶然の一致の例として、ユングは次のような体験を挙げている。ユングの患者に、狭い観念にしばられた若い女性がいた。頑固で現実的な物事以外は認めようとせず、自分の殻に閉じこもり、心の交流ができないため、治療が難航していた。ユングは書く。
 「ある日、窓を背にして彼女の前に座って、彼女の雄弁ぶりに聞き耳をたてていたのである。その前夜に、彼女は、誰かに黄金のスカラベ(神聖昆虫)を贈られるという非常に印象深い夢をみたのであった。彼女がまだこの夢を語り終えるか終えないうちに、何かが窓をたたいているかのような音がした。 振り返ってみてみると、かなり大きい昆虫が飛んできて、外から窓ガラスにぶつかり、どう見ても暗い部屋の中に入ろうとしているところであった。筆者はすぐに窓を開けて、中に飛び込んできた虫を空中で捕らまえた。それはスカラバエイデ、よく見かけるバカラコガネムシで、緑金色をしているので金色のスカラベに最も近いものであった。『これがあなたのスカラベですよ』と言って、筆者は患者さんにコガネムシを手渡した。この出来事のせいで、彼女の合理主義に待ちわびていた穴があき、彼女の理知的な抵抗の氷が砕けたのであった」(『共時性について』エラノス叢書2、平凡社)
 この出来事をきっかけに、偏狭な合理主義に固まっていた患者の心が和らぎ、新たな世界に心を開くようになり、治療がスムーズにいくようになったという。ユングは、このように因果律では説明のできない意味深い偶然の一致を多く体験・観察していた。それらを説明するために出した仮説が、共時性である。
 ユングは、1952年に物理学者パウリとの共著『自然現象と心の構造』を出した。本書の論文「共時性:非因果的連関の原理」で、ユングは、ラインが実験科学的な方法で超能力を研究した報告を引用し、テレパシー、透視、遠隔視、予知、念力等を共時性仮説で説明しようと試みた。そこでユングは、スヴェーデンボリのストックホルムの大火事の逸話について、次のように書いた。
 「例えば、ストックホルムにおいて火事が起こっているという幻視がスヴェーデンボリの内に起こったとき、その二者間に何も証明できるようなもの、あるいは考えられるようなつながりすらもないのに、その時、そこで実際に火事がいかり狂っていた。(略)彼を『絶対知識』に接近させた意識閾の低下が存在したと、われわれは想像する。ある意味で、ストックホルムにおける火事は、彼の心の内でも燃えていた。無意識の精神にとって空間と時間は相対的であるように思われる。つまり、空間はもはや空間でなく、また時間はもはや時間でないような時空連続体の中で、知識はそれ自身を見出すのである。それゆえ、無意識が、意識の方向にポテンシャルを保ち、発展させるならば、そのとき、並行事象が知覚されたり『知られ』たりすることは可能である」と。
 こうしてユングは、共時性の仮説によって、スヴェーデンボリの体験の説明を試みた。ユングは無意識の精神にとっては、空間と時間は相対的であり、空間はもはや空間でなく、また時間はもはや時間でないような時空連続体の中で、遠隔視が可能になると考えた。ユングは、共時性を「時間と空間に関して心的に条件づけられた相対性」とも定義している。また「空間と時間は、運動する諸物体の概念的な座標だが、それらは根底においてはおそらく同一なのだろう」とユングは書いている。
 ユングを受けて、空間・時間が心の状態によって条件づけられる相対的なものだと仮定すると、距離を超えた念力による遠隔操作や因果的継起を超えた予知は起こり得る現象となる。カントは感性のア・プリオリな直観形式として空間・時間を挙げたが、空間と時間が二元的なものではなく、一元的なものの表れだとすれば、特殊な能力を持つ人間においては、時空を超えた認識や行為が可能になるだろう。
 ユングは、従来の科学が原理とする時間、空間、因果性に、共時性を加えることを提案した。パウリはユングに賛同し、時間、空間をエネルギーと時空連続体に替えることを助言した。これを容れたユングは、永遠のエネルギー、時空連続体、因果性、共時性という4つの原理を提示している。

 次回に続く。

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