ほそかわ・かずひこの BLOG

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ユダヤ72~巨大国際金融資本がロシア革命を支援

2017-07-07 09:20:43 | ユダヤ的価値観
●巨大国際金融資本がロシア革命を支援

 ロシア革命の前、駐露オランダ公使ウーデンディクは、イギリスのバルフォア外相に、次のような報告を送っていた。「ボルシェヴィキは、ユダヤ人に鼓吹されている。ユダヤ人の利益のために現状の変革を狙っている。この危険を救うには列強の協同行動あるのみである」と。これに対して、イギリスのロイド・ジョージ首相とアメリカのウッドロー・ウィルソン大統領は強く反対した。それは、彼らに強い影響力を振るっている欧米の巨大国際金融資本家が、密かにロシアの共産主義者を支援していたからである。
 日露戦争の時に日本を経済的に支援したアメリカのクーン・ローブ商会のジェイコブ・シフは、ロシア革命の時には、レーニンとトロツキーに対し、1917年に活動資金としてそれぞれ2000万ドル(当時)を与えている。同商会は、ユダヤ系資本であり、アメリカにおけるロスチャイルド商会の代理人だった。レーニン、トロツキーへの支援には、日露戦争の際と同じく、ロスチャイルド家の意向があったと考えられる。
 レーニンは、1917年4月、亡命先のスイスからロシアに帰国し、強力に革命を指導した。この時、レーニンは封印列車に乗ってドイツ経由で帰国したが、その列車は、ロスチャイルド家のドイツにおける代理人、マックス・ウォーバーグが準備したものだった。
 トロツキーは、アメリカに亡命していた時期、ロックフェラー家の援助により、ニュージャージー州のスタンダード・オイル社の所有地で、革命用の私兵集団の訓練を行っていた。
 アメリカ大統領のウィルソンとその側近であるハウスも、レーニン、トロツキーを支援した。アメリカ政府は個々の革命家に便宜を与えた。帝政ロシアではユダヤ人革命運動家は行動を制限されていた。アメリカ政府は、彼らをアメリカに入国させ、アメリカの市民権を与えてから、ロシアへ送り返した。アメリカの市民権を持つユダヤ人は、当時国際関係で立場の弱かったロシアでは治外法権を持った者のごとく振る舞えたのである。一見理解しがたい行動だが、ウィルソンとハウスは、欧米の巨大国際金融資本家たちの意思を実行したのである。 
 巨大国際金融資本家と共産主義者は敵対関係にあるはずである。それで、こうした支援を意外に思う人が多いだろう。とりわけ共産主義者にとって、ロスチャイルド家は、まさに打倒すべきブルジョワジーの筆頭であるに違いない。ところが、奇妙なことに、元祖のマルクスはロスチャイルド家から生活資金の援助を受けていたことが知られている。その支援があったから、マルクスはロンドンで研究に没頭できたのだろう。彼以後も19世紀半ばから20世紀にかけて勃発した数多くの革命運動を、ロスチャイルド家などの巨大国際金融資本家が支援していたことが指摘されている。その最も顕著な例が、レーニン、トロツキーらへの支援だったのである。
 なぜ、ユダヤ人資本家は、自分たちを敵対視する社会主義者・共産主義者を支援するのか。そこには、高度な戦略的な思考があったことが推察できる。彼らは、戦争においては、当事者双方に金を貸したり、武器を売ったりする。どちらが勝っても、戦後は賠償金や復興事業で儲ける。平時においては、相対立する思想を醸成して、人々の思考を分裂させて紛争を起こし、紛争の当事者の双方に援助することによって利益を得る。革命勢力と反革命勢力の双方に援助する。社会変動が活発化すれば、国家・国民の枠を超えた市場が拡大する。国民共同体の殻を破った広域的な社会ができる。巨大国際金融資本家が共産主義の指導者を支援する理由は、既成の国家を解体しようとする共産主義の活動は、市場を拡大することになるので、資本家にとっては利益になるからだろう。また共産主義者にとっては、活動の資金や有益な情報を得られるという関係になっていたと思われる。
 ロシアの共産化は、ロシアの革命運動家と欧米の巨大国際金融資本家の共通の目標だった。レーニンらはロスチャイルド家らを利用して権力奪取という目的を実現し、ロスチャイルド家らはレーニンらを支援して、自らの富の増大を図ったと考えられる。
 巨大国際金融資本家がロシアの革命家を支援したもう一つ別の理由は、ロマノフ朝を倒し、広大なロシアの資源と市場を開放させようとしたものだろう。革命後、巨大国際金融資本家は、共産党政府からバクー油田の権益を得て、莫大な利益を上げた。共産党政府のほうも、外国資本家に石油を売ることで外貨を獲得して、経済危機を乗り越え、社会主義の国家建設を進めていった。
 ロスチャイルド家等の巨大国際金融資本家がロシア革命を支援したのは、単にロシアに対する働きかけというだけでなく、当時の彼らの国際的な活動と深く関係していると見るべきだろう。すなわち、1913年のアメリカにおける連邦準備制度(FRS)の設立、20年のイギリスにおけるが王立国際問題研究所(RIIA)の設立、同年のパリ講和会議での国際連盟の提案、21年のアメリカにおける外交問題評議会(CFR)の設立と、ロシア革命への支援は別々の動きではなく、共通の目的のもとにおける一連の行動と見るべきだろう。金融と情報の力による世界政府の建設という大きな目的である。
 レーニンは、1924年1月に急死した。その後、ヨシフ・スターリンが権力を掌握したことによって、ロシアのユダヤ人共産主義者と欧米の巨大国際金融資本家の目論見は、妨げられた。トロツキーが永続革命論を説いたのに対し、スターリは一国社会主義論を説いた。トロツキーを斥けたスターリンは、権力を掌握し、レーニン時代に表れていた共産党官僚による専制を固めていった。スターリンは、独裁的な気質とアンチ・セミティズム(反ユダヤ主義)の傾向を持っていた。
 スターリンは、独裁を確立するため、激しい粛清を行った。なかでもユダヤ人はその対象だった。最大のライバルであるトロツキーに対しては、潜伏するメキシコまで刺客を送って惨殺した。他のユダヤ人幹部を次々に粛清した。また、ユダヤ人一般への圧力を強め、1920年代終わりまでにあらゆる形態のユダヤ人独特の活動は停止されるか、骨抜きにされた。
 レーニンからスターリンの時代への展開を概括すると、まず脱ユダヤ教的ユダヤ人の共産主義者が一般のユダヤ人を弾圧した。次に反ユダヤ主義者のスターリンが、ユダヤ人共産主義者を含むユダヤ人全体を弾圧した。前半は唯物論的共産主義によるユダヤ教徒・ユダヤ商人らへの弾圧だが、後半は反ユダヤ主義によるユダヤ人そのものへの弾圧だった。
 ソ連共産党は、共産主義は人種問題・民族問題を解決すると吹聴した。しかし、それは虚偽の宣伝だったのである。

 次回に続く。
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