ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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現代の眺望と人類の課題102

2009-01-23 10:11:19 | 歴史
●ネオ・コンサーバティズムの潮流

 ブッシュ政権において、CFR、SB、石油業界・軍需業界の人材以上に顕著なのは、ネオコンと呼ばれる親イスラエルの軍事強硬論者が、首脳陣の多く占めたことである。
 冷戦の終結後、アメリカは世界で唯一の超大国となった。このとき、アメリカの世界的な覇権を確立するために、その圧倒的な軍事力を積極的に使用すべきだという戦略理論が登場した。それが、ネオコンである。
 ネオコンは、ネオ・コンサーバティズム(新保守主義)の略称である。保守主義を意味するコンサーバティズムの頭に「新しい」を意味する「ネオ」をつける。伝統的な保守と区別するために、ネオをつけている。
 アメリカでは、「保守」と対比されるのは「リベラル」である。リベラルとは、リベラリズム、自由主義の略である。自由主義とは、国家権力の介入を排し、個人の自由と権利を守り、拡大していこうという態度のことである。自由主義は、近代イギリスで発達した思潮である。これは言葉の本来の意味での自由主義であり、国権の抑制と自由競争に特徴がある。これを古典的自由主義と私は呼ぶ。
 それに対し、今日の「リベラル」は、19世紀半ばのイギリスに現れた「進歩」に元があり、それまでの自由主義を修正したものである。社会改良と弱者救済に特徴があり、修正的自由主義と私は呼ぶ。
 前者の古典的自由主義は、英米では、保守主義の態度でもある。なぜなら、これらの国々では、国権の抑制と自由競争が歴史的に制度化され、伝統となっているからである。自助努力と自己責任の原則を強調し、機会均等を達成した上で、効率的な市場経済を担保しようとするのが、この古典的自由主義である。その伝統を保守することが、保守の基本態度となっている。
 古典的自由主義に比し、修正的自由主義は、社会的弱者に対し同情的であろうとし、弱者救済を目的として自由競争を制限する。名前は同じリベラリズムだが、国権抑制・自由競争型と社会改良・弱者救済型で、政策に大きな違いがある。
 大雑把に言って、アメリカでは、共和党は「保守」、民主党は「リベラル」となるだろう。もともと古典的自由主義が「リベラリズム」だったのだが、修正派に「リベラル」の看板をとられてしまったのである。英米の「リベラル」は個人主義的で、左傾化すると社会民主主義と結びつく。状況によっては、共産主義にさえ同調する。
 「リベラル」に看板を取られた古典的自由主義者の中には、「リバータリアニズム」と自称する人もある。「徹底的自由主義」とでも訳せるだろう。英米では、これが伝統的な「保守」である。いわゆる「ネオコン」と呼ばれる新保守主義者は、この新種である。
 
●ネオコンがブッシュ政権に参入

 ネオコンの源流は、1930年代に反スターリン主義の左翼として活動したトロツキストである。彼らは「ニューヨーク知識人」と呼ばれるユダヤ人の集団だった。そのうちの一部が、第二次世界大戦後、民主党に入党し、最左派グループとなった。彼らは、レーガン大統領がソ連に対抗して軍拡を進め、共産主義を力で克服しようとしたことに共感し、共和党に移った。反スターリン主義が反共産主義へと徹底されたわけである。彼らは、もともと共和党を支持していた伝統的な保守とは違うので、ネオコンという。
 アメリカの伝統的な保守は、自分の郷土を中心にものを考え、アメリカ一国で自立することを志向する。外交においては、現実主義的な手法を重視し、国益のためには独裁国家とも同盟を結ぶ。これに対し、ネオコンは、自由とデモクラシーを人類普遍の価値であるとし、その啓蒙と拡大に努める。西洋近代的な価値観を、西洋文明以外の文明に、力で押し付けるところに、闘争性がある。その点では、戦闘的な自由民主主義と言えるが、そこにユダヤ=キリスト教の世界観が結びつき、イスラエルを擁護するところに、顕著な特徴がある。
 ブッシュ政権以前からネオコンは活動しており、強硬な反共派の文筆家ノーマン・ポドレッツ、デタント外交に反対したヘンリー・ジャクソン上院議員、レーガン政権の国連大使ジーン・カークパトリックらが挙げられる。

 ソ連崩壊後の1990年代には、ネオコンは、アメリカの脅威の源は、共産主義からアラブ諸国とイスラム過激派に移ったと認識した。ネオコンとシオニズムは、思想的には別のものであるが、ネオコンにはユダヤ人が多く、そのことが彼らの主張を親イスラエル的・シオニスト的なものとした。中東においてイスラエルを支持し、アラブ諸国を軍事力で押さえ込み、石油・資源を掌中にし、自由とデモクラシーを移植する。こうした戦略は、アメリカの国益を追求するとともに、イスラエルの国益を擁護するものともなった。
 ネオコンは、ブッシュ子政権において、政権の中枢に多く参入した。9・11のいわゆる同時多発テロ事件がなければ、ネオコンの理論は、主流に躍り出ることはなかったかもしれない。9・11は、アメリカ国民に、テロの恐怖を引き起こし、報復への怒りを沸き立たせた。そして、ネオコンの理論を、アメリカが取るべき方針だと国民に思わせた。
 9・11については、アメリカの所有者集団・経営者集団の中で、政府の関与を追及している者は、未だいないようである。これに比し、イラク戦争については、ブッシュ子政権以前にアメリカ外交に関わってきた政治家・学者から反対意見が多く出た。なかでも冷戦終結後のアメリカ外交の基本方針を作ったとも言えるブレジンスキーは、政権のネオコン・グループを批判し、論戦を繰り広げた。もう一人、アメリカ外交に最も強い影響を与えてきたヘンリー・キッシンジャーも、中東への冒険的な進攻に反対した。ブッシュ父の国務長官だったジェームズ・ベイカー、その後任だったローレンス・イーグルバーガー、同じく大統領補佐官だったブレント・スコウクロフトらも、国際的な支持のないイラク攻撃に反対した。こうした反対があるにもかかわらず、ブッシュ子政権はイラク進攻を強行し、また戦争を継続した。そこに、ネオコン・グループの強引な姿勢が現れている。

 次回に続く。
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