ほそかわ・かずひこの BLOG

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李栄薫氏の「反日種族主義」とは1

2019-12-12 10:07:55 | 国際関係
 麗澤大学客員教授・西岡力氏は、「現在の韓国の反日は、文政権とその支持勢力が主導する親北反日で、それを見抜いた韓国の自由民主主義勢力がアンチ反日運動に立ち上がって、韓国内で激しい政治的、思想的内戦を展開しているのだ」と見ている。(「『反日』の本質を暴くアンチ反日との思想的内戦」、『正論』令和元年10月号)
 また、西岡氏は、次のように言う。
 「いま韓国で展開している戦いは朱子学的全体主義勢力と自由民主主義文明勢力との体制の命運をかけた、妥協が不可能な戦いなのだ」と。(「カギ握る『検察改革』の行方」、『正論』令和元年12月号)
 「朱子学的全体主義勢力」とは、中国・北朝鮮という東アジア的な専制体制を支持する勢力である。東アジア的な専制体制は、皇帝の独裁を正当化する朱子学によって強化された。共産党が支配する中国と金一族が支配する北朝鮮は、ともにマルクス=レーニン主義の影響を受けた全体主義国家だが、その根底には、伝統的かつ封建的な朱子学の思想がある。
 これに対し、韓国の保守派の指導者たちは、文在寅政権に反対する勢力を「文明勢力」と呼んでいる。西岡氏はこの勢力を「自由民主主義文明勢力」というのだが、それは、伝統的かつ封建的な朱子学的全体主義の勢力に対し、自由、人権、民主主義、市場経済、法治等を普遍的な価値とする近代西洋文明を守ろうという勢力だからである。
 自由民主主義は、西洋文明が生み出した思想・体制である。一方、伝統的・封建的な朱子学的全体主義は、シナ文明が生み出した思想・体制である。これだけの対立であれば、文明間の摩擦・衝突ということになるが、韓国における「朱子学的全体主義勢力」は、単に土着的・前近代的なものではない。その点を明らかにしているのが、韓国でベストセラーになっている李栄薫(イ・ヨンフン)編著の『反日種族主義』である。韓国では10万部売れ、わが国で邦訳が出ると、発売後2週間で20万部以上が売れているという。
 李氏は、ソウル大学名誉教授で、実証的な経済史学者として権威ある学者とのことである。李氏は、本書で、いわゆる従軍慰安婦、徴用工、植民地化等の問題について、史実を踏まえて、その「嘘」を暴いている。
 李氏は、韓国の教科書を執筆した歴史家について、彼らは、日帝によって「土地だけでなく食料も、労働力も、果ては乙女の性も収奪された、と教科書に書いてきました。その全てがでたらめな学説です」と述べている。なせ「でたらめな学説」が横行しているか、その理由について、李氏は、次のようにいう。「歴史家たちがでたらめな学説を作り出したのは、何かしらの邪悪な意図からというよりは、無意識による、幼い頃から彼らが呼吸して来た、祖先から受け継いで来た伝統文化に引きずられた結果だと言えます」と。その韓国の伝統文化を李氏は、「種族主義」と呼ぶ。
 韓国の種族主義は、シナより朱子学を摂取する以前から韓民族が持ち続けてきた呪術や風水などのシャーマニズム的な民俗信仰を含んでいる。それが土台にあり、上物として朱子学的な全体主義が立っているという構造である。
 さて、李氏の『反日種族主義』について、拓殖大学総長で開発経済学者の渡辺利夫氏が、産経新聞令和元年11月28日付で取り上げた。
 渡辺氏は、韓国の民族主義を「血族的民族主義」と呼んできた。単なる民族主義ではなく、血族的という点に特徴があるとする。
 渡辺氏は、次のように書いている。「血族は、たどれば古朝鮮の王・檀君にたどり着く。『我々はみな檀君の子孫であるという民族意識』である。朝鮮人の、とりわけ支配階級『両班』においてこの観念は拭いがたく強いものであったらしい。一代の家計図(ママ)『族譜』の壮大な拡大バージョン、これが朝鮮民族である。その観念は、『新しき両班』現代韓国の進歩派・左派エリートの思想を呪縛し、竹島や慰安婦や徴用工といった架空の新しい捏造の記憶を国民に刻み込むことによってより強固なものへと再生産されている」と。
 祖先を共通するという意識によって、近代的な集団意識を形成したことは、多くの国民・民族で見られることである。だが、朝鮮民族ほど家系図に対する関心が高い民族は、珍しい。おそらく世界一だろう。またそれとともに、李氏朝鮮において両班という特権階級ができ、それが現代の韓国における知識階級に置き換わっているところが、現代朝鮮の特異性をなしている。
 渡辺氏は「民族主義」という漢語を使っているが、民族主義は、一般に政治学的な意味での国民に関わる場合と人類学的な意味での民族に関わる場合があり、混同されやすい。私は、国家・国民を意味するネイションに関わるものをナショナリズム、民族・部族に関わるものをエスニシズムと区別している。ナショナリズムは、一般に「国家主義」「国民主義」「民族主義」と訳される。ナショナリズムはネイションにかかる主義であり、ネイションは「国家」「国民」「民族」「共同体」等と訳される。だが、国家と国民は異なり、国民と民族は異なる。私は、基本的にネイションを政治社会としての「国家」または政治的集団としての「国民」、エスニック・グループ(ethnic group)を「民族」とし、ナショナリズムを「国家主義」「国民主義」、エスニシズムを「民族主義」と区別する。ナショナリズムとは、エスニック・グループをはじめとする集団が、一定の領域における主権を獲得しようとし、またその主権を行使するネイションとその国家を発展させようとする思想・運動である。また、西洋文明の近代以前及び非西洋文明にも広く見られるエスニシズムの特殊な形態であり、近代西欧的な主権国家の形成・発展にかかるエスニシズムである。
 このような私の見方を基に言えば、渡辺氏のいう「血族的民族主義」は、エスニックな性格が極めて強いナショナリズムである。

 次回に続く。

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