ほそかわ・かずひこの BLOG

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キリスト教2~文明学的位置づけ

2018-01-27 12:04:02 | 心と宗教
●キリスト教の文明学的位置づけ

 文明学者アーノルド・トインビーは、文明は、誕生、成長、挫折、解体を繰り返すという文明の周期論(サイクル論)を説いた。文明の成長段階で「世界国家」が登場し、その末期に、征服された地域の抑圧された民族の間に「高度宗教」を生み出す。「高度宗教」は、「世界国家」の崩壊後も生き続け、やがて蛮族がこの「高度宗教」に改宗し、そこに受け継がれた「高度宗教」が、次の文明の発生の中核になるとトインビーは説いた。この理論は、ギリシャ・ローマ文明の過程をモデル化したものであり、「高度宗教」がキリスト教を想定していることも明らかである。
 私は、トインビーの説を踏まえつつ、文明と宗教の関係を一般化する必要があると考える。文明は、トインビーの注目した例に限らず、その中核に宗教を持つ。宗教は、社会を統合する機能を持ち、集団に規範を与え、社会を発展させる駆動力ともなり、国家の形成や拡張を促進する。さらに、諸民族・諸国家にまたがる文明の中核ともなるものである。
 世界の諸文明は、そのような宗教を、その精神的な中核に持っている。文明には、その文明の独自の文化から生まれた固有の宗教を持つものと、他の文明が生み出した宗教を摂取したものとがある。トインビーが注目したのは後者の例である。
 国際政治学者サミュエル・ハンチントンは、文明の中核には宗教があるとするトインビーの説を受けて、宗教をもとにして諸文明を特徴づけている。また、冷戦終結後の世界には、7または8つの主要文明が存在すると説く。すなわち、キリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする西洋文明(西欧・北米)、東方正教文明(ロシア・東欧)、イスラーム文明、ヒンドゥー文明、儒教を要素とするシナ文明、日本文明、カトリックと土着文化を基礎とするラテン・アメリカ文明。これに今後可能性のあるものとして、アフリカ文明(サハラ南部)を加え、7または8と数える。
 私は、世界の諸文明を主要文明と周辺文明に分ける。主要文明とは、独自の文明の様式をもち、自立的に発展し、かつ文明の寿命が千年以上ほどに長いか、または現代世界において重要な存在であるものである。また周辺文明とは、主要文明の文化的刺激を受けて発生し、これに依存し、宗教・政治制度・文字・芸術・技術等を借用する文明である。
 現代の主要文明は西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、インド文明、シナ文明、日本文明、ラテン・アメリカ文明、アフリカ文明の8つと考える。ハンチントンが可能性として挙げたアフリカ南部を今日、一個の文明とみなす。そして、これら以外に多くの周辺文明が存在すると考える。
 私は、世界の主要文明を宗教をもとにして、大きく二つのグループに分けている。セム系唯一神教を文明の中核とする一神教文明群と、人類に広く見られる多神教を文明の中核とする多神教文明群である。
 一神教文明群に属する主要文明は、ハンチントンのいう西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、ラテン・アメリカ文明の四つである。多神教文明群に属する主要文明は、日本文明、シナ文明、インド文明に新興のアフリカ文明を加えて四つと私は数える。
 トインビーは、世界史において、「充分に開花した文明」が過去に23あったとし、その一つとしてユダヤ文明を挙げた。ユダヤ教社会は、古代シリア文明にさかのぼる。シリア文明は、紀元前1200年頃のフェニキア文明以来、中東で発展してきた文明である。ユダヤ民族は、シリア文明の一弱小民族だった。その後、ユダヤ民族はその周辺文明として独自の文明を創造したが、ローマ帝国によって滅ぼされた。その過程で、ユダヤ文明からキリスト教が誕生した。
 キリスト教は、ユダヤ教から出たことによって、ヘブライズムの思想・文化を継承している。ギリシャ文化社会に伝道する過程で、ヘレニズムの思想・文化を吸収した。キリスト教には、ヘブライズムとヘレニズムの融合が見られる。ユダヤ的な宗教の教義をギリシャ哲学を用いて整備することで、普遍的な性格を獲得していった。
 キリスト教はローマ帝国で急速に広がり、国教の地位を得た。ユダヤ民族の亡国離散、ローマ帝国の東西分裂及びそれぞれの帝国の滅亡の後も、世界宗教として伝播し続けた。西方のキリスト教は、ギリシャ=ローマ文明を継承したヨーロッパ文明の宗教的な中核となった。ヨーロッパ文明は北米・南米にも広がり、近代西洋文明へと発展した。また東方のキリスト教は、ビザンチン文明を経て、東方正教文明の宗教的中核となった。
 ハンチントンが説くように、キリスト教はラテン・アメリカ文明にも影響を与えている。彼の言う西洋文明、東方正教文明、ラテン・アメリカ文明は、私の分類における一神教文明群に属する。私は、古代に滅亡したユダヤ文明は、第2次世界大戦後、イスラエルの建国によって、現代のユダヤ文明へと蘇ったと見ている。そしてそのユダヤ文明を、一神教文明群に属する周辺文明の一つとして位置づける。ユダヤ教及びユダヤ文明は、キリスト教系の諸文明に大きな影響を与えてきている。それゆえ、私は西洋文明、東方正教文明、ラテン・アメリカ文明、ユダヤ文明を、ユダヤ=キリスト教諸文明とも呼ぶ。一神教文明群は、ユダヤ=キリスト教諸文明とイスラーム文明に分けられる。
 ユダヤ=キリスト教という名称は、私がユダヤ教とキリスト教が同根であることを強調する時に使用するものである。また、私は、キリスト教とユダヤ教の違いを認めつつ、欧米の宗教の基底にはユダヤ教の要素があることを強調する時にも、ユダヤ=キリスト教と書く。ハンチントンは西洋文明に対し、「キリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする」と表現しているが、ここにユダヤ教という要素を明記すべきである。つまり、西洋文明はユダヤ=キリスト教を基礎とする、という形容こそふさわしい。そして、ユダヤ=キリスト教のユーラシア西方での表れが西洋文明、東方での表れが東方正教文明ととらえることができる。
 本稿は、キリスト教を上記のように宗教学的及び文明学的に位置づけるものである。

●ユダヤ教から現れた世界宗教

 キリスト教は、イエスを創唱者とする一個の宗教である。だが、もともとキリスト教は、ユダヤ教から派生した宗教である。ユダヤ民族の神ヤーウェを信仰対象とし、ユダヤ教の聖書を旧約聖書として啓典の一部とする。ユダヤ教はキリスト教の母体となっており、決してその出自とつながりを消去することはできない。
 紀元1世紀の前半にパレスチナに、ユダヤ教の改革者としてイエスが登場し、彼の教えを信じる者は神によって救済されるという脱民族的な教えを説いた。この時点では、ユダヤ教の異端・分派であり、キリスト教はユダヤ教イエス派から始まったということができる。それが、ユダヤ教から分離して独自の宗教へと発展した。
 キリスト教は、ユダヤ教と神をともにし、ユダヤ教の聖書を旧約聖書、イエスの言行録や弟子たちの手紙等を新約聖書とする。この「約」は、神との契約を意味する、それゆえ、ユダヤ教はキリスト教の母体となっている。
 だが、ユダヤ教は、イエスを救世主とは認めない。独自の救世主の到来を待っている。イエスを救世主と認めないのがユダヤ教の正統であり、イエスを救世主と仰ぐキリスト教は、ユダヤ教の異端・分派である。
 しかし、ユダヤ教が民族宗教であるのに対し、キリスト教は、ユダヤ教から脱民族化して、人類的・普遍的性格を持つに至った。歴史の特定の時点、世界の特定の場所、人類の特定の民族において出現した宗教でありながら、特定の民族・人種・地域に限定されない。その点で本質的に世界宗教である。また、古代から広範な地域に布教・公布され、民族の違いを超えて受け入れられ、信者が世界各地に広がっている。その点で現実的にも世界宗教となっている。それゆえ、本質的にも現実的にも、キリスト教は世界布教ということができる。
 ユダヤ教から一定の影響を受けて世界宗教となったのには、別にイスラーム教がある。これらユダヤ教及びそれを元祖とする宗教であるセム系一神教は、それ以外の諸宗教と実在観・世界観・人間観が大きく異なる。人類の共存調和のためには宗教間の相互理解・相互協力が必要だが、それにはセム系一神教同士の対話と協調が強く求められている。その対話と協調において、欧米を中心に世界に広がるキリスト教の役割は大きい。また、全く別の系統から世界宗教になった仏教や、今後、世界宗教に発達する可能性のある神道との対話と協調においても、キリスト教の果たすべき役割は大きい。

●選民思想の否定とユダヤ的価値観の浸透・普及

 キリスト教は、ユダヤ教と同じ唯一の神を仰ぎながら、選民思想を否定した。それによって、世界宗教となった。一方、ユダヤ教は、民族宗教にとどまった。
 ユダヤ教は、その教義に基づくユダヤ的価値観を生み出した。それが、ヨーロッパで西方キリスト教に浸透し、キリスト教が広まるとともに世界に広まり、人類に広く深く浸透してきた。ユダヤ的価値観については、拙稿「ユダヤ的価値観の超克~新文明創造のために」に書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-4.htm
 ユダヤ的価値観を持つ者は、ユダヤ人に限らない。非ユダヤ人であって、ユダヤ的価値観を持つ者が近現代の世界史を通じて、増加してきている。欧米を中心に、キリスト教徒でありながら、ユダヤ的価値観を持つ者が増えている。私は、人類がユダヤ的価値観を超克するとともに、ユダヤ教が排他的・闘争的な選民思想から脱却することができなければ、人類の対立・闘争は続き、地球に共存共栄・物心調和の新文明を実現することは困難である、と考える。このユダヤ教の選民思想の脱却において、キリスト教には、大きな役目がある。ユダヤ的価値観の超克は人類の課題である。本稿は、「ユダヤ的価値観の超克~新文明創造のために」と同じ課題認識のもとに書いているものである。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「人類史に対する文明学の見方」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09a.htm
・拙稿「人類史の文明学~トインビー」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09g.htm
・拙稿「ハンチントンの『文明の衝突』と日本文明の役割」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09j.htm
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