ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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インド11~ヒンドゥー教の宇宙論・時間論

2019-10-21 09:18:36 | 心と宗教
●世界観

 ヒンドゥー教では、世界は創造・維持・破壊の過程を無限に繰り返し、その過程は循環的であると考える。
 その内容を宇宙論と時間論という側面から見てみよう。

◆宇宙論
 ヒンドゥー教の宇宙論は、ヴェーダの宗教のそれを継承している。『リグ・ヴェーダ』の宇宙創造神話は、4種に大別することができる。第一は建造、第二は出生、第三は展開、第四は解体をイメージしたものである。
 第一の建造のイメージの代表的なものは、祈祷神ブラフマナスパティによる宇宙創造である。祈祷神は鍛冶工のごとくにこの一切を煽ぎ鍛えたとの旨が、『リグ・ヴェーダ』に書かれている。ヴェーダの言葉ブラフマンを司る神として立てられた祈祷神が宇宙創造神にまで高められたものである。
 第二の出生のイメージによるものには、「黄金の胎子」を説く讃歌がある。太初に黄金の胎子が現れ、万有の唯一なる主宰者となったとし、この主宰神は、神々の上に位し、天地を創造した神とされる。
 これら2種の宇宙創造神話は、有神教的かつ一神教的である。これとは別に、汎神教的な創造神話があり、後世に強い影響を与えた。
 『リグ・ヴェーダ』の汎神教的な創造神話では、「唯一なるもの」すなわち「唯一物(エーカ)」が展開して宇宙が創造され、神々も人間も動物も天体もすべてこの唯一物から生じたとする。これが第三の展開のイメージによるものである。『リグ・ヴェーダ』は「かの唯一物は、自力により風なく呼吸せり。これよりほか何ものも存在せざりき」(辻直四郎訳)と記している。この唯一物は有でも無でもない。それが宇宙の根源であり、また宇宙創造の原理である。この一なる原理が両性に分かれて世界が創造されたという意味のことが語られている。ここには早くも一元論的な思想が現れている。唯一物の観念は、ブラフマンの観念が現れる以前のものである。この展開のイメージの創造神話は、唯一物から万物が流出したとするので、流出型創造神話とも呼ばれる。
 汎神教的な創造神話には、原人解体神話という別の類型もある。原人プルシャが解体して宇宙が出来たとするもので、第四の解体のイメージによっている。
 『リグ・ヴェーダ』のプルシャ讃歌に現れた神話によると、原人プルシャの息子である神々がプルシャを犠牲として祭儀を行ったとき、プルシャの身体の各部分から、月や太陽、神々、天地、方位、獣類や人間が生じたという。人間は四つの身分に分かれ、口からはブラーフマナ(バラモン、祭官)、腕からはラージャニヤ(クシャトリヤ、王族、戦士)、腿からはヴァイシャ(庶民)、足からはシュードラ(隷民)が生まれたとする。
 紀元前1000年から紀元前800年頃に成立したと見られるブラーフマナ文献では、「子孫の主」を意味するプラジャーパティを造物主とする創造神話が現れた。内容は多種多様であり、相互に矛盾するものも多い。例えば、ある神話では、太初において宇宙は水であったとし、水が苦行すると黄金の卵が出現した、それから男子プラジャーパティが誕生し、万物を創造したとする。別の神話では、プラジャーパティは創造しようとして苦行し、地・空・天の三界を創造した。その後、三界を熱すると、地界から火神アグニ、空界から風神ヴァーユが、天界から太陽神のアーディティヤ神群が生じたとする。プラジャーパティは、一人ではなく10人の創造神とするものもある。
 ヴェーダの宗教では、このように様々な宇宙創造神話が現れたが、次第にブラフマンによる宇宙創造説が主になっていった。これは、『リグ・ヴェーダ』の汎神教的な宇宙創造神話を哲学的に深め、神々の本源となる根本的な原理を探究するに至ったものと見られる。ブラフマンによる宇宙の創造説には、ブラフマンが戯れ(リーラー) のために宇宙の創造を行ったとしたり、現象界はブラフマンの幻影 (マーヤー)を生む力によって創り出されたもので、本来は実在せず、ブラフマンのみが実在すると説くものなどがある。
 ブラフマンが宇宙創造の原理と見なされるようになると、その一方に、個人の内なる原理としてアートマンが考えられるようになり、梵我一如を説くに至って、世界観と人間観は不離一体のものとなった。

◆時間論
 ヒンドゥー教では、ヴェーダの宗教を継承して世界を反復的・循環的と考える。これに伴い、時間についても反復・循環の観念が支配的である。また、インド人は、世界の諸民族で最も数理的な能力が発達し、微細から巨大に至る時間の単位を考え出した。
 時間の最小単位はクシャナといい、約0.013秒である。シナでは刹那と訳された。その上のニメーシャは約0.18秒である。18ニメーシャは1カーシュター、30カーシュターは1カラー、30カラーは1ムフールタ、30ムフールタが人間の1日(360日)とされる。人間の1年は神々の1日とされ、ここから時間の単位が大きくなる。そして、宇宙論的なスケールを示す。
 この宇宙は神ブラフマーの1日すなわちカルパの間、持続する。カルパは劫と訳され、地上の43億2,000万年に当たる。その1日が終わると、宇宙は再びブラフマーに帰入する。すると、ブラフマーの夜となり、これが昼と同じ期間続く。こうして宇宙はカルパごとに創造と帰滅を繰り返すとされる。
 1カルパは1,000マハー・ユガに相当する。1マハー・ユガは、神々の時間で1万2,000年、人間の時間では432万年に相当する。マハー・ユガは四つのユガに区分される。トレーター・ユガ、ドヴァーパラ・ユガ、クリタ・ユガ、カリ・ユガである。
マハー・ユガの最初の4,800年がトレーター・ユガと呼ばれる。人間の時間でいうと172万8,000年に相当する。次の3,600年がドヴァーパラ・ユガで、同じく129万6,000年、次の2400年がクリタ・ユガで、86万4,000年、最後の1,200年がカリ・ユガで、43万2,000年に相当する。
 四つのユガの間、世界は次第に悪化を続け、前のユガより後のユガになるほど、人間の信仰・道徳等は低下する。現在は、紀元前3102年に始まった暗黒期であるカリ・ユガの時代である。完全な時代に存在していたダルマの4分の3が滅び、そのため戦争・災難・悪習・早死等が蔓延している。こうした考え方は、仏教の末法思想や『法滅尽経』に影響を与えたと見られる。
 カリ・ユガの最後には、大火とそれに続く洪水によって、世界は破壊され尽くす。これをマハー・プララヤ(大滅亡)という。その後、世界は再び最初に戻り、同じ過程を繰り返すという。
 ユダヤ=キリスト教にはメシア思想があり、世界の終末に救世主が現れて、最後の審判が行われ、地上天国が実現すると教える。仏教にも一種の救世主願望があり、未来仏・弥勒菩薩の降臨が待望されている。だが、ヒンドゥー教は、遥かにスケールの大きい宇宙論的な発想で物事を考える。現在の人類の歴史の終わりに救済を願うのではなく、果てしなく創造・維持・破壊を繰り返す世界から脱却することを目標とする。こうした考えは、次の人間観の項目に書く輪廻とカルマン(業)と解脱の思想によるものである。

 次回に続く。

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