ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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キリスト教117~キリスト教による人種差別

2018-11-07 09:30:58 | 心と宗教
●キリスト教による人種差別
  
 独立宣言には、「すべての人間」という言葉がある。それゆえ、独立宣言は、いわゆる人権を高々と掲揚したものと思われがちだが、宣言における「人間」には、先住民のインディアンや、奴隷労働をさせていた黒人は、含まれていない。人間は、二つに分けられている。キリスト教徒と異教徒、白色人種と有色人種である。より明確に言えば、白人キリスト教徒である「人間」と、有色人種の異教徒である「非人間」に分けられている。それゆえ、宣言における権利は、人間一般の権利では、決してない。インディアンや黒人を「人間」とみなしていないからである。
 白人は先住民から土地を奪って、駆逐したり、アフリカから大陸間を強制連行されてきた黒人を購入し、奴隷労働をさせたりしていた。独立運動の指導者たちは、黒人奴隷を所有していた。ジェファーソンは数百人の黒人奴隷を抱えるプランテーションを所有していた。数名の黒人奴隷の女性に婚外子を孕ませた。ワシントンも奴隷農場主だった。ワシントンは、アメリカ先住民族であるインディアンを人間扱いせず、「猛獣 (beasts of prey)」と呼んで殺し合わせるようにした。
 そうしたなかで発せられたアメリカの独立宣言は人間一般の平等をうたったものではなかった。インディアンと黒人は、対象から除かれていた。「領主=奴隷主」であるような「領主民族」としての白人の平等を宣言したものだった。
 合衆国における差別は、キリスト教の思想に基づくものである。ピルグリム・ファーザーズが信奉したピューリタニズムは、カルヴァン主義のイギリス的形態である。カルヴァン主義は、人間を神によって予め来世の救いに選ばれた者と、選ばれていない者とに峻別した。救霊予定説は、人権と正反対の思想であり、生まれながらの絶対的不平等を説く思想である。アメリカ建国の祖は、この救霊予定説に立って、自らを神に選ばれた者とした。トッドはこれを「宗教的差異主義」と呼ぶ。アメリカの宗教的差異主義は、旧約聖書の神の言葉によって増幅され、インディアンや黒人との混交を禁じた。白人キリスト教徒は、自らを旧約聖書のユダヤ人に同定し、インディアンを殺戮すべき異教徒に同定した。ここには、ユダヤ教の選民思想の影響が見られる。カルヴァン主義はユダヤ教の影響を受けており、キリスト教の再ユダヤ教化が見られる。
 建国の祖の宗教的差異主義は、家族型の価値観の影響を受けたものでもあった。イギリスのイングランドを中心とする地域では、絶対核家族が支配的である。絶対核家族は遺産相続において、親が自由に遺産の分配を決定できる遺言の慣行があり、兄弟間の平等に無関心である。この型が生み出す基本的価値は自由である。自由のみで平等には無関心ゆえ、諸国民や人間の間の差異を信じる差異主義の傾向がある。初期の北米には、イギリス同様、絶対核家族の移民が多く、自由中心の価値観を共有していた。
 それゆえ、アメリカの差異主義は、宗教的かつ家族型的な差異主義である。その差異主義が肌の色の違う黒人とインディアンに向けられた。一言で言えば、「彼らは人間ではない」という認識であり、「だから、何をしても良い」という判断である。このような宗教的かつ家族型的な差異主義にもとづいて建国されたのが、アメリカ合衆国というキリスト教国である。

●合衆国憲法修正10カ条による自由権の拡大
 
 独立宣言の11年後、1787年に制定された合衆国憲法には当初、いわゆる人権の規定がなかった。権利の章典を付けていなかった理由は、連邦政府は人民から委託された権限のみを行使し得る権利を制限された政府であるから、権利の章典を付けることは、この原則を侵すものとなるという点にあった。だが、権利の章典がないことをもって憲法案に反対する意見があり、権利の章典を追加することを条件として、憲法案を承認した州が少なくなかった。
 そこで89年第1連邦会議で権利の章典が提案され、所要の数の州の承認を得て、91年に発効した。これが、合衆国憲法修正10カ条である。それらの条項に、国教の禁止、信教の自由、言論及び出版の自由、集会の権利、人民の武器保有と武装の権利等が規定された。
 主な内容は自由権であり、自由権を国民の権利として保障したものである。ただし、権利の主体は白人男性のみを対象としていた。白人女性、インディアン、黒人は除外されている。ここに定められた権利は、白人・男性・大人という特定の人種・性・年齢を前提にしたものゆえ、人権とは言えない。普遍的でなく特殊的な権利は、特権である。すなわち、合衆国憲法が修正条項に定めた権利は、アメリカ国民である白人男性成人の特権だった。
 こうした考え方は、ユダヤ=キリスト教の考え方と基本的に一致している。その教義と文化に基づくものである。

●リベラリズムとナショナリズムの相関

 建国時のアメリカは、人口の約8割が白人種だった。残りの約2割の多くは黒人奴隷だった。白人はその9割が、アングロ・サクソン系だった。言語的には本国と同じ英語を話した。宗教的には非国教会系のプロテスタント諸派が多く、国教会やカトリックは少数派だった。
 独立国家の建設を推進したのは、自由を求めるリベラリズムだった。それが、独立を求めるナショナリズムに発展した。人民には、イングランド系、スコットランド系、アイルランド系等のエスニック・グループが存在した。それらを、共通語としての英語と基本的法制度としての憲法によって、ネイションへと統合し、国民の実質化を進めた。
 憲法によって権利を保障された国民は、互いに個人の権利を主張した。ナショナルな集団における権利の協同性は失われ、権利の闘争性が顕在化し、個人の権利と権利がぶつかり合うようになった。資本主義の発展は、市場における競争を促進するによって、この権利の闘争を常態化した。徹底した競争社会となり、個人の利害意識が先鋭化したことによって、大都市部を中心に個人主義的なリベラリズムが社会規範になっていった。大都市部ではキリスト教の信仰が低下し、世俗化が進んでいる。この状況は、20世紀にいたって、個人の選好を集団の利益より優位に置く思想を生みだした。それが、アメリカを中心とした現代のリベラリズムとなっている。しかし、アメリカ合衆国は、個人主義的なリベラリズムが強くなろうとも、なお建国の理念に基づく確固たるナショナリズムを持つ国である。そして、そのナショナリズムは、建国の祖が憲法に盛り込んだユダヤ=キリスト教の思想に則ったものである。

 次回に続く。
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