ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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キリスト教12~世界観・人間観

2018-02-20 08:54:10 | 心と宗教
●世界観~神による天地創造

 キリスト教の世界観は、ユダヤ教のそれと同じく、実在としての神によって、世界が創造されたという考え方に立つ。神すなわち創造主が初めに存在し、世界は神の意志で無から造られたとする。さらに動植物などの万物も神の働きで造られたとする。キリスト教は、こうした世界や万物の起源に関する創造論をユダヤ教から継承している。
 『創世記』1章1節から2章3節にかけて、天地創造が概略次のように描かれている。初めの日に、神は天と地を創造した。地は混沌とし、水面は闇に覆われ、聖霊がうごめいていた。神は光を生み出し、昼と夜とを分けた。2日目に神は、水を上と下とに分け、天を造った。3日目には大地と海とを分け、植物を創った。4日目には日と月と星が創られた。5日目には水に住む生き物と鳥が創られ、6日目には家畜を含む地の獣・這うものが創られ、海の魚、空の鳥、地のすべすべての獣・這うものを治めさせるために人間の男と女が創られた。7日目に神は休んだ。
 ユダヤ教では、神は言葉によってすべてのものを創造したとする。ヘブル語のダバルという語は言葉を意味するとともに、行動、出来事をも意味する。こうした言語において、神の言葉はそのまま神の行い、神の業と考えられることになったのだろう。
 天地創造の時期については、ユダヤ教では紀元前3761年10月7日としているが、キリスト教では諸説ある。今から5千数百年程度する点は共通する。
 16~17世紀に、西欧で聖書の説く天動説の誤りが指摘され、地動説へのコペルニクス的転換が起った。その後、宇宙の科学的研究が進み、地球の発生はキリスト教の説く年代より、はるかに古く、現在は45億年ほど前というのが定説になっている。キリスト教の主な教派は、長くこれを認めてこなかったが、2014年10月、ローマ・カトリック教会の教皇フランシスコは、世界の創造についての科学理論は神の存在論に矛盾するものではなく、逆にこれは相互に結びついたものだという考えを述べ、今日、世界の存在を説明するため用いられているビックバーン理論も創造主の存在と矛盾するものではなく、逆に「創造主の存在を必要とするもの」だと語った。

●人間観~神の似像

 キリスト教の人間観は、神によって、世界とともに人間もまた創造されたという考え方に立つ。この考え方もユダヤ教から継承している。
 人間創造については、『創世記』1章26~30節に、概略次のように記されている。神は「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」と言った。自分にかたどって人を創造し、男と女を創造した。神は彼らを祝福して言った。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」と。また言った。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」と。
 『創世記』2章7~9節には、より詳しく次のように記されている。「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」。最初の人間アダムの次に女が造られたとし、同2章22~24節に次のように記されている。「人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、人は言った。『ついに、これこそわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう。まさに、男(イシュ)から取られたものだから』。こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。」
 ここでは女にはまだ名がない。後に、アダムは女にエバと名付けて妻とした。キリスト教は、こうした人類の誕生に関する神話をユダヤ教と共有している。人間観に関する詳細は、後に項目をあらためて書く。
 ここでは世界観と人間観に共通することを書いておきたい。19世紀半ば、チャールズ・ダーウィンが種は進化するという進化論を唱えた。聖書は、神が種を創造したと説くので、進化論は天動説から地動説への転換に次ぐ大きな影響を西方キリスト教社会にもたらした。進化論は人間がサルから進化した可能性を説くものゆえ、これを認めることは、キリスト教の世界観・人間観を根本から揺るがすものとなる。キリスト教会は、キリスト教の教義に反するものとして、これを否定する。今日でも米国では、キリスト教原理主義と呼ばれる保守的な勢力が学校で進化論を教えることに反対しており、教育を禁止している州もある。
 2014年教皇フランシスコは、ビックバーン理論を認める演説をした際、生物は進化を遂げる前にまず、何者かによって作られたと説明し、その後は、進化をしてきたとして、進化論を肯定する見解を述べた。

 次回に続く。

■追記
 本項を含む拙稿「キリスト教の運命~終末的完成か発展的解消か」は、下記に掲示しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-5.htm
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