ほそかわ・かずひこの BLOG

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インド21~宗教と生活の一体性

2019-11-12 09:31:30 | 心と宗教
●宗教と生活の一体性

 インドでは、聖と俗が分離しておらず、宗教と生活が一体となっている。ヒンドゥー教徒の人生は、受胎、誕生、成人、結婚等から死に至るまで、すべて宗教儀礼と結びついており、ヒンドゥー教の定めによって規定されている。言い換えれば、ヒンドゥー教徒の生活は、その生き方全体がヒンドゥー教と呼ばれるべきものなのである。
 ヒンドゥー教徒の人生には四大目的がある。物質的・経済的利益としての実利 (アルタ)、本能的な愛欲としての性愛 (カーマ)、理法・規範としての法(ダルマ)、そして解脱(モークシャ、ムクティ)である。解脱を実践の目標とするヒンドゥー教は、現世否定が基本的態度なのだが、実際には家族の存続・繁栄や社会的な義務の遂行を重んじ、それらを最終目的としての解脱への道の階梯と位置付けている。
 ヒンドゥー教には、ダルマすなわち宗教的・道徳的・慣習的・法律的等の規範をまとめた法典群がある。そのうち最も重要なのが、『マヌ法典』である。『マヌ法典』の中心的課題は、種姓法と生活期法である。種姓法とは、生まれついた身分的な集団に関する規範であり、生活期法とは、人生の各段階に関わる規範である。前者はカースト制、後者は四住期に関わるものである。ヒンドゥー教徒は、これらの規範を実行しなければならない。また、各自に課せられた義務を、事の成否や利害を考えずに、実践することが求められている。そのうえで、人生の最後には解脱を目指すように教えている。
 それゆえ、ヒンドゥー教徒は、個人の魂の輪廻転生を固く信じながら、同時に家庭では祖先崇拝の祭儀を行い、宇宙的な真理を探究しながら、同時に現実的な御利益を求める信仰を熱心に行う。こうした相反する行為の片方を否定せず、矛盾を矛盾と感じずに行うのが、ヒンドゥー教的な生き方となっているのである。

●カースト制~ヴァルナとジャーティ

◆概要
 ヒンドゥー教は、いわゆるカーストという制度と深く結びついており、カーストがヒンドゥー教徒の生活を全般にわたって規定している。
 カーストは、インドの言葉ではない。16世紀初頭にインドに進出したポルトガル人が、インド社会特有の複雑な身分的・職業的な集団に出会い、これをポルトガル語で血統・家柄を意味する「カスター」という語で呼んだ。それがカーストという語の由来である。
 カースト制は、世襲による身分的かつ職業的な集団を基礎とする。各個人は出生とともにいずれかのカースト的な集団に所属する。その諸集団は、厳密に区別され、職業、結婚、食事等に関する規則を順守する。集団の内部では、人々は緊密な結び付きを持ち、信仰を共にし、共同で祭宴を行う。また各集団は自治的な機能を持っている。
 歴史的には、まずヴァルナと呼ばれる4つの身分的な集団が成立し、その後、ヴァルナ制の下に、職業を世襲するジャーティと呼ばれる集団が形成された。わが国では、もともと肌の色を意味したヴァルナを、しばしば「種姓」と訳す。ジャーティは「生まれ」「出生」を意味する。わが国にはカーストのことを種姓と訳し、カーストとはヴァルナのことだと説く学者もある。だが、ヴァルナの他にジャーティがあり、それがカースト制を構成する単位集団である。そのため、カーストとはジャーティのことだと説明する学者もいる。私は、カースト制は、ヴァルナとジャーティによるもので、ヴァルナ=ジャーティ制と呼ぶのがよいと考える。以下において、ヴァルナ=ジャーティ制のことを便宜的にカースト制と呼ぶ。

 次回に続く。

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