ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

トッドの移民論と日本54

2011-05-08 08:54:21 | 国際関係
●トッドの日本論5~国民国家でグローバリゼイションに対抗

 先述したようなトッドの直系家族型社会への評価は、経済に対しても向けられる。
 「片やアメリカ社会、片や日本ならびにドイツ社会は、脱工業化社会の明瞭に異なる二つの型を代表するものとますます明確に受けとめられるようになっている。ドイツ=日本・モデルの強力な統合に、アメリカ・モデルの絶対的個人主義が対比される」とトッドは言う。
 この所論は、資本主義における代表的な二つの型に照応する。資本主義の主要な型には、アングロ・サクソン型と日本・ドイツ型がある。その違いは絶対核家族と直系家族の違いによる。家族型の違いが、価値観や制度・機構の違いに現れたものである。アングロ・サクソン型は個人主義的資本主義であり、日独型は直系家族型資本主義である。
 トッドによれば、グローバリゼイションは、アメリカが主導してアングロ・サクソン的な価値観を世界に広める動きである。絶対核家族に基づく個人主義的資本主義の制度・習慣をグローバル・スタンダードとする動きとも言える。
 トッドは『経済幻想』で、「資本主義は、有効需要の拡大を保護するために、強く積極的な国民国家が介入することを必要としている」とし、グローバリゼイションに対抗するために、国民国家の役割を強調する。
 トッドは「国民レベルの共同的信念を衰退させた原因は、経済ではなく、精神の自律的変化にある」「国民に集結された共同意識を取り戻せば、グローバリゼイションという虎を受け入れ可能な国内の猫に変えられるであろう」「もしグローバリゼイションが国民国家を解体しているのではなく、国民国家の自己解体がグローバリゼイションを生み出しているなら、国民国家の再構成はグローバリゼイションの諸問題をなくしていくだろう」と。
 こうしたトッドが、現代の世界で国民国家の役割を果たすことを強く期待している国が、日本である。トッドは次のように語る。「日本は、人類学上の理由から、アングロ・サクソン・モデルとは極めて異なった資本主義の調整されたモデルを示している」。「主義主張の面では、現在、沈黙を守っている日本は、アングロ・サクソン世界への対抗軸を代表しうるし、すべきであろう。すなわち、国民国家による調整という考え方の、信頼できる積極的な擁護者となれる」と。そして、「フランスやヨーロッパにとっては、日本がイデオロギー面でもっと積極的になることが必要なのである」と言っている。
 日本の国民経済の特徴は、直系家族型社会のものである。直系家族型資本主義の特徴は、短期的より長期的な利益を重視、株主の収益より社員の厚生、労働の移動性より労働力の育成等である。トッドはこうした特徴を持つ日本の積極的な発言に期待する。トッドはまた先に書いたように、直系家族型社会は「個人の集団への強固な統合を見事に再び見出すにいたった脱工業化社会」とし、「ゲマインシャフトを他ならぬ脱工業化社会に移し換えることを成し遂げた」ことを高く評価する。直系家族型社会は工業化の時代において資本主義を独自の形態で発展させ、脱工業化の時代においては、知的・技術的な高度化に対応し、社会の共同性を回復しながら発展を続けている、と見ている。
 トッドはこのように直系家族型社会のあり方を高く評価するのだが、移民問題においては、直系家族型社会の価値観を批判する。一方では、経済社会問題で直系家族型社会を高く評価し、国民国家としての活動を期待しながら、一方では、外国人移民問題では対応を批判する。トッドはフランスの普遍主義的な価値観をよしとするのだから、フランスの普遍主義的理念に基く国民国家を、グローバリゼイションに対抗するモデルとして打ち出すべきだろう。ところが、フランスには、世界において有力な発言をするだけの経済力がない。だから日本に期待するわけだが、もし普遍主義的価値観が真に優れたものであるならば、国民経済においても、高い生産力を発揮できるのではないか。
 直系家族は、個人主義に対する集団主義を示す家族型の一つである。トッドは移民問題では普遍主義をよしとし、経済発展では集団主義を評価する。こうしたトッドの主張には、矛盾がある。私は、日本は直系家族的集団主義を保ち、また移民に対しても日本的価値観を保つべきだと思う。フランスがその普遍主義の理想によって、移民の対応では比較的成功しても、経済活動では停滞すれば、やがてフランスという国民国家はグローバリゼイションの威力によって押しつぶされていくだろう。しかも普遍主義は普遍主義であるがゆえに、フランス独自の文化・伝統は衰弱させ、一個の個性のない国民国家に変質していく。
 トッドがフランスにおいて提唱していることを、仮に日本で行うならば、日本は独自の特徴を失い、脱日本化していくことになる。私は、これに強く反対する。日本は直系家族型社会の特徴を生かして、自らの道を行けばよい。私は直系家族型社会では、集団主義でありながら、異民族に対して隔離・排除の差異主義ではなく、主体的な同化を進めていくあり方が可能だと思う。それを歴史的に実現してきたのが、日本である。なぜそれを実現し得たか。それを実現してきた日本の特徴をとらえるには、家族型以外の文化要素にも目を向けねばならない。比較文化的・文明論的な観点が必要なのである。その点は、次の項目に書きたい。

 次回に続く。