ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

トッドの移民論と日本4

2010-05-22 08:41:41 | 国際関係
●単一通貨は国民意識を崩壊させる

 トッドは、ヨーロッパ連合の設立の基本方針を定めたマースリヒト条約に反対した。マーストリヒト条約は、単一通貨の創設を施策として打ち出した。トッドは「通貨の統合によって国民や国をなくそうとしている」と批判した。そして、次のように述べる。「1986年から97年に起こったヨーロッパ通貨の定着は、全く独自な精神的・イデオロギー的・宗教的流れの中でなされた。言い換えれば、民主主義の時代から受け継いだ共同的信念の崩壊という流れである。あらゆる帰属意識は、砕け散った」。「共同的信念の崩壊、とりわけ国民概念の崩壊」は「個人の解放や開花をもたらさず、逆に、無力感で個人が砕けてしまう」のだ、と。
 ヨーロッパの近代化は、農村共同体やギルド等、国家と個人の間の中間的共同体を解体しながら進展した。都市化・工業化がそれである。共同体が崩壊すると、それまで共同体によって守られてきた個人は、バラバラの個人になる。単一通貨は、残存していた中間的共同体の意識を崩壊させ、とりわけ国民共同体の意識を崩壊させる。その結果、帰属意識を失った個人を無力感に陥れる、とトッドは指摘するのである。
 ところで、トッドは、単一通貨創出の背後に「貨幣神秘主義」「貨幣一神教」の思想があることを示唆する。この思想の源流は、私の見るところ、西洋文明に巣くったユダヤの拝金主義である。現代の世界では、ロスチャイルド家を中心とするユダヤ系国際金融資本家とユダヤ的価値観を持つ非ユダヤ系支配層が協力して、世界の変造を進めている。目的は、国民国家の枠組みを壊して広域市場を作り出し、最大限の経済的利益を追求することである。この世界変造の重要要素が、世界政府の創設である。
 今日のヨーロッパ連合は、ヨーロッパの統合を通じた世界連邦の創設という構想に発したものである。鳩山由紀夫氏の「友愛」が依拠するクーデンホーフ=カレルギーは、世界連邦の構想のもとに、ヨーロッパ統合運動を提唱した。この点は、拙稿「友愛を捨てて、日本に返れ」に書いた。またヨーロッパ統合は、同時にイギリスの円卓会議やアメリカの外交評議会(CFR)、ビルダーバーグ・クラブ等を抜きに語ることができない。この点は、拙稿「現代の眺望と人類の課題」に書いた。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion09f.htm
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13b.htm
 世界政府が管理する単一の世界市場。あらゆる共同体が解体され、国民意識も崩壊して、バラバラの個人が集住する社会。こうした市場社会を運動させるものとしての共通貨幣。その管理システム。トッドが反対するのはヨーロッパの統合と単一通貨に限定されているが、その論理は、延長すれば世界規模・人類全体の問題につながっていく。

●ヨーロッパにおける通貨統合の弊害

 トッドは、通貨統合が生む利点よりも、各国が独自の通貨をやめることの弊害の方が大きいと予想した。『移民の運命』(原書1994年)所収の訳者インタビューでは、「2005年にはユーロは消滅する」と予測した。この予測は外れた。ソ連崩壊をいち早く予測して的中させ、「予言者」という異名を取ったトッドとしては、大はずれだった。ユーロは今日まで、継続使用されている。しかし、単一通貨には、トッドが懸念する弊害があることを、見逃すべきではない。
 ユーロが作られる前、ヨーロッパの各国は通貨の発行権を持ち、各国の中央銀行が自国の通貨の発行量や金利の調整を行っていた。ところが、ユーロを採用した国では、実質的に、自国の意思だけでは通貨政策・金利政策を決定できなくなった。
 ユーロ採用国は、財政政策を自国の判断で行う権限は持っている。国債発行、政府支出拡大等を行うことができる。ただし、毎年の財政赤字をGDPの3%以下に抑え、公的財務残高をGDPの60%以下に抑えなければならない。その枠内で財政政策を行うとしても、財政政策は本来、金融政策と連動しなければならない。ところが、各国は金融政策については権限を持たない。ドイツ・フランクフルトに本拠を置くECB(欧州中央銀行)に委ねている。フランクフルトは、ロスチャイルド財閥発祥の地である。
 こうしたヨーロッパ諸国を襲ったのが、2008年(平成20年)の世界経済危機である。リーマン・ショックは、発信源のアメリカ以上にヨーロッパ諸国に大きな打撃を与えた。アメリカのサブプライムローンやCDS等を多量に買って保有する銀行・金融機関が多かったからである。ユーロ採用国は世界経済危機による深刻な状態から抜け出ようとしているが、自国の判断で金融政策を行えないため、有効な景気対策を打てない可能性がある。
 なによりEU最大の工業力と経済力を持つドイツが、このジレンマに陥っている。今日のドイツ経済は、中国に似た典型的な外需依存型経済である。そのため、経済危機による世界的な不況、需要の収縮によって、ドイツは深刻な打撃を受けた。だが、ドイツは自国の通貨政策・金利政策で対処することができない。EU・ユーロ圏の国々と運命をともにするしかない。これは独自の通貨をやめたことによる大きな弊害である。そしてドイツの工業力・経済力が低下するならば、EUも全体として失速することを免れない。
 2010年(平成22年)5月現在、ギリシャの財政悪化がEU諸国を揺り動かし、EU諸国は連携してギリシャへの金融支援を行っている。信用不安はポルトガル、スペイン等にも取りざたされている。EUの中核国家であるドイツとフランスは、ユーロ防衛のために、相当の負担を担わざるを得ない。とりわけドイツは、ユーロを防衛するか、国民経済を防衛するか、重大な判断に迫られるだろう。
 わが国には、単純に広域共同体や単一通貨をよしと考える人が多いが、歴史・文化・宗教を共有し、各国の経済的発展段階も近いヨーロッパでさえ、広域共同体や単一通貨には困難な課題がある。全く条件の違う東アジアでは、よほど慎重に考えるべき事柄である。

 次回に続く。

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