仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

疲労困憊:チカラなきコトバたち

2007-02-12 07:58:26 | 劇場の虎韜
2/9(金)、身心ともに緊張した入試期間の打ち上げに(といってもまだ2次があるのですが)、帰宅途中、109シネマズMM横浜(これが出来て、本当に映画にゆくのが楽になりました)で、周防正行監督『それでもボクはやってない』を観てきました。実は最近、ネット上で「『痴漢摘発する前に満員電車なくせ』海外メディアへ熱弁!周防監督」なる記事を読んでいたので、妻ともども、「痴漢をしてしまう男性の責任を回避する内容があるんじゃないか」「そうでなくともそういう方向へ利用されてしまう隙のある映画なんじゃないか」と心配していたのですが、まったくの杞憂でしたね。いやはや、これまでのコメディタッチの周防作品とは打って変わって、非常に骨太な、近年珍しい社会派の映画に仕上がっていました。そもそも映画の構造自体、痴漢と誤解される主人公/誤解してしまう女子高生という対立軸で作られているわけではなく、どちらも被害者として、感情移入できるように描写されています。それではもう一方の対立項、加害者は誰なのかというと、警察権力であり司法のあり方であるわけです(もちろん〈卑怯なる憎むべき痴漢犯罪〉も忘れられてはいません)。官僚機構のなかで〈事案〉としてただ淡々と処理し、個々の固有の事情など顧みようとしない杜撰な捜査。私も以前、警察の事情徴収を受けたことがありますが(幸い容疑者としてではなく証人としてでしたが)、自分の発言を正確に記録すべき調書が担当警察官の〈物語り〉で埋め尽くされてゆくことに、非常な驚愕と不信感を覚えたことがあります。また、捜査の問題点や検察への反証が次々と明らかになり、もはや容疑者を犯人と断定する証拠が何もないにもかかわらず、あたかも有罪の判定を下すことが至上目的であるかのように推移する裁判。こちらも私の知人が、以前セクハラで訴えられ民事裁判になったことがあるのですが、原告側の証言が二転三転し信用のおけないことが明らかにされたにもかかわらず、まったくの潔白を獲得することはできなかったという記憶があります。そのときにもいいようのないやるせなさを覚えたのですが、今回も論理の通じない世界への呆然、コトバがチカラを持たないことへの怒りで疲労困憊してしまいました。9.11以降の小泉内閣の国会答弁によって、当初から意思の疎通を回避している〈気持ちの悪い言説空間〉をみせつけられたわけですが、今さらながら、それが国家機構そのものの属性だったのだと思い知らされました。
まったく隙のない演出に終始緊張を強いられ、観終わった後はもうぐったり(「今週一週間お疲れさま」のつもりが、いちばん疲れた時間になってしまった)。他の観客も何も言葉を発することなく、劇場をあとにしていました。イラクやアフガニスタンの悲惨な現状をテーマにしているわけでも、不治の病との苦闘を描いているわけでもなく、本当に些細な日常のなかでいつでも起こりうる出来事を扱っているにすぎないのですが…。冷酷な現実を前にした主人公が、しかしその経験のなかで自らの甘えと無責任から脱却し、主体性をもって最後に発する〈チカラあるコトバ〉が唯一の救い。しかし周防さん、警察も司法も完全に敵に回して大丈夫でしょうか。
それからキャストに関しては、周防監督好みの役者さんたちが大挙出演していて面白かったですね。事件の目撃者役の唯野未歩子、傍聴オタクの山本浩司、最初の裁判官の正名僕蔵がいい味を出していました。中村靖日が司法修習生役で裁判のメモをとっていたり、成長した鈴木蘭々の落ちついた演技が観られたのも収穫。それにしても小日向文世は、三谷作品以外だと〈職務に忠実なゆえにイジワルにみえる役〉が多いですね。

そうそう、卒論の試問が終わった翌日、久しぶりの休みにマイケル・アリアス監督『鉄コン筋クリート』も観ていたのでした。こちらは、映像表現的には面白かったものの、物語り的には新鮮味なし(ダークサイドの描き方は、今後、もっと丁寧に考えてゆかないとだめですね)。しかし、松本大洋作品の命である登場人物の密接な絆はよく描けていましたし(これは原作の素晴らしさかも知れないけれども)、シロ役蒼井優の熱演には拍手喝采を送りました(本当にこの女優さんは凄い!)。「クロに欠けてる心のネジ、シロがぜんぶ持ってるう!」というセリフには、〈チカラ〉が感じられましたね。
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