新島襄が京都御所近くの屋敷を借り受け、同支社英学校を開校したのは明治八年です。
八年間のアメリカ留学を終え、京都府顧問の山本覚馬の妹、八重と結婚私邸を旧薩摩邸跡地に建てました。
高温多湿用に考案され、開口部が広く京都の夏を考え床が高くされたことも特徴です。
八重への思いやりの深さは土間ではなく板敷にした台所や、特注したベッドからもうかがえます。
アメリカ宣教師の助言を受けながら、障子風で味わい深い和洋で天井も低く不思議に落ち着ける設計です。
庭には書斎から眺められるように、風雪に耐え春一番に咲く寒梅を、ことのほか好んでいました。
今回はmomoさんの画像をお借りしました。有難うございました。
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