思考実験というのは、ある状況を設定しそれにどう対処するかを問う問題ですが、なかなか答えが出せないものも多いようです。
この典型的なものが1967年に提出されたトロッコ問題です。有名なものですが、ここに要旨を付けておきます。
突進しているブレーキの利かないトロッコの前方に、5人の線路作業員がいます。このままでは5人はひき殺されてしまいます。しかしそれを見ているあなたの目の前には分岐ポイントがあって、それを切り替えればトロッコは引き込み線に導かれ、5人は助かります。
しかしそうすると引き込み線にいるひとりの作業員は死んでしまいます。この状況にあなたがいるとしたら、5人を助けるためにポイントを切り替えるだろうか。それとも何もしないでいるだろうか、というのがトロッコ問題です。
一人の命につき1の価値を与える、いわゆる幸福算術によって幸福を計量して代数和を求め、それを最大化するように行動すべきであるといういわゆる功利主義などが出てきています。功利主義という原理に従うならば、ポイントを切り替えるべきでしょう。
しかしこの原理だけでは判断できない状況は、様々に考えられます。さらに思考実験ならではの変化法によっていろいろな設定を考えられます。たとえばポイントを切り替えるという設定を、次のように変更するものが有名です。
トロッコが突進している線路上には陸橋がかかっています。あなたはそこにいて、目の前では太った男がやはりトロッコの行方を見ています。この男を陸橋から突き落とせば、彼は死ぬだろうがトロッコは彼にぶつかって止まり、5人の作業員は助かるでしょう。
ではこの男を突き落とすべきでしょうか。こういった思考実験では、物理学の思考実験以上に色々なことを単純化しています。さらに状況を全く別の物にしてみるという変化法も使われます。
敵軍の兵士が街に侵攻してきました。市民は見つかり次第殺されています。あなたは赤ん坊を抱いて地下室に隠れました。そこには20人の市民が息をひそめています。赤ん坊が泣きだし、このままでは兵士に発見されてしまいます。
あなたはあなたと20人の市民を助けるために、赤ん坊を殺す(黙らせる)でしょうか。この場合、あなた自身が判断するのと、20人のうち誰かが子供を殺せと要求してくるのとでも状況は違ってきます。この辺りも変化法で考察する題材です。
この世に思考実験にはいろいろな題材がありますが、あまりに究極な状況のような気がします。
最後に私のトロッコ問題についての回答は、何もせず見守るです。成り行きに任せた結果を受け入れるのが、最も精神的に楽なような気がします。
この典型的なものが1967年に提出されたトロッコ問題です。有名なものですが、ここに要旨を付けておきます。
突進しているブレーキの利かないトロッコの前方に、5人の線路作業員がいます。このままでは5人はひき殺されてしまいます。しかしそれを見ているあなたの目の前には分岐ポイントがあって、それを切り替えればトロッコは引き込み線に導かれ、5人は助かります。
しかしそうすると引き込み線にいるひとりの作業員は死んでしまいます。この状況にあなたがいるとしたら、5人を助けるためにポイントを切り替えるだろうか。それとも何もしないでいるだろうか、というのがトロッコ問題です。
一人の命につき1の価値を与える、いわゆる幸福算術によって幸福を計量して代数和を求め、それを最大化するように行動すべきであるといういわゆる功利主義などが出てきています。功利主義という原理に従うならば、ポイントを切り替えるべきでしょう。
しかしこの原理だけでは判断できない状況は、様々に考えられます。さらに思考実験ならではの変化法によっていろいろな設定を考えられます。たとえばポイントを切り替えるという設定を、次のように変更するものが有名です。
トロッコが突進している線路上には陸橋がかかっています。あなたはそこにいて、目の前では太った男がやはりトロッコの行方を見ています。この男を陸橋から突き落とせば、彼は死ぬだろうがトロッコは彼にぶつかって止まり、5人の作業員は助かるでしょう。
ではこの男を突き落とすべきでしょうか。こういった思考実験では、物理学の思考実験以上に色々なことを単純化しています。さらに状況を全く別の物にしてみるという変化法も使われます。
敵軍の兵士が街に侵攻してきました。市民は見つかり次第殺されています。あなたは赤ん坊を抱いて地下室に隠れました。そこには20人の市民が息をひそめています。赤ん坊が泣きだし、このままでは兵士に発見されてしまいます。
あなたはあなたと20人の市民を助けるために、赤ん坊を殺す(黙らせる)でしょうか。この場合、あなた自身が判断するのと、20人のうち誰かが子供を殺せと要求してくるのとでも状況は違ってきます。この辺りも変化法で考察する題材です。
この世に思考実験にはいろいろな題材がありますが、あまりに究極な状況のような気がします。
最後に私のトロッコ問題についての回答は、何もせず見守るです。成り行きに任せた結果を受け入れるのが、最も精神的に楽なような気がします。


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