KGセミナー塾長の日記 生徒との日々の生活と高校野球 個人塾型予備校を始めて、36年目になります。

初めての人は、2008年2月26日の「みんなに伝えたい話」を読んで下さい。私がこの仕事をやり続ける支えとなった話です。

バンクーバーの朝日軍、桐蔭へ!

2020年01月24日 | スポーツ

 

 「バンクーバーの朝日」という映画、ご存じですか。2014年に公開された映画で、試合の判定には異議を唱えず、フェアプレーの精神とスモールベースボールを貫いた移民の野球チームを描いた話です。

 そのチームの関係者が2人、桐蔭高校に来られるということで、行ってきました。バンクーバーの朝日軍が、1921年、来日しました。その時、夏の中等学校優勝野球大会で優勝した和歌山中学と同校グラウンドで対戦したのです。

 朝日軍は、日米開戦で自然消滅しました。移民の人たちは、全財産を没収されて、強制収容所に送り込まれます。戦後、長い年月を経てようやくその名誉が回復されて、カナダの野球殿堂にチームとして選ばれました。同軍の子孫の東京在住の嶋さんは、野球殿堂入りした時のメダルを、その子孫全員に手渡すために、1人で活動されています。もともと両親は新宮の出身だったそうです。

 朝日軍のことが取り上げられるようになって、バンクーバーの「新朝日軍」が結成されました。現在約180名の少年たちがチームに加わっています。新朝日軍は、2015年、17年、19年過去3回と来日していますが、「来年は、ぜひ桐蔭高校での100年越しの再開を果たしたい。」とのことで、日加商工会議所の会長サミー高橋さんと嶋さんが、桐蔭高校を訪ねてこられました。

 同窓会館で、色々な過去の写真を見たりしながら話をしました。その中には、1927年の選抜大会の優勝した和歌山中学が、そのご褒美としてアメリカ遠征に行き、バンクーバーを訪問した際に、和歌山県人会から贈られたカップもありました。大きな、素晴らしいカップでした。写真には、そのカップが、ピカピカと光っている様子が映っています。アメリカ遠征のために、和歌山中学は、夏の予選に出場できずに、急遽、2軍で大会に出場して、甲子園に出場しています。

 「こんな立派なカップを頂けるなんて、苦労を乗り越えて、当時の移民の人たちは、随分と経済的に安定した生活を送っていたんだろう。」と思いました。すると、サミー会長は、「あの映画は、少し日系社会を貧しく描きすぎているという批判が、仲間たちから起こっているんですよ。」と語っていました。大変な苦労をされ、白人よりかなり低い収入でしたが、それでも当時の日本と比べるとかなりの高額だったそうです。そして卑屈になることなく、日本人としての誇りを持って生きていたのだと思います。

 来年3月、15人の新朝日軍が、桐蔭高校を訪問することになっています。かつて、レンガ造りのロイヤルボックスがあった、あのスタンドのあるグラウンドで、1つのボールを追いかけます。

 

 

 

 

 

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