766)スペルミジンの認知症予防効果と寿命延長効果

図:脳組織にアミロイドβタンパク質(①)が蓄積すると、神経細胞が細胞死を起こして脳が萎縮し認知症(アルツハイマー型認知症)になる(②)。スペルミジンはオートファジーを亢進し(③)、アミロイドβタンパク質を除去して蓄積を阻止する(④)。スペルミジンは抗炎症・抗酸化作用、ミトコンドリア機能亢進、核酸やタンパク質の合成亢進などの効果もある(⑤)。これらの作用によって、スペルミジンはアルツハイマー病の発症を予防し、抗老化と寿命延長効果を発揮する。

766)スペルミジンの認知症予防効果と寿命延長効果

【認知症は様々な原因で発症する】
老化に伴って物覚えが悪くなるということは多くの高齢者が経験しています。これは脳の神経細胞が加齢とともに死滅し、減少するからです。老眼や難聴(聴力低下)と同じような老化に伴う生理的な機能低下です。
病的な原因によって記憶力や知能の低下する病気を「認知症」と言います。いったん正常に発達した知能が、脳の後天的な障害によって脳の働きが低下して、記憶や知能に障害をきたす病気です。
認知症は2004年までは「痴呆症」と呼ばれていましたが、この用語には差別的な意味あいがあるという理由で、2004年12月に認知症と改められています。英語はどちらも「Dementia」です。

認知」というのは、理解や判断や論理といった知的活動を総称する用語です。
認知症」というのは単一の病気ではなく、共通の症状(進行性の認知機能の低下と、それによる日常生活の混乱)を呈する疾患群をまとめた呼称です。認知症では物忘れにみられるような記憶の障害のほか、判断・計算・理解・学習・思考・言語などを含む脳の高次の機能に障害がみられます。

認知症は単一の病気ではなく、共通の症状を呈する疾患群をまとめた呼称です。
認知症を引き起こす原因として最も多いのがアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)です。認知症の60から70%がアルツハイマー型認知症です。
その他、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害の後遺症(血管性認知症)、転落事故や交通事故などによる脳挫傷の後遺症(頭部外傷後認知症)、パーキンソン病やハンチントン病など原因不明で徐々に神経細胞が死滅していく脳変性疾患、長期の大量飲酒(アルコール性認知症)、ヘルベス脳炎やインフルエンザ脳症など脳炎後認知症など、様々な原因によって認知症は発症します。

認知症の中心を占めるアルツハイマー型認知症は、原因は不明で、徐々に神経細胞が死滅していく病気です。20〜30歳代で発病する「遺伝性(家族性)アルツハイマー病」、40〜60歳代前半で発病する「若年性アルツハイマー型認知症」、それ以降に発病する高齢期のアルツハイマー型認知症があります。
遺伝子異常については、遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子が明確になっていますが、他のリスク遺伝子も研究されています。
日本を含め先進国では人口の高齢化とともに認知症の患者は年々増え続けており、社会的な問題にもなっています。認知症の治療や介護にかかる費用は、がんや心臓病や脳卒中よりも高いことが指摘されています

認知症の場合、治療費や介護サービスの利用などによる直接費用の他に、家族などが無償で実施する介護にかかる費用(インフォーマルケアコスト)が大きいことも問題になっています。
医療費や介護費に加えて本人や家族の労働生産性損失などの費用も含んだ社会全体の費用を社会的費用と言います。この社会的費用は認知症がもっとも大きいと試算されています。
米国からの報告では、米国では認知症1人当たり年間,少なくとも4万1,689ドルの費用がかかっていると報告されています。(N Engl J Med. 368(14):1326-34.2013年)

この報告では、家族による無償介護が人件費として計算されており、家族による無償介護の費用が約半分を占めています。つまり、認知症は家族の労力負担が極めて大きい疾患と言えます。


日本における最近の調査では、65歳以上の15%が認知症と推計されています。2020年の段階で国内の認知症高齢者は約600万人で、2025年には730万人、2030年には830万人になり、2050年には1,000万人を超えると推定されています。

【認知症の有効な治療法はまだ無い】
認知症の主な原因となっているアルツハイマー病が急激に増加し、家族や社会への負担が大きいため、社会問題化しています。問題を深刻にしている理由の一つは、有効な治療法が無いことです。
2017年までの20年間で146の薬剤候補が開発中止になったと報告されています。
今年の6月7日に米食品医薬品局(FDA)は、米製薬会社バイオジェンと日本の製薬会社エーザイが共同開発したアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」を承認しました。この薬はアルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβプラークを減少させる効果があると報告されています。アルツハイマー病の新薬承認は約20年ぶりということです。

このアデュカヌマブは臨床試験で有効性が認められないという結論で、2019年3月に開発中止になっていた薬ですが、早期の患者に大量を投与すると効果があるというデータが得られたということでFDAは迅速承認したようです。
しかし、FDAの末梢・中枢神経系薬物諮問委員会(Peripheral and Central Nervous System Drugs Advisory Committee)を務める11人の専門家のうち3人が、この迅速承認を受けて相次いで辞任し、そのうちの1人は、「今回の迅速承認は、近年の米国での医薬品の承認の中でおそらく最悪の決定だ」と述べるなど波紋が広がっているという報道もあり、アデュカヌマブの有効性のエビデンスが乏しいという意見はかなり多く出ているようです。しかも、アデュカヌマブの米国での薬剤価格は、年間5万6000ドル(平均的な維持用量での卸業社購入価格)と高額です。
いずれにしても、ある程度症状が進行したアルツハイマー病に対しては有効な治療法は無いというのが現時点の状況です。したがって、発症を予防することの重要性が認識されています

【認知症が予防できる根拠】
アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症はしばしば混在しています。つまり、共通のリスク要因と保護要因が存在することを示唆しています。
アルツハイマー病と血管性認知症には、遺伝性要因や血管病変や代謝異常や生活習慣など様々な要因が絡んでいます。長い前臨床期間(無症状期間)があることから、それらの要因をターゲットにして早い時期から予防に取り組むことができます。
物忘れに気づく前から、日頃から、認知症にならないように気をつけることが最も重要と言えます。
アルツハイマー病のリスク要因として、糖尿病、中年期の高血圧、中年期の肥満、運動不足、抑うつ、喫煙、低学歴が知られています。
これは、生活習慣と食生活の改善でリスクをかなり低減できることを示しています。
保護的に作用するものとして、オメガ3系不飽和脂肪酸抗酸化剤ビタミン地中海式料理などが知られています。
精神・心理的要因としては、孤独、抑うつ、社会的孤立、精神的ストレスは認知症のリスクを高めます。
一方、高学歴、運動、社交的活動は認知症を防ぐ効果があります。

【高血糖とインスリンは認知症の発生を増やす】
近年の認知症患者の増加は人口の高齢化だけによるものではないようです。人口構成の影響を排除した年齢調整した統計でも認知症の有病率は増加しています。
年齢調整というのは、基準となる集団の年齢構成(基準人口)に合わせて補正した値で、年齢調整した(同じ年齢構成と仮定して計算した)数値を比較することによって、高齢化などの年齢構成の変化の影響を取り除くことができます。

脳梗塞などの脳血管性の認知症は微増ですが、アルツハイマ−病が急増していることが指摘されています。例えば、1985年から2005年の間にアルツハイマー病の年齢調整有病率が3倍以上に増えているというデータがあります。

その理由として糖尿病の増加が最も関連していると言われています。糖尿病がアルツハイマー病の強い危険因子であることが明らかになっています。
糖尿病は1960年代くらいまでは極めて稀な病気でしたが、現在では5人に一人が糖尿病あるいは糖尿病予備軍と言われるくらいに増えています。つまり、糖質の多い食事自体がアルツハイマー病を増やしている可能性があるのです。

図:日本では1960年代まで2型糖尿病は極めて稀な疾患であったが、最近では五人に一人が糖尿病あるいは糖尿病予備軍と言われるまでに増加している。

高血糖や糖尿病は様々なメカニズムで認知症の発症を促進します。高血糖/糖尿病は脳動脈硬化を進展させ、脳梗塞や潜在的脳虚血を引き起こして血管性認知症の原因になります。
グルコース(ブドウ糖)はタンパク質を糖化し、終末糖化産物(AGE)を増やし、酸化ストレスを高めて神経細胞にダメージを与えます。

さらに、高インスリン血症がアルツハイマー病発症に関わることが指摘されています
アルツハイマー病は脳にアミロイドβといタンパク質が沈着して神経細胞を死滅させることで発症します。インスリンを分解する酵素がアミロイドβも分解する作用があるのですが、高インスリン血症になるとアミロイドβの分解が十分に行われなくなり、その結果、脳内のアミロイドβの沈着が促進され、神経細胞の傷害が進行すると考えられています。

インスリン分泌は糖尿病になる前の糖代謝異常の段階(糖尿病予備軍)で最も高くなります。つまり、糖尿病を含む糖代謝異常の状態は、脳にアミロイドβが沈着しやすい状態だと言えます。
したがって、食事からの糖質摂取を減らしてインスリン分泌を減らすだけでも、認知症の予防に役立つのです

【認知症は食事や生活習慣で予防や治療できる】
身内に認知症がいる場合は、認知症を予防することを早めから積極的に実践することが大切です。
たとえば、魚の油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、野菜や果物などビタミン・ミネラルやポリフェノールの多い食品の摂取は認知症の発症率を低下させることが知られています。逆に白米など糖質の多い食事は認知症の発症リスクを高めます
地中海食はアルツハイマー型認知症の発症率を減らすことが報告されています。野菜や魚の多い食事がアルツハイマー型認知症の発症を減らすのです。
肥満や糖尿病やメタボリック症候群は動脈硬化を促進して脳血管障害の発症リスクを高めます。糖尿病やメタボリック症候群がアルツハイマー型認知症の発症率を高めることも報告されています。
肥満や糖尿病やメタボリック症候群はカロリー制限や糖質制限など適切な食事で改善できます。ケトン食はこれらの疾患を短期間に改善することが多くの臨床試験で確認されています。

福岡県久山町の住民を対象に行われている疫学調査の「久山町研究」でも、糖尿病が脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の危険因子であることが示され、最近の認知症の急増は糖尿病患者が増えていることが要因になっていると指摘しています。
久山町の追跡調査では、牛乳・乳製品や大豆製品・豆腐、野菜などを多く食べ、ご飯や酒類が少ない食事パターンが脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の発症リスクを半分程度に低下させることが明らかになっています。また、運動も認知症の発症リスクを低下させます。
外国では、ケトン体を増やすケトン食が、アルツハイマー病や脳血管障害やパーキンソン病やハンチントン病など神経変性疾患の改善に有効であることを示す研究結果が多数報告されています。ケトン食は糖尿病やメタボリック症候群の病状を顕著に改善する効果がありますが、ケトン体自体に神経細胞の働きを高めることが報告されています。

【地中海食はポリアミンが多い】
地中海地域や沖縄地方の食事は寿命を延ばす効果があることが多くの疫学研究で指摘されています
その理由として、魚介類や野菜や豆類(大豆やナッツ類)の多い食事は、ポリアミンの摂取を増やし、このポリアミンが認知症の予防や寿命延長に寄与しているという意見があります。
前述の久山町研究で、脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の発症リスクを低下させる食事パターンとして指摘された牛乳・乳製品や大豆製品・豆腐、野菜はポリアミンの多い食事です。

ポリアミンは2つ以上のアミノ基(-NH2)を持つ物質です。体内でアミノ酸から合成されます。
炭化水素基とアミノ基が結合した化合物はアミンと呼ばれます。ポリ(poly)は複数を意味する接頭語で、ポリアミンというのは複数(2つ以上)のアミノ基を有する炭化水素です。
体内には20種類以上のポリアミンが存在しますが、代表的なポリアミンとして スペルミジンスペルミンプトレシンが挙げられます(下図)。

図:ポリアミンは2つ以上のアミノ基(-NH2)を持つ。

ポリアミンはすべての動物やヒトの細胞内で,成長期に盛んに合成されます。核酸やタンパク質の合成を促進する作用があり、ポリアミンがないと細胞は増殖ができません。
ポリアミンはアミノ基によるプラスの電荷で核酸類と強く結合しており、核酸の立体構造の維持に関与すると考えられています。生体内では前立腺、膵臓、唾液腺など、精子や酵素を作る組織に多く含まれます。
さらに、スペルミジンは発毛促進作用、抗炎症作用、動脈硬化抑制作用など様々な機能を合わせ持っています。髪の毛や爪の成長や艶を促進するので、美容やアンチエイジング(抗老化)のサプリメント素材としても注目されています。

ポリアミンは細胞内でアミノ酸であるアルギニンから合成されます。アルギニンはアルギナーゼの作用でオルニチンになり、オルニチン脱炭酸酵素の働きでプトレシンに変化します。さらに、プトレシンはスペルミジン合成酵素によってスペルミジンに変換されます。最後にスペルミジンは、スペルミン合成酵素によってスペルミンに合成されます。(図)

図:ポリアミン(プトレシン、スペルミジン、スペルミン)の合成経路

【スペルミジンはオートファジーを促進して老化を抑制する】
スペルミジンは、すべての生物に存在する天然ポリアミンで、細胞の成長と増殖、組織の再生、核酸(DNAとRNA)の安定化、酵素活性の調節、タンパク質翻訳の調節など、多くの生物学的プロセスに影響を与えます。さらに、スペルミジンは抗炎症作用と抗酸化作用を示し、ミトコンドリアの代謝機能と呼吸を促進します。
スペルミジンの外来性補給は、マウスを含むさまざまなモデル動物の加齢および加齢性疾患に様々な有益な効果を発揮します。たとえば、スペルミジンの摂取は寿命を延ばし、心臓と神経を保護し、抗腫瘍性免疫応答を刺激し、メモリーT細胞形成を刺激することで免疫老化を回避する作用があります
 
これらの抗老化作用の多くは、細胞保護的オートファジーの促進と関連しています。オートファジー(Autophagy)は日本語では「自食作用」と訳されています。 オートファジーは細胞内の一部を少しづつ分解する細胞内のリサイクルのようなものです。
スペルミジンはオートファジーを刺激する作用があります
細胞のオートファジーを促進すると、老化した細胞成分や細胞内小器官を若返らせる効果があります。がん、神経変性、心血管疾患などの加齢に伴う状態は、有毒な物質の細胞内蓄積に直接関係しており、オートファジーによるその除去は、加齢性疾患の発症を抑制します。
スペルミジンの組織濃度は年齢依存的に低下します。これは、オートファジーの減少を意味し、加齢性疾患の発症を促進する可能性があります。
100歳以上の超長寿の人はポリアミンの低下が少ないという報告があります。つまり、ポリアミンの体内量を若い人のレベルに維持できる人が長寿を達成できることを示唆します。

【体内のスペルミジン量は加齢とともに減少する】
スペルミジンは動物や植物や微生物などほとんどの生き物に存在するので、私たちは食事からスペルミジンを摂取しています。鳥のレバーや納豆、味噌、キノコ類、チーズ、小麦胚芽などに多く含まれます。
例えば、食品1kg当たりのスペルミジンの含有量は、小麦胚芽243mg、乾燥大豆207mg、チェダーチーズ(1年熟成)199mg、マッシュルーム89mg、米糠50mg、鶏の肝臓48mg、グリーンピース46mg、マンゴー30mgなどとなっています。(参考:Wikipedia 英語版)

スペルミジンは大豆に多く含まれ、大豆を発酵して作る納豆や味噌や醤油にはさらに含有量が高くなっています。
私たちは、1日に平均10mg程度のスペルミジンを食事から摂取していますが、食事の内容によって食事から摂取するスペルミジンの量は大きな個人差があります
胎児や新生児の細胞ではスペルミジンを含めポリアミンの合成能力が高く、細胞の増殖能も高くなっています。また,ポリアミンは母乳にも多く含まれている事がわかっています。

加齢とともにポリアミンの体内産生量は減少します。年齢を重ねるごとにスペルミジンやスペルミンを合成する酵素の量や活性が低下するためです。したがって、高齢者がポリアミンの原料であるアルギニンやオルニチンをサプリメントとして摂取しても、スペルミンやスペルミジンの合成量や体内量が増加するわけではありません。したがって,スペルミンやスペルミジンは高齢者では不足する傾向にあります。これが、高齢者がスペルミジンを多く含む食品やサプリメントを摂取するメリットの理由です。 

【スペルミジンの多い食事は寿命を延ばす】 
スペルミジンの外来性の補給は、酵母、線虫、ハエ、マウスなどの多くの種において寿命と健康寿命を延ばします。人間でも、スペルミジンレベルは加齢とともに低下し、内因性スペルミジン濃度の低下と加齢に伴う生体機能低下との関連の可能性が示唆されています。
最近の疫学データはこの概念を支持しており、スペルミジンが豊富な食品によるポリアミンの摂取増加は、心血管疾患とがんに関連する死亡率を減少させることを示しています。
食事からのスペルミジンの摂取が多いと寿命が延びることが複数の疫学研究で明らかになっています。以下のような報告があります。

Higher spermidine intake is linked to lower mortality: a prospective population-based study.(スペルミジン摂取量の増加は死亡率の低下に関連している:人口ベースの前向き研究)Am J Clin Nutr. 2018 Aug 1;108(2):371-380.

 【要旨の抜粋】
背景: いくつかの動物モデルにおいて、スペルミジンの投与が生存率を増加することが示されている。

目的: 食事中のスペルミジン含有量とヒトの死亡率との間の潜在的な関連性を検討した。

方法: この住民参加の前向きコホート研究には、45〜84歳の829人の参加者が含まれ、その49.9%が男性であった。食事は、1995年、2000年、2005年、および2010年に栄養士が実施した食物摂取頻度アンケート(2540項目の評価)を繰り返して評価された。1995年から2015年までの追跡調査中に、341人が死亡した。

結果: すべての原因による死亡率(1000人年あたりの死亡数)は、スペルミジン摂取量が少ない下位3分の1の群が40.5(95%信頼区間:36.1〜44.7)、中央の3分の1の群が23.7(95%信頼区間:20.0〜27.0)、摂取量の多い上位3分の1の群が15.1(95%区間:12.6〜17.8)であった。年齢、性別、およびカロリー摂取量を調整した20年間の累積死亡率はスペルミジン摂取量が少ない下位3分の1の群が0.48(95%信頼区間:0.45〜0.51)、中間の群が0.41(95%信頼区間:0.38〜0.45)、摂取量の多い上位3分の1の群が0.38(95%信頼区間:0.34〜0.41)であった。
スペルミジン摂取量が平均から1-SD(標準偏差)の増加当たりの、年齢、性別、カロリー比を調整した全死因死亡のハザード比は0.74(95%信頼区間:0.66〜0.83; P <0.001)であった。
スペルミジン摂取量の上位3分の1と下位3分の1の群の間の死亡リスクの差は、5.7歳(95%信頼区間:3.6〜8.1歳)の年齢差に相当するものであった

結論: 私たちの調査結果は、スペルミジンが豊富な食事が人間の生存率の増加に関連しているという概念に疫学的な支持を与えている。

この研究結果は、スペルミジンの摂取量が多いと、45歳以上の集団で20年間の死亡率が半分以下になることを示唆しています。スペルミジンを多く摂取すると、5歳以上も寿命が延びる可能性を示唆しています。

【スペルミジンは認知機能を良くする】
スペルミジンが認知症を予防することが指摘されています。以下のような研究があります。

Spermidine in dementia:Relation to age and memory performance(認知症におけるスペルミジン:年齢と記憶能力との関係)Wien Klin Wochenschr. 2020; 132(1): 42–46.

【要旨の抜粋】
スペルミジンがオートファジーによってアミロイドベータプラークを溶解するプロセスを誘導する能力を持っていることが報告されている。 この報告は、年齢および記憶能力と血清スペルミジンレベルとの関連に焦点を当てている。
これは、記憶能力に対する経口スペルミジン補給の効果を検討している進行中の多施設プラセボ対照試験の前提となる。
記憶力テストは、オーストリアのシュタイアーマルク州の6つのナーシングホームで60〜96歳の80人の被験者に対して実施された。 スペルミジン濃度を測定するために血液サンプルを採取した。
結果は、スペルミジン濃度と記憶能力検査スコアの間に有意な相関関係があることを示した(p = 0.025)。 この結果に基づいて、スペルミジンは神経認知の変化(老人性痴呆またはアルツハイマー病)の診断のためのバイオマーカーとして適切である可能性があると結論付けることができる。 

つまり、血中スペルミジン濃度の低下は、記憶力の低下と相関するという結果です。したがって、サプリメントなどによるスペルミジンの補充は、記憶力や認知機能を向上させ、アルツハイマー病や認知症の治療に対する有効性が示唆されるということです。そこで、この研究グループはスペルミジンをサプリメントで補う臨床試験を実施しています。

The positive effect of spermidine in older adults suffering from dementia.(認知症の高齢者におけるスペルミジンのプラスの効果)Wien Klin Wochenschr. 2021; 133(9): 484–491.

【要旨の抜粋】
現在の世界中の認知症の有病率は3,560万人と推定され、2050年までに1億1,500万人に増加する。したがって、十分に根拠のある認知症の診断と十分に研究された治療オプションが緊急に必要である。
今までの研究で、スペルミジンがオートファジーによってアミロイドベータプラークを溶解する重要なプロセスを引き起こす能力を持っていることが示されている。さらに、天然のポリアミンのスペルミジンの投与が、老化したモデル生物の記憶力低下を防ぐことができることを示している。
この多施設二重盲検予備研究は、高齢者の認知能力に対するスペルミジンの経口補給の効果に焦点を当てた。
記憶力テストは、オーストリアのシュタイアーマルク州の6つのナーシングホームで60歳から96歳までの85人の被験者に対して実施された。スペルミジン濃度の測定と代謝パラメーターの測定のために血液サンプルを採取した。
結果は、より高いスペルミジン投与量で治療されたグループの軽度および中等度の認知症の被験者において、スペルミジンの摂取量と認知能力の改善との間に明確な相関関係があることが示された
テストパフォーマンスの最も実質的な改善は、軽度の認知症の被験者のグループで見られ、ミニメンタルステート検査(MMSE)で2.23ポイント(p = 0.026)、言語の流暢性で1.99(p = 0.47)増加した。比較すると、スペルミジン摂取量が少ないグループは、認知能力は変化なし、あるいは低下を示した。

アルツハイマー病は老年性認知症の原因としては最も頻度が高い神経変性疾患です。アルツハイマー病の脳の病理所見で最も特徴的なのが「老人班」です。この老人班はアミロイドβペプチド(Aβ)の蓄積から構成されています。Aβはアミロイド前駆体たんぱく質(APP)から酵素(βおよびγセクレターゼ)によって切断されて産生される38〜43アミノ酸からなるペプチドです。
脳内のAβの濃度はAβの産生と除去(クリアランス)のバランスによって決定され、そのバランスが破綻することによって脳内Aβが増加し、Aβの蓄積・凝集によって神経細胞障害が引き起こされ、最終的にアルツハイマー病が発症します。アルツハイマー病では脳組織内にアミロイドβたんぱく質の凝集塊が蓄積することによって神経細胞内で炎症反応が起こって、細胞死が引き起こされます。
スペルミジンはオートファジーを促進し、アミロイドβプラークを分解します。つまり、スペルミジンはオートファジーを促進するメカニズムで神経細胞内のアミロイドβの除去を促進し、炎症反応を阻止し、アルツハイマー病の発症や進行の防止に有用である可能性があるということです。

【高齢者はスペルミジンのサプリメントでの補充が有効】
ポリアミンの分子量は250以下で、低分子のアミノ酸と同程度なので、小腸から効率よく吸収され、血中に移行して生体内で効率良く利用されます。また、スペルミジンやスペルミンを分解する酵素は腸内には無いため、大部分がそのままの形で腸管から吸収され、全身の組織や臓器に分布される事がわかっています。
スペルミジンの体内での合成量は加齢とともに低下します。スペルミジンの多い納豆、味噌、チーズ、鶏のレバー、マッシュルーム、マンゴー、ドリアンなどを多く食べることは有効です。
さらにサプリメントでの補充も有効です。サプリメントとしてはスペルミジン含有の多い小麦胚芽を材料にして、スペルミジンを濃縮した製品が販売されています。
このようなサプリメントや食事から、スペルミジンを1日に20mg程度摂取すると、認知症や心臓疾患の発症を予防し、寿命を延ばす効果が期待できます。髪の毛や爪の成長促進や艶を高めるので、美容にも有効です。

【細胞は自分のタンパク質を分解して若返りを行なっている】 
細胞内のタンパク質は絶えず分解して新しいタンパク質と入れ替わっています。古くなったタンパク質を分解して新しいタンパク質を合成することによって、細胞成分の若返りを行なっています。このタンパク質の若返りに重要な役割を担っているのがオートファジーという現象です。  
オートファジー(Autophagy)という用語はギリシャ語の「自分」(オート;auto)と「食べる」(ファジー:phagy)を組み合わせた用語で、文字通り「自分を食べる」という意味を持ちます。日本語では「自食作用」と訳されています。  
オートファジーは細胞内の一部を少しづつ分解する細胞内のリサイクルのようなものです。例えば、私たちは食事から1日50~100グラム程度のタンパク質を食べています。一方、私たちの体内では、1日に200グラム程度の自分のタンパク質をアミノ酸に分解し、それに相当するタンパク質を合成しています。つまり、口から食べているタンパク質より、ずっと多い量の自分のタンパク質を食べているのです(図)。

図:体内ではオートファジーによって1日に200グラム程度の自分のタンパク質をアミノ酸に分解し、それに相当するタンパク質を合成することによって、細胞内のタンパク質の若返りを行っている。  

【細胞が栄養飢餓になるとオートファジーが亢進する】
定期的な断食(絶食)や継続的なカロリー制限を行うと体が若返ります。その理由は断食やカロリー制限をするとオートファジーが亢進して、細胞が若返るからです。
食事からの摂取カロリーを減らすことを「カロリー制限」と言います。食事中のビタミンやミネラルやタンパク質などの栄養素の不足を起こさずに摂取カロリーだけを30~40%程度減らす食事です。
このカロリー制限は酵母から線虫、ハエ、マウス、霊長類に至る数多くの生物種において、老化を遅延して寿命を延ばし老化関連疾患の発症を遅らせる最も再現性の高い方法であることが、多くの研究で証明されています。

30~40%のカロリー制限というのは軽度から中等度の飢餓状態であり、それに対して生体は様々な適応応答を行うために、代謝や防御機能に関与する遺伝子の発現レベルでの変化が生じます。
その一つがオートファジーの亢進です。
オートファジーは細胞内タンパクや小器官を二重の脂質膜で包み込み、これをリソソームに輸送して分解する仕組みです。細胞が飢餓条件下におかれると、細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れます。その後、膜は細胞質内の異常タンパク質や細胞内小器官を取り込みながら伸長し、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成されます。 オートファゴソームがリソソームと融合して内包物は分解されます。自己消化で得られたアミノ酸は栄養源として再利用されます(図)。

図:細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れ、異常なタンパク質や細胞内小器官を取り込む(①)。その後、膜は細胞質を取り込みながら伸長し(②)、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成される(③)。 オートファゴソーム内にはミトコンドリアなどの大きな細部内器官も含まれる。オートファゴソームがリソソームと融合すると(④)、内包物は分解される(⑤)。自己消化で得られたアミノ酸や脂肪酸や核酸は細胞内の物質合成に再利用される(⑥)。(参考:Nature Cell Biology,9, 1102-1109, 2007 )

細胞は栄養飢餓に陥るとオートファジーにより細胞質内のタンパク質や小器官(ミトコンドリアや小胞体など)の一部を分解および再利用し、細胞の生存に必要なエネルギーやアミノ酸を得ています。
さらに、オートファジーを使い老廃物や損傷したミトコンドリア、病原体、異常タンパク質を除去しており、それにより神経変性疾患、がん、糖尿病、心不全、各種の炎症や感染症など、さまざまな疾患の発症を抑制していることが明らかになっています。つまり、オートファジーは細胞内の老化した成分を除去して細胞を若返らせる作用があります。断食が細胞を若返らせるメカニズムもオートファジーの亢進が重要です。
オートファジーの機序でミトコンドリアを分解することをミトファジーと言います。カロリー制限や絶食はミトファジーを亢進して異常なミトコンドリアの除去を亢進します。
オートファジーが抑制されると腫瘍が発生しやすくなります。これは、細胞内に異常タンパク質や不良ミトコンドリアが蓄積することが引き金になると考えられています。

【栄養過多はmTORC1を活性化してオートファジーを抑制する】
ラパマイシン(Rapamycin)は臓器移植の際の拒絶反応を防ぐために使用される薬ですが、このラパマイシンに寿命延長効果と抗がん作用が明らかになったことから、ラパマイシンの生体内のターゲット分子である哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin)、略してmTOR(エムトール)という蛋白質が注目されています。
mTORはラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼ(タンパク質のセリンやスレオニンをリン酸化する酵素)で、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。

初め、酵母におけるラパマイシンの標的タンパク質が見出されてTOR(target of rapamycin)と命名され、後に哺乳類のホモログ(相同体)が見出されてmTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)と命名されました。



mTORにはmTOR複合体1((mammalian target of rapamycin complex 1:mTORC1)mTOR複合体2(mammalian target of rapamycin complex 2:mTOR2)の2種類があります。mTORに幾つかの他のタンパク質が結合して複合体を形成しますが、結合しているタンパク質の違いで2種類の複合体ができ、異なる機能を担っています。

mTORC1は成長因子や、グルコースやアミノ酸などを含む栄養素のセンサーとして機能し、mTORC2は細胞骨格やシグナル伝達の制御をしています。インスリンやインスリン様成長因子やアミノ酸(特にロイシン)によって活性化されるのはmTORC1の方です。ラパマイシンで阻害されるのもmTORC1の方です。 

mTORC1は、グルコースやアミノ酸などの栄養素の状況、エネルギー状態、成長因子(増殖因子)などによる情報を統合し、エネルギー産生や細胞分裂や生存などを調節しています。
細胞の増殖というのは、栄養とエネルギーが利用できる状態にあるときに、新たな細胞構成成分(タンパク質、核酸、脂質など)を合成して、細胞の数を増やす生化学的プロセスのことです。したがって、増殖するためには細胞を新たに作る材料(栄養素)とエネルギー(糖質や脂質を分解して得られるATP)が必要です。
増殖因子や成長因子やホルモンなどによって細胞増殖の指令(シグナル)が来たときに、栄養素とエネルギーの供給が十分にあることを判断し、タンパク質や脂質の合成を促進して細胞増殖を実行するスイッチを入れるのがmTORC1です。

図:哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)は複数のタンパク質から構成されるセリン・スレオニン・リン酸化酵素で、インスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)や上皮成長因子(EGF)や血小板由来増殖因子(PDGF)などの増殖因子によって活性化される(①)。mTORC1はタンパク質翻訳の開始因子であるelF4Eを抑制する4E結合タンパク質(4E-BP1)をリン酸化してその機能を抑制する(②)。また、リボソームの生合成を促進するS6K1をリン酸化して活性化する(③)。これらの作用によってmTORC1はタンパク質合成を促進する(④)。その他、多くの標的タンパク質をリン酸化することによって脂質や核酸の合成を亢進し(⑤)、細胞内小器官の消化・再利用に重要なオートファジーを抑制する(⑥)。 

【糖質摂取を減らせば細胞や組織が若返る】
前述のようにmTORC1が活性化するとオートファジーは抑制されます。インスリンはmTORC1を活性化するので、糖質の多い食事はインスリンとmTORC1と介してオートファジーを抑制することになります。  
オートファジーが抑制されると悪性腫瘍が発生しやすくなります。これは、細胞内に異常タンパク質や不良ミトコンドリアが蓄積することが引き金になると考えられています。また、オートファジーの抑制は、古くなった細胞内のタンパク質や小器官の分解を阻害するので、細胞の老化を促進します。
つまり、インスリンやインスリン様成長因子-1によってmTORC1が活性化されることは体の成長促進や筋肉増強には効果があるのですが、オートファジーの抑制や酸化ストレスの亢進によって細胞の老化とがん化を促進することになります(図)。

図: mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)は細胞のがん化と老化の両方に関与している。栄養素(グルコースやアミノ酸など)、インスリン、インスリン様成長因子-1、その他の増殖因子はmTORC1シグナル伝達系を活性化し、細胞の成長や細胞周期(細胞分裂した細胞が再び分裂を起こすまでの過程)の進行を促進する。オートファジーは細胞内をきれいにして細胞を若返らせる効果があるが、mTORC1の活性化はオートファジーを阻害して老化とがん化を促進する。  

線虫の研究では、カロリーを制限しなくても、カロリー摂取で応答するインスリンの信号伝達系に欠陥がある変異体は普通にエサを食べていても長生きすることが明らかになっています。
インスリンはオートファジーの抑制因子であり、インスリン信号伝達に異常があるとやはりオートファジーが亢進するのです。このようにがん予防と寿命延長とインスリンシグナル伝達系とオートファジーは密接に関連しています。  
いろんな成長因子や栄養素(グルコースやアミノ酸など)は成長過程においてはmTORC1の働きによって体が成長し成熟していく上で重要な働きを担っていますが、成熟が済むと、成長ホルモンや成長因子やmTORC1の活性化は細胞や組織の老化を促進する作用になり、さらにがん細胞の発生や増殖や進展を促進することに加担しています。
一時的飢餓あるいは軽度の飢餓はオートファジー亢進を通じて細胞内をきれいにして、細胞を若返らせる効果があり、さらにがんを予防することもできます。カロリー制限は完全な絶食ではなく、普通の食事の60%から70%程度のカロリーに抑えるのですが、この程度の弱い飢餓でもオートファジーが誘導されます。
絶食やカロリー制限を実践すると体の若返りに有効ですが、空腹感という苦痛が伴います。そこで、オートファジーを誘導する医薬品やサプリメントや食品成分の利用が検討されています。そのような効果がある食品成分としてスペルミジンが有名です。スペルミジンはポリアミンの一種で、小麦胚芽や納豆やチーズなどに多く含まれます。最近は抗老化のサプリメントとしても注目されています。

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図:スペルミジン(Spermidine)を1%含有する小麦胚芽エキスの精製法。
小麦の実は胚乳、外皮、胚芽に分けられる。胚乳はデンプンとタンパク質を含み、外皮(小麦ふすま)は食物繊維を多く含む。胚芽には脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラル、抗酸化成分など多くの栄養成分を含む。 小麦胚芽をエタノール/水で抽出してスペルミジンを濃縮して、スペルミジンを1%含有する小麦胚芽エキスを作成する。

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