804)がん細胞のフェロトーシス誘導(その3):多価不飽和脂肪酸(DHA/EPA )

図:食事(①)からのドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)は細胞膜に取り込まれる(②)。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいので、がん細胞内で鉄介在性に活性酸素の産生が高まると(③)、脂質の過酸化によって細胞は酸化傷害を受け(④)、フェロトーシスの機序で死滅する(⑤)。抗がん剤、放射線照射、アルテスネイト、鉄剤、高濃度ビタミンC点滴、スルファサラジン、ジクロロ酢酸ナトリウムはがん細胞に比較的選択的にフェロトーシスを誘導する(⑥)。食事からのDHA/EPAの摂取量を増やすと、がん細胞のフェロトーシスを増強できる。(赤丸は活性酸素による脂質酸化を示す。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいことを示している。)

804)がん細胞のフェロトーシス誘導(その3):多価不飽和脂肪酸(DHA/EPA )

【酸素と鉄が細胞膜を傷害する】
地球上の初期の生物は酸素のない状態で発達しました。生物とは生命活動を行うことができる生き物です。「外界と膜で仕切られた細胞からできている」、「DNAを持って自分の複製を作ることができる」、「外界から栄養分を取り入れてエネルギーを産生し、物質を分解したり合成する代謝を行う」といった特徴を持っています。さらに、「進化することができる」という特徴を加える意見もあります。

地球が誕生したのは約46億年前で、その地球に最初の生命(=生物)が出現するのは8億年後の今から約38億年前です。最初の生物は、はっきりした核を持たない(核膜をもった核が無い)原核生物です。これらの生物は、海の中を漂う有機物を利用し、酸素を使わずに生息していました。

約25億年前に光合成を行う藍藻(シアノバクテリア)が登場します。それまで地球上には酸素は存在しませんでしたが、そこに太陽光エネルギーで無機物である二酸化炭素と水からグルコース(ブドウ糖)などの有機物を作り出し、酸素を放出するという光合成を行う真正細菌のシアノバクテリアが出現しました。この酸素放出型光合成を行う生物の出現によって、それまで無酸素状態だった地球大気に大量の酸素分子が放出され、最終的に現在の大気は21%の酸素濃度に達しています。  

初期の生物の細胞膜は単純な飽和脂肪酸で構成されていたと思われますが、やがて不飽和脂肪酸が細胞膜に利用されるようになります。細胞膜の不飽和脂肪酸は膜流動性の調節可能性を高めることを可能にし、生物が進化するために必要だったためです。温度が低い状態で細胞膜の流動性を維持するためには不飽和脂肪酸が必要です。
しかし、不飽和脂肪酸を有する細胞膜を有する生物にとって大気中の大量の酸素の出現は、極めて困難な出来事でした。なぜなら、不飽和脂肪酸は酸素の存在下で脂質過酸化を受けやすいからです。そしてこの過酸化反応は、二価金属、特に二価の鉄イオン(Fe2+によって劇的に加速されます。
そこで、生物は酸素と鉄イオンによる細胞膜の酸化傷害を阻止するために、グルタチオングルタチオン・ペルオキシダーゼによる抗酸化システムを発達させました。

【グルタチオンとグルタチオン・ペルオキシダーゼ】
グルタチオン(Glutathione)というのは、グルタミン酸システイングリシンの3つのアミノ酸が結合したトリペプチドです。
γ-グルタミルシステイン合成酵素によってグルタミン酸とシステインが結合してγ-グルタミルシステインを合成します。引き続いてグルタチオン合成酵素によってγ-グルタミルシステインにグリシンが結合してグルタチオンが合成されます。この合成にはATPが必要です。
つまり、グルタミン酸やシステインやグリシンが不足したり、ATPが十分に産生できなかったり、γ-グルタミルシステイン合成酵素やグルタチオン合成酵素の活性が阻害されれば、グルタチオンの濃度は低下して、酸化ストレスに対する抵抗力が低下することになります。

図:グルタチオンは3つのアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)がATPを使って結合して合成される。 

グルタチオンは細胞内に0.5〜10mMという非常に高濃度で存在します。チオール基(SH基)を持ち、この水素が電子を供与することによって活性酸素やフリーラジカルを消去します。
還元型のグルタチオンはGSH(Glutathione-SH)と表記され、GSHが活性酸素などで酸化されると酸化型グルタチオンGSSG(Glutathione-S-S-Glutathione)になります。
つまり、酸化型は、二分子の還元型グルタチオンがジスルフィド結合(2個のイオウ原子が繋がった状態)によってつながった分子です。
細胞内で発生した活性酸素やフリーラジカルに電子を与えて酸化型になったグルタチオンを還元型に戻す酵素がグルタチオンレダクターゼ(グルタチオン還元酵素)で、このときNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)から水素をもらいます。このNADPHはペントース・リン酸経路で産生されます。

図:還元型グルタチオンは活性酸素(スーパーオキサイド、過酸化水素など)などと反応して酸化され、2量体化した酸化型グルタチオン(GSSG)に変化するが、グルタチオン還元酵素がNADPHからの電子をGSSGに転移して、GSH(還元型グルタチオン)に再生される。

がん細胞は還元型グルタチオン(GSH)の産生を促進することで、酸化ストレス抵抗性を高め、増殖や転移や治療抵抗性を高めていることが知られています。 
NADPHはペントース・リン酸経路で産生されます。つまり、がん細胞のグルコース取り込みや解糖系やペントース・リン酸経路を阻害するケトン食2−デオキシ-D-グルコースジクロロ酢酸はNHDPHの供給を減らすことによって、グルタチオンの合成を低下させ、酸化ストレスに対する抵抗性を減弱させることができます。
ATP産生低下はグルタチオン合成をさらに低下させます。また、NADPHの産生抑制は脂肪酸合成を抑制して細胞増殖を低下します。

グルタチオンペルオキシダーゼ(glutathione peroxidase: GPx)は活性中心にセレンを有する酵素で、グルタチオン(GSH)の存在下で 過酸化水素(H2O2)を水(H2O)に還元するほか、過酸化脂質(LOOH)を還元する機能を有し、 スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼとともに生体内において重要な抗酸化作用を担っていると考えられています。
グルタチオンペルオキシターゼ活性はNADPHの供給に依存しており、NADPHはペントースリン酸経路から供給されます。

図:グルタチオン・ペルオキシダーゼは、過酸化水素(H2O2)を還元型グルタチオン(GSH)の存在下で、水(H2O)に代謝させ、酸化型グルタチオン(GSSG)を生成する。還元型グルタチオンはペントース・リン酸経路から供給されるNADPHを使って還元型グルタチオンに還元される。

また、グルタチオンペルオキシダーゼは、過酸化脂質を還元します。細胞膜の過酸化脂質を還元できるのはグルタチオンペルオキシダーゼだけです。したがって、グルタチオン、グルタチオン・ペルオキシダーゼ、グルタチオン還元酵素、NADPH(ペントース・リン酸回路から供給)、ビタミンB2(グルタチオン・ペルオキシダーゼの補酵素)のどれかが不足しても過酸化脂質が増えます。

図:グルタチオンペルオキシダーゼは、過酸化脂質(LOOH)を還元型グルタチオン(GSH)の存在下で還元し、過酸化脂質の蓄積を防いでいる。

【2価鉄イオン(Fe2+)はフリーラジカルを発生して細胞を傷害する】 
私たちの体内には、体重60kgで平均4g程度(2~6gくらい)の鉄が存在します。鉄は全て食事から体内に摂取しています。鉄はイオンの価数が変化する遷移金属で、二価イオン(Fe2+)三価イオン(Fe3+)の両方の型を行き来するので、電子の移動を伴う生体反応に利用されます。
血液中では鉄イオンはトランスフェリンに結合して細胞まで運ばれます。トランスフェリンは細胞膜にあるトランスフェリン受容体と結合し,エンドサイトーシスによって取り込まれ、細胞内に鉄イオンを放出します。

増殖活性の高いがん細胞は、細胞膜のトランスフェリン受容体の発現量が増え、正常細胞に比べて鉄の取込みが増えています。鉄イオンは細胞の呼吸、核酸合成、増殖などに必須な補助因子として重要な役割を果たしています。したがって、増殖活性の高いがん細胞ほど鉄の需要が増え、鉄の取込みが増えています。   

さらに、がん細胞内では鉄イオンの調節に破綻をきたし、酸化還元活性のあるフリーの2価鉄(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。 鉄は過剰になると活性酸素発生の触媒作用を発揮することによって細胞の酸化傷害を引き起こします。フリーの2価鉄は過酸化水素(H2O2)と反応して酸化作用の強いヒドロキシルラジカルを発生させ、さらに脂質と反応して脂質ラジカルを発生させて強い細胞傷害を引き起こします。
がん細胞内に過剰な2価鉄イオンが存在することを利用して、がん細胞を死滅させる治療が注目されています。鉄が関与するフェロトーシス(ferroprosis)という細胞死の存在とメカニズムが明らかになってきたからです。

【ドコサヘキサエン酸(DHA)はがん細胞のフェロトーシスを促進する】
フェロトーシスでは、鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって細胞死が起こります。細胞内の鉄に依存する細胞死であり,ほかの金属類には依存しません。「フェロ(Ferro)」は「鉄」という意味です。

がん細胞は細胞分裂をして数を増やし、増殖します。細胞数を増やすために、細胞膜に使う脂肪酸の合成が亢進しています。さらに、がん細胞は自分で作った脂肪酸以外に、食事から摂取して血液中に存在する脂肪酸を積極的に取り込んで、細胞膜の合成に使います。食事からのDHAやEPAの摂取を増やすと、がん細胞の細胞膜にDHAやEPAが多く取り込まれます。

EPAは二重結合が5個、DHAは二重結合が6個存在する多価不飽和脂肪酸です。不飽和脂肪酸は酸化されて過酸化脂質になります。EPAやDHAは酸化されやすいので、鉄を多く含み、活性酸素の産生が増加しているがん細胞では、EPAとDHAは過酸化脂質を増やし、細胞膜の酸化傷害を増強します。つまり、EPAやDHAを多く取り込んだがん細胞はフェロトーシスが起こりやすくなるのです。

放射線治療や多くの抗がん剤は、がん細胞に活性酸素を産生してフェロトーシスで最終的に死滅することが明らかになっています。したがって、食事からのDHAとEPAの摂取を増やすと、放射線や抗がん剤による細胞死を起こしやすくなります。
放射線治療や抗がん剤治療以外で、がん細胞に活性酸素の発生量を増やす方法として、高濃度ビタミンC点滴アルテスネイトジクロロ酢酸ナトリウムなどがあります。
さらに、瘍性大腸炎の治療に使われていスルファサラジン(別名:サラゾスルファピリジン:商品名はサラゾピリンなど)はシスチン・トランスポーターを特異的に阻害し、がん細胞内のグルタチオンの濃度を低下し、抗がん剤や放射線治療が効きやすくします。
がん細胞にDHAを多く取り込ませた後に、このような活性酸素を多く発生する治療を行うと、がん細胞を選択的に死滅できます。(トップの図)

【ω3系不飽和脂肪酸を増やす食生活】 
食事中の不飽和脂肪酸のオメガ6:オメガ3比は、狩猟採取で食品を確保していた旧石器時代の人類の食事では1〜2程度でしたが、近代における西洋型食事ではオメガ6:オメガ3比は20程度まで上昇しています。さらに動物性の飽和脂肪酸の摂取量も増えています。このような食事中の脂肪酸の組成の変化が、がんや心臓病、メタボリック症候群、炎症性疾患、自己免疫疾患の発症を促進していると考えられています。

アメリカ人の食事はオメガ6:オメガ3の比が10~20になると報告されています。一方、伝統的な日本食(大豆と魚の豊富な食事)ではその比は1~3程度と言われています。しかし、日本でも食事の欧米化によってオメガ6:オメガ3の比が高くなっています。
オメガ6:オメガ3の比を1~2以下にする食生活は、がんの食事療法として実践する価値があります。肉類は極力控え、野菜はバランス良く摂取し、オメガ3不飽和脂肪酸の多い青背の魚(いわし・あじ・さば・さんま・まぐろなど)を食べます。野菜にはリノール酸などのオメガ6脂肪酸が多いので、オメガ3不飽和脂肪酸のα-リノレン酸の豊富な紫蘇油(えごま油)か亜麻仁油をドレッシングとして使用します。

不飽和脂肪酸は酸化されやすいので、新鮮な魚を生か煮て食べるのが理想です。フライや焼き魚にするとEPA や DHA を損失するだけでなく、高度不飽和脂肪酸が酸素と反応すると過酸化脂質となって発がんを促進することになります。
さらに、DHA/EPAのサプリメントを1日2~4グラム摂取すれば、オメガ6:オメガ3の比をかなり下げることができます。免疫力が低下して生の食品摂取が危険な場合や魚が苦手な人もDHAやEPAのサプリメントを利用します。カプセル入りの製品が多く販売されていますが、がん治療の目的でオメガ6:オメガ3の比を1程度に低下させるためには液体の魚油が良いと思います。レモンなどで味付けし、魚の匂いがしない製品が販売されています。また、魚以外にも、微細藻類由来や植物由来のDHA/EPAの液体の製品も販売されています。

オメガ6系不飽和脂肪酸を取り過ぎると、オメガ3系不飽和脂肪酸をサプリメントで補う効果が低下するので、日常の食事でもオメガ6系不飽和脂肪酸を減らし、オメガ3系不飽和脂肪酸の多い食品を摂取することが大切です。オメガ6:オメガ3の比率を低下させることが重要です。
DHAやEPAは過剰に摂取すると、血液凝固能が低下して出血しやすくなる副作用があるので、手術や抗がん剤治療中の場合は、過剰摂取に注意が必要です。しかし、血小板減少などの血液学的異常がなければ、DHA/EPAのサプリメントを1日2~4グラム程度で、食事の内容を変えてω3不飽和脂肪酸を増やすのであれば、問題はありません。
植物油は亜麻仁油と紫蘇油(えごま油)以外はオメガ6系不飽和脂肪酸が多いことを知っておくことが重要です。中にはオメガ6:オメガ3の比が100を超えるものもあります。(下表)

表:飽和脂肪酸とオメガ3系不飽和脂肪酸(ω3PUFA)とオメガ6系不飽和脂肪酸(ω6PUFA)の数値は100g当たりの含有量を示す。亜麻仁油とえごま油(紫蘇油)以外の植物油はオメガ3系不飽和脂肪酸に比べてオメガ6系不飽和脂肪酸が多い。(参考:日本成分表2022:八訂)

一方、脂ののった魚には100グラム当たり数グラムから20グラム程度の脂肪が含まれ、オメガ3系多価不飽和脂肪酸が1〜6グラム程度含まれています。DHA/EPAも数百mgから4グラム程度含まれています。脂ののった魚を1日100〜200g程度食べることはがんや心臓疾患の予防や治療に効果が期待できます。(下表)

表:脂の多い魚には、オメガ3系多価不飽和脂肪酸(ω3PUFA)がオメガ6系多価不飽和脂肪酸(ω6PUFA)の数倍から10倍程度含まれる。DHAとEPAも100g当たり1〜4g程度と多く含まれる。日本食品成分表(五訂増補脂肪酸成分表)より抜粋

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