754) オリンピック選手は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患しやすく、重症化しやすい?

図:運動後はその運動強度に応じて、体内の免疫機能や炎症応答に変化が起こる。30分〜45分程度のウォーキング競技では、獲得免疫(遅延型過敏症、唾液IgA分泌、T細胞機能)と自然免疫(NK細胞活性、マクロファージ機能、好中球酸化的バースト)は軽度のプラス(活性化)になるが、マラソンレースの後は、獲得免疫と自然免疫のはともに高度に低下する。炎症反応(好中球/リンパ球比、サイトカイン産生、ストレスホルモン)は両方の運動ともに強くなる(悪化する)が、マラソンレースの方がその悪化の程度は強い。強度(過剰)な運動は免疫機能を障害して、感染症やがんの発症を促進する可能性を示唆している。(出典:J Sport Health Sci. 2019 May; 8(3): 201–217.)

754) オリンピック選手は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患しやすく、重症化しやすい?

【オリンピック選手は感染症に対する抵抗力が低下している】
東京オリンピックが開催されるかどうかは私には関係ありませんが、「オリンピック選手は、同じ年代の一般の人より新型コロナウイルス(COVID-19)に対する抵抗力が低下している」という事実は認識しておく必要があります。
オリンピック選手のようなエリートアスリートは、体力が頑強であるため、感染症に対する抵抗力も強いように思われますが、医学的証拠は、オリンピック競技の選手は新型コロナを始め、上気道感染症に罹患しやすいことを明らかにしています。

筋力や持久力や瞬発力や心肺機能がいくら優れていても、免疫力の強さとは関連しません。むしろ、オリンピック出場のために行っている強度のトレーニングは、免疫力を犠牲にして、新型コロナウイルス(COVID-19)やその他の感染症に対する抵抗力を弱めているというのは、運動免疫学の常識です。
特に、オリンピック直前で、トレーニングによる肉体的および精神的ストレスがピークに達している状態は、感染症に対する抵抗力が最低になっていることに注意が必要です
ワクチン接種が終われば話は別ですが、一般論として、オリンピック選手の方が一般の人よりCOVID-19に罹りやすく、重症化しやすいことが示唆されています。免疫力が極端に低下していれば、ワクチンの効果も減弱します。
COVID-19が流行している時に、オリンピックに向けて強度なトレーニングを実施し、選考のための競技会が開催されること自体、エリートアスリートを感染症のリスクに晒していることを誰も問題にしないことを不思議に思っています。

【1980年代以降に運動と免疫に関する研究が進んだ】
運動と免疫の関係は100年以上前から研究されています。
1980年代以前は、運動による白血球数の変化くらいしか研究できませんでした。
1984年にエイズの原因としてヒト免疫不全ウイルスが特定されました。エイズ診断のマーカーの1つは、検出にフローサイトメーターを必要とするヘルパーT細胞上のCD4抗原でした。
1980年代には多くの大学や研究所がフローサイトメーターを取得し、これらの機器が運動医学の研究者に利用可能になり、運動免疫学の研究が進歩しました。

1984年のロサンゼルス・オリンピックに向けたJAMA(Journal of the American MedicalAssociation)の特集号に運動と免疫に関する簡単なレビューが掲載されていますが、この時点では「運動がヒト感染の頻度または重症度を変えるという明確な実験的または臨床的証拠はない。運動が臨床的に意味のある方法で感染に対する宿主の反応に影響を与えると結論付ける前に、さらなる研究が必要である」と記述されています。
(The immunology of exercise: a brief review. JAMA. 1984;252:2735–2738.)
つまり、1984年の時点では、運動が免疫機能や感染症に対してどのような影響を与えるか十分なデータがなかったことを示しています
その当時、一般的には、多くのアスリートは、習慣的な運動が感染から彼らを保護すると信じていましたが、それは証拠がないという指摘です。運動と免疫の関係に関する研究が本格的に進んだのはフローサイトメーターが普及した1980年代以降です。

【多くの臨床研究が、エリートアスリートは競技後に病気になりやすいことを明らかにしている】
中等度の運動、強度の運動でも60以内くらいの短時間であれば、免疫力を増強することが報告されています。適度な運動が免疫力を高めることは、医学の常識となっています。
しかし、エリートアスリートが競技のためにトレーニングするような強度の運動は、免疫力を低下し、感染症などの病気の発症率を高めることは多くの臨床研究であきらかになっています。そのような報告の一部を以下に記述します。

激しい運動と病気の関係に関する研究の例:

  • Ultramarathon running and upper respiratory tract infections. An epidemiological survey. S Afr Med J. 1983;64:582–584.

調査対象:141人のウルトラマラソンランナーと124人のコントロール(18〜65歳)

方法と結果:参加者は、56kmのレース後の2週間の病気を報告。病気の発生率はランナーが33% vs. コントロールが15%。ウルトラマラソンのランナーの病気の発症率はコントロール群の2倍以上

  • Physical activity and immune function in elderly women. Med Sci Sports Exerc. 1993;25:823–831.

調査対象:1828人のマラソンランナーと134人の普通のランナー(コントロール)(36.9±0.2歳)

方法と結果:参加者は、3月の42.2kmレースの2か月前と1週間後に病気を報告。病気の発生率はコントロール群が2%に対して、42.2kmを完走したランナーの病気の発症率は13%で、6倍以上。週に32km以下のトレーニングのランナーに比べて、週に97km以上の走るランナーは上気道感染症が有意に高い。

  • Exercise and the incidence of upper respiratory tract infections. Med Sci Sports Exerc. 1991;23:152–157

調査対象:530人のランナー(39.4歳)

方法と結果:参加者は1年間、毎月トレーニング状況と病気の発症を報告。485マイル/年(780 km /年)を超える走行は、病気のリスクを高めた。

  • Upper respiratory tract infection in athletes: influence of lifestyle, type of sport, training effort, and immunostimulant intake. Exerc Immunol Rev. 2000;6:102–120.

調査対象:852人のドイツ人アスリート(23.6±9.5歳)

方法と結果:参加者は過去12か月間の病気のエピソードを遡及的に報告。持久力スポーツでは発病率が2倍高い(OR = 2.2)

  • Incidence, etiology, and symptomatology of upper respiratory illness in elite athletes. Med Sci Sports Exerc. 2007;39:577–586. 

調査対象:20人のエリートトライアスリート/サイクリスト、30人のレクリエーショントライアスリート/サイクリスト、20人の運動をしないコントロール(18〜34歳)

方法と結果:参加者は夏から秋にかけて5ヶ月間フォローし、病気の発症を報告。競技に参加するエリートトライアスリート/サイクリストの病気の発症率は、娯楽レベルのレクリエーショントライアスリート/サイクリスト群の4倍。

  • Changes in natural killer cell subpopulations over a winter training season in elite swimmers. Eur J Appl Physiol. 2013;113:859–868.

調査対象:19人のエリートスイマー11人の非アスリートコントロール(17.6±1.0歳)

方法と結果:参加者は冬に7ヶ月間フォローし病気を報告。コントロール群には病気の発症はなく、エリートスイマーの67%は強度のトレーニング中に何らかの病気を発症した

  • Training-related risk of common illnesses in elite swimmers over a 4-yr period. Med Sci Sports Exerc. 2015;47:698–707.

調査対象:28人のエリートスイマー(16〜30歳)

方法と結果:参加者は4年間フォローし、毎週病気を監視。病気の発症率は、レジスタンストレーニングが10%増加するごとに1.08倍(95%CI:1.01–1.16)増加し、高負荷トレーニングが10%増加するごとに1.10倍(95%CI: 1.01–1.19)増加した。

  • Effect of an intense period of competition on race performance and self-reported illness in elite cross-country skiers. Scand J Med Sci Sports. 2015;25:846–853.

調査対象:42人のエリートクロスカントリースキーヤー(24±4歳)

方法と結果:参加者は8年間フォローした。ツールドスキーレース(Tour de Ski race)後10日間、毎日病気の症状が報告された。病気の発生率は、競技と関係ないスキーヤー(non-competing skiers)が16%でツール・ド・スキーレースに参加したスキーヤーは48%。

  • Performance success or failure is influenced by weeks lost to injury and illness in elite Australian track and field athletes: a 5-year prospective study. J Sci Med Sport. 2016;19:778–783. 

調査対象:33人の国際陸上競技選手

方法と結果:参加者は、競技に先立つ6か月間の病気の発症について5年間報告した。病気の発生率は23%で、病気の半分は競技の2ヶ月前に発生した。パフォーマンスの良いアスリートは、病気の発生率が低かった。

  • Prevalence of illness, poor mental health and sleep quality and low energy availability prior to the 2016 Summer Olympic Games. Br J Sports Med. 2018;52:47–53.

調査対象:オリンピックに向けて準備をしている132人のエリートアスリート

方法と結果:競技の3か月前からの病気の症状を報告。全てのアスリートに病気の症状を認め、46%は上気道感染症であった。リスクファクターは女性とエネルギー不足。

同様の研究報告はキリがないくらいあります。つまり、オリンピックに出場するような強度のトレーニングを日頃から行っているエリートアスリートは、体力は一般の人より優れているはずですが、強度の運動による肉体的及び精神的ストレスによって免疫力は極度に障害され、感染症に対する抵抗力は極めて脆弱な状況にあるということを示しています。
また、フルマラソンやトライアスロンのような完走後に疲労困憊するような強度な運動は、運動後の免疫力の低下によって感染症のエピソードが増えることが多くの研究で明らかになっています。

過剰な運動は急激に大量の酸素を消費するため、多量の活性酸素が体内に発生し、体の酸化障害を促進し、慢性的に炎症が持続し、血中において インターロイキン6(IL-6)や 腫瘍壊死因子α(TNFα) などの炎症性サイトカイン、C-反応性タンパク質(CRP)炎症性タンパクが慢性的に増加しています。このような慢性炎症の持続は免疫力を低下させ、感染症のリスクを高めると言えます。

【適度な運動は免疫力を高める】
過剰や運動が免疫力を低下させますが、適度な運動は免疫力を高めます。
薬を使わないで免疫力を高める最も有効な方法は「適度な運動」です。適度な有酸素運動(ウォーキング、サイクリング、水泳、ジョギング)には抗炎症作用があり、炎症性サイトカイン(TNF-α、MCP-1、IL-6など)を減少させ、抗炎症性のサイトカインのIL-10を増加させます。
さらに、運動はアディポネクチンを増やし、インスリン感受性を増加します。

定期的な運動がヒトの微生微生物に対する免疫反応を高めることが示されています。身体運動によるこれらの健康作用の基本的なメカニズムは、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化です。
興味深いのは、ポジティブな免疫調節効果は軽度から中程度の強度の運動でのみ達成できることです。対照的に、高強度または長時間の運動(マラソンなど)は、主に内因性コルチゾールの増加により、免疫応答を低下させることが知られています。

適度な運動は心身両面から体の治癒力を高めて病気を予防します。適度な運動は様々な方法で治癒系の働きを活発化します。
血液の循環をよくし、体の代謝を盛んにし、気分を爽快にして、ストレスを緩和し、リラクセーションと快適な睡眠により体の治癒力を向上します。適度な運動によって、ナチュラルキラー細胞活性の上昇など免疫機能が高められることも報告されています。 
動物が繰り返しストレスを受け、そのストレスを吐き出す身体的なはけ口が与えられないと、体の状態がどんどん悪化します。しかし、動物がストレスを受けても、体の運動ができる場合には、ダメージを受ける量は最小限ですむという研究があります。
運動がストレスの適当なはけ口になると免疫力と高めることにもつながります。つまり、規則的に体を動かすことは、ストレスの結果おこる生理的産物をうまく吐き出させるための手段として、一番適当な方法であり、体の自然治癒力や防御能を刺激する作用があります。 
運動によって、インスリン様成長因子-1(IGF-1)の血中濃度が低下するという報告もあります。IGF-1は老化を促進しがん細胞の増殖を促進する作用があるので、IGF-1の血中濃度の低下は老化とがんを抑制する効果と関連します。

運動には、身体的な利点と同時に、大きな心理的変化も起こすことがあります。 規則的に運動している人は、運動していない人に比べて、考え方が柔軟になりやすく、自己充足感が高く、抑うつ感情も軽減します
抑うつ感情は健康維持に悪い影響を与えるため、規則的な運動によって抑うつ状態から抜け出すことは、心身を健全な状態にもっていき、免疫力にも良い影響を与えます。 
この様に運動は様々なメカニズムで体に良い影響を与え、生活習慣病を予防し、老化を抑制し、寿命を延ばす効果もあります。 

図。運動は不足しても過剰でも、感染症やがんの発症や寿命にマイナスになる。適度な運動は感染症に対する抵抗力を高め、がんを予防し、寿命を延長する。

COVID-19の感染拡大によって外出が制限され、運動不足やストレスから、心身に悪影響をきたす健康二次被害の問題が生じています。
意識的に運動を行うことは、ストレスの解消と、免疫力を高めてウイルス性感染症を予防する上でも極めて重要です。
適切な運動強度は個人差がありますが、運動後に爽快感を感じるレベルの運動は、免疫力や治癒力を高めます。一方、運動後に疲労困憊し、何日間も疲労が残るような運動やトレーニングは感染症のリスクを高めるといえます。一般的に、運動の強度と上気道感染症のリスクの関係はJカーブを描くと考えられます。(下図)

図:運動の強度と上気道感染症リスクの関係はJカーブを描く。中等度(適度)の運動は上気道感染症のリスクを40〜50%程度低下させる効果がある。一方、高度・過剰な運動は上気道感染症のリスクを2〜6倍程度高める。

【野菜や果物のポリフェノールやフラボノイドは免疫力を高める】
競技のために強度のトレーニングをしなければならないアスリートは、免疫系の能力を維持するために、定期的な十分な睡眠やバランスの取れた食事、十分な水分補給によって、感染症の発症リスクを減らすことができます。
さらに、免疫機能をサポートするポリフェノールフラボノイドが多く含まれている果物や野菜の摂取量を増やすことは、免疫力の維持に有効です。以下のような報告があります。

Effect of Flavonoids on Upper Respiratory Tract Infections and Immune Function: A Systematic Review and Meta-Analysis (上気道感染症や免疫機能のフラボノイドの効果:系統的レビューとメタアナリシス)Adv Nutr. 2016 May; 7(3): 488–497.

全体として、フラボノイドの補給は、明らかな副作用なしに、対照と比較して上記同感染症の発生率を33%減少させました。
漢方薬の生薬は、野菜や果物以上に、抗酸化作用や免疫増強作用のある成分が豊富です。ポリフェノールとフラボノイド以外にも、多糖類やサポニンや精油など免疫力を高める成分が豊富です。
漢方治療を専門に行っている立場からは、COVID-19が流行している状況で、感染症の予防に漢方治療をもっと利用しても良いように思っています。COVID-19の予防のための漢方治療については690話691話で解説しています。

参考文献:The compelling link between physical activity and the body's defense system.(身体活動と体の防御システムの間の説得力のあるリンク)J Sport Health Sci. 2019 May; 8(3): 201–217.

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