619)膵臓がんの代替療法(その2):スタチンとヒストン脱アセチル化酵素阻害剤

図:低分子量Gタンパク質の一種のRhoは、GDP結合型が不活性型で(①)、受容体などからの刺激を受けてGTP結合型となって活性化され(②)、エフェクタータンパク質に作用して情報を伝達し、細胞の移動や細胞周期やアポトーシスや遺伝子発現を制御する(③)。HMG-CoA(3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA)からメバロン酸経路で産生されるゲラニルゲラニル基(④)はRhoが細胞膜の脂質に接着するときに必要で、これができないとRhoは活性化できない(⑤)。HMG-CoAからメバロン酸を合成するHMG-CoA還元酵素の阻害剤であるスタチンはゲラニルゲラニル基の産生を阻害することによってRhoの活性化を阻害する(⑥)。ゲラニルゲラニル基の産生が低下するとがん細胞はGGTase-1(ゲラニルゲラニルトランスフェラーゼI)の活性を高めて代償しようとする(⑦)。このGGTase-1の発現亢進をHDAC1(ヒストン脱アセチル化酵素1)の阻害剤は阻止できる(⑧)。HDAC1を阻害する方法として、β-ヒドロキシ酪酸(絶食やケトン食によって体内で産生されるケトン体)、アセチル-L-カルニチン、ジインドリルメタン、オーラノフィン(リュウマチの治療薬)などが利用できる。

619)膵臓がんの代替療法(その2):スタチンとヒストン脱アセチル化酵素阻害剤

【グアノシン3リン酸(GTP)は増殖シグナルのスイッチの役割を持つ】
遺伝子の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)は4種類の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の配列で遺伝情報(タンパク質のアミノ酸配列)を保存しています。アデニンとグアニンはプリン塩基と言います。
アデニン(Adenine)グアニン(Guanine)にリボースが結合したものがアデノシン(Adenosine)グアノシン(Guanosine)になります(下図)。

アデノシンにリン酸基が1個ついたのがアデノシン1リン酸(Adenosine monophosphate:AMP)、リン酸基が2個ついたのがアデノシン2リン酸(Adenosine diphosphate:ADP)、リン酸基が3個ついたのがアデノシン3リン酸(adenosine triphosphate:ATP)になります。
ATPは2個の高エネルギーリン酸結合を利用して、リン酸1分子が離れたり結合したりすることで、エネルギーの放出と貯蔵を行い、細胞内での物質の合成や輸送、筋肉運動など様々な生命活動のエネルギーとして利用されています。

図:食物の分解(異化)によって生成されるエネルギー(①)を使ってADPにリン酸を結合させてATPが合成される(②)。ATPが加水分解されてリン酸を放出する過程でエネルギーが産生され(③)、生命活動(筋肉の収縮、能動輸送、物質合成などに使用される(④)。細胞はADPを再利用してATPを再合成している。ATPは瞬時に使用され、ATP ⇆ ADP + りん酸という回路反応を繰り返し、ADPは1日に1000回以上使い回されていてATPに再合成されている。1日に再合成されるATP量は数十kgになる。

一方、グアノシンもリボースに結合したリン酸基の数によって、グアノシン1リン酸(GMP)、グアノシン2リン酸(GDP)グアノシン3リン酸(GTP)が作られます。
ATP が細胞内でのエネルギー通貨として使われるのに対して、GTP は主として細胞内シグナル伝達やタンパク質の機能の調節に用いられます。


【GTP結合タンパク質は細胞内シグナル伝達系のスイッチとして働く】
細胞内におけるシグナル伝達においてGTP結合タンパク質(Gタンパク質)が重要な役割を担っています。
GTP結合タンパク質(Gタンパク質)は内在性のGTP加水分解(GTPase)活性をもつタンパク質の総称で、この内、低分子量Gタンパク質群(Ras, Rho,など)は分子量が2万~3万のタンパク質で、これまで100種類以上報告されています。RasやRhoはがん遺伝子として知られています。
Gタンパク質はGTP結合型(on)/GDP結合型(off)として細胞内シグナル伝達に関与しています。
すなわち、Gタンパク質はGDP結合不活性型とGTP結合活性型の間をサイクル(GTPaseサイクル)することにより、細胞外からの情報を細胞内に伝達します。
RASは21kDaの分子量の単量体GTPaseです。RASサブファミリーの代表はHRASKRASNRASの3つです。HRASとKRASはラット肉腫ウイルスから分離され、NRASはヒト神経芽細胞腫から分離されました。
RASは細胞外のさまざまな刺激、例えばチロシンキナーゼ受容体やサイトカイン受容体やカルシウムチャネルなどの刺激を受けてGDPが結合した不活性の状態からGTPに結合した活性化の状態に移行します。このGDP/GTP交換反応を促進するのがGEF(guanine-nucleotide exchange factors)です。
またGTPに結合したRASは内在性のGTPaseによりGDP結合型に戻りますが、この反応を促進するのがGTPase-activating proteins(GAP)です。
活性化したGTP結合型のRASは幅広い下流のターゲット(effectors)と相互作用をし、下流のシグナルを活性化します。
そのeffectorとして細胞増殖や生存を促進するRAFキナーゼPI-3 キナーゼなど多数のシグナル伝達系が知られています。がん細胞ではRasタンパク質の変異によって、GTPが結合した状態の活性型が持続して、細胞の増殖や運動や生存が促進されています

図:(左)正常細胞では、低分子量GTP結合タンパク質のRasは、細胞外のさまざまな刺激を受けてGDP/GTP交換反応を促進するGEF(guanine-nucleotide exchange factors)の作用によって(①)、GDPが結合した不活性の状態からGTPに結合した活性化の状態に移行し(②)、シグナル伝達の下流に位置するエフェクターを活性化し、細胞増殖やアポトーシスや遺伝子発現を制御する(③)。GTPに結合したRasは内在性のGTPaseによりGDP結合型に戻るが、この反応はGTPase-activating proteins(GAP)で促進される(④)。
(右)がん細胞では、Rasタンパク質は変異し(Ras*)、スイッチが常時オンの状態になっている(⑤)。GAPによるGTPの分解もできない(⑥)。活性化したGTP結合型のRasは下流のターゲット(エフェクター)と相互作用をし、下流のシグナル伝達系を活性化する(⑦)。そのエフェクターとして細胞増殖や生存を促進するRAFキナーゼ(RAF/MEK/ERK経路)やPI-3 キナーゼ(PI3K/AKT/mTORC1経路)など多数のシグナル伝達系が知られている。その結果、がん細胞ではRasタンパク質の変異によって、GTPが結合した状態の活性型が持続して、細胞の増殖と生存が促進されている。

【GTP結合タンパク質の活性化にはタンパク質のプレニル化が必要】
4種類の塩基からなるDNAが転写されてメッセンジャーRNA(mRNA)となり、20種類のアミノ酸からなるタンパクやペプチドへと翻訳されます。多くのタンパクやペプチドはさらに様々な化学修飾を受けます。これは翻訳後修飾と呼ばれ、タンパクやペプチドの機能発現のスイッチの役割を果たす動的な制御機構であり、様々なアミノ酸上で様々な翻訳後修飾の様式が明らかとなっています。
例えば、リン酸化糖鎖付加S-S結合の形成の他にメチル化プレニル化などの化学修飾や、酵素による切断などが知られています(下図)。

図:DNA上の遺伝子からRNAポリメラーゼや転写因子の働きによってmRNAが生成される過程を転写という(①)。mRNAの情報に基づき、アミノ酸が順番に結合してタンパク質が生成されることを翻訳という(②)。翻訳後のポリペプチド鎖は3次元的に折り畳まれる(③)。多くのタンパク質はさらに、リン酸化、糖鎖付加、脂質付加、アセチル化、メチル化などの翻訳後修飾を受けることによって機能を持つようになる。

プレニル化反応(Prenylation)とは、疎水性のプレニル基を付加する反応のことです。
プレニル基とは、炭素数5のイソプレン単位で構成される構造単位の総称で、各プレニル基にはイソプレン単位数によって下の表のような呼び名がついています。 

RasやRhoなどの低分子量Gタンパク質は、そのほとんどでC末端から4番目のアミノ酸残基がシステインであり、このシステインにファルネシル基やゲラニルゲラニル基などの脂肪酸が結合しており、この脂質修飾により細胞膜に直接結合できると考えられています。
すなわち、低分子量Gタンパク質はイソプレニル化(ファルネシル基やゲラニルゲラニル基の結合)を受けた後に細胞膜に移行し、GTP結合型(on)/GDP結合型(off)としてGDP結合不活性型とGTP結合活性型の間をサイクル(GTPaseサイクル)することにより、細胞外からの情報を細胞内に伝達します。

図:タンパク質にファルネシル基やゲラニルゲラニル基が結合すると細胞膜と結合できるようになる。

KRASは、上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナル伝達経路において重要な役割を担うタンパク質です。そのシグナル伝達経路は複雑なカスケードを構成し、がんの発生と進行に関与しています。特に、膵臓がんのほとんどでKRAS遺伝子の変異による異常活性化が認められていますKRASはファルネシル化を受けて細胞膜に結合することによって機能を果たすことができます。

図:低分子量Gタンパク質の一種のKRASは、GDP結合型が不活性型で(①)、上皮成長因子受容体などからの刺激を受けてGTP結合型となって活性化され(②)、エフェクタータンパク質に作用して情報を伝達し、細胞の増殖や転移を亢進し、アポトーシス(細胞死)に抵抗性になる(③)。KRASが細胞膜の脂質に接着するときにファルネシル基と結合する必要があり、これができないとKRASは活性化できない(④)。

【スタチンはメバロン酸経路でのイソプレノイド生成を低下してGTP結合タンパク質の活性を阻害する】
膵臓がんではKRAS遺伝子の変異が高頻度に起こっています。大腸がんや肺がんなど他の多くのがんでも、RASやRhoなどの低分子量GTP結合タンパク質の遺伝子変異による活性化が起こっています。
がん患者のKRAS遺伝子に異常がある場合、EGFRからのシグナル伝達を阻害するセツキシマブ(商品名:アービタックス)などの薬剤を投与しても、下流のKRAS遺伝子から細胞増殖のシグナルが出続けているため、EGFR阻害剤では腫瘍細胞の増殖を抑制できません。
変異したKRASの活性を直接阻害する薬はまだ成功していません。
そこで、低分子量Gタンパク質の活性化を阻害する方法として、イソプレニル化の阻害が注目されています。高コレステロール血症治療薬のスタチンがイソプレノイド生成を阻害して低分子量Gタンパク質の活性化を阻害することができます。
スタチンは肝臓でのコレステロールの合成を抑制する薬です。
コレステロールは、アセチルCoA(グルコースや脂肪酸やグルタミンなどの分解によって生成される)から生成されるメバロン酸(Mevalonic acid)を経て生合成されます。
この生合成経路をメバロン酸経路と言い、この経路の律速酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA還元酵素(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase ;HMG-CoA還元酵素)を阻害すると肝臓でのコレステロール生合成を抑制することができるため、多くのHMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され高脂血症治療薬として臨床で使われています。
このようなHMG-CoA還元酵素の働きを阻害することによって血液中のコレステロ-ル値を低下させる薬(HMG-CoA還元酵素阻害剤)の総称をスタチン(Statin)といいます。
 

図:スタチンは肝臓においてヒドロキシメチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)からメバロン酸に変換するHMG-CoA還元酵素を阻害することによってコレステロール合成を抑制する。

最初のスタチンであるメバスタチンは1973年に青カビの一種から発見され、それ以降、様々な種類のスタチンが開発され、高コレステロール血症の治療薬として世界各国で使用されています。近年の大規模臨床試験により、スタチンは高脂血症患者での心筋梗塞や脳血管障害の発症リスクを低下させる効果があることが明らかにされています。
スタチンのHMG-CoA還元酵素に対する親和性(affinity)は本来の基質であるHMG-CoAの1000倍以上であるため、HMG-CoA還元酵素を強力に阻害します。
メバロン酸はコレステロールの合成に必要なだけでなく、GTP結合タンパク質(Gタンパク質)のイソプレニル化に必要な物質(geranylpyrophophateやfarnesylpyrophosphate)を作ります。(下図)

図:ヒドロキシメチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)からメバロン酸に変換するHMG-CoA還元酵素を阻害すると、コレステロール合成の抑制だけでなく、増殖を促進するG結合タンパク質の活性化に必要なファルネシル基やゲラニルゲラニル基の産生ができなくなる。Gタンパク質のイソプレニル化が阻害されるとがん細胞の増殖が抑制される。

前述のように、低分子量Gタンパク質(Ras, Rho,など)はイソプレニル化を受けた後に細胞膜に移行し、GTP結合型(on)/GDP結合型(off)として細胞内シグナル伝達に関与しています。低分子量Gタンパク質はそのほとんどでC末端から4番目のアミノ酸残基がシステインであり、ファルネシル基やゲラニルゲラニル基などのイソプレノイドが結合し、この脂質修飾により、細胞膜に直接結合できると考えられています。
HMG-CoA還元酵素を阻害してイソプレノイド生成が低下すると、低分子量Gタンパク質の活性が低下して、増殖活性が低下します。
つまり、イソプレノイドはRasなどの低分子Gタンパク質が細胞膜の脂質に接着するときに必要が生体分子で、それができないと活性化できないので、がん細胞の増殖が抑制されることになります。

図:低分子量Gタンパク質の一種のKRASは、GDP結合型が不活性型で(①)、上皮成長因子受容体などからの刺激を受けてGTP結合型となって活性化され(②)、エフェクタータンパク質に作用して情報を伝達し、細胞の増殖や転移を亢進し、アポトーシス(細胞死)に抵抗性になる(③)。HMG-CoAからメバロン酸経路で産生されるファルネシル基(④)はKRASが細胞膜の脂質に接着するときに必要で、これができないとKRASは活性化できない(⑤)。HMG-CoAからメバロン酸を合成するHMG-CoA還元酵素の阻害剤であるスタチンはファルネシル基の産生を阻害することによってKRASの活性化を阻害する(⑥)。

【スタチンは膵臓がん患者の生存率を高める】
スタチンが膵臓がんを含めて多くのがんの死亡率を減らすことは多くの研究で示されています。膵臓がん患者の延命にも有効であることが示されています。以下のような論文があります。 

The association of statin use after cancer diagnosis with survival in pancreatic cancer patients: a SEER-medicare analysis.(膵臓がん患者におけるがん診断後のスタチン使用と生存率の関連;SEER-メディケアの解析)PLoS One. 2015 Apr 1;10(4):e0121783.

メディケア(Medicare)は米国の高齢者および障害者向け公的医療保険制度で、連邦政府が管轄している社会保険プログラムです。アメリカ合衆国に合法的に5年以上居住している65歳以上のすべての人が給付の対象となっています。
SEERは「Surveillance, Epidemiology, and End Results(サーべイランス・疫学・最終結果)」のことです。この論文では、メディケアの患者を対象にしたがん登録データ(SEER-Medicare)のデータを使って、7813人の高齢の膵臓がん患者を解析しています。
その結果、全ての膵臓がん患者を対象にした場合は、がん診断後のスタチン使用と生存率との間には関連は認めませんでした(ハザード比 = 0.94, 95%信頼区間: 0.89 - 1.01)。しかし、ステージIとIIの膵臓がん患者を対象にした場合は、がん診断後のスタチン使用は死亡率の21%の低下が認められました(ハザード比 = 0.79, 95% 信頼区間: 0.67 - 0.93)。腫瘍摘出手術を受けた膵臓がん患者でも、がん診断後のスタチン使用は同様の生存率の改善が認められました。
この論文の結論は「比較的早期あるいは切除可能が膵臓がん患者において、がん診断後のスタチン使用は生存率を高める」となっています。
この研究では、がん診断前にはスタチンを使用しておらず、がん診断後にスタチンを服用すると膵臓がん患者の生存率を高めることを示しています。ただし、統計的に有意な生存率の改善がみられたのはステージIかIIあるいは切除可能の比較的早期の膵臓がん患者さんでした。
ステージIII以上や切除できない局所進行がんでは、平均余命が半年から1年くらいという状況ですので、スタチンによる統計的有意な生存率改善を得るほどにはスタチンの抗腫瘍効果は強くないということかもしれません。
しかし、進行した膵臓がんでも生存期間を延ばす目的でスタチンを服用するメリットはあると思います。以下のような報告もあります。

Influence of Statins and Cholesterol on Mortality Among Patients With Pancreatic Cancer.(膵臓がん患者における死亡率に対するスタチンとコレステロールの影響)J Natl Cancer Inst. 2016 Dec 31;109(5). 

【要旨】
研究の背景:スタチンと膵管腺がん患者の生存率の向上との関連が最近の研究で示唆されている。しかし、スタチンとコレステロールと生存との関係は不明である。
方法:2006年から2014年までの地域統合医療システムにおける2142名の膵管腺がん患者を対象に後ろ向きコホート研究を行った。 薬局の記録を使って、スタチンの種類や投与期間や投与量を解析した。
死亡率に対するシンバスタチン、ロバスタチン、アトルバスタチン、プラバスタチンおよびロスバスタチンの影響を評価した。さらに、診断前の様々な時期で測定された低密度リポタンパク質(LDL)コレステロールが生存に独立した影響を有するかどうかを評価した。コレステロールがスタチンと死亡との間の関係を仲介しているかどうかを調べるために、さらなる分析を行った。
結果:いかなるスタチンの使用(ハザード比 = 0.87,95%信頼区間= 0.79-0.97)およびベースラインのスタチンの使用(ハザード比 = 0.88,95%信頼区間 = 0.79-0.98)はいずれも死亡リスクの低下と関連していた。個々のスタチンを評価すると、シンバスタチン(HR = 0.87,95%CI = 0.77~0.98)およびアトルバスタチン(HR = 0.58,95%CI = 0.46~0.72)の死亡率の低下が認められた。コレステロールは死亡率と関連がなく、スタチンと生存との間の関係を媒介しなかった。
結論:コレステロールレベルよりスタチンの使用は、膵臓がん患者の死亡リスクの低下と関連していた。スタチン類は、脂質に依存しない機構を介して生存を改善すると思われる。

スタチンによる抗腫瘍効果は薬剤の種類によって異なる可能性があります。つまり、スタチンには水溶性のものと脂溶性のものがあり、がん細胞に対する効果を期待するには脂溶性のものを使う必要があるようです。

水溶性スタチンは肝臓細胞膜に存在する有機アニオン輸送担体によって細胞内に取り込まれるので、肝細胞に選択的に取り込まれます。
脂溶性スタチンは細胞膜透過性が良いので、あらゆる臓器・組織の細胞内へ移行し得えます。

つまり、肝臓におけるコレステロール産生を抑制する目的では、他の細胞に影響が少ない点で水溶性スタチンの方が良いのですが、がん細胞に取り込まれて、メバロン酸経路を阻害して増殖抑制効果を期待するには脂溶性のものである必要があるようです。

スタチンの中で最も脂溶性の高いのがシンバスタチン(simvastatin)で、乳がんの患者さんがシンバスタチンを服用すると再発率が顕著に低下することが報告されています(548話参照)。

アトルバスタチンも脂溶性です。
スタチンでメバロン酸経路を阻害すると体内でのCoQ10の産生が阻害されるので、CoQ10をサプリメントで補うのが良いと思います。

【ヒストン脱アセチル化酵素の阻害はスタチンの抗がん作用を増強する】
スタチンによってイソプレノイドの産生を阻害するだけでは十分な抗腫瘍効果は得られません。スタチンの抗腫瘍効果を高める工夫も必要です。ヒストン脱アセチル化酵素の阻害がスタチンの抗がん作用を増強することが報告されています。以下のような報告があります。

Inhibiting HDAC1 Enhances the Anti-Cancer Effects of Statins through Downregulation of GGTase-Iβ Expression(ヒストン脱アセチル化酵素1の阻害は、GGTase-Iβ発現の抑制によってスタチンの抗がん効果が増強される)Int J Mol Sci. 2017 May; 18(5): 1010.

【要旨】
ヒドロキシメチル・グルタリル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素阻害剤、すなわちスタチンは、潜在的な抗腫瘍剤である。これまで、我々は汎ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤がHMG-CoA阻害剤の抗腫瘍効果を増強することを示した。しかし、そのメカニズムは完全に理解されていない。
がん細胞株(CAL-27およびSACC-83)を汎HDAC阻害剤またはHDAC1阻害剤またはゲラニルゲラニルトランスフェラーゼI型(GGTase-1)阻害剤単独、またはスタチンとの組み合わせで投与し、細胞生存率、アポトーシス、遊走および浸潤をそれぞれ評価した。
インビボでの腫瘍増殖を評価するために異種移植モデルを使用した。ウエスタンブロットおよびリアルタイムPCRを用いて遺伝子の発現を評価した。
HDAC1の阻害がインビトロおよびインビボの両方でスタチンの抗腫瘍効果を増強することを観察した。 HDAC1の阻害は、スタチンによるゲラニルゲラニルトランスフェラーゼIβサブユニット(GGTase-Iβ)の発現亢進を阻止し、スタチンの抗癌効果の増強をもたらした。
GGTアーゼ-Iβの過剰発現または恒常的に活性化したRhoAは、HDAC阻害によるスタチンの抗腫瘍効果増強を阻止した。
正常細胞に対しては、HDAC1阻害剤は、スタチンによる細胞傷害性を増強できなかった。 HDAC1の阻害は、GGTase-Iβ発現の抑制と、RhoAのさらなる活性抑制によってスタチンの抗腫瘍効果を増強した。
HDAC1阻害剤またはGGTase-1阻害剤とスタチンとの併用は、がん化学療法の新しい戦略になる可能性がある

タンパク質のプレニル化は、プレニル基がタンパク質のC末端のシステイン残基に結合することによって起こります。細胞内でのプレニル化にはプレニル基転移酵素が関与します。
ファルネシルトランスフェラーゼゲラニルゲラニルトランスフェラーゼIは両方とも2つのサブユニットからなり、αサブユニットは共通していますが、βサブユニットの相同性は25%です。
この論文でゲラニルゲラニルトランスフェラーゼIβサブユニット(GGTase-Iβ)の発現というのは、ゲラニルゲラニル基を転移するゲラニルゲラニルトランスフェラーゼI(GGTase-I)の発現を意味します。
スタチンでイソプレノイドの産生を阻害すると、がん細胞は、イソプレノイドの結合を促進するゲラニルゲラニルトランスフェラーゼI(GGTase-I)の発現亢進によって代償しようとします。このスタチンによるGGTase-Iの発現亢進をヒストン脱アセチル化酵素1の阻害剤で阻止できるという報告です。
ヒストン脱アセチル化酵素1の阻害に関しては475話476話495話で解説しています。
ヒストン脱アセチル化酵素のクラスIとIIを阻害する方法として、β-ヒドロキシ酪酸(ケトン食で体内で産生される内因性のヒストン脱アセチル化酵素阻害剤)、オーラノフィン(リュウマチの治療薬)、L-カルニチンアセチル-L-カルニチンジインドリルメタン酪酸(水溶性食物繊維の腸内発酵によって産生)、抗てんかん薬のバルプロ酸ナトリウム(デパケン、セレニカなど)などが利用できます。これに分化誘導作用があるビタミンD3レチノイドを加えるという治療法も考えられます。またCOX-2の活性化を阻害するcelecoxibも抗腫瘍効果を高めます(下図)。 

図:ヒストン脱アセチル化酵素によってヒストンのアセチル化が低下するとクロマチンが凝集して遺伝子転写活性は抑制される(①)。ケトン食で産生されるβ-ヒドロキシ酪酸、サプリメントのジインドリルメタン、L-カルニチン、医薬品のオーラノフィン、バルプロ酸はヒストン脱アセチル化酵素を阻害してヒストン・アセチル化を亢進する(②)。グルコースや脂肪酸の分解で産生されるアセチルCoAやアセチル-L-カルニチンはアセチル基を供給してヒストン・アセチル化を亢進する(③)。ヒストン・アセチル化によってクロマチンが緩むと遺伝子転写活性が亢進する(④)。その結果、がん抑制遺伝子の発現亢進などによってがん細胞の増殖抑制、アポトーシス誘導、浸潤・転移の抑制が起こる(⑤)。一方、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現も亢進され、COX-2はがん細胞の増殖促進に作用する(⑥)。COX-2阻害剤のセレコキシブ(セレコックス)を併用することによってCOX-2活性を阻害できる(⑦)。ヒストン・アセチル化が亢進した状況で分化誘導剤のレチノイド(イソトレチノインなど)とビタミンD3を併用すると、がん細胞の分化を誘導できる(⑧)。

【メトホルミンとスタチンの併用は抗腫瘍効果を高める】
糖尿病治療薬のメトホルミンAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化します。
AMPKは人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン・スレオニンキナーゼ(セリン・スレオニンリン酸化酵素)の一種で、代謝物感知タンパク質キナーゼファミリー(metabolite-sensing protein kinase family)のメンバーとして細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。
AMPKはAMPで活性化されるタンパクリン酸化酵素で、低グルコース、低酸素、虚血のような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、AMPの増加に反応して活性化されます。
AMPKは細胞内エネルギー(ATP)減少を感知して活性化し、異化の亢進(ATP産生の促進)と同化の抑制(ATP消費の抑制)を誘導し、ATPのレベルを回復させる効果があります。
AMPKの活性化ががん細胞の増殖を抑制する効果があることは、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっています。AMPKは細胞増殖の制御に関連する幾つかのたんぱく質の活性に影響します。
AMPKは脂肪酸やコレステロールの合成に必要なacetyl-CoA carboxylase (ACC)とHMG-CoA還元酵素(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase)の活性を阻害します。
ACCの阻害によって脂肪酸の合成が阻害されると増殖が抑制されます。脂肪酸合成酵素やアセチルCoAカルボキシラーゼなど脂肪酸やコレステロールの合成に関与する酵素の活性ががん細胞では高くなっています。細胞を増やすのに必要だからです。したがって、脂肪酸の合成を阻害することはがん細胞の増殖を抑制できます。
HMG-CoA還元酵素は、コレステロールやイソプレノイドを合成するメバロン酸経路の律速酵素の一つで、この酵素の阻害剤はスタチン (Statin)として知られ、コレステロール降下剤として広く用いられています。
AMPKはスタチンと同じようにHMG-CoA還元酵素を阻害して、メバロン酸の合成を阻害します。メバロン酸はコレステロールの合成に必要なだけでなく、糖たんぱくの合成や、GTP結合タンパク質(Gタンパク質)のイソプレニル化に必要な物質(geranylpyrophophateやfarnesylpyrophosphate)を作ります。したがって、メバロン酸経路が阻害されると、がん細胞の増殖は抑えられことになります。

 

図:ヒドロキシメチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)からメバロン酸に変換するHMG-CoA還元酵素を阻害すると、コレステロール合成の抑制だけでなく、がん細胞の増殖を抑える効果も得られる。一方、HMG-CoAはHMG-CoAリアーゼによってアセト酢酸に変換される。AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はHMG-CoAの活性を阻害するので、AMPKを活性化するメトホルミンもHMG-CoA還元酵素の作用を阻害する。スタチンやメトホルミンによってHMG-CoA還元酵素を阻害することは、直接的な抗腫瘍作用の他に、糖質制限やケトン食を行っているときは、HMG-CoAからケトン体の合成へ向う経路を亢進することによって抗腫瘍効果を示す可能性が示唆される。メトホルミンによって活性化されるAMPKは脂肪酸合成を阻害してがん細胞の増殖を阻害する効果もある。


HMG-CoA還元酵素を阻害するとHMG-CoAはケトン体合成の経路に振り向けられることになります。ケトン食を実践している最中で、メトホルミンとHMG-CoA還元酵素阻害剤のスタチンを服用するとケトン体の量が増えるようです。

メトホルミンとスタチンの併用は極めてポピュラーです。スタチンは世界で最も売上高の高い薬で、世界中でスタチンの処方されている患者は4000万人以上、スタチン全体の薬代として世界中で1年間に3兆円以上が使われているということです。
メトホルミンは薬価が安いので、売上額は上位に行きませんが、恐らく最も多くの患者に処方されている薬と言われています。
日本ではあまり使用されない傾向にありますが、米国と欧州の糖尿病学会では、メトホルミンを2型糖尿病の第一選択薬に指定しています。そして、米国では、糖尿病患者に多く合併する高脂血症の治療にスタチンを処方することを推奨しています。したがって、メトホルミンとスタチンの併用は糖尿病患者の多くに使用されています。

そこで、スタチンとメトホルミンの併用ががんの発生率にどのような影響があるかという臨床試験も行われています。5000人以上の糖尿病患者を対象に平均5年間追跡調査し、前立腺がんの発生率を比較した臨床試験では、スタチンとメトホルミンの併用投与により、どちらも投与しないグループに比較して前立腺がんの発生率は32%に低下したことが報告されています。(Diabetes Care 35(5): 1002-7, 2012)

ケトン体を多く産生させると、食事療法だけでがんを縮小できることが臨床試験で示されています。ケトン食療法メトホルミンスタチンを併用すると理論的には抗腫瘍効果を高めることができそうです。
さらに、ヒストン脱アセチル化酵素を阻害するオーラノフィン、ジインドリルメタン、アセチル-L-カルニチンの併用も有効です。
メトホルミンによる乳酸アシドーシスの予防にジクロロ酢酸ナトリウムの併用も、副作用軽減と抗腫瘍効果増強に有効です。
以上をまとめると、ケトン食を実践し、スタチン、メトホルミン、オーラノフィン、アセチル-L-カルニチン、ジインドリルメタン(+ジクロロ酢酸)を併用すると、Ras やRhoなどの低分子量Gタンパク質の活性を低下させ、さらにその他のメカニズムで、がん細胞の増殖を抑える効果が期待できます。
ケトン食だけでは抗腫瘍効果に限界がありますが、このような治療法を併用することによって、抗がん剤治療の効果を高めたり、抗がん剤を併用しなくても腫瘍が縮小する症例を多く経験しています。副作用はほとんど経験しない(メトホルミンとオーラノフィンは下痢を起こしやすい)ので、試してみる価値はあります。 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 618)膵臓がん... 620)膵臓がん... »