がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
90)水滞(水毒)の漢方治療
図:体内に存在する水分のうち、細胞外かつ血管外に存在する細胞間液が増えると浮腫やむくみとなる。
体内に過剰な水分が溜ると、舌体が肥大して歯形(歯痕)が著明になり、白く厚い舌苔がつくようになり、利水薬を使う漢方的指標になる。
90)水滞(水毒)の漢方治療
【体内の水分の分布】
年齢や性によって若干異なりますが、健康成人の体重の約60%が体液(水分)で占められています。その体液の2/3(体重の約40%)が細胞内に、残りの1/3(体重の約20%)が細胞外にあって、それぞれ細胞内液および細胞外液と呼ばれています(左図)。
細胞外液はいろいろな物質を溶かしながら細胞を取り囲んで細胞内環境を決定する溶媒として働き、生命の維持に基本的な役割を果たしています。この細胞外液のうちの1/4(体重の約5%)が血管内を流れる血漿量に相当し、残りの3/4(体重の約15%)が細胞間液として存在します。浮腫とは、細胞外液のうち間質にある細胞間液が増えた状態です。
水分量や水分の体内分布が過剰になったり欠乏したりしないように恒常性を維持する調節機構が働いています。細胞外液はその浸透圧と溶液量の2つの調節機構によって調整されています。
【水滞(水毒)とは】
体液・各種の分泌物なども含めて体内の水分のすべてを漢方では「水(すい)」と表現しています。中医学では、血液以外の細胞内液・組織液・分泌液など生理的な液体成分を「津液(しんえき)」、病的なものを痰飲・水腫・湿などと区別しています。痰飲(たんいん)とは病的状態における非生理的な体液を意味し、「痰」は粘稠なもので、「飲」はさらさらしてうすいものという区別があります。
水が偏在した状態を水滞(すいたい)あるいは水毒(すいどく)といいます。水滞は、水分の吸収・排泄・配分・循環などの水分代謝障害により、組織間や消化管内に液体成分が異常に停滞している病態を指します。
水(体液)は気・血の量とその循環が健全に保たれていれば滞ることはありません。しかし、攻撃的な治療やがんの進展などによる生体機能の障害により気血の異常(気虚・血虚・気滞・お血)や、心臓や腎臓や肝臓などの臓器機能の異常が起こると水の停滞・偏在を生じます。このように様々な原因が絡み合って水滞を引き起こし、発生した水滞がさらに別の異常を生じ、ますます複雑な状態となります。
むくみ・浮腫は組織間の水分貯留であり、水分吸収の障害による消化管内の水分貯留では悪心・嘔吐・下痢などの胃腸症状が発生し、めまい・鼻汁・喀痰なども水滞の症状です。胸水・腹水などの水の貯留も水滞の症候になります。
胃内に水分が停滞している時には、胃部(心下部)または臍周囲に振水音(軽く叩くとチャプチャプと水の音が聞こえる)が聞かれます。これを胃部振水音あるいは胃内停水とよび、多くは胃壁の緊張が低下(胃アトニーという)し胃下垂傾向の虚証の患者に見られます。胃内停水は、茯苓・朮・沢瀉・人参・生姜・半夏などの利水薬や健脾薬を配剤した処方を用いる目標(証)になります。
舌が腫れぼったく厚い苔があれば体内に余分な水分(痰飲)が存在することを意味し、利水薬を使う指標になります。舌が腫れぼったくなると、舌の辺縁に歯形(歯痕)がみられます(右図)
【水分代謝を調節する利水薬】
体の水腫・むくみを取ることを利水といいます。常用される利水薬として、茯苓・猪苓・沢瀉・白朮・蒼朮・防已・よく苡仁・黄耆・麻黄などがあります。
茯苓(ぶくりょう)は消化管機能を高める効能を持ち、消化吸収機能の低下(脾虚)に伴う水分停滞に広く用いられます。
猪苓(ちょれい)は茯苓と効能が似ていますが、茯苓より利尿作用が強く補益性がありません。茯苓も猪苓もサルノコシカケ科のキノコであり、その多糖成分には免疫賦活作用を介した抗腫瘍作用が知られています。中国では猪苓の多糖成分が免疫を高める注射薬としてがん治療に用いられています。
沢瀉(たくしゃ)は利水と清熱作用(抗炎症作用)を持つので主に熱証(炎症や熱がある状態)に使用されます。
白朮(びゃくじゅつ)は補気健脾作用(胃腸機能を高めて元気を増す作用)を持つ利水薬であり、食欲不振・泥状や水様の便・疲労倦怠・疲れやすいなどの症候を改善し、消化吸収の補助として配合されます。
蒼朮(そうじゅつ)は白朮ほどの補益性はありませんが、利水作用が強く、消化管内や組織中に水分が停滞して消化吸収機能が低下している場合に使用します。
防已(ぼうい)に含まれるアルカロイドのシノメニン(sinomenine)には強い鎮痛作用や抗炎症・抗アレルギー作用があります。
よく苡仁(よくいにん)には消化吸収を強め、下痢を改善する効果があり、抗がん作用も持っています。
黄耆(おうぎ)は病気全般に対する抵抗力を高める効果があり、多糖類成分に免疫能増強作用が報告されています。利尿・止汗作用があり、寝汗や浮腫を治すために使用され、肌の水分を除去するための利水の生薬として用いられます。毛細血管拡張作用があり、体表の新陳代謝や血液循環を促進し、皮膚の栄養状態を改善して肉芽の形成を促進する効果があります。
麻黄(まおう)はエフェドリンを含み交感神経興奮作用や中枢興奮作用をもち新陳代謝を高め、浮腫・水腫あるいは滲出物などを軽減する作用ももっています。
【利水剤の使い方】
水滞は、血漿内に取り込まれて循環すべき体液が消化管内や組織間に停滞した状態ですから、それを改善する漢方薬は、利水薬(消化管内や組織間の余剰水分を血中に引き込む生薬)に加えて、病気の状態に応じて、健脾薬(消化吸収機能を高める生薬)、理気薬(気の巡りを良くする生薬)、駆お血薬(血液循環を改善する生薬)、補陽薬(冷えをとって新陳代謝を高める生薬)などで構成されます。
利水剤の基本は猪苓・沢瀉・茯苓・白朮(または蒼朮)の4つの利水薬から構成される四苓湯(しれいとう)です。猪苓・沢瀉・茯苓・朮はいずれも組織間・消化管内の水分を血中に吸収する効果をもつので、下痢にも浮腫にも有効です。
四苓湯に桂皮を加えたものが五苓散(ごれいさん)です。桂皮は血行促進に働いて利水の効果を補助します。五苓散は、浮腫や水様性下痢・悪心・嘔吐・頭痛・めまいなどに広く用いられます。五苓散の使用目標(証)の基本は口渇・尿量減少・浮腫です。口渇が発生するのは消化管内や組織間などのいわゆるサードスペースに水分が停滞貯留し、細胞外液の浸透圧が上昇するため、口渇中枢が刺激されるためです。このような状態では水分を補給しても解決にはならず、サードスペースに停滞貯留した水分を血中に引き込むような薬が必要になります。
五苓散は急性の下痢や浮腫には根本的治療剤になり得ますが、慢性的な下痢や浮腫の場合には消化吸収機能自体の低下(脾胃気虚)があるため、脾胃気虚を改善しなければ根本的治療にはなりません。四苓湯も五苓散も消化吸収機能を補う作用(補気健脾作用)は弱いので、慢性のものには根治にはならず、単に対症療法の方剤と考えるべきです。柴苓湯(小柴胡湯+五苓散)や胃苓湯(平胃散+五苓散)のように原因に対する治療方剤を合方したり、状態に応じて他の方剤を併用します。
頻尿・残尿感・排尿痛・血尿などの排尿障害のある場合には猪苓湯(ちょれいとう)を用います。膀胱炎、排尿痛などの炎症性で出血の症候のあるとき、あるいは慢性膀胱炎とでも称すべき泌尿器系の異常による自覚症状の改善に有効です。抗がん剤による薬剤性膀胱炎や血尿などの副作用にも有効です。猪苓湯を用いる状態では、尿路出血などが慢性化し、血虚を伴いやすく、顔色が悪い・皮膚がカサカサしているような場合には四物湯と合方した猪苓湯合四物湯(ちょれいとうごうしもつとう)が用いられます。
半夏・生姜・茯苓の組み合わせの小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)は悪心・嘔吐に著効があります。半夏は止嘔作用が強く、胃部のつかえを軽減するため嘔吐を改善するために配合されます。生姜は半夏の刺激性を緩和し制吐作用を強め、さらに茯苓は胃腸の消化吸収機能を増強し、胃内の水分停滞(溜飲)を除き水様の嘔吐を改善します。
小半夏加茯苓湯に陳皮と甘草をくわえたものが二陳湯(にちんとう)で、胃内の水分停滞をとり悪心・嘔吐・胃酸過多を治す効果があり、さらに痰の生成を抑制し、去痰と鎮咳の効果も有します。
二陳湯に人参・朮・大棗の補気健脾薬を加えたものが六君子湯(りっくんしとう)で、胃内に水分が停滞し、胃のもたれ・食欲不振が強い場合に使用します。
また、小半夏加茯苓湯に理気薬(気の巡りを良くする薬)の厚朴と蘇葉を加えたものが半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)で、鬱々とした気分を発散させるとともに、咳を治す作用も加わります。
痰の喀出を促進したり生成を抑制する方剤を化痰剤といいます。二陳湯は化痰剤の基本で、痰が多い状態(痰飲)や胃腸症状を目標として用います。術後の呼吸器感染症には、喀痰の排出を促進し生成を抑制する目的で化痰剤が用いられます。例えば、清肺湯(せいはいとう)は潤性(体に潤いを持たせる性質)の鎮咳・去痰薬(麦門冬・天門冬・貝母・桔梗・杏仁など)が多く含まれているので、粘っこくて切れ難い痰を伴う頑固な咳に適した方剤で、肺がんの肺葉切除症例に用いて術後の喀痰障害(痰を出せない状態)を改善して無気肺(肺に空気が入らない状態)の発生防止に有効という臨床報告がなされています。
消化管機能が停滞して胃に水滞を伴った場合は茯苓飲や胃苓湯が適します。体力低下し水様の下痢が主徴となる時には啓脾湯が用いられます。六君子湯は気虚が基本にあって全身倦怠感や食欲不振が強く、腹部膨満感や下痢などの症状が見られる時に用います。がん患者での食欲不振・下痢や術後の胃腸障害に頻用されます。
立ちくらみやめまいを、漢方では水分の偏在(分布が偏っていること)によると考えます。苓桂朮甘湯(りょうけいじゅっかんとう)は、比較的体力の低下した人で、めまい・体のふらつき(身体動揺感)・たちくらみなどを訴える場合に用います。
その他、気虚による水腫(体力虚弱傾向の人のむくみ)には防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)が用いられ、水滞(体液循環の異常)に血虚(貧血や栄養不良)・お血(血液循環の停滞)を伴う状態には当帰芍薬散を用います。当帰四逆加呉茱萸生姜湯は平素冷え性で体質虚弱な人が、寒冷に伴って血行障害をおこし、下腹部、腰部、手足の末端などの痛み・冷感などを訴える場合に用います。
九味檳榔湯(くみびんろうとう)は利水薬と理気薬・瀉下薬の組み合わせで、腹満や腹の脹った痛み・胸苦しい・排ガスなどを呈する胸や腹部の気滞の症状に用いると非常に効果があります。ただし、本方には瀉下の大黄の配合があるので、便秘傾向を呈する場合によく、軟便など脾気虚(胃腸が弱い状態)の傾向を持つ場合には適しません。
以上のように、がん患者に現れやすい下痢、嘔吐、むくみ、痰、腹水などの症状に対して、西洋医学的な治療の他に、症状や体質に応じた漢方治療をうまく併用すると、症状をさらに改善することができます。(文責:福田一典)
(漢方煎じ薬の解説はこちらへ)
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