841) アッカーマンシア・ムシニフィラの抗がん作用(その2):免疫チェックポイント阻害剤の応答率を高める

図:大腸内には多数の腸内細菌が存在し(①)、その量や組成が免疫チェックポイント阻害剤(②)などの免疫療法の抗腫瘍効果に影響する(③)。腸内細菌叢中にアッカーマンシア・ムシニフィラが多いとチェックポイント阻害剤の応答率を高めることが明らかになっている(④)。

841) アッカーマンシア・ムシニフィラの抗がん作用(その2):免疫チェックポイント阻害剤の応答率を高める

【若い個体の腸内細菌叢を高齢個体に移植すると寿命が延びる】
抗老化治療の研究分野では、腸内細菌叢が重要なターゲットになっています。腸内細菌叢の組成や生態系は加齢とともに変化します。一般に、老化が進むにつれて細菌の多様性が失われ、数種類の細菌種が優勢になり、他の種を圧倒するようになります。このような加齢に伴う腸内細菌の継時的な変化が、老化や寿命に影響することが明らかになっています。
若い個体の腸内細菌叢を高齢個体に移植すると、高齢個体の寿命が延びることが動物実験で報告されています

抗老化や寿命延長の作用をもった薬の探索では、寿命の短い動物実験モデルがあると研究開発の速度を早めることができます。
老化メカニズムの解析やアンチエイジング因子の評価を短期間で行える新たなモデル動物として注目され始めているのがターコイズ・キリフィッシュ(turquoise killifish)という魚です。
ジンバブエとモザンビークでのみ生息しているアフリカ原産のメダカの一種で、アフリカメダカと日本語訳されることもあります。Killifishはメダカという意味です。
Turquoiseはトルコ石のことです。トルコ石は青色から緑色の色を持つ不透明な鉱物です。つまりターコイズ・ブルー(トルコ石の青)の色のメダカという意味です。全長が6cm程度で、観賞魚のような派手な色と模様をしています。(下図)

このターコイズ・キリフィッシュは老化の研究において特別な価値があります。それは、地球上で現在知られている最も短命な脊椎動物だからです
ターコイズ・キリフィッシュは、降水量が少なく不規則な半乾燥地域の池に生息し、乾燥地帯特有の雨季・乾季の気候サイクルを生き延びるために短命化したと考えられています。
卵は乾燥した泥の中で1年間以上休眠状態で生存できます。雨季に発生する小さな池の中で孵化して1ヶ月以内に性成熟して産卵し、その後、短期間に徐々に老化して死に至ります。
雨季の期間が非常に短いため、自然寿命は数か月に制限されています。孵化後の寿命は野生では1〜5か月で、ほとんどは2か月までしか生きられません。飼育下では系統と環境に応じて3〜16か月生きることができますが、飼育下で飼育されている脊椎動物の中で最も短命です。
寿命の実験結果を早く得られるので老化や寿命の研究に最適な実験モデルとして利用されています。

この小さな魚にも腸内に細菌叢が存在し、その多くは人間のものとほぼ同じなので、老化や寿命と腸内細菌叢の関連の研究に使われています。以下のような報告があります。

Regulation of life span by the gut microbiota in the short-lived African turquoise killifish.(短命のアフリカン・ターコイズキリフィッシュにおける腸内微生物叢による寿命の調節)Elife. 2017 Aug 22;6:e27014.

【要旨】
腸内細菌は、生物と外部環境との間に存在し、生理機能の恒常性と病気の発生に関連している。 しかし、宿主の老化における腸内微生物叢との関係は、ほとんど解明されていない。ここでは、天然の短命脊椎動物であるアフリカに生息するターコイズ・キリフィッシュを使用して、腸内微生物叢が脊椎動物の寿命の調節に重要な役割を果たしていることを示す。
若いドナーからの腸内細菌を中年期の個体の腸に再定着させると、寿命が延び、行動の衰退が遅延した
この介入により、宿主の加齢に伴う微生物の多様性の減少が防止され、重要な属である Exiguobacterium、Planococcus、Propionigeniumおよび Psychrobacter 増加によって特徴付けられる、若々しい腸内細菌群集が維持された。
私たちの実験結果は、脊椎動物モデルにおいて、若い個体の腸内細菌叢の移植が寿命延長につながる長期にわたる有益な全身効果を誘発できることを示している

私たちの体に多くの微生物が生息しており、その多くは腸に存在しています。腸内細菌は、私たちの細胞と協力して免疫システムを発達させ、ビタミンを合成し、栄養素の吸収を助け、人間の健康において重要な役割を果たしています。
腸内細菌叢に異常が起こると、場合によっては腸内細菌が感染源となって生命を脅かす病気につながる場合もあります。
健康な人は通常、様々な種類の腸内細菌が生息していますが、健康状態が悪い人や高齢者は、腸内細菌叢の多様性が減少し、病気の原因となる微生物の割合が高くなります

ターコイズ・キリフィッシュは数ヶ月の寿命ですが、加齢にともなって腸内細菌叢の組成が劇的に変化します。人間と同様に、若い個体は非常に多様な腸内細菌叢を構成していますが、年老いた魚は多様性が減少し、病気に関連する細菌が増えています。

前述の研究は、腸内微生物が魚の老化と寿命に影響を及ぼすことを明らかにしています。若い魚の腸にはバクテロイデス、ファーミキューテス、アクチノバクテリアが著しく豊富でしたが、高齢の魚はプロテオバクテリアが優勢でした。

中年魚の腸内に若い魚から移入した腸内細菌が定着すると、年老いた魚はより長く生き、より活発になりました。腸内細菌叢の多様性を維持することが健康状態を良い状態に維持することを示しています。つまり、腸内細菌叢の組成を制御することによって、健康を改善し、寿命を延ばすことができることを示唆しています。

この論文の考察では、若い魚の腸内細菌叢は、炭水化物を発酵させて酪酸などの短鎖脂肪酸を産生する細菌種が多いことを指摘しています。短鎖脂肪酸は抗炎症作用と免疫調節作用があります。またアミノ酸の生成の多い細菌や多価不飽和脂肪酸を産生する細菌も多いことが指摘されています。つまり、免疫系の健康状態を良くし、抗炎症効果をもたらすことができる代謝産物を生成し、宿主に有益な物質を合成することができ、これらの総合的効果によって抗老化と長寿に寄与していると考察しています

【糞便移植が病気の治療に利用されている】
超個体(super-organism)という概念があります。多数の個体から形成され、まるで一つの個体であるかのように振る舞う生物の集団のことです。人間と腸内細菌の関係も超個体の一例だと考えられています。

人間の腸内には約1000種類、100兆個以上の細菌が棲みついており、その重量は1kgを超えるといわれています。私たちの細胞と協力して免疫システムを発達させ、ビタミンを合成し、栄養素の吸収を助け、さらにエネルギー産生にも寄与し、人間の健康において重要な役割を果たしています。
健康な人は様々な種類の腸内細菌が生息していますが、健康状態が悪い人や高齢者は、腸内細菌叢の多様性が減少し、病気の原因となる微生物の割合が高くなります

腸内細菌叢の組成や生態系は加齢とともに変化します。一般に、老化が進むにつれて細菌の多様性が失われ、数種類の細菌種が優勢になり、他の種を圧倒するようになります。このような加齢にともなう腸内細菌の継時的な変化が、老化や寿命に影響することが明らかになっています。

健康な人の便に含まれている腸内細菌を病気の患者に投与する治療法は、糞便移植あるいは腸内細菌叢移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)と呼ばれ、再発性のクロストリディオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)感染症、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患等に対して欧米を中心に行われています。
米国食品医薬品局(FDA)は再発性のクロストリディオイデス・ディフィシル感染症の治療薬として糞便微生物叢製品(Rebyota)を2022年11月に承認しています。対象は、抗菌薬による治療を終えた18歳以上の再発性クロストリディオイデス・ディフィシル感染症患者で、投与方法は、直腸への単回投与です。

抗老化医療においても腸内細菌叢移植の効果が検討されています。哺乳類においても、若い個体の腸内細菌叢を高齢個体に移植すると、高齢個体の寿命が延びることが動物実験で報告されています。(下図)

図:若い個体の糞便を高齢個体に移植すると(①)、糞便移植を受けた高齢個体の体が若返り、寿命が延長する(②)。反対に、高齢個体の糞便を若い個体に移植すると(③)、糞便移植を受けた若い個体の老化が促進され、寿命が短縮する(④)。

どのような腸内細菌が抗老化や寿命延長に有効かが解明されれば、糞便移植(腸内細菌叢移植)を行わなくても、有用細菌を製剤化して内服による治療が可能になります。

一般に若い個体の腸内細菌叢は、炭水化物を発酵させて酪酸などの短鎖脂肪酸を産生する細菌種が多いことが指摘されています。短鎖脂肪酸は抗炎症作用と免疫調節作用があります。
つまり、免疫系の健康状態を良くし、抗炎症効果をもたらすことができる代謝産物を生成し、宿主に有益な物質を合成することができる善玉菌を増やすことが抗老化と長寿に寄与できると考えられています。(下図)

図:大腸内には多数の細菌が生息し、腸内細菌叢を形成している(①)。ウェルシュ菌やクロストリジウム菌などのいわゆる悪玉菌(②)といわれている腐敗菌は、腸内のタンパク質やアミノ酸を腐敗させて発がん物質を産生し、老化やがん発生を促進する(③)。一方ビフィズス菌や乳酸菌や酪酸菌などの善玉菌(④)は、悪玉菌の増殖を抑制し、免疫力増強作用なども有していて、老化と発がんを抑制する(⑤)。その結果、腸内細菌叢の状態が体の老化やがん発生や寿命に影響する。

【アッカーマンシア・ムシニフィラは免疫チェックポイント阻害剤の有効性を高める】
腸内細菌のアッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)については前回(840話)解説しました。
アッカーマンシア・ムシニフィラは腸管細胞から分泌されるムチン(糖タンパク質)を唯一の炭素・窒素源として利用するユニークな特徴を持ちます。
ムチンを分解することによって大腸粘膜のムチンの合成を刺激し、腸粘膜の粘液を増やす作用があります。 さらに、ムチンを有益な副産物に変換することにより、宿主の腸内微生物バランスを維持している可能性が報告されています。

 

腸内のアッカーマンシア・ムシニフィラの量が少ないと、粘膜が薄くなり、腸のバリア機能が弱まり、毒素が宿主に侵入しやすくなります。つまり、宿主の免疫調節に関与するだけでなく、腸上皮細胞の完全性と粘液層の厚さを高め、それによって腸の健康を促進します

免疫チェックポイント阻害剤抗PD-1抗体(オプジーボ)を用いた免疫療法は一部の患者に著効を示しますが、全く効果が認められない患者も多くいます。このような患者間の不均一性には、がん組織のPD-1/PD-L1の発現状態も重要ですが、さらにマウスの実験などから、腸内細菌叢の組成の違いの関与が指摘されています。

抗PD-1抗体治療に対する腸内細菌叢の関与を指摘した3つの論文が、2018年の1月のScienceに連続して報告されました。
まず、最初の論文は、フランス、米国、スウェーデンなどの30の研究部門に所属する48人の研究者が著者になっています。

Gut microbiome influences efficacy of PD-1-based immunotherapy against epithelial tumors.(腸内細菌叢は、上皮性腫瘍に対する PD-1 ベースの免疫療法の有効性に影響を与える)Science. 2018 Jan 5;359(6371):91-97.

この論文では、進行期の肺がん、腎臓がん、膀胱がん患者における抗 PD-1抗体(オプジーボ)による免疫療法の転帰に対する抗生物質の影響を調べました。驚くべきことに、免疫療法の開始前2か月または開始後1か月以内の抗生物質の使用は、生存率の低下と関連していました。著者らは、この関係が腸内環境異常を反映していると仮定しています。

実際、免疫療法前および免疫療法中の腸内微生物叢の定量的メタゲノム分析により、抗 PD-1抗体療法の非応答者と比較して、抗 PD-1抗体療法で効果が認められた患者(応答者)は特定の細菌種、特にアッカーマンシア・ムシニフィラだけでなく、ルミノコッカス属も豊富であることが明らかになりました。

抗 PD-1抗体療法に対する効果と腸内細菌との因果関係は、無菌または抗生物質で処理されたマウスでの糞便微生物叢移植実験を使用して調査されました。 抗 PD-1抗体免疫療法が効いた患者の糞便微生物叢を無菌マウスに移植すると、抗PD-1抗体に対する応答反応が認められました。しかし、免疫療法に反応しなかった患者の糞便細菌を無菌マウスに移植すると、抗PD-1 抗体に対する反応は認められませんでしたが、マウスにアッカーマンシア・ムシニフィラを経口投与すると抗 PD-1 抗体に対する反応を回復することができました

この研究は、一部の患者が抗 PD-1抗体免疫療法に反応しない理由を部分的に説明しています。アッカーマンシア・ムシニフィラの大腸内レベルが有意に増加している患者は、免疫チェックポイント阻害剤 抗PD-1 抗体療法の効果が出やすいことを示唆しています

2番目の論文は米国のテキサス大学 MD アンダーソンがんセンターを主体とする研究グループで20の研究部門に所属する70人の著者からなるかなり大掛かりな研究です。

Gut microbiome modulates response to anti-PD-1 immunotherapy in melanoma patients.(腸内微生物叢は黒色腫患者の抗 PD-1 免疫療法に対する反応を調節する)Science. 2018 Jan 5;359(6371):97-103.

この研究では、抗 PD-1 免疫療法を受けている112人のメラノーマ患者の口腔および腸の細菌叢を調べています。抗 PD-1療法の効果が出た応答者と非応答者の患者の腸内微生物叢の多様性と組成に有意差が観察されました。すなわち、抗 PD-1 療法に反応した患者は、ベースラインで腸内細菌叢の多様性が高いことがわかりました抗 PD-1療法の効果が見られた患者から採取した糞便を無菌マウスに移植すると、このマウスの全身免疫および抗腫瘍免疫が強化されました

3番目の論文は米国イリノイ州のシカゴ大学の研究グループからの報告です。

The commensal microbiome is associated with anti-PD-1 efficacy in metastatic melanoma patients.(共生微生物叢は、転移性黒色腫患者における抗 PD-1 効果と関連している)Science. 2018 Jan 5; 359(6371): 104–108.

この報告では、抗 PD-1免疫療法での治療前の転移性黒色腫患者の便サンプルを分析し、抗PD-1免疫療法に対する臨床反応との関連を解析しています。その結果、共生微生物組成と抗PD-1免疫療法に対する臨床反応との間に有意な関連性が観察されました。

抗 PD-1免疫療法に臨床反応を示した 4 人の転移性黒色腫患者で アッカーマンシア・ムシニフィラの増加が観察されました治療に応答した患者の糞便を無菌マウスに移植すると、腫瘍制御の改善、T細胞応答の増強、および抗PD-L1療法の有効性の向上につながる可能性が示唆されました。つまり、アッカーマンシア・ムシニフィラなどの特定の腸内細菌ががん患者の抗腫瘍免疫に影響を与える可能性を示唆しています。

以上の3つの研究報告は、がん治療における抗 PD-1 抗体と組み合わせた腸内微生物叢の重要性を示しています。無菌マウスを使用してヒト患者の糞便をマウスに移植することにより、腸内細菌叢の役割を実証しました。抗 PD-1 抗体治療に応答しなかった人から腸内細菌叢を移植されたマウスは、応答した人からの腸内細菌叢を移植されたマウスよりも免疫チェックポイント阻害剤療法の効果が低かったのです。
つまり、抗 PD-1 抗体治療のレスポンダー(応答者)の良好な腸内細菌叢が全身および抗腫瘍免疫応答を増強するのに対し、非レスポンダーの腸内細菌叢は宿主の抗腫瘍免疫応答の障害を引き起こしていることを示唆しています。(下図)

図:免疫チエックポイント阻害剤の抗PD-1抗体を投与すると、抗腫瘍効果が認められるレスポンダー(応答者)と効果が見られない非レスポンダー(非応答者)が存在する。無菌マウスに患者の糞便を移植し、がん組織を移植し、抗PD-1抗体で治療を行うと、非レスポンダーからの糞便を移植されたマウスと比べて、レスポンダーの糞便を移植されたマウスでは、腫瘍サイズの縮小率がより大きく、腫瘍組織内の活性化Tリンパ球の数が多かった。

超一流の学術雑誌のScienceに独立した3つの研究グループから、「腸内細菌叢ががん患者の免疫チェックポイント遮断療法に対する反応に大きな影響を与える」という内容の3つの論文が連続して掲載されたのは、その研究結果のインパクトの大きさを示唆しており、多くの研究者の注目を集めています。

これらの研究からアッカーマンシア・ムシニフィラの重要性が明らかになっています。この3つの論文の腸内細菌と抗PD-1治療に対する応答性を解析したデータをまとめて解析した論文があります。この論文は米国のフロリダ大学医学部からの報告です。

Microbiota and cancer immunotherapy: in search of microbial signals(微生物叢とがん免疫療法:微生物シグナルの探索)Gut. 2019 Mar; 68(3): 385–388.

この報告では、抗PD-1治療に対する応答者(レスポンダー)においてより多くのアッカーマンシア・ムシニフィラのシグナルがあったと結論つけました
これらの結果は、選択的微生物叢移植における重要なプロバイオティクスの 1 つとして アッカーマンシア・ムシニフィラアと組み合わせたがん免疫療法が、近い将来、患者により良い臨床結果をもたらすことが期待されることを示しています

臨床効果や毒性に対する感受性など、化学療法、放射線療法、免疫療法に対するがん患者の治療反応において、腸内微生物叢が重要な役割を果たしていることを示す証拠が増えています。このような魅力的な発見は、腸内微生物叢を操作して抗がん治療の効果を高める可能性を示唆しています。

Microbiota transplantation: Targeting cancer treatment.(微生物叢移植: がん治療をターゲットに)Cancer Lett. 2019 Jun 28;452:144-151.

【酪酸産生菌の補給は免疫チェックポイント阻害剤の効果を高める】
アッカーマンシア・ムシニフィラアと同様に、ビフィズス菌群が免疫チェックポイント阻害剤に対する応答の改善に関連していることも報告されています。さらに、酪酸産生菌ががん患者のチェックポイント阻害剤への反応に影響を与えることが報告されています。以下のような報告があります。

Nivolumab plus ipilimumab with or without live bacterial supplementation in metastatic renal cell carcinoma: a randomized phase 1 trial. (転移性腎細胞がんにおけるニボルマブとイピリムマブと生きた細菌補給の効果:無作為化第1相試験)Nature Medicine. volume 28, pages704–712 (2022)

転移性腎細胞がんで治療歴のない30人の患者(年齢中央値66歳、男性72%)を対象に、免疫チェックポイント阻害剤(ニボルマブ+イピリムマブ)治療群(n=10)と、ニボルマブ+イピリムマブ治療に酪酸菌CBM588を毎日服用した群(n=20)とを比較した臨床試験の結果が報告されています。米国カリフォルニア州のCity of Hope Comprehensive Cancer Centerの研究グループからの報告です。

無増悪生存期間の中央値が免疫チェックポイント阻害剤だけの場合が2.5ヶ月であるのに対して酪酸菌を併用すると12.7ヶ月にかなりの延長を認めています(ハザード比0.15、95%信頼区間0.05-0.47、P  = 0.001)。部分奏効の達成率は、併用療法群の20%(2例)に対し、CBM588上乗せ群では58%(11例)と高い傾向が認められました(P=0.06)。有害事象に両群間で有意差は認められませんでした。

使っている酪酸菌はClostridium butyricum MIYAIRI(CBM)588で、日本では宮入菌として有名な酪酸産生菌です。食物繊維を発酵して短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸など)を産生するプロバイオティクスです。プロバイオティクスが腎細胞がんの免疫療法の効果を増強する可能性を指摘しています。腸内細菌を変化させてがん患者の免疫療法の効果を高められる可能性があることを示しています。

京都大学の研究グループからは、固形がん患者におけるニボルマブまたはペムブロリズマブによる治療への臨床反応と腸内細菌叢の短鎖脂肪酸との関連を指摘する研究結果が報告されています。

Association of Short-Chain Fatty Acids in the Gut Microbiome With Clinical Response to Treatment With Nivolumab or Pembrolizumab in Patients With Solid Cancer Tumors.(固形がん患者におけるニボルマブまたはペムブロリズマブによる治療への臨床反応と腸内細菌叢の短鎖脂肪酸との関連)JAMA Netw Open. 2020 Apr 1;3(4):e202895.

この研究ではプログラム細胞死-1阻害剤(PD-1阻害剤)で治療された固形がん患者の糞便および血漿中の短鎖脂肪酸を解析しています。糞便中の酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸の高値は無増悪生存期間の延長と関連する結果が得られています。

この研究では、糞便中の酪酸の濃度はキノコ類の摂取量が多いほど高いこと、キノコの摂取量と無増悪生存期間の延長が有意に関連する結果が得られています。また、野菜の摂取も短鎖脂肪酸の量を増やしました
キノコや野菜の多い食事が免疫細胞を活性化し、免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法の効き目を高める機序として、短鎖脂肪酸の産生の関与を示唆しています。

以上から、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤やその他の免疫療法を受けるときは、アッカーマンシア・ムシニフィラと酪酸菌を増やすことは有用だと思います
せっかく免疫療法を行うのであれば、腸内細菌叢を味方につけるか敵に回すかで、レスポンダー(治療に応答する人)になるかノンレスポンダー(免疫療法が効かない)になるかが決まるという研究結果は重要です。

がん治療は医師や看護師や薬剤師が行ってくれます。身内や友人も治療に協力してくれるかもしれません。しかし、最も身近でがん治療に協力してくれているのは、自分の腸内に生息している細菌叢であることに気づく必要があります。がんとの戦いに協力してくれるような腸内細菌叢を育てることは重要です。

「がんに克つための腸内細菌叢の育て方」の基本は、水溶性食物繊維の多い野菜海藻と、魚油や微細藻類由来オイルに多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)、ポリフェノールの多いクランベリーブルーベリーを日頃から多く摂取すると、アッカーマンシア・ムシニフィラを増やし、大腸粘膜バリアを強化し、免疫力を高める効果を増強できます。低糖質・高脂肪食でケトン体を増やすケトン食やサプリメントのメラトニンもアッカーマンシア・ムシニフィラを増やす効果があります。
プロバイオティクスとしては乳酸菌やビフィズス菌を補うヨーグルト豆乳ヨーグルト、酪酸菌のミヤBMミヤリサンのサプリメント、アッカーマンシア・ムシニフィラのサプリメントもあります。
医薬品では、糖尿病治療薬のメトホルミンは酪酸菌とアッカーマンシア・ムシニフィラの両方を増やします。糖質の分解を阻害して腸内細菌に餌を供給するアカルボースは酪酸などの短鎖脂肪酸を増やします。

以上の個別の方法については以下のサイトを解説しています。

810)腸内の酪酸を増やすシンバイオティクス:オクラと海藻とヨーグルトと酪酸菌

811)酪酸菌(宮入菌)はチェックポイント阻害剤の効き目を高める

816)ドコサヘキサンエン酸(DHA)はプレバイオティクスか?:DHAは酪酸菌を増やす

822) 発酵豆乳(豆乳ヨーグルト)はトリプル・ネガティブ乳がんの増殖を抑制する

831)糖質の吸収を阻害するアカルボースはがんを予防し、寿命を延ばす

 

 

◉ アッカーマンシア・ムシニフィラの詳細は以下のサイトで解説しています。

http://www.f-gtc.or.jp/Akkermansia/Akkermansia_muciniphila.html

アッカーマンシア・ムシニフィラは食品(水溶性食物繊維、ポリフェノール類、ドコサヘキサエン酸)、メラトニン、メトホルミン、ケトン食(βヒドロキシ酪酸)などで増やすことができます。
さらにアッカーマンシア・ムシニフィラのプロバイオティクスも米国で販売されています。

がん治療において腸内細菌叢の改善は副作用の軽減と抗腫瘍効果の増強に有効であることが、最近の多くの研究で明らかになっています。具合的には、乳酸菌、酪酸菌、アッカーマンシア・ムシニフィラを増やし、悪玉菌(腐敗菌)を減らし、粘液産生を増やして粘膜バリアを強化し、酪酸などの短鎖脂肪酸を増やすことが目標になります。

以下の製品は米国のPendulum社が販売しているアッカーマンシア・ムシニフィラのプロバイオティクスです。
1カプセルに、Akkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ)を1億個と、水溶性食物繊維のイヌリン435mgを含有します。1個(30カプセル入り)を8000円(税込)で処方しています。
使用(処方)に関するご質問などはメール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でお問い合わせ下さい。

 

アッカーマンシア・ムシニフィラのプロバイオティクスは日本では医薬品でもサプリメントとしても承認されていません。当院では、米国でサプリメントとして販売されている製品を、薬監証明を取得して、厚労省の許可を得て輸入し、処方薬として治療目的で使用しています。

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