623)抗がん剤による自然治癒力の低下と漢方治療

図:小腸の主たる機能は栄養素の吸収であり、内腔側には粘膜が突出した絨毛を形成して表面積を広げている(①)。小腸粘膜上皮は幹細胞の分裂によって1週間以内に新たな細胞に置き換わっている。したがって、抗がん剤によって小腸粘膜の上皮の幹細胞の増殖が阻害されると、細胞回転が速い小腸粘膜は絨毛の消失により粘膜の平坦化が起こる(②)。消化管は皮膚・呼吸器と同様に外界と直接接し、生体のバリアーとしての機能も重要な役割を担っている。体内の形質細胞(抗体を産生する細胞)の70〜80% が腸管粘膜固有層に位置しているといわれ、二量体 IgA 抗体を多量に分泌し、腸管表面で分泌型 IgA(sIgA)として生体防御を担っている(③)。sIgA産生の他に、杯細胞は粘液のムチンを産生し、パネート細胞はαデフェンシンやリゾチームを産生して、病原菌の侵入を防ぐ腸管粘膜バリアーを形成している(④)。抗がん剤治療は腸管粘膜バリアーを破壊する。小腸の食物の消化吸収能と生体のバリアーとしての機能が障害されると(⑤)、生体は栄養状態が悪化し、病原菌が侵入しやすくなる(⑥)。その結果、抗がん剤治療は体力と免疫力を低下し、感染症を発症しやすくする(⑦)。

623)抗がん剤による自然治癒力の低下と漢方治療

【終末期の抗がん剤治療が増えている】
死が迫った末期がん患者に対する抗がん剤治療の実施が増えていることが世界的に問題になっています。
米国からの報告では、転移性の進行がん患者の15%以上が、死亡する2週間前に抗がん剤治療を受けていることが報告されています。(J Clin Oncol. 2004 Jan 15;22(2):315-21.)
米国では、肺がん患者の43%が死亡する30日前以降に抗がん剤治療を受けており、20%の患者は死亡する14日前以降に抗がん剤治療を受けていたという結果が報告されています。(Oncologist. 2006 Nov-Dec;11(10):1095-9.)
イタリアの研究では、進行がん患者の23%が死亡する30日以内に抗がん剤治療を受けているという報告があります。(Tumori. 2007 Sep-Oct;93(5):417-22.)
韓国のソウル国立大学病院からの報告では、最後の化学療法から死亡までの期間は、2002年の66.0日から2012年の34.0日に有意に短縮されました。死亡する前1ヶ月間に集中治療室で治療を受けた患者の割合は、2002年の1.8%から2012年の19.9%に増加しました。また、死亡する前1ヶ月間に救急外来で治療を受けた数も2002年の22.8%から2012年の74.8%に増加しました。(Cancer Res Treat. 2015 Oct;47(4):555-63.)
台湾国民健康保険データベース(いわゆる台湾医療ビッグデータ)を用いた、2009年1月1日から2011年12月31日に緩和化学療法を受けた転移性がん患者49,920人を対象にした解析では、終末期(死亡2〜6か月前)に抗がん剤治療を受けると集中治療室への1回以上の入院をした患者が31.3%でした。抗がん剤治療を受けていない群では集中治療室への入院は6.5%です。(Oncologist. 2016 Jun;21(6):771-7.)(詳細は611話参照)

【がん治療の副作用で亡くなる患者も多い】
がんで死んだのか、抗がん剤の副作用で死んだのか」ということが議論されます。
終末期(概ね死亡するまでの半年間)の抗がん剤治療を受けずにホスピスや自宅などで穏やかに死を迎えた場合はがんで死んだと言えます。しかし、死の間際まで抗がん剤治療を受け、集中治療室で死んだ場合は、抗がん剤の副作用で死んだと考えるのが妥当です
抗がん剤の副作用ががん患者の死に関与したと考えられる症例はかなり多いと思われます。
死亡する1ヶ月以内という終末期の静脈注射による強い抗がん剤治療は延命効果が全くなく、むしろ患者の寿命を短くするということが多くの研究で明らかになっています
しかし、死亡する1ヶ月前以降に抗がん剤治療を受けている患者さんが2割から4割もいると言うことはなぜでしょうか。
それは、がん患者さんがいつ死ぬかは誰も判らないからです。
患者さんを助けようと懸命に強い抗がん剤治療を実施すると、副作用で集中治療室で治療を受ける結果になり、結果的に抗がん剤の副作用によって寿命を短縮しているというだけのことです。

有効性が曖昧ながん治療は結果論で議論される状況であり、抗がん剤治療を受けて良かったかどうかは、結果でしか判りません。誰も結果は予測できません。 

【西洋医学は生体防御力や自然治癒力に目を向けない】
このような状況が起こっているのは、西洋医学のがん治療は「がん組織」だけを治療の対象にして、患者さんの体力や抵抗力や生命力に対する配慮が無いからです。
白血球数が3000以上あれば、抗がん剤を投与できると単純に考えています。しかし、白血球の数は骨髄の機能の一つの指標にしか過ぎません。抗がん剤治療を長期に受けていると、栄養状態が悪化し、体力や抵抗力(生体防御力)や回復力(自然治癒力)が低下し、さらに心臓や肝臓や腎臓などの臓器や組織の働きも低下します。
体はぎりぎりまで頑張って、生命力を維持しようとしますが、その頑張りにも限界があります。その限界が来ると、状態が急速に悪化し、集中治療室での治療が必要な状況になります。抗がん剤による白血球減少は顆粒球コロニー形成刺激因子製剤(G-CSF製剤)で改善できますが、G-CSF製剤は白血球を増やしても、栄養状態や体力や治癒力を改善できません。
西洋医学は体に備わった自然治癒力や生体防御力や体力に対する配慮も治療法も無いのが、抗がん剤治療の最も重大な欠点だと思います。
体には病原菌やがん細胞に対する抵抗力や免疫力が備わっており、これを「生体防御力」と言います。手術や抗がん剤投与、精神的ストレス、栄養不全などが重なると生体防御力は低下していきます。
生体防御力がある一定のレベルを超えて低下すると、もはやがんの進展を抑えることも、感染症を防ぐことも、生命を維持することもできなくなります。
がん患者さんの死因の40%以上は、がんそのものによるものではなく、がん治療の副作用や栄養不良による抵抗力の低下によるものだと言われています。
栄養状態を良くし、体力や生体防御力を高めることは、がんの進展を阻止し、さらに治療に伴う副作用を軽減し、感染症を予防し、治療効果を高めることができるため、延命につながるのです。 

図:生体防御能は20歳台をピークにして、老化に伴って生理的に低下する。身体的侵襲や精神的ストレスにより防御力は低下するが、復元力(回復力)により回復する。適切な対処により生体防御力を高めることもできる。生体防御力への配慮なく手術や抗がん剤などによりがんの攻撃ばかり行っていると、防御力のレベルの低下によりがんの急速な進展や日和見感染などが原因となって死亡する。生体防御力を高めることによってがん患者の延命を計ることは可能である。

【自然治癒力は生命力そのもの】
機械が故障した場合には、人が修理をしないかぎり自然に直ることはありません。部品が壊れると新しい部品に替えなければなりません。しかし人間を含めて生命体といわれるものは、体の異常が起こってもそれを正常に回復させ、古くなった細胞や組織があれば自ら新しいものに替えていく仕組みが備わっています。
動植物が死ぬと腐っていきます。これは生命体を構成している物質が分解してばらばらに無秩序になっていくためです。しかし、生きているときは、体を構成する物質はばらばらになることはなく、全ての臓器や組織の機能は秩序を保って働きます。
胃腸や心臓や神経など体を構成する全てのシステムは、食物や情報を取り入れ、不要なものを排泄し、傷ついた組織を修復し、老化して古くなった細胞を再生することによって、体の構造と機能の秩序を形成することで生命体を維持しています。
生命力というのは「体の秩序を自ら作り出す力」であり、これが体の「自然治癒力」といわれるものです。この自然治癒力(=生命力)の有無が機械と生命体の違いといえます
私たちの体の中では、何らかの理由で常にがん細胞のような異常細胞が発生していますが、免疫力が適切に維持されている限り、それが増殖する前に排除されています。免疫が正常である限り、私たちの体の中では、「治療など一切受けずに、常にガンが治っている」状況にあるのです。
怪我や骨折をしても体の再生力が働いてもとの状態に回復する仕組みが備わっていますし、ホルモンや自律神経の働きによって体の機能を絶えず一定に保つ仕組みも備わっています。
このような具体例を並べなくても、全ての生物が医学という力を借りずに太古の昔から連綿と種を維持し続けて来たという事実だけでも、自然治癒力の存在を証明するのに十分なはずです。

【自然治癒力を作り出す4つの柱】
生命体と機械の違いは、自分で異常(故障)を治すことができるかどうか、すなわち体の秩序を自ら作り出す力(自然治癒力)の有無にあります。
体を健康な状態に維持するためには、体の機能のバランスや秩序を正常に保ち(恒常性維持(こうじょうせいいじ))、病原菌などの外界からの異物の侵入に抵抗して体を守り(生体防御)、体内で発生する活性酸素や外から入ってくる毒物を排除し(抗酸化・解毒)、傷ついたり古くなった細胞を修復したり新しいものに交換する(修復・再生)仕組みを十分に働かせなければなりません。本来体に備わったこのような体の仕組みが自然治癒力の柱となっています。

(1)恒常性維持機能が体の状態を一定に保つ
体の外部環境の変化、あるいは体内の生理機能のバランスの乱れに対して、身体の状態を常に一定に保とうとする働きが体には備わっており、これを恒常性維持機能といいます。
例えば、外気の温度が40℃を超えていても、マイナス10℃であっても、体は熱の放散と生成を調節することによって体温が著しく上がったり下がったりすることはありません。また、水を飲みすぎても、多量の汗をかいても、尿の量を調節するホルモンの作用によって、体内の水分量は常に一定に保たれます。
運動によって酸素の消費量が増えれば、心臓の脈拍は早くなって血液循環を促進します。このような恒常性維持機能は、主に自律神経内分泌(ホルモン)の働きによって調節されています。

(2)生体防御機能が内外からの敵を排除する
外界からの病源菌や異物の侵入を防いで体を保全する抵抗力が体には備わっています。病原菌が鼻や口から体に侵入しようとしても、鼻や気道の粘膜には細菌を溶かす酵素(リゾチーム)やIgAという免疫グロブリンなどが粘液中にあって、細菌やウイルスの侵入を防いでくれます。
体の中の体液や血液中には、ウイルスの増殖を抑制するインターフェロンや、細菌に穴をあけて殺す補体(ほたい)といわれる蛋白質などの防御物質が多数存在し、さらに好中球マクロファージは異物を取り込んで消化して処理します。
ナチュラル・キラー細胞(NK細胞)は腫瘍細胞やウイルス感染細胞を認識してそのような異常細胞を排除します。
これらの初期防御システムで足りない時は、さらにリンパ球による特異的な免疫応答が始まります。「特異的」という言葉は、病原体や異物の種類に応じて、そのものだけに反応するということであり、異物に対してのみ選択的に攻撃を仕掛けて排除する仕組みが免疫です。
Bリンパ球から産生される抗体は細菌やウイルスを攻撃します。Tリンパ球は、ウイルス感染細胞やがん細胞など、自分の細胞に隠れている異常を発見して、これらの異常細胞を直接攻撃します。 

(3)細胞には活性酸素や毒物の害を防ぐ防御機能が存在する
体内で発生する活性酸素は、細胞や組織を酸化してダメージを与え、老化や病気の発生を促進します。このような活性酸素の害を防ぐ防御機能が体には備わっています。活性酸素を消し去る酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ、カタラーゼ、ペルオキシダーゼなど)、チオレドキシンやグルタチオンなどの抗酸化物質などが、絶えず活性酸素を消去してくれています。このような活性酸素を消去する能力を「抗酸化力」と言います。

グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)などのフェースII(第2相) 解毒酵素と言われる代謝酵素は、様々な発がん物質や有害物質を無毒化する作用があります。

細胞が活性酸素や発がん物質や有害な成分(抗がん剤や放射線も含む)によって攻撃を受けると、これらの活性酸素消去酵素グルタチオンフェースII解毒酵素が細胞内に誘導され(遺伝子発現が増えたり産生量が増える)、細胞を守るシステムが働きます。このような細胞内の防御システムの活性化に中心的な働きを行っているのがNrf2(Nuclear Respiratory Factor 2)という転写因子です。

(4)修復・再生能力が体内で発生する傷を絶えず治している
ねじが緩んでもベルトが擦り切れても、機械は自分勝手にねじを締め直したり新品のベルトに替えることはできません。しかし生命体は、ねじの締まり具合を自分で調節でき、擦り切れたベルトを新品の部品に替えて、常にもとの状態に戻す力が備わっています。
全ての細胞はその核の中にある遺伝子の情報によって秩序だった働きをしています。遺伝子を構成するDNAは、複製時のコピーエラーや活性酸素などによって変異が発生し、がん細胞になる原因となります。しかし、全ての細胞の核の中にはDNAのキズを直ぐに見つけて修復する仕組み(DNA修復酵素など)が備わっているので、がんの発生を防いでくれます。
皮膚に切りキズを受けても、皮膚の細胞が増殖してきてキズを塞いでくれます。胃潰瘍にかかって胃の粘膜にキズができても、粘膜細胞が増殖して治してくれます。ウイルス性肝炎にかかって肝臓の細胞の一部が死んでも、残った細胞が分裂してもとの肝臓の状態に戻してくれます。生き残った細胞が分裂して死んだ細胞や欠損した組織を補う仕組みを「再生」といいます。
このように、体のキズを治す力(創傷治癒力)、細胞の働きの大本である遺伝子の異常を絶えず監視しているDNA修復システム、組織の欠損を補う再生能力が全ての細胞・組織・臓器に備わっており、この自己修復・再生システムの働きによって、体の構成成分を一定にしかも正常な状態に保全することが可能になります。

 

図:がんに対する自然治癒力(抗がん力)を高めるには、体に備わった恒常性維持機能、生体防御機能、抗酸化・解毒機能、修復・再生機能がターゲットになる

【自然治癒力の源は食物からの栄養素】
前述の自然治癒力を構成する恒常性維持機能、生体防御機能、抗酸化・解毒機能、修復・再生機能は、いずれもエネルギー(ATP)が必要で、さらに栄養素が不足しないことが必須条件になります。つまり、自然治癒力を根本から支えるのは食物からの栄養素です。食物から得られるタンパク質、脂肪、炭水化物(糖質)、ビタミン、ミネラルが自然治癒力を維持し増強する源です。
漢方薬は慢性疾患や難病の治療に用いられて、西洋医学で得られない効果を発揮しています。それは、消化吸収機能を高めて栄養状態を改善し、組織の血液循環や新陳代謝を促進して体の自然治癒力を高めるからです。西洋医学には、このような滋養強壮や組織機能の賦活を目指す発想は乏しく、漢方はこれをもっとも重要な治療戦略としています。
約800年前に中国で活躍した名医・李東垣は、胃腸機能の保護を常に強調していたことで知られています。彼は、難病の治療に際して、あれやこれやと薬を投与するよりも、胃腸の消化吸収機能を保ちながら、自然治癒力の回復を待ったほうがよいと、述べています。
作用の強い薬を長期にわたって服用すると、胃腸の機能はしだいに衰え、消化吸収機能が低下し、体の抵抗力も低下してしまいます。病気の原因ばかりに目を向けて、生体の自然治癒力に配慮しない治療では、治る病気も治らなくなることを強調しています。このような考えを基本として、漢方薬には消化吸収機能を高める薬や、体力を回復させる滋養強壮薬が数多く用意されています。
体をつくるのは食物から得られる栄養素であり、自然治癒力の源も栄養素です。食物の摂取と栄養素の消化吸収が十分でなければ、体の治癒力も抵抗力も十分働くことができません。(下図)。

図:体の治癒力の源は食物から得られる栄養物質であり、治癒力や抵抗力を高めるためには、食物からの栄養素の消化吸収、血液や水分の循環、組織の新陳代謝を良い状態にすることが必要。

【消化管は栄養の消化吸収機能と生体防御機能の中心】
摂取した食物を栄養素に分解して体内に吸収する臓器を『消化器』といいます。消化器には、食物の通る管(消化管)と、消化液などを分泌する付属器官(唾液腺・肝臓・胆嚢・膵臓など)があります。

消化管とは口から食道・胃・小腸・大腸とつながる全長約9メートルの中腔の器官で、食物を口から肛門まで輸送しながら、胃・小腸で食物を消化・吸収し、大腸で食物残渣を便にします。

唾液腺・肝臓・胆嚢・膵臓などは、消化液などの分泌物を消化管に送り込んで、栄養素の消化吸収を助けます。小腸から吸収された栄養物質は肝臓に送られて、エネルギー産生や蛋白質などの合成に使われます。

食物の栄養物質を体に同化させ、体を動かすエネルギー源に効率良く変換するためには、これらの多くの臓器や組織が調和をもって正常に働くことが必要です。
体をつくるのは食物から取られる栄養素であり、回復力や治癒力や抵抗力の源も栄養素です。食物の摂取と栄養素の消化吸収が十分でなければ、体の治癒力も抵抗力も十分働くことができません
つまり、自然治癒力を向上・活性化する基本は、消化吸収機能を高めることが必要条件になります。

図:食物は口から肛門まで輸送しながら、胃・小腸で食物を消化し、栄養素を吸収し(①)、大腸で食物残渣を便にする(②)。小腸から吸収された栄養物質は肝臓に送られ(③)、肺で吸入した酸素(O2)を使って(④)、エネルギー産生や蛋白質の合成などの代謝が行なわれる(⑤)。代謝によって産生された老廃物は腎臓から尿中に排泄される(⑥)。食物の栄養物質を体に同化させ、体を動かすエネルギー源に効率良く変換するためには、これらの多くの臓器や組織が調和をもって正常に働くことが必要。

また、消化管粘膜は皮膚や肺と同様に外界と接しており、生体内と外界とのバリアーとしても重要な役割を果たしています
外界と境界をなす消化管粘膜は、常に食物である非自己抗原や多数の細菌などに曝されており、病原体や異物の侵入部位としては最も危険性の高い部位です。
腸管からの病原体や異物の侵入を防ぐために、粘膜内には免疫機能として腸管付属リンパ装置が発達しており、集合リンパ小節であるパイエル板(回腸部の集合リンパ小節)や孤立リンパ小節を備えています。
腸管上皮細胞間にも多数の免疫担当細胞が存在します。
体内の形質細胞の70 ~ 80% が腸管粘膜固有層に集まっているといわれ、二量体 IgA 抗体を多量に分泌し、腸上皮の分泌因子と結合して腸管表面で分泌型 IgA(S - IgA)として生体防御を担っています。

図:消化管は皮膚・呼吸器と同様に外界と直接接し、生体のバリアーとしての機能も有し、腸管粘膜固有層には腸管付属リンパ装置が発達しており(①)、B細胞やT細胞などのリンパ球が集まった集合リンパ小節であるパイエル板(回腸部の集合リンパ小節)や孤立リンパ小節を備えている(②)。腸管上皮細胞間にも多数の免疫担当細胞が存在する(③)。体内の形質細胞(抗体を産生する細胞)の70〜80% が腸管粘膜固有層に位置しているといわれ、二量体 IgA 抗体を多量に分泌し、腸管表面で分泌型 IgA(sIgA)として生体防御を担っている(④)。sIgA産生の他に、杯細胞は粘液のムチンを産生し、パネート細胞はαデフェンシンやリゾチームを産生して、病原菌の侵入を防ぐ腸管粘膜バリアーを形成している(⑤)。

【抗がん剤治療は消化管の機能障害を起こす】

抗がん剤はがん細胞を死滅させる効果ががん治療に利用されますが、同時に正常な細胞をも傷つけてしまう欠点を持っています。
特に細胞分裂を日常的に行っている骨髄細胞腸粘膜上皮リンパ球の障害が顕著であるため、体の自然治癒力に最も重要な栄養吸収と免疫能・生体防御能の低下をきたす事が問題です。

消化された栄養素は小腸の粘膜から吸収されます。吸収する粘膜の面積を増やすため、粘膜の上皮細胞はじゅうたんのようにヒダ状になっておりこれを絨毛(じゅうもう)といいます。
消化管の内腔側に粘膜が突出した絨毛を形成することによって表面積を10 倍以上に広げることができます。その結果、ヒト小腸では200 m2 もの表面積となっています。
胃や大腸を含めた消化管全体では、その表面積は400m2にもおよび、これはテニスコート1面半にも相当します。皮膚で覆われている体表の面積は成人で約1.5~1.8 m2ですので、消化管がどれくらい広いかがよくわかります。

小腸絨毛の粘膜上皮では、幹細胞の分裂・分化により新生した上皮細胞は上方へ向かい、絨毛先端部に達するとアポトーシスを起こして脱落し糞便の一部となります。
その結果、小腸上皮の殆どは 1 週間以内に新たな細胞に入れ替わっています。したがって、抗がん剤で粘膜上皮細胞の分裂・分化が阻害されると、絨毛が平坦化あるいは消失し、粘膜の吸収面積が狭くなるので、消化不良や下痢をおこしやくなります。

図:小腸粘膜上皮は幹細胞の分裂によって1週間以内に新たな細胞に置き換わっている(①)。小腸粘膜は吸収する粘膜の面積を増やすため、粘膜の上皮細胞はじゅうたんのようにヒダ状になっておりこれを絨毛(じゅうもう)と言う(②)。抗がん剤によって小腸粘膜の上皮の幹細胞の増殖が阻害されると、細胞回転が速い小腸粘膜は絨毛の消失により粘膜の平坦化が起こる(③)。その結果、食物の消化管での消化吸収が低下する。

抗がん剤は免疫細胞の増殖を阻害するので、粘膜のリンパ組織が減少し、腸管免疫の機能も低下します。腸管粘膜の上皮がダメージを受け、さらに、腸管粘膜で生体防御に働いている免疫細胞も減少するので、病原性を持った細菌やウイルスや毒物が体内に入りやすくなります。
また、筋層内には脊髄に匹敵するほどのニューロンを有する腸管神経系を持ち交感・副交感神経を介して中枢神経と連携するとともに、粘膜に存在する多種類の神経内分泌細胞とその消化管ホルモンにより、微妙な制御がなされています。神経や消化管ホルモンの分泌がダメージを受けると、胃腸の動きも低下します。
つまり、抗がん剤治療は腸管の消化吸収機能と腸管粘膜バリアーの機能を障害する結果、体力と免疫力を低下し、感染症を発症しやすくするのです(トップの図)。

【消化吸収機能の低下を漢方では脾虚という】
西洋医学では栄養物質の消化吸収機能を、胃・小腸・大腸・肝臓・胆嚢・膵臓など解剖学的に分けて考えますが、漢方医学では栄養物の消化吸収という全体像を統一的にとらえて、「脾(ひ)」という概念で表現します
東洋医学でいう「」は西洋医学の「脾臓(spleen)」とは異なります。
漢方医学でいう「」は主に消化器系の機能を指すとともに、免疫・神経・内分泌なども含めて、食物から栄養物質を取り出し、全身の臓器に輸送して体に同化させる機能やシステムのすべてを意味しています。
脾の機能低下を、脾虚(ひきょ)といいます。胃腸壁の平滑筋の緊張低下(アトニーという)があって、消化管の運動不全や、食物の消化吸収機能の低下、さらに栄養物質の体内での利用が低下した状態で、胃腸虚弱に近い概念です。
脾虚は気・血の生成を低下させるため、体力・気力や栄養状態の低下を引き起こし、生命力自体を低下させることになります
脾虚を改善する作用を健脾(けんぴ)と言います。脾の機能を高める健脾薬(大棗・茯苓・白朮・蒼朮・山薬・蓮肉など)が多くの漢方方剤に加えられていますが、これは、病気に対する抵抗力を高めるためには消化管の機能の正常化が大切という考えに基づいているのです。

図:漢方医学では栄養物の消化吸収という全体像を統一的にとらえて「脾」という概念で表現する。胃で飲食物を受け入れて消化し(①)、小腸で栄養物質とカスを選別し(②)、大腸と膀胱で不要なものを排泄する(③)。栄養物質(精気)を抽出して全身に分布させる働きを脾が行なう。脾の機能低下を「脾虚(ひきょ)」と言う。脾虚は消化管の運動不全や、食物の消化吸収機能の低下、さらに栄養物質の体内での利用が低下した状態を意味する。

【胃腸の働きを整える健脾薬】
脾虚を改善する作用を「健脾(けんぴ)」といい、健脾作用をもつ生薬(健脾薬)を臨床経験の中から集めてきました。健脾薬には大棗(たいそう)・茯苓(ぶくりょう)・蒼朮(そうじゅつ)・白朮(びゃくじゅつ)・山薬(さんやく)・蓮肉(れんにく)などがあり、多くの漢方方剤にこれらが加えられています。
大棗(たいそう)はナツメの果実で、エネルギー源となると同時に、刺激性の強い薬の薬効を緩和する効果をもっています。
茯苓(ぶくりょう)はサルノコシカケ科のきのこの一種で、消化吸収を促進し、消化管内の余分な水分を除く作用や、精神安定に働いて不安感や不眠などの改善にも有効です。
蒼朮(そうじゅつ)はキク科のホソバオケラやシナオケラの根茎で、白朮(びゃくじゅつ)はキク科のオケラ又はオオバナオケラの根茎です。両方とも、消化管内や組織間の水分を血中に吸収して、利尿によって除去する作用(利水作用という)を持っているため、消化管内や組織中に水分が停滞しやすい胃腸虚弱の人の食欲不振や泥状・水様便の改善に使われます。一般に、白朮の方が補気健脾作用が強く、蒼朮は利水作用が主でむくみや疼痛を軽減する作用もあります。

山薬(さんやく)はヤマノイモの根茎で、滋養強壮作用を有し、消化吸収機能を高めて慢性的な下痢を止める作用があります。
蓮肉(れんにく)はハスの果実で、中国では菓子や中華料理の材料としてもよく用いられ、胃腸虚弱による下痢や食欲不振を解消する滋養強壮薬として用いられています。
西洋医学では胃や小腸や肝臓や膵臓などの解剖学的な消化器臓器を別々にとらえ、栄養物の消化吸収という全体像を一つの機能としてとらえていないため、消化吸収機能の低下が及ぼす治癒力や抵抗力への影響を軽視しがちです。
漢方医学では、食物を消化して体に同化させる生体機能の全てを「脾」という概念で代表させることによって、生体防御を全身的に考える基盤としています。

【消化吸収機能を高めて治癒力を高める漢方治療】
抗がん剤治療による消化管障害の副作用を軽減するためには、腸管粘膜上皮細胞の代謝を活性化し、分裂・再生を促進し、ダメージを受けた組織の修復を促進し、粘膜のリンパ組織の機能を高めることが必要になってきます。
このような目的で、前述の健脾薬(大棗(たいそう)・茯苓(ぶくりょう)・蒼朮(そうじゅつ)・白朮(びゃくじゅつ)・山薬(さんやく)・蓮肉(れんにく))の他に以下のような生薬が有用です。
高麗人参(こうらいにんじん):種々のストレスに対する抵抗力や適応能力を高め、消化吸収機能を賦活化し、虚弱体質や疲労が激しいときの食欲増進と滋養強壮に有効です。人参サポニンは蛋白合成を促進し、新陳代謝と免疫能を高めます。血中の免疫グロブリンを増加させ、マクロファージ(体内の異物を細胞内に取り込み消化する食細胞の一つ)や好中球の貪食能を高め、腫瘍患者の免疫監視機能を強化します。

黄耆(おうぎ):多糖類成分には免疫機能増強作用が報告されていて病気全般に対する抵抗力を高める効果があります。新陳代謝や血液循環を促進し、傷の治りを促進する効果もあります。細胞の代謝機能を増強し、血漿中のcAMPを上昇させたり、再生肝におけるDNA合成を促進するなどの作用も報告されています。

黄連(おうれん)・黄柏(おうばく):苦味健胃作用があり、唾液・胃液・膵液・胆汁の分泌を軽度に高め胃腸運動を亢進させる作用から食欲を増進します。黄連と黄柏に含まれるベルベリンは炎症を抑え、下痢を軽減し、ダメージを受けた粘膜上皮細胞の修復を促進します。抗菌作用もあります。

生姜(しょうきょう):ショウガの根茎で、吐き気を抑えて食欲を増進させる効果があります。

陳皮(ちんぴ):みかんの皮で、胃の働きを高め、食べ物の滞りをなくす働きに優れており、食欲不振の治療薬として昔から活用されてきました。食欲を高めるグレリンという消化管ホルモンの分泌を高めることが報告されています(99話参照)。

以上の生薬の他にも、白花蛇舌草など抗炎症作用と抗菌作用を持った生薬は、消化管内の病原菌の増殖を抑え、粘膜の生体防御機能を高める上で役立ちます。
栄養素の同化を高めるためには、補血薬駆お血薬などの併用も有効です。

抗がん剤治療では、腸管粘膜の上皮細胞層が脆弱になるとともに免疫機能も低下するため、腸管感染を起こしやすくなります。腸内感染を起こすと下痢がおこり、さらに栄養の消化吸収が低下して栄養不良になり、さらに消化管の防御機能を低下させるという悪循環を形成します。
このような栄養不良と感染症の悪循環を断ち切ることも重要です。

西洋医学の標準治療には、吐き気を抑制したり、腸の運動を刺激したり抑制したりする薬はあります。しかし、食欲を高めたり、ダメージを受けた腸管粘膜やリンパ組織の回復を促進したり、消化器全体の機能を附活化する作用をもった薬はありません。このような目的では、天然の生薬を用いた漢方治療が極めて有効です。
抗がん剤治療の漢方治療の場合、単に消化吸収機能を高める滋養強壮効果だけでなく、ダメージを受けた粘膜上皮の修復や腸管粘膜のリンパ組織の回復の促進、抗炎症や抗菌作用などを組み合わせることが重要です。

 


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