431)オーラノフィンのIκBキナーゼ阻害作用

図:様々な刺激で活性化されたIκBキナーゼβ(IKKβ)は転写因子のNF-κBを活性化して、がん細胞の増殖や抗がん剤抵抗性を引き起こす。IKKβはFoxO3aをリン酸化して核内移行を阻止することによってFoxO3aの転写活性を阻害する。FoxO3aはがん細胞のアポトーシスを誘導する作用がある。オーラノフィンはIKKβを阻害する作用があるので、NF-κB活性は阻害され、FoxO3a活性は亢進されるので、がん細胞の増殖は停止し、アポトーシスが誘導される。

431)オーラノフィンのIκBキナーゼ阻害作用

【炎症はがん細胞の増殖と生存を促進する】

がん細胞が生存し増殖していくためには、がん細胞に酸素や栄養を与える血管や、生存や増殖を支持する因子を産生する線維芽細胞や炎症細胞の存在が必要です。転移するためには、ケモカインやケモカイン受容体や増殖因子などの働きが必要です。(406話407話参照)

がん組織は、がんの実質細胞である「がん細胞」とそのがん細胞を養う「間質組織」の相互作用によって成り立ちます。間質組織には血管やマクロファージなどの炎症細胞や結合組織を作る線維芽細胞などが存在し、これらの細胞ががん細胞の生存や増殖を維持するために様々な働きを行っています。(下図)

図:がん組織はがん細胞と間質に存在する様々な正常細胞から構成されている。がん細胞だけでは増殖も転移もできない。血管内皮細胞や炎症細胞や線維芽細胞や骨髄由来細胞など様々な細胞ががん細胞の増殖や浸潤や転移に関わっている。

がん細胞は様々なケモカインや増殖因子を分泌して、血管内皮細胞や炎症細胞や線維芽細胞などの間質細胞をがん組織に動員しています。一方、動員された線維芽細胞やマクロファージやリンパ球も様々な因子を産生・分泌してがん細胞の増殖や浸潤や転移を促進しています。
がん細胞は正常な間質細胞を自分の都合の良いように操るハッカー(他人のコンピューターに侵入して制御したり破壊する人)だという考えがあります。がん細胞自身の増殖や生存を維持するために正常細胞を動員してがん細胞の増殖に有利な間質組織を作っています。
正常組織は異物や病原菌の侵入を受けると炎症反応を起こして異物や病原菌を排除し、ダメージを修復すると、炎症反応は収束します。

自己免疫疾患(膠原病)の場合は、免疫系の異常によって自己の成分を自分の免疫細胞が攻撃するため、炎症反応が慢性化し、その結果、組織のダメージが持続し、さらに炎症が悪化するという悪循環を形成しています。
がんは「治ることのない創傷」という考えがあります。がん細胞は正常組織を浸潤してダメージを与え、組織修復と炎症反応が持続し、いつまでたっても収束しない状況です。慢性炎症と同様に、炎症が収束せず、永遠に創傷治癒過程(=炎症反応)が続いている状態と同じということです。

つまり、関節リュウマチのような自己免疫疾患と「がん」には慢性炎症という点で共通点があります。がん組織の間質における慢性炎症状態を正常化すると、あるいはがん細胞と間質細胞の相互作用を断つと、がん細胞の増殖や生存を阻害できる可能性があります。これが、関節リュウマチの薬ががん細胞にも効く理由です。

【薬の再利用(再開発)とオーラノフィン】
新薬開発研究の行き詰まりを打開する方法として,ドラッグ・リポジショニング(Drug Repositioning)あるいはドラッグ・リパーポジング(Drug Repurposing)と呼ばれる方法があります。
「Repositioning」や「Repurposing」というのは、位置や立場(position)や目的や意図(purpose)を新たにする(re-)という意味です。
医薬品の「再利用」や「再開発」という意味です。
ヒトでの安全性や体内動態が既に確認されている既存薬や、ある疾患の治療薬として臨床試験が行われたが有効性が証明できなかった物質を対象にして、これらの物質の新たな薬効を見つけ出し,実用化につなげていこうというのがDrug Repositioning(あるいはDrug Repurposing)という方法です。
新規の開発よりも、開発の費用を減らし期間も短縮できるというメリットがあります。(400話参照)
がん治療の領域では、メトホルミン(糖尿病治療薬)、メベンダゾール(駆虫薬)、セレコックス(COX-2阻害薬)、アルテスネイト(抗マラリア薬)など多数の例があります。
関節リュウマチの治療に使われる金化合物のオーラノフィンも抗がん作用が期待され、米国では臨床試験が行われています。以下のような論文が今月発表されています。

Auranofin: Repurposing an Old Drug for a Golden New Age(オーラノフィン:新たな黄金時代のための古い薬の再利用)Drugs R D (2015) 15:13–20

 【要旨】
新薬の発見と開発と承認には莫大な費用と長い時間を費やすが、失敗する率が極めて高い。薬の再利用(repurposing)というのは、他の疾患の治療に既に認可されている医薬品を別の疾患の治療に利用することであり、新規の薬を発見して開発するよりも、成功する確率が高い。
オーラノフィンは関節リュウマチの薬として認可されている薬であるが、最近では、がん、神経変性疾患、エイズ(HIV感染症)、寄生虫疾患、細菌感染症など多くの疾患の治療への応用が研究されている。
オーラノフィンの主な作用メカニズムは、細胞内の活性酸素種のレベルの制御に必須の酸化還元酵素の阻害である。酸化還元酵素の阻害は、細胞内の酸化ストレスを高め、アポトーシス(細胞死)を引き起こす。
オーラノフィンのように人間での使用が既に認可されている医薬品の他の疾患への臨床応用は、新薬の開発に比べて、迅速で少ない費用で達成できる。

関節リュウマチの治療分野では、多くの新薬の開発によってオーラノフィンの使用は減少しているそうです。しかし、がん、神経変性疾患、エイズ、寄生虫疾患、細菌感染症など多くの疾患に対してオーラノフィンの効果が検討されています。
オーラノフィンの抗がん作用に関しては424話427話429話などで解説しています。
IκBキナーゼ(IKK)を阻害する作用が報告されています。 

【IκBキナーゼはNF-κBを活性化する】
炎症性疾患やがんの治療のターゲットの一つにNF-κBと(エヌエフ・カッパー・ビー、Nuclear Factor-kappa B)いう遺伝子の転写を調節するタンパク質複合体があります。
遺伝子の発現(DNAをmRNAに転写すること)を調節するタンパク質を転写因子と言い、この転写因子はDNA上のプロモーターやエンハンサーといった転写を制御する部分に特異的に結合し、DNAの遺伝情報をmRNAに転写する過程を促進、あるいは逆に抑制する働きを持っています。    
NF-κBは転写因子の一つですが、炎症反応や免疫応答や細胞増殖に関連する多くの遺伝子の発現を調節しており、NF-κBの活性化は様々な炎症性疾患やがんを増悪させることが明らかになっています。
NF-κBはほとんどの細胞に存在しています。
がん細胞では、NF-κBが活性化すると死ににくくなるので抗がん剤に抵抗性になり、増殖や転移が促進されます。さらに、がん細胞や炎症細胞のNF-κB活性が高まると、内皮細胞増殖因子(VEGF)や単球走化因子-1やインターロイキン-8(IL-8)やシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)など、腫瘍血管の新生に関与する蛋白質の産生が増加します。
炎症細胞やがん細胞に、炎症性サイトカン(IL-1, TNF-αなど)や酸化ストレス(放射線や活性酸素など)が作用すると、細胞内でNF-κBが活性化されます。このNF-κBを活性化するタンパク質がIκBキナーゼ(IKK)です。
NF-κBは細胞質に存在し、IκB(Inhibitor of κB)と呼ばれる制御蛋白質と複合体を形成し、不活性型で細胞質に局在しています。
炎症性刺激や酸化ストレスやプロテインキナーゼCなどによりIκBのセリン基をリン酸化するIκBキナーゼ(IKK)が活性化されてIκBをリン酸化し、さらに蛋白分解の目印となるユビキチンが結合し、プロテアソームで分解されます。
IκB が外れるとIκBでマスクされていた核内移行シグナルが露出して、NF-κBは核に移行できるようになります。NF-κBはDNA上のκBモチーフ (GGGACTTTCC) と呼ばれる配列に結合し、目的遺伝子の転写活性化を行います。(図)

NF-κBの活性化を阻止することは、炎症性疾患やがんの治療に有効と考えられています。

 

図:①NF-κBは細胞質に存在し、IκBと呼ばれる制御蛋白質と複合体を形成している。②炎症性サイトカイン(IL-1やTNF-αなど)や細菌由来のリポ多糖や酸化ストレス(放射線や活性酸素など)はIκBキナーゼを活性化してIκBをリン酸化する。③さらにユビキチンが結合してプロテアソームで分解される。④IκBが外れるとNF-κB分子内の核内移行シグナルが露出してNF-κBは核に移行し、目的遺伝子の転写を行う。⑤NF-κBで活性化される遺伝子は炎症やがんの進展と関連するものが多い。⑥その結果、がん細胞の増殖は亢進し、アポトーシスが起こりにくくなって抗がん剤耐性となり、腫瘍血管の新生が促進される。

【転写因子FoxOはがん抑制に関与する】 

転写因子FoxO(Forkhead Box O)はDNA結合ドメインFox(Forkhead box)を持つForkheadファミリーのサブグループ“O”に属する転写因子です。
哺乳類では4種類(FoxO1, FoxO3a, FoxO4, FoxO6)ありショウジョウバエでは1種類(dFOXO)あります。 FoxOはストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、細胞分化、DNA修復、免疫機能、炎症などに関連する多くの遺伝子の発現を促します。

FoxO1とFoxO3aは約650個のアミノ酸からなる蛋白質で、遺伝子のプロモーター領域のTTGTTTACという配列に結合します。
ハエから哺乳類に至る生物において、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系は保存されており、FoxO3aはこのシグナル伝達系の下流に位置しています。
FoxO3aのリン酸化にはリン酸化されるセリンあるいはスレオニンの部位によって、核外に移行して転写活性が阻害される場合と、逆に核内に保持されて転写活性が亢進される場合の2種類があります。
インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FoxO3aをリン酸化します。この場合、リン酸化されたFoxO3aは核外(細胞質)へ移行して分解されるので、FoxO3aの転写活性は抑制されます。(下図)

図:インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FoxO3aをリン酸化する。リン酸化されたFoxO3aは核外(細胞質)へ移行するので、FoxO3aの転写活性は抑制される。FoxO3aの標的遺伝子は細胞増殖を停止させ、がん抑制的に作用するので、FoxO3aの核外への移行(不活性化)はがん細胞の増殖を促進する。

FoxO3aは細胞周期の進行を阻害するタンパク質p27Kip1の発現を促進します。p27Kip1は細胞周期のG0/G1停止を引き起こすサイクリン依存性キナーゼ阻害因子です。
また、FoxO3aはがん細胞のミトコンドリアに作用してアポトーシスを誘導するタンパク質のBimの発現を亢進することが報告されています(326話)。
つまり、FoxO3aの転写活性を高めることはがん細胞をG0/G1期で細胞周期を止め、アポトーシスを誘導することになります。


図:インスリンやインスリン様成長因子-1やその他の増殖因子や成長因子はPI3K/Aktシグナル伝達系を活性化し、AktはFoxO3aをリン酸化して核外に移行させて転写活性を阻害(不活性化)する。FoxO3aはサイクリン依存性キナーゼの阻害因子であるp27Kip1やアポトーシスを誘導するBimの発現を亢進してがん細胞をG0/G1期で停止させ、アポトーシスを誘導する。PI3K/Aktシグナル伝達系の活性阻害は、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導に作用する。
 
【IκBキナーゼはFoxO3を不活性化する】
前述のIκBキナーゼ(IκBをリン酸化してNF-κBを活性化する)がFoxO3aをリン酸化して核外へ移行させて不活性化することが報告されています。以下のような論文があります。
 
IKK-β mediates chemoresistance by sequestering FOXO3; a critical factor for cell survival and death.(IκBキナーゼ-βはFOXO3を不活性化して抗がん剤耐性を引き起こす:細胞の生存と死を制御する重要因子)Cell Signal. 24(6):1361-8, 2012年
 
FoxO3は細胞の生存や死に関与する遺伝子の発現の制御に関わっています。この論文では、シスプラチンに抵抗性の乳がん細胞MDA-MB-231細胞に比べてFoxO3活性がはるかに高い乳がん細胞MCF-7では、シスプラチン感受性が高いことを示しています。すなわち、FoxO3活性がシスプラチン感受性に重要な因子であることを示しています。
MCF-7細胞ではシスプラチンはFoxO3に依存的な作用機序でアポトーシスを誘導しました。
一方、シスプラチンに抵抗性のMDA-MB-231細胞では、シスプラチン投与後にIκBキナーゼ-β(IKK-β)がFoxO3の活性を阻害し、シスプラチン抵抗性を促進しました。
IKK-βはFoxO3と直接に相互作用をして(リン酸化して)細胞質に移行させ、核内での局在を阻害しました。
乳がん細胞におけるシスプラチン抵抗性はIKK-βの活性化とそれによるFoxO3の不活性化(細胞質への排除)によって起こっているという結論です。
したがって、IKK-β活性の阻害は抗がん剤感受性を高める方法として有効だという話です。
IκBキナーゼ(IKK)はIKKαとIKKβとIKKγ(またはNEMO)と呼ばれる調節サブユニットから構成される複合体を形成しています。
様々な炎症性シグナルや増殖シグナルに応答してIKK-αとIKK-βはリン酸されて活性化されます。
IKKβは、TNFαやリポ多糖によるNF-κB活性化に必須です。対照的に、IKKαはIKKβに誘導されたNF-κB活性化を弱める働きをする可能性が指摘されています。
いずれにしても、IKK複合体のうちIKKβのリン酸化は炎症性シグナルに応答して起こり、NF-κBの活性化やFoxO3の不活性化に関与しています。
NF-κBの活性化もFoxO3の不活性化も、ともに増殖を促進しアポトーシスを起こしにくくする作用があります。したがって、IKKβのリン酸化を阻害することは、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導に作用することになります。
 
 
図:①NF-κBはIκBと複合体を形成して細胞質に存在している。②炎症性サイトカイン(IL-1やTNF-αなど)や細菌由来のリポ多糖や酸化ストレス(放射線や活性酸素など)はIκBキナーゼ(IKK)を活性化してIκBをリン酸化する。③リン酸化されたIκBは分解され、フリーになったNF-κBは核内に移行し、目的遺伝子の転写を行う。④FoxO3aは核内に存在するが、IKKによってリン酸化されると核の外に移行する。⑤核外に移行するとFoxO3aによって転写される遺伝子の発現は阻害される。⑥インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktはFoxO3aをリン酸化して核外へ移行させる。NF-κBで転写が促進される遺伝子は炎症やがんの進展と関連するものが多い。FoxO3aによって転写が促進される遺伝子は細胞周期停止やアポトーシス誘導に関連するものが多い、したがって、IκBキナーゼ(IKK)やPI3K/Aktの活性化を抑制することは、がん細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導する方向で作用する。
 
【オーラノフィンはIκBキナーゼを阻害する】
オーラノフィン(Auranofin)は、関節リュウマチの治療に使われる経口金製剤で、炎症反応や免疫異常を抑制する作用があります。
通常、成人にはオーラノフィンとして1 日6mg(本剤2 錠)を朝食後及び夕食後の2 回に分割経口します。
主な副作用は下痢や腹痛や口内炎などの消化器症状が1~5%程度、発疹や掻痒などの皮膚症状が2~3%程度、その他1%以下の頻度で蛋白尿、貧血、浮腫、肝障害などが報告されていますが、比較的副作用の少ない薬です。
最近、オーラノフィンの抗腫瘍効果が注目されており、米国ではがん治療へのオーラノフィンの効果を検討する第2相臨床試験の実施がFDA(食品医薬品局)から承認されています。
今まで報告されたオーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは多様です。
ミトコンドリアのチオレドキシン還元酵素(419話424話)やIL-6/STAT3経路の阻害(427話)やヒストンアセチル化亢進作用(429話)なども報告されています。オーラノフィンがプロテアソームの活性を阻害する作用も報告されています。さらにIκBキナーゼ(IKK)の活性を阻害する作用が多数報告されています。次のような論文があります。
 
Thiol-reactive metal compounds inhibit NF-kappa B activation by blocking I kappa B kinase.(チオール反応性金属化合物がIκBキナーゼを阻害してNF-κB活性化を阻害する)J. Immunol. 164(11):5981-9, 2000年
 
【要旨】
有機金化合物は関節リュウマチの治療に使われている。NF-κBは炎症に関連する遺伝子の発現を制御する転写因子である。
NF-κBにIκBタンパク質が結合することによってNF-κBの活性化は阻害されているが、炎症性シグナルによってIκBキナーゼ(IKK)が活性化されてIκBがリン酸化されて分解されると、フリーになったNF-κBは核内に移行して転写活性を示す。
我々は、LPS(リポポリサッカライド)で刺激したマウス・マクロファージ細胞株RAW264.7を使って、NF-κB活性化に対する種々の金化合物の効果を検討した。
脂溶性金化合物のオーラノフィンは、IKK活性化、IκBの分解を阻害し、LPS誘導性のNF-κB活性化を抑制した。
オーラノフィンはTNFやPMA/イオノマイシンで誘導されるIKK活性化を阻止した。これは、オーラノフィンは多様な炎症性シグナルや増殖シグナルに共通に阻害作用を示すことを示唆している。
In vitro(試験管内)での実験で、IKK活性は親水性金化合物(aurothiomalate, aurothioglucose, AuCl3)によって抑制された。亜鉛や銅のようなチオール反応性の他の金属イオンもin vitroの実験でLPSで活性化されたマクロファージにおいて、IKKの発現誘導とIKK活性を阻害した。
IKKの活性には還元物質の存在が必要で、チオール反応性化合物の添加によって阻害された。
IKKαとIKKβから構成されるIKK複合体の2カ所の活性部位は、これらチオール反応性化合物によって阻害される。これは、IKKの活性部位にはシステインのスルフヒドリル基が存在し、これがIKKの活性に必須であることを示唆している。
関節リュウマチの治療薬として使用される金化合物の抗炎症作用は、金化合物によるチオール基の修飾に依存することが示唆された。
 
細菌由来成分のLPS(リポ多糖)や炎症性サイトカイン(TNFなど)や炎症性サイトカインの産生を刺激するホルボールエステル(PMA; Phorbol 12-myristate 13-acetate)やイオノマイシンなど様々な物質で刺激されたマクロファージはIKKが活性化されてNF-κBが活性化されます。
オーラノフィンはIKKの活性そのものを阻害するので、多様な因子や経路でのNF-κBの活性化に起因する炎症反応の増悪を阻害する薬としてオーラノフィンは有効だと言えます。
 
Gold compound auranofin inhibits IkappaB kinase (IKK) by modifying Cys-179 of IKKbeta subunit.(金化合物オーラノフィンはIKKβサブユニットのシステイン-179を修飾することによってIκBキナーゼを阻害する)Exp Mol Med. 30; 35(2): 61-6. 2003年
 
この論文では、オーラノフィンがIκBキナーゼ(IKK)活性を阻害してNF-κBの活性化を阻害する作用に関して、オーラノフィンがIKKのどこに作用するかを検討しています。
IKKαとIKKβの正常な遺伝子と変異型の遺伝子を導入した細胞を使って、オーラノフィンのIKKに対する作用を検討しています。
IKKβの179番目のシステイン(Cys-179)をアラニンに変換した遺伝子を導入した細胞では、オーラノフィンによるIKKβの阻害が見られなくなりました。
つまり、オーラノフィンはIKKβのCys-179の部分に作用して、炎症性シグナルで誘導されるNF-κBとIKKの活性化を阻害することを示しています。
 
【オーラノフィンはFoxO3aを活性化する】
IKKは転写因子FoxO3aをリン酸化して核外に移行させることによって、FoxO3aの転写活性を阻害することは前述しました。したがって、IKKを阻害するオーラノフィンはFoxO3aを活性化して抗腫瘍作用を示す可能性があります。以下のような論文があります。
 
auranofin displays anticancer activity against ovarian cancer cells through FOXO3 activation independent of p53. (オーラノフィンは卵巣がん細胞においてp53非依存性にFOXO3を活性化することによって抗腫瘍作用を示す)International Journal of Oncology. 2014;45(4):1691-1698.
 
【要旨】
有機金化合物のオーラノフィンはは関節リュウマチの治療薬として広く使用されている。
新規のがん治療薬のスクリーニングによって、p53欠損の卵巣がん細胞株SKOV3細胞に対してオーラノフィンが強力な抗腫瘍活性を持つことを偶然に発見した。しかしながら、卵巣がんに対するオーラノフィンの抗腫瘍作用の分子メカニズムについてはほとんど解明されていない。
本研究では、オーラノフィンが用量依存的かつ時間依存的にSKOV3細胞の増殖と生存を阻害することを示した。
オーラノフィンはSKOV3細胞において、アポトーシスを引き起こすカスパーゼ-3を活性化し、アポトーシス誘導性タンパク質のBaxとBimの量を増やし、アポトーシス抵抗性にするBcl-2タンパク質の量を減少させた。
さらに、オーラノフィンはIκBキナーゼ(IKK)-βの発現量を低下させ、FOXO3の核内局在を促進し、FOXO3のがん抑制作用を増強し、その結果、SKOV3のアポトーシスを誘導した。
一方、FOXO3の活性を阻害するとSKOV3細胞におけるオーラノフィンのアポトーシス誘導作用は阻止された。
これらの結果は、オーラノフィンはFOXO3の活性化することによって、カスパーゼ-3を介するアポトーシスを引き起こすことを示している。
このp53を欠損した卵巣がん細胞でオーラノフィンがアポトーシス誘導性の遺伝子の発現を誘導しアポトーシスを実行させたことは、オーラノフィンは卵巣がんにおいてp53非依存性のメカニズムでアポトーシスを誘導できることを示している。
 
卵巣がんは抗がん剤治療が効きやすいのですが、再発すると抗がん剤抵抗性が問題になります。特にがん抑制遺伝子のp53に変異があると、いろんな治療に抵抗性になります。
この論文では、オーラノフィンがp53とは関係ないメカニズムでFoxO3を活性化して抗腫瘍効果を示すことを報告しています。
オーラノフィンで発現が誘導されるBimはアポトーシスを誘導するタンパク質で、FoxO3aによって発現が誘導されることが他の研究でも報告されています。(326話参照)
 
 
 
 
図:がん細胞において様々な刺激で活性化されたIκBキナーゼβ(IKKβ)はFoxO3aの核内移行を阻止することによってFoxO3aの転写活性を阻害する。FoxO3aはアポトーシス誘導性のBcl-2の発現を阻害し、アポトーシスを誘導するタンパク質(Bax, Bim, Caspase-3など)の発現や活性を高めアポトーシスを誘導する。オーラノフィンはIKKβの活性を阻害する作用によってFoxO3aの転写活性を高めて、がん細胞のアポトーシスを誘導する。
 
【オーラノフィンとビタミンD3とレチノイド】
ビタミンD3とレチノイドはFoxO3aやサイクリン依存性キナーゼ阻害因子のp21Cip1やp27Kip1の発現を亢進します。(371話
がん細胞では、DNAメチル化やヒストン脱アセチル化によるエピジェネティック(epigenetic)な機序によってがん抑制遺伝子などの遺伝子の転写が抑制されています。
オーラノフィンはヒストン・アセチル化を亢進してがん抑制遺伝子の発現を亢進する作用が報告されています(429話参照)。429話では、オーラノフィンがヒストンのアセチル化を亢進する作用によってビタミンDとレチノイドの分化誘導作用を増強することを解説しました。
さらに、オーラノフィンがIKK(IκBキナーゼ)を阻害してFoxO3aの転写活性を亢進するので、この3つの組合せは、FoxO3aと核内ステロイドホルモン受容体を介してがん抑制性に作用すると言えます。
レチノイドとしては難治性ニキビの治療薬のイソトレチノイン(Isotretinoin)があります。イソトレチノイン、IGF-1の産生を減少させる作用や転写因子FoxOを活性化する作用が報告されており、がんの治療に利用する研究が行われています。(361話参照)
イソトレチノンは皮膚の角化を促進する作用があるので、多く服用すると口唇の荒れなどの副作用がでてきます。ビタミンDやオーラノフィンと併用する場合は、このような副作用が出て来ないレベルの少量で分化誘導作用は期待できます。
ビタミンD3は体内で活性化されて1,25(OH)2ビタミンD3(Calcitriol)となって作用し、この活性型への変換はフィードバックで制御されているので、副作用がでることは極めて少なく、安価なサプリメントとして利用できます。(371話
オーラノフィンは関節リュウマチの治療薬で安価です。比較的副作用の少ない安全性の高い薬ですが、重篤な副作用が出る場合もあるので、副作用に十分に注意して使用します。(424話427話参照)
 
【オーラノフィンの抗がん作用を高める方法】
がん治療では、副作用が少ない方法でがん細胞の増殖を抑えることができれば理想の治療法になります。
抗がん剤以外の治療に使用されている既存の薬の抗腫瘍効果を利用した「薬の再開発(Drug repositioning)」の研究で、多くの候補が見つかっています。(400話402話416話参照)
オーラノフィンは関節リュウマチの治療に使用される服用量で、チオレドキシン還元酵素やIL-6/STAT3経路の阻害やヒストンアセチル化亢進作用などの様々な抗がん作用が期待できます。
前述のように、オーラノフィンとビタミンD3とレチノイド(ビタミンA誘導体)のイソトレチノインの併用は、NF-κB活性の阻害とFoxO3aの活性亢進の作用によって、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導の作用を発揮します。
しかし、がん細胞はいろんなメカニズムで増殖抑制とアポトーシス誘導に抵抗しようとします。したがって、さらに抗腫瘍効果を高めるために、他の方法を追加する必要がある場合もあります。
サリドマイドがI-κBキナーゼ活性を抑制してNF-κB活性を阻害する作用が報告されています。(J Biol Chem 276(25): 22382-7, 2001年)
NF-κB/IL-6/STAT3経路を阻害するジインドリルメタン、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の活性を阻害するセレコキシブ(celecoxib)の併用も有効です。(428話参照)
アルコールを全く飲まなければ、オーラノフィンとの相乗効果が報告されているジスルフィラムの併用が有効です(419話)。
ジスルフィラムに関しては、進行した肺がんの抗がん剤治療に併用して、生存期間を延長する効果が今月の論文で報告されています。
 
A Phase IIb Trial Assessing the Addition of Disulfiram to Chemotherapy for the Treatment of Metastatic Non-Small Cell Lung Cancer.(転移している非小細胞性肺がんの抗がん剤治療にジスルフィラの併用の効果を検討する第IIb相試験)Oncologist. 2015 Mar 16. pii: theoncologist.2014-0424. [Epub ahead of print]
 
これは多施設のランダム化二重盲検試験で転移を有するステージ4の進行肺がん患者40例を対象に無作為に2群に分け、抗がん剤(シスプラチン+ビノレルビン)のみと抗がん剤+ジスルフィラム(40mg x 3 /日)の群で比較しています。
無増悪生存期間の中央値が抗がん剤のみが4.9ヶ月、ジスルフィラム併用群が5.9ヶ月、全生存期間の中央値が抗がん剤のみが7.1ヶ月に対してジスルフィラム併用群では10.0ヶ月でした。
抗がん剤単独群では24ヶ月以内に全ての患者は死亡していますが、ジスルフィラム併用群では20%の患者が3年以上の長期生存を認めています。
ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素を阻害する薬で、この酵素はがん幹細胞で過剰に発現していることが報告されており、がん幹細胞のマーカーとしても使用されています。アルデヒドは細胞に毒なので、アルデヒドを無毒化する酵素が多く発現しているのかもしせん。アルデヒド脱水素酵素の阻害はがん幹細胞を死滅させやすくするので、抗がん剤の効き目を高めるものと考えられます。
抗がん剤を使わなくても、オーラノフィンなどとの併用で抗腫瘍効果を高めることができると考えられます。
また、低用量の抗がん剤を使ったメトロノミック・ケモテラピー397話)とオーラノフィンを併用すると抗がん作用を強めることができます。
低用量のメソトレキセートとシクロフォスファミドを併用したメトロノミック・ケモテラピーの有効性が報告されていますが、この2つも関節リュウマチの治療に使われています。
以上の薬はそれぞれ1ヶ月分が数千円(オーラノフィン、ビタミンD3、イソトレチノイン、ジインドリルメタン、メソトレキセート、シクロフォスファミド)から1~4万円程度(ジスルフィラム、セレコックス、サリドマイト)と比較的安価です。他に治療法が無くなった場合の代替医療として試してみる価値はあるかもしれません。
 
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