750)Nrf2を阻害するがん治療

図:酸化ストレスと小胞体ストレスはNrf2をリン酸化して活性化する(①)。リン酸化したNrf2は遺伝子の抗酸化剤応答配列(ARE: antioxidant response element)に結合して(②)、抗酸化酵素や分子シャペロンの遺伝子の発現を亢進してストレス応答を亢進する(③)。増殖シグナルは解糖系やペントース・リン酸経路の酵素の発現を亢進して同化反応を亢進する(④)。メトホルミンと2-デオキシグルコース(2-DG)はNrf2の活性化を阻害する(⑤)。発酵小麦胚芽エキスは解糖系とペントースリン酸経路を阻害する(⑥)。イベルメクチンはPAK1阻害作用によって増殖シグナルを抑制する(⑦)。ストレス応答と同化反応を同時に阻害するとがん細胞は死滅しやすくなる。

750)Nrf2を阻害するがん治療

【細胞はストレスがかかるとストレス応答が活性化する】
がん組織における栄養飢餓(低グルコース)や虚血や低酸素は酸化ストレス小胞体ストレスを亢進し、それに対してがん細胞はストレス応答を亢進して抵抗性を高めます。
すなわち、抗酸化システム小胞体ストレス応答を亢進し、異常タンパク質をプロテアソームで分解するオートファジーを亢進して抗がん剤などによる細胞死に対する抵抗性を高めます。

細胞は弱いストレスを受けると、ストレス耐性を獲得することが知られています。たとえば、脳組織を30分間虚血にすると虚血の部分の神経組織は、タンパク質の変性が起こって死滅します。しかし、この実験の2日前に5分間だけ虚血にすると、30分間の虚血に対する細胞死に対する耐性を獲得します。つまり、弱いストレスを事前に与えると、細胞はストレスタンパク質が作って蓄積しているので、強いストレスに耐性を獲得するのです。

がん細胞は、このような細胞に備わったストレス応答を利用して、抗がん剤や放射線治療に対する抵抗性を獲得しています。そして、がん組織における抗がん剤耐性のメカニズムをターゲットにすれば、多くの抗がん剤治療の効き目を高めることができます。(下図)

図:がん組織は栄養飢餓や虚血や低酸素によって(①)、酸化ストレスや小胞体ストレスが亢進し(②)、それに対して、抗酸化システムや小胞体ストレス応答やタンパク質分解(オートファジー)によってストレス応答を亢進している(③)。その結果、がん細胞は抗がん剤耐性を獲得する(④)

【細胞はストレスを受けるとストレスに対する抵抗性を高めるメカニズムが存在する】
細胞には様々なストレスに対抗するメカニズムが存在します。その一つが、熱ショックタンパク質ストレスタンパク質分子シャペロンと言われるタンパク質群です。
熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein: HSP)とは、細胞が高い温度(40℃以上)にさらされるなどストレスを受けると誘導されてくるタンパク質です。熱によるタンパク質の変性を抑制して細胞を保護する作用があります。
熱ショックタンパク質は熱だけでなく、グルコース飢餓や虚血や低酸素、活性酸素種による酸化ストレスなどでも誘導されることが明らかになり、細胞が異常なタンパク質を作り出すような病的状態において誘導されるタンパク質ということでストレスタンパク質と呼ばれるようになりました。
さらに、このストレスタンパク質は、折畳み不全の異常なタンパク質の折畳みを正常化する作用があることから「分子シャペロン」と呼ばれるようになりました。シャペロンというのは、社交界にデビューする若いレディにドレスを着せ、舞踏会場まで連れて行く「介添え役」の女性を示すフランス語です。
分子シャペロンとストレスタンパク質は働きとしてはほとんど同じです。平常時に作られて、タンパク質の折畳みを助ける機能をしているものが分子シャペロンで、ストレス下に速やかに誘導されるものをストレスタンパク質と呼んでいます。

栄養飢餓や虚血や低酸素などのストレスによって小胞体に折畳み不全の異常タンパク質が増える状態を小胞体ストレスと言います。これに対して細胞はGRP78という分子シャペロンを増やしたり、タンパク合成を抑制したり、異常タンパク質の分解を促進するなどの方法で小胞体ストレスを軽減するメカニズムを発動します。これを小胞体ストレス応答と言います。

図:低酸素やグルコース枯渇や栄養飢餓状態が起こると(①)、折り畳みに異常をきたした不良タンパク質が小胞体に蓄積する(②)。これを『小胞体ストレス』という(③)。小胞体ストレスに対して細胞はタンパク質の合成を抑制したり、異常タンパク質の分解を促進して小胞体ストレスを軽減する小胞体ストレス応答を引き起こす(④)。さらに、分子シャペロンのGRP78の発現を誘導して、異常タンパク質の折り畳みを助けて、小胞体ストレスを軽減する(⑤)。強い小胞体ストレスが長期に及ぶと、細胞はアポトーシスによる細胞死を起こす(⑥)。

さらに細胞には、抗酸化酵素や解毒酵素の発現を誘導することによって、活性酸素や有毒物質による害から細胞自身を守る手段や仕組みが備わっています。


例えば、細胞内で活性酸素の発生量が増えると、細胞は活性酸素を消去する酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオン・ペルオキシダーゼなど)の発現や活性を高めたり、フリーラジカルを消去するグルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化物質の合成を高めたりして、活性酸素の害(酸化ストレス)を軽減しようとします。
放射線治療も抗がん剤治療も活性酸素の産生を高めます。しかし、がん細胞は細胞に備わった抗酸化システムを利用して酸化ストレスを軽減し、酸化還元バランスを維持し、細胞死から免れようとします。
また、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)などのフェースII(第2相) 解毒酵素と言われる代謝酵素は、様々な発がん物質や有害物質を無毒化する作用があります。



細胞が活性酸素や発がん物質や有害な成分(抗がん剤や放射線も含む)によって攻撃を受けると、これらの活性酸素消去酵素や抗酸化物質(グルタチオンやチオレドキシン)やフェースII解毒酵素が細胞内に誘導され(遺伝子発現が増えたり産生量が増える)、細胞を守るシステムが働きます。


このような細胞内の防御システムの活性化に中心的な働きを行っているのがNrf2(Nuclear factor erythroid 2-related factor 2)という転写因子です。

転写因子というのは特定の遺伝子の発現(DNAの情報を蛋白質に変換すること)を調節している蛋白質です。
抗酸化酵素やグルタチオンの産生に関する酵素やフェース2解毒酵素の遺伝子の発現調節領域には、抗酸化反応エレメント(antioxidant response element:ARE)という領域があって、この部分にNrf2が結合するとこれらの遺伝子の転写が促進されるのです。
(下図)。


図:Keap1-Nrf2システムは酸化ストレスや有害物質に対する防御機構において重要な役割を担っている。転写因子のNrf2は細胞質でKeap1によって分解が促進されることによって活性が抑制されている(①)。酸化ストレスが加わると、Keap1の構造が変化してNrf2から離れ、フリーになったNrf2が核内に移行して(②)、抗酸化酵素や解毒酵素の遺伝子の上流に存在する抗酸化剤応答配列ARE(antioxidant response element)に結合し(③)、これらの遺伝子の発現を亢進する(④)。その結果、放射線や抗がん剤に対する抵抗性が亢進する(⑤)。放射線や抗がん剤は、活性酸素の産生を高め(⑥)、細胞の酸化傷害を引き起こして、細胞増殖を抑制し、細胞死を誘導する(⑦)。酸化ストレスを軽減するために転写因子のNrf2の活性を亢進し、スーパーオキシド・ディスムターゼ(SOD)やカタラーゼやグルタチオン・ペルオキシダーゼなどの活性酸素消去酵素やグルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化物質の産生を高めて、活性酸素による害(酸化ストレス)を軽減している(⑧)。この抗酸化システムの亢進によって、がん細胞は放射線や抗がん剤に抵抗性になる。

【ストレスが強く長期に及ぶと、細胞はアポトーシスを誘導する】
細胞にストレスが起こると、それを軽減し耐えるような応答が起こって、恒常性を維持して生きようと必死に抵抗します。しかし、ストレスの状況が強く長期に及ぶと、恒常性維持機能や抵抗力も限界を迎えて、死(アポトーシス)を選びます。
がん細胞は、正常な細胞に比べてストレスの多い状況で生きています。それは、低酸素や低グルコースや異常タンパク質の蓄積や活性酸素の産生増加などによって細胞内でストレスの高い状況が起こっているのです。
ストレスの代表が小胞体ストレス酸化ストレスです。増殖活性の高いがん細胞ほど、小胞体ストレスと酸化ストレスが高い状態にあります。

細胞内で折り畳み不全の異常タンパク質が増えて細胞にストレスを引き起こすことを「小胞体ストレス」といい、小胞体ストレスを軽減するための細胞応答が「小胞体ストレス応答」といいます。
小胞体ストレスと酸化ストレスをがん細胞に特異的に高めることによってがん細胞を選択的に死滅させようという治療法が注目されています。

図:細胞は様々なストレスや細胞傷害によって(①)恒常性維持機構が破綻すると死滅する(②)。これに対して、小胞体ストレス応答や抗酸化システムやプロテオソームにおけるタンパク質分解(オートファジー)などのメカニズムで細胞内ストレスに対して応答し(③)、恒常性を維持することによって生存を保っている(④)。がん細胞は低酸素や低グルコースや異常タンパク質の蓄積や活性酸素の産生増加によってストレスや細胞傷害を受けている(⑤)。これに対してがん細胞は小胞体ストレス応答や抗酸化システムやプロテオソームの働きなどでストレスを軽減しているが、これらの阻害すると(⑥)、細胞内ストレスの増強によって細胞死が誘導される(⑦)。

抗がん剤治療や放射線治療は、がん細胞に小胞体ストレスや酸化ストレスを高めて死滅させます。これに対して、がん細胞や小胞体ストレス応答や抗酸化システムを亢進して対抗します。
このがん細胞の抵抗(小胞体ストレス応答や抗酸化システム)を阻害すると、抗がん剤治療や放射線治療の効果を高めることができます。

図:抗がん剤や放射線照射はがん細胞に小胞体ストレスや酸化ストレスを高める(①)。これに対して、がん細胞は小胞体ストレス応答や抗酸化システムやプロテオソームによるタンパク質分解(オートファジー)などのメカニズムで抵抗するが、これらのストレス応答をがん細胞に選択的に阻害することもできる(②)。ストレス応答を阻害するとがん細胞の細胞傷害が亢進し(③)、アポトーシス(細胞死)を誘導できる(④)。

【Nrf2はがん細胞のストレス抵抗性獲得に重要な働きを担っている】

細胞が活性酸素や発がん物質や有害な成分(抗がん剤や放射線も含む)によって攻撃を受けると、活性酸素消去酵素や抗酸化物質(グルタチオンやチオレドキシン)やフェースII解毒酵素が細胞内に誘導され(遺伝子発現が増えたり産生量が増える)、細胞を守るシステムが働きます。
このような細胞内の防御システムの活性化に中心的な働きを行っているのがNrf2という転写因子です。

ヒトの肺がんなど多くの固形腫瘍でNrf2機能の異常亢進が見つかっています。そして、Nrf2の活性が高いと治療に抵抗性で予後が不良であることが報告されています。


Nrf2は解毒酵素、抗酸化タンパク質、薬剤排出トランスポーターなどの遺伝子を統括的に活性化することにより、がん細胞の抗がん剤耐性と放射線耐性をもたらします。さらに、Nfr2はグルコースやグルタミンの代謝を変化させて細胞増殖に有利な同化反応を促進します。

Nrf2はがん細胞のペントースリン酸経路を活性化して、核酸とNADPHの産生を増やすことで細胞増殖を亢進します。NADPHはグルタチオンの合成にも必要です。


多くのがん細胞では、酸化ストレスの有無とは関係なくNrf2の発現量と活性が亢進しています。その理由は、RASやMYCなどのがん遺伝子がNrf2を活性化しているからです。
Nrf2の活性を抑制するKeap1の遺伝子変異によってNrf2が活性化する場合も見つかっています。
恒常的に安定化したNrf2は酸化ストレスや抗がん剤/放射線治療に対する抵抗性を増強し、さらに積極的に細胞増殖を促進することになります。
抗がん剤治療や放射線治療によって活性酸素が増えると、がん細胞はさらにNrf2の量を増やして抵抗性を獲得してきます。
小胞体ストレスの亢進もNrf2の活性を高めます。
また、Nrf2活性はがん幹細胞で亢進しています。Nrf2は活性酸素のレベルを低下させ、小胞体ストレスを軽減し、がん幹細胞の自己複製能などの幹細胞の性状の維持に重要な働きを担っていると考えられています。


このようにNrf2の活性化はがん細胞が治療に対する抵抗性を獲得するメカニズムとして重要です。したがって、がん細胞のおけるNrf2の機能阻害は、抗がん剤治療の有効な戦略となります。 実際、解糖系とNrf2活性を阻害する2-デオキシグルコース(2-DG)はがん幹細胞の性状のマーカーの発現を抑制することが報告されています。



 

図:酸化ストレスと小胞体ストレスはNrf2をリン酸化する(①)。リン酸化したNrf2は遺伝子の抗酸化剤応答配列ARE(antioxidant response element)に結合して(②)、抗酸化酵素や解糖系酵素の遺伝子の発現を亢進し、ペントース・リン酸経路や分子シャペロン発現を亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制する(③)。これらの応答は、ワールブルグ効果(解糖系の亢進とミトコンドリアでの酸化的リン酸化の抑制)とがん幹細胞の性状の維持を促進する(④)。がん細胞におけるNrf2活性の亢進はがん患者の予後不良と関連する(⑤)。

【転写因子Nrf2はペントースリン酸経路を亢進する】
活発に増殖するがん細胞では同化反応が活性化されています。同化とは高分子の物質を合成することです。細胞が分裂して数を増やすには、新たな細胞成分を合成して増やす必要があります。細胞を構成するさまざまな物質の生合成が亢進しており、グルコースやグルタミンなどの栄養分が大量に消費されています。

転写因子Nrf2は生体における酸化ストレス応答において重要な役割をはたしていますが、さらにNrf2はペントースリン酸経路の酵素の遺伝子や、NADPHの産生に関与する酵素の遺伝子を直接的に活性化することが明らかになっています。また、核酸の新規合成に関与する酵素の遺伝子の発現にも関与してます。
つまり、Nrf2は同化反応を促進します。

増殖シグナル伝達系のPI3K-Aktシグナル伝達経路の活性化状態がNrf2の核への蓄積を促進し、さらに、Nrf2とPI3K-Aktシグナル伝達経路とが相互の活性を増強しあうという正のフィードバックの関係があることも示されています。
がん細胞においてNrf2はストレス応答能の増強にくわえ同化反応を促進し、さらに増殖シグナル自体の増強をもたらすことでがんの悪性化の駆動力となっているものと考えられています。
したがって、Nrf2活性の阻害はがん細胞の増殖を抑制します。

【2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンはがん細胞特異的にNrf2活性を阻害する】
Nrf2の転写活性を介した抗酸化酵素や解毒酵素の発現にはグルコースの供給が必要であるという報告があります。

Glucose availability is a decisive factor for Nrf2-mediated gene expression.(グルコースの供給がNrf2を介した遺伝子発現のための決定的な要因である)Redox Biol. 2013 Jun 21;1(1):359-65.

この論文では、スルフォラファンでNrf2を活性化する方法や、Nrf2を阻害するKeap1遺伝子を機能欠損させる方法(遺伝子ノックアウト)でNrf2の活性を亢進する方法で実験しています。
Nrf2を活性化するとグルコースの取込みが増え、ペントースリン酸経路でのNADPHの産生が増えることが示されています。

そして、グルコースの供給や取込みを阻害するか、あるいはペントースリン酸経路を阻害してNADPHの産生を阻害すると、Nrf2を介した遺伝子発現が抑制され、抗酸化酵素や解毒酵素の発現が抑制されることが示されています。
つまり、糖質制限やケトン食や2−デオキシグルコースなどで、がん細胞におけるグルコースの取込みやペントースリン酸経路を抑制する方法は、グルコースの取込みが亢進しているがん細胞に選択的にNrf2の活性を阻害できる可能性があります。

メトホルミンががん細胞のNrf2活性を抑制して抗腫瘍作用を示すことが明らかになっています。
ペントースリン酸経路を抑制する発酵小麦胚芽エキスもNrf2活性の抑制に有効です。


図:放射線照射や抗がん剤はがん細胞の活性酸素の産生を高め(①)、細胞増殖抑制や細胞死誘導を引き起こす(②)。がん細胞はNrf2の活性を亢進し(③)、活性酸素消去酵素や抗酸化物質の産生を増やすことによって活性酸素種を消去し、酸化ストレスを軽減している(④)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とメトホルミンと発酵小麦胚芽エキスのAvemarはNrf2の活性を阻害する作用が報告されている(⑤)。   

【2-デオキシ-D-グルコースはがん細胞に小胞体ストレスを引き起こす】
がん細胞の性質は多様で不均一ですが、ほとんどのがん細胞に共通しているのは、エネルギー産生(ATP産生)をミトコンドリアにおける酸素呼吸(酸化的リン酸化)ではなく、細胞質における解糖系に依存していることです。これはワールブルグ効果(Warburg effect)として知られています。
解糖系阻害剤の一つが、代謝されないグルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)です。

2-DGはグルコースと同じトランスポーター(輸送担体)で取り込まれるので、細胞内の取込みの段階でグルコースの拮抗阻害剤として作用します。
細胞内では、ヘキソキナーゼによってリン酸化されて、2-デオキシグルコース-6リン酸(2-DG-6リン酸)に変換されますが、この2-DG-6リン酸は解糖系の先の代謝系には進めない(ヘキソキナーゼの先の解糖系酵素で代謝できない)ので、細胞内に蓄積します。
蓄積した2-DG-6リン酸は解糖系酵素のヘキソキナーゼとグルコースリン酸イソメラーゼをフィードバックで阻害する作用があり、取り込まれたグルコースの解糖系やペントースリン酸回路での代謝を阻害し、ATPやNADPHや核酸の産生を低下させます。
さらに、2-DGはタンパク質のN-グリコシル化(N-glycosylation)を阻害するので小胞体ストレス応答を誘導します。

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHがHに変わっているグルコース類縁物質で、グルコースと同様にグルコーストランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる(①)。ヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)になるが、それから先の解糖系酵素では代謝できないので細胞内に蓄積する(②)。蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック的に阻害するので、グルコースの解糖系での代謝を阻害してATP産生を阻害する(③)。2-DGはペントースリン酸経路(PPP: Pentose Phosphate Pathway)を阻害して核酸合成を阻害する(④)。さらにNADPHの産生を低下させ、抗酸化力を低下させて酸化ストレスを高める(⑤)。2-DGは小胞体でのタンパク質のN-グリコシル化(糖鎖の結合による修飾)を阻害し、折り畳みの不完全な異常タンパク質(unfolded protein)を増やして小胞体ストレスを引き起こす(⑥)。酸化ストレス亢進に対して、がん細胞はチオレドキシンやグルタチオンなどの抗酸化システムを亢進して細胞死に抵抗性を示す(⑦)。小胞体ストレスに対しては、シャペロンタンパク質の合成亢進などの小胞体ストレス応答を亢進して、細胞死に抵抗性を示す(⑧)。

2-デオキシグルコース、メトホルミン、ジスルフィラム、オーラノフィンは小胞体ストレス応答や抗酸化システムやオートファジーを阻害することによってストレス応答を阻害します。さらに、異常タンパク質や活性酸素の蓄積を亢進して小胞体ストレスと酸化ストレスを亢進します。これらを組み合せてがん細胞内のストレスを増強し、ストレス応答による恒常性維持機構を破綻させると、がん細胞を死滅できます(下図)。

図:がん組織内ではがん細胞は低酸素や低グルコースによるストレスを受け、さらに抗がん剤や放射線もがん細胞にダメージを与える(①)。その結果、がん細胞は異常タンパク質や活性酸素種の産生増加と蓄積によって、小胞体ストレスと酸化ストレスを受ける(②)。これに対して、がん細胞は小胞体ストレス応答や抗酸化システムやプロテアソームにおけるタンパク質分解(オートファジー)などのメカニズムで細胞内ストレスに対して応答して、生存を維持しようとする(③)。このバランスが崩れて、小胞体ストレスおよび酸化ストレスが増強すると、細胞傷害の増大によって細胞死(アポトーシス)が起こる(④)。2-デオキシグルコース、メトホルミン、ジスルフィラム、オーラノフィンは小胞体ストレス応答や抗酸化システムやオートファジーを阻害することによってストレス応答を阻害する(⑤)。さらに、異常タンパク質や活性酸素の蓄積を亢進して小胞体ストレスと酸化ストレスを亢進する(⑥)。がん細胞内のストレスを増強し、ストレス応答による恒常性維持機構を破綻させると、がん細胞を死滅できる。

【イベルメクチンはPI3K / Akt経路とERK-MAPK経路を阻害する】
細胞の増殖は、増殖因子受容体が細胞外ドメインで増殖シグナルを受け取ることから始まります。 
細胞内で機能している多数のシグナル伝達経路の中で、がん細胞の増殖と生存で最も重要なのが、PI3K-Akt経路(生存シグナル経路)ERK-MAPK経路(増殖シグナル経路)です。 
細胞膜の増殖因子受容体にリガンド(増殖因子)が結合し2量体化すると、PI3Kのリン酸化活性からAktのリン酸化を通して、アポトーシス(細胞死)の誘導を阻害します。(PI3K-Akt経路) 
増殖因子による刺激は、低分子量G蛋白質Rasを経由して、Raf→MEK→ERKとリン酸化反応するMAPK経路(MAPKカスケード)によりシグナルが伝達されます。活性化したERKは最終的に核へ移行し、転写因子が活性化され、細胞増殖関連の遺伝子が発現します。(ERK-MAPK 経路)

図:チロシンリン酸化型受容体にリガンド(増殖因子や成長因子)が結合し2量体化すると(①)、受容体がリン酸化されて活性化する(②)。受容体が活性化されるとPI3Kのリン酸化活性からAktがリン酸化されて活性化する。これをPI3K/Akt経路という(③)。一方、受容体の活性化は、低分子量G蛋白質Rasを経由して、Raf→MEK→ERKとリン酸化反応するMAPK経路(④)によりシグナルが伝達される。PI3K/Akt経路とMAPK経路の活性化は、最終的に核の転写因子の活性化を介して、がん細胞の増殖や転移を亢進し、アポトーシスに抵抗性(死ににくくなる)の性質を持つようになる(⑤)。

Aktはセリン/スレオニンキナーゼです。多くのシグナル伝達経路のネットワークの中心的存在で、下流の幅広いターゲット分子や相互作用分子を介してさまざまな細胞内反応を引き起こします。
Aktは、CDK阻害因子のp21及びp27に対する直接作用や、サイクリンD1 (Cyclin D1) 及びp53のレベルに対する間接的な作用によって細胞周期と細胞分裂を調節するとともに、mTORとp70 S6キナーゼ経路に対する効果を通じて細胞増殖を促進します。
Aktは、BadやForkheadファミリーの転写因子のようなアポトーシス促進性のシグナルを直接阻害することによって、細胞の生存を促進します。

イベルメクチンはPAK1阻害によってRASやPI3K/Akt経路などによる増殖シグナル経路と生存シグナル経路を阻害します
イベルメクチンはSTAT3経路の阻害に加えて、Akt/mTORC1経路やWnt/βカテニン経路も阻害します。(674話参照)

 

図:低分子量Gタンパク質のRASは細胞外のさまざまな刺激(チロシンキナーゼ受容体やサイトカイン受容体やカルシウムチャネルなど)を受けて細胞増殖や生存を促進するRAFキナーゼ(Raf-1)やPI-3キナーゼ(PI3K)など多数のシグナル伝達系を活性化する(①)。p21活性化キナーゼ(PAK-1)はRacおよびCdc42のような低分子量GTPaseによって活性化される(②)。PAK-1はRasシグナル伝達系の主要な経路であるRaf-1/MEK1/ERK経路(③)とPI3K/AKT経路(④)を活性化する。さらに、PAK-1はβ-カテニンをリン酸化してWNT/β-カテニン経路を活性化する(⑤)。このように、PAK-1は複数のシグナル伝達系の制御に関与し、がん細胞の増殖と転移を促進する(⑥)。寄生虫治療薬のイベルメクチン(Ivermectin)はPAK-1とWNT/β-カテニン経路を阻害する作用によって、抗腫瘍作用を発揮する(⑦)。

【発酵小麦胚芽エキスはペントースリン酸経路を阻害してがん細胞の抗酸化力を低下させる】
ペントースリン酸経路とは、解糖系の中間体のグルコース6リン酸から分岐し、同じく解糖系の中間体 グリセルアルデヒド3リン酸に戻る経路(回路)です。解糖系と同様に細胞質に存在する経路で、補酵素の一つであるNADPHを産生し、核酸の原料となるリボース5リン酸などの5単糖 (ペントース) を産生します(下図)。

図:解糖系は1分子のグルコースが2分子のピルビン酸に分解される過程で2分子のATPが産生される(①)。グルコース6リン酸から派生するペントースリン酸経路では、還元剤のNADPHが2分子産生され、グルタチオン還元や脂肪酸合成など還元力を必要とする生合成反応に使われる(②)。さらに、核酸合成の材料になるリボース5リン酸が産生される(③)。がん細胞ではグルコースの取込みが増え、解糖系とペントースリン酸経路が亢進して、細胞分裂のためのエネルギー(ATP)と物質合成(核酸、脂肪酸、NADPHなど)が亢進している。

NADPHは還元剤です。脂肪酸やステロイドの合成、抗酸化物質のグルタチオンやチオレドキシンの還元剤として使用されます。
解糖系はATPを産生します。ペントースリン酸経路はATP産生には関与せず、核酸の原料や還元剤(NADPH)の産生を行っています。
細胞が増殖するにはエネルギー(ATP)だけでなく、核酸や脂肪酸などの物質合成や、酸化ストレスを軽減する還元剤の需要も増えます。したがって、がん細胞では、解糖系とペントースリン酸経路が亢進しています。

発酵小麦胚芽エキス(Avemar)はグルコースの取り込みと解糖系と乳酸産生を阻害し、ペントースリン酸経路を阻害して、物質合成と抗酸化力を低下させ、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を亢進します。その結果、がん細胞のワールブルグ効果を是正して、エネルギー代謝と物質合成を正常化する作用があります(下図)。

図:がん細胞はグルコースの取り込みと解糖系が亢進し(①)、乳酸産生が亢進している(②)。さらにペントース・リン酸経路が亢進し、核酸やアミノ酸や脂肪酸やNADPHの合成が亢進している(③)。ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている(④)。発酵小麦胚芽エキス(Avemar)はグルコースの取り込みと解糖系と乳酸産生を阻害し(⑤)、ペントースリン酸経路を阻害して、物質合成と抗酸化力を低下させ(⑥)、ミトコンドリアの酸化的リン酸化の抑制を阻害(=酸化的リン酸化を亢進)する(⑦)。その結果、がん細胞のワールブルグ効果を是正して、エネルギー代謝と物質合成を正常化する。

したがって、がん細胞に酸化ストレスを高める方法は発酵小麦胚芽エキスの抗腫瘍効果を高めることができます。逆に言うと、がん細胞の酸化ストレスを高める「がんの酸化治療」に発酵小麦胚芽エキスを追加すると有効性を高めることができるということになります。

【ジクロロ酢酸ナトリウムと2-デオキシグルコースはペントースリン酸経路を阻害する】
ピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してミトコンドリアを活性化するジクロロ酢酸ナトリウムがペントースリン酸経路を阻害することが報告されています。以下のような論文があります。

Inhibition of the pentose phosphate pathway by dichloroacetate unravels a missing link between aerobic glycolysis and cancer cell proliferation(ジクロロ酢酸によるペントースリン酸経路の阻害は、好気性解糖とがん細胞増殖との間の失われた関連を明らかにする)Oncotarget. 2016 Jan 19; 7(3): 2910–2920.

【要旨】
がん細胞は酸素の存在下でも解糖によるグルコースの発酵を行っており、これはワールブルグ(Warburg)効果と呼ばれている。このワールブルグ効果は、がんの治療法の開発において魅力的なターゲットになっているがん細胞に共通の特徴である。
本研究は、がん細胞における代謝、エネルギー貯蔵および増殖速度の間の関係を分析することを目的とした。6つのがん細胞株において、DNA合成量によって評価した細胞増殖能は、解糖の効率と相関することを見出した。
解糖と増殖の関係をさらに調べるために、ペントースリン酸経路の薬理学的阻害を使用した。
我々は、ペントースリン酸経路の活性の低下ががん細胞の増殖を減少させ、その作用はワールブルグ効果の代謝が強いがん細胞ほど大きな影響を及ぼすことを実証した。 ペントースリン酸経路の最初の律速酵素であるグルコース-6-リン酸脱水素酵素に対するsiRNAを用いて阻害する実験で、がん細胞の増殖を維持する上でのペントースリン酸経路の重要な役割が確認された。
さらに、ジクロロ酢酸が、がん細胞の解糖系優位の代謝からミトコンドリアでの酸化的リン酸化を亢進するように代謝を変換させ、それに応じて増殖能が減少することを見出した。
ジクロロ酢酸がペントースリン酸経路の活性を低下させたことを実証することにより、ジクロロ酢酸ががん細胞の増殖を制御する新しいメカニズムを提供する。

正常細胞では解糖と酸化的リン酸化が連動して働き、ATPを産生しています。
がん細胞では解糖と酸化的リン酸化が連動していません。解糖の最終産物のピルビン酸は乳酸に変換され、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されています。
増殖する細胞にとっては、エネルギー産生と物質合成を両立させるためにはグルコースの取込みを亢進し、解糖系とペントースリン酸経路を亢進する必要があります。
ジクロロ酢酸はミトコンドリアの酸化的リン酸化を促進し、その結果、解糖系とペントースリン酸経路を抑制する結果になります。つまりジクロロ酢酸と2−DGで解糖系とペントースリン酸経路を抑制すると、ATP産生と物質合成を低下させて、がん細胞の増殖を抑制できます。(下図)

図:2−デオキシ-D-グルコース(2-DG)はヘキソキナーゼ(HK)で2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)に変換される(①)。2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)を阻害して解糖系とペントースリン酸経路を阻害する(②)。ジクロロ酢酸ナトリウムは、ピルビン酸脱水素酵素を活性化してピルビン酸からアセチルCoAの変換を亢進する(③)。その結果、ミトコンドリアでの代謝を亢進し、解糖系とペントースリン酸経路を阻害する。ペントースリン酸経路の阻害はNADPHの産生を低下させ、還元力を必要とする生合成反応(グルタチオン還元、脂肪酸合成など)を抑制する(④)。NADPHの産生抑制はグルタチオンやチオレドキシンの還元を阻止して、抗酸化力を阻害する(⑤)。このように解糖系とペントースリン酸経路の同時阻害は、エネルギー産生や物質合成や抗酸化システムを阻害してがん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する。

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