がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
603)がんの『水素ガス吸入療法』(その1):水素はがん微小環境をターゲットにする

図:がん組織にはがん細胞だけでなく、がん細胞の周囲の間質組織には炎症細胞や免疫細胞や線維芽細胞や血管などが存在して「がん微小環境」を形成している(①)。がん関連線維芽細胞や炎症細胞などからサイトカインや増殖因子が産生され(②)、がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進している(③)。水素ガスは免疫細胞を活性化してがん細胞の排除を促進し(④)、がん細胞のシグナル伝達系に作用して増殖・転移を抑制する作用がある(⑤)。さらに、抗炎症作用と抗酸化作用によって炎症性サイトカインや増殖因子の産生を阻害し、血管新生を抑制する(⑥)。このように、水素ガス吸入は免疫細胞、がん細胞、がん微小環境の3つのターゲットに作用して、がん細胞の増殖を抑制し、がん性悪液質を改善し、がん患者の生活の質(QOL)を良くする効果がある。
603)がんの『水素ガス吸入療法』(その1):水素はがん微小環境をターゲットにする
【高濃度で長時間の水素ガス吸入はがんを縮小する】
近年、水素分子(H2)の医療応用の研究が急速に進んでいます。虚血再還流障害や急性肺障害や神経変性疾患や潰瘍性大腸炎などの様々な動物疾患モデルでの実験や、2型糖尿病やメタボリック症候群など人間における臨床試験において、水素分子の有効性が示されています(下図)。
図:水素ガス治療は、日本人の3大死因の悪性腫瘍、心血管疾患、脳血管疾患をはじめ、患者数の多い糖尿病、メタボリック症候群、慢性呼吸器疾患、肺炎、アルツハイマー病などの認知症、パーキンソン病、腎炎・ネフローゼ、抗がん剤や放射線治療の副作用、自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患、精神疾患(双極性障害や統合失調症など)など、数多くの疾患や病態の治療において有効性が報告されている。
がん治療においても、水素ガス吸入の有用性は多くの研究によって支持されています。抗がん剤の副作用軽減効果や、抗炎症作用によるがん性悪液質の軽減効果、抗腫瘍免疫の増強効果、直接的ながん細胞増殖抑制効果などが指摘されています。
水素ガスは抗酸化作用や抗炎症作用だけでなく、細胞内および細胞間のシグナル伝達系にも作用して、がん細胞の増殖や細胞死の制御に関わっていることが明らかになっています。
水素ガスの抗がん作用の最初の研究報告は1975年のScienceに掲載されています。
この研究では、マウスの皮膚に紫外線を照射して扁平上皮がんを誘発させました。9匹の担がんマウスを無作為に3匹づつの3群に分け、それぞれ対照群、ヘリウムガス群および水素ガス群としました。
対照群は通常の気圧と酸素濃度の条件で、ヘリウムガス群は2.5%酸素と97.5%ヘリウムの混合ガスを充満させて高圧チャンバー(8.3気圧)内で飼育し、水素ガス群は2.5%酸素と97.5%水素の混合ガスを充満させた高圧チャンバー(8.3気圧)内で飼育しました。
その結果、水素ガス群のマウスでは10日間の暴露によって腫瘍組織の黒色化、縮小または消滅が観察され、さらに6日間の暴露によって、がん組織の寛解が見られました。
再現性を確認する実験を3匹のマウスを用いて10日間行い、水素ガス群のマウスでは最初の試験と同様の結果が得られました。この結果は腫瘍部位の病理検査でも確認されました。
一方、対照群およびヘリウムガス群のマウスでは、腫瘍の持続的な増殖が観察されました。
つまり、高濃度の水素ガスを高圧の条件で生体に投与すると、がん細胞が死滅するという研究結果です。
しかし、高気圧で高濃度の水素ガスの条件でがん治療を行うのは、特殊な施設が必要です。高圧チャンバー内に長時間滞在するのは、多くの末期がんの患者さんに使用するには現実的ではありません。
高圧にしなくても、高濃度で長時間の水素ガス吸入でも、腫瘍の縮小や症状の改善は期待できるようです。
末期がんの患者に対する水素ガスの有効性評価を、熊本県玉名地域保険医療センターの赤木純児医師らが行っています(第20回日本統合医療学会・ポスター発表2016年)。
ステージ4のがん患者さん37人に対して1日当たり1〜2時間の水素ガス(66%水素+33%酸素、1.6L/分の供給量)の吸入を2〜3ヶ月間行っています。
その結果、水素ガス吸入により約32%の奏功率が得られました。
また、水素ガスと吸入量と奏功率の相関を見ると、吸入回数が多くなるにつれて奏功率が高くなる傾向が認められると報告されています(下表)。
がん細胞の表面にPD-1に結合するPD-L1が存在し、がん細胞を排除するリンパ球のT細胞のPD-1に結合するとT細胞からの攻撃にブレーキをかけます。このようなメカニズムを免疫チェックポントと言います。
前述の赤木医師らは、がん患者さんの水素ガス吸入前と一定期間の水素ガス吸入前と一定期間の水素ガス吸入後のT細胞の表面のPD-1の発現を調べています。その結果、水素ガス吸入によってPD-1を発現したT細胞の減少とPD-1を発現しないT細胞の増加を認めています。
この結果は、水素ガス吸入によるがん退縮効果に免疫学的な機序が関与している可能性を示唆しています。
【水素は生体にとって理想的な抗酸化物質】
私たちが呼吸によって取り込んだ酸素がエネルギーを産生する過程で スーパーオキシド・ラジカル(O2-)という活性酸素が発生します。ふつうの酸素分子は16個の電子の持っていますが、スーパーオキシド・ラジカルは17個の電子をもっており、そのうち1個が不対電子になりフリーラジカルとなるのです。
スーパーオキシド・ラジカルは体内の消去酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ)によって過酸化水素(H2O2)に変わり、過酸化水素はカタラーゼやグルタチオン・ペルオキシダーゼという消去酵素によって水(H2O)と酸素(O2)に変換され、無毒化されます。
しかし、スーパーオキシドや過酸化水素の一部は鉄イオンや銅イオンと反応して、ヒドロキシルラジカル(・OH)が発生します。本来、鉄や銅などの遷移金属は蛋白質を結合して存在しますが、がん組織や炎症が起こっている部位ではこれらの遷移金属はイオンの形で存在するようになり、これら遷移金属イオンが触媒となって、大量のヒドロキシラジカルが産生されるようになるのです。
ヒドロキシルラジカルも一つの不対電子をもっており、その酸化力は活性酸素のなかで最も強力で、細胞を構成する全ての物質を手当たりしだいに酸化して障害を起こします。
また、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)によって炎症細胞から産生される一酸化窒素(NO)とスーパーオキシド・ラジカル(O2-)が反応すると、ペルオキシナイトライト(・ONOO2-)という酸化力の強いフリーラジカルが発生します。ペルオキシナイトライトは炎症疾患における組織の酸化障害や発がん促進の原因となります。
水素ガスはヒドロキシルラジカルとペルオキシナイトライトを消去することによって、炎症における組織の酸化傷害を阻止します。(下図)
図:酸素呼吸によってエネルギーを産生する過程や酵素反応や炎症などで、酸素(O2)が1電子還元されて スーパーオキシド(O2-)が発生する(①)。スーパーオキシドは体内の消去酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ)によって過酸化水素(H2O2)に変わり(②)、過酸化水素はカタラーゼやグルタチオン・ペルオキシダーゼという消去酵素によって水(H2O)と酸素(O2)に変換されて無毒化される(③)。スーパーオキシドや過酸化水素の一部は鉄イオンや銅イオンと反応して、ヒドロキシルラジカル(・OH)が発生する(④)。さらに、誘導型一酸化窒素合成酵素によって炎症細胞から産生される一酸化窒素(NO)とスーパーオキシドが反応すると、ペルオキシナイトライト(・ONOO2-)という酸化力の強いフリーラジカルが発生する(⑤)。水素ガスはヒドロキシルラジカルとペルオキシナイトライトを消去して、酸化障害を阻止する。
体内で発生する活性酸素は、体の構成成分を酸化することによって、老化を促進し、動脈硬化性疾患やがんなど多くの疾患の原因となっています。また、慢性関節リュウマチや潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患や慢性炎症性疾患では、組織の炎症によって産生される活性酸素が疾患の進行や増悪を引き起こしています。
したがって、活性酸素の害を取り除くことは、老化関連疾患や慢性炎症性疾患の治療に有効です。
しかし、活性酸素には体に必要な「善玉」もいて、全ての活性酸素を消去すると体の機能に悪影響を及ぼす可能性もあるというジレンマがありました。
その点、水素は活性酸素の中でも体の組織や細胞にダメージを与える「悪玉活性酸素(=ヒドロキシルラジカルやペルオキシナイトライト)」だけを消去し、善玉の活性酸素の働きを妨げないことが明らかになっています。
しかも極めて小さいので体内のどこにでも容易に浸透できます。例えば、水素ガス(H2)の分子量は2ですが、ビタミンCの分子量は176、ビタミンEは431、コエンザイムQ10は863という大きさで、水素ガスの数十倍から数百倍の大きさです。
水素ガス以外の抗酸化物質は分子量が大きいことや脂溶性や水溶性のどちらかの性質を持つため、体の中で働ける場所が限定されます。一方、水素ガスは小さいので、血管が閉塞していても組織に浸透して働き、血液脳関門も容易に通過できるので、脳内にも到達して抗酸化作用を発揮します。
このように、水素ガスは生体にとって「理想的な抗酸化物質」と言えます。
【水素ガスは多彩な機序で抗がん作用を発揮する】
水素ガス(分子状水素:molecular hydrogen)はヒドロキシルラジカルを選択的に消去したり抗酸化酵素を誘導する作用(抗酸化作用)、炎症性サイトカインの産生抑制や炎症性の転写因子の抑制などの抗炎症作用、細胞の増殖シグナル伝達系への作用、血管新生阻害作用などによってがん細胞の発生や進展を抑制する作用があります。
抗がん剤や放射線治療の副作用(腎臓障害や間質性肺炎など)を軽減する効果も報告されています。
さらに、水素ガスは様々な炎症性疾患(自己免疫疾患など)や神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病など)、呼吸器疾患、循環器疾患、糖尿病、腎障害など多くの疾患に対して治療効果を示すことが報告されています。
例えば、水素ガスが、その抗酸化作用と抗炎症作用によって関節リュウマチの治療に有効である可能性が指摘されています。次のような論文があります。
Molecular Hydrogen: New Antioxidant and Anti-inflammatory Therapy for Rheumatoid Arthritis and Related Diseases.(分子状水素:関節リュウマチと関連疾患に対する抗酸化と抗炎症作用の新しい治療)Curr Pharm Des. 19: 6375–6381. 2013年
【要旨】
関節リュウマチは関節の進行性の破壊を引き起こす慢性炎症性疾患である。この疾患は動脈硬化のリスクが高く、心疾患の進行が死因になることも多い。関節リュウマチの治療の目標は全身性の炎症状態を軽減し、症状の寛解だけでなく、全身の健康状態を良くすることである。
炎症性サイトカインの働きをターゲットにした最近の生物学的免疫抑制治療は関節リュウマチの治療効果を高め、予後の改善に寄与しているが、これらの治療はその作用固有の副作用を有している。また、この病気の早期診断も困難である。
関節リュウマチの発症原因はまだ十分に解明されていないが、この病気の成り立ちに活性酸素種が重要な関与をしていることが指摘されている。
NF-κBとTNF-αのシグナル伝達系において、活性酸素種は重要な役割を果たしている。
活性酸素種には幾つかの種類があるが、このうち炎症性疾患の成立ちに重要なのがヒドロキシルラジカルであり、分子状水素(H2)はこのヒドロキシルラジカルを選択的に消去する。
このように、水素は患者の酸化ストレスを軽減するので、関節リュウマチの通常の治療に水素治療を併用することはメリットがあることが最近の研究で示されている。特に、病気の早期の段階では、水素は有効な治療効果を有している。
水素の投与が炎症や酸化ストレスを軽減し、関節リュウマチの治療に有用な効果を与える可能性を考察する。水素は関節リュウマチやこれに関連する動脈硬化の発生や進行を抑制し、関節リュウマチの治療法としての有用であることを考察した。
関節リュウマチは自分の免疫細胞が自己の成分を攻撃するという自己免疫機序で発生します。炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1、IL-6など)や活性酸素や炎症性ケミカルメディエーター(プロスタグランジンE2など)などの産生を増えて慢性炎症が起こります。そのため、これらの炎症過程を抑制することが治療に効果を発揮します。
関節の炎症部位では、好中球やマクロファージなどの炎症細胞から活性酸素が産生され、これらの活性酸素(特にヒドロキシルラジカル)が組織を破壊します。
分子状水素(水素ガス)は慢性炎症において組織破壊の主要な原因であるヒドロキシルラジカルを消去するので、関節リュウマチの症状の軽減に有効であると考えられています。
またヒドロキシルラジカルや炎症性サイトカインは動脈硬化を促進するので、関節リュウマチの患者は心血管疾患のリスクが高くなります。
日頃から水素を摂取しておくことは、関節リュウマチの症状の緩和だけでなく、動脈硬化の進行を抑制して死亡リスクを減らす効果もあるということです。
また、日頃からヒドロキシルラジカルの発生を抑制し、酸化ストレスを軽減しておけば、自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患の発症を予防できる可能性もあります。
水素ガスはヒドロキシラジカルの消去だけでなく、細胞の遺伝子発現やシグナル伝達にも影響する作用が報告されており、病気の予防や治療における可能性が高いことが指摘されています。
【がんは治ることのない創傷】
がん細胞を死滅させるのではなく、がん間質の細胞に作用して炎症性サイトカインの産生や血管新生を阻害することによって抗腫瘍効果を得ることができます。
つまり、自己免疫疾患(膠原病)の治療に炎症細胞や血管内皮細胞や線維芽細胞の働きを抑制することが有効なのと同様に、がん組織に存在する炎症細胞や血管内皮細胞や線維芽細胞の働きを抑制するとがん細胞自体の増殖や転移も抑制できることが明らかになっているのです。
がん細胞は増殖や生存に関連する遺伝子の異常によって、増殖の制御が壊れたために「無制限に増殖する」ようになった細胞です。がん細胞は無限の「自律増殖能」を持つのが特徴であるため、がん細胞だけで増殖や転移が可能と思われるかもしれません。しかし、がん細胞だけでは生存も増殖も転移もできません。
がん細胞が生存し増殖していくためには、がん細胞に酸素や栄養を与える血管や、生存や増殖を支持する因子を産生する線維芽細胞や炎症細胞の存在が必要です。転移するためには、ケモカインやケモカイン受容体や増殖因子などの働きが必要です。
がん組織は、がんの実質細胞である「がん細胞」とそのがん細胞を養う「間質組織」の相互作用によって成り立ちます。間質組織には血管やマクロファージなどの炎症細胞や結合組織を作る線維芽細胞などが存在し、これらの細胞ががん細胞の生存や増殖を維持するために様々な働きを行っています。
図:がん組織はがん細胞だけでなく、間質に存在する様々な正常細胞から構成されている。がん細胞の増殖や転移は、がん細胞と間質細胞の相互作用によって決められる。がん細胞だけでは増殖も転移もできない。血管内皮細胞や炎症細胞や線維芽細胞や骨髄由来細胞など様々な細胞ががん細胞の増殖や浸潤や転移に関わっている。血管新生の阻害、免疫細胞の活性化、炎症細胞や線維芽細胞の働きの阻害、結合組織によるがん細胞の封じ込めなど、正常細胞をターゲットにした様々な治療法を併用することによってがんの治療効果を高めることができる。(参考:Transl Cancer Res. 2013 August 1; 2(4): 309–319のFig1)
正常組織もがん組織も上皮細胞と間質細胞の相互作用によって形態や機能が維持されています。
がん細胞は様々なケモカインや増殖因子を分泌して、血管内皮細胞や炎症細胞や線維芽細胞などの間質細胞をがん組織に動員しています。一方、動員された線維芽細胞やマクロファージやリンパ球も様々な因子を産生・分泌してがん細胞の増殖や浸潤や転移を促進しています。つまり、がん組織内ではがん細胞と間質の細胞の相互作用によって増大や転移が制御されているのです。(下図)
図:がん細胞は、間質の炎症細胞(マクロファージなど)や線維芽細胞や血管によって生存や増殖が維持され刺激されている。がん細胞と間質細胞は密接に相互作用を行うことによってがん組織は増大する。したがって、がん治療においてより効果的な抗腫瘍効果を得るためには、がん細胞と同時に、間質の細胞もターゲットにすることが重要。
がん組織におけるがん細胞と間質細胞の関係は、「種子(seed)と土壌(soil)」の関係に似ています。種子は土壌の条件が良くなければ育ちません。同様に、がん細胞は間質の条件が悪ければ増殖も転移もできません。
植物がよく育つように畑を耕したり肥料をやるのと同様に、がん組織の間質の細胞はがん細胞が育つように環境を整える働きをしているのです。
本来は宿主のためにがん細胞に立ち向かわなければならないのに、がん細胞に操られて、がん細胞の味方になっていると言えます。これが、間質細胞をターゲットにしたがん治療が有効な理由です。
正常組織は異物や病原菌の侵入を受けると炎症反応を起こして異物や病原菌を排除し、ダメージを修復すると、炎症反応は収束します。
自己免疫疾患(膠原病)の場合は、免疫系の異常によって自己の成分を自分の免疫細胞が攻撃するため、炎症反応が慢性化し、その結果、組織のダメージが持続し、さらに炎症が悪化するという悪循環を形成しています。そのため、自己免疫疾患の治療は、基本的には免疫抑制作用のある薬や抗炎症作用のある薬が主体になります。
がんは「治ることのない創傷」(Tumors are “wounds that do not heal.”)という考えがあります。がん細胞は正常組織を浸潤してダメージを与え、組織修復と炎症反応が持続し、いつまでたっても収束しない状況です。慢性炎症と同様に、炎症が収束せず、永遠に創傷治癒過程(=炎症反応)が続いている状態と同じということです。
がん細胞は正常な間質細胞を自分の都合の良いように操るハッカー(他人のコンピューターに侵入して制御したり破壊する人)だという考え方もあります。つまり、がん細胞自身の増殖や生存を維持するために正常細胞を動員してがん細胞の増殖に有利な間質組織を作っています。
したがって、がん細胞が消滅するまで、間質細胞のがん細胞支配は続きます。しかし、このがん組織の間質における慢性炎症状態を正常化すると、あるいはがん細胞と間質細胞の相互作用を断つと、がん細胞の増殖や生存を阻害できる可能性があります。
つまりこれが、自己免疫疾患のような慢性炎症の治療ががん治療に使える理由になります。
水素ガスは関節リュウマチなどの慢性炎症性疾患の治療に効果が示されています。がん治療においても、水素ガスの抗炎症作用は、がん組織の微小環境に作用して、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果が期待できます。
さらに、がん組織の炎症状態を抑制することは、発熱や食欲低下や体重減少や抑うつや倦怠感などの症状の改善にも有効です。つまり、水素ガス吸入は、炎症性サイトカインやプロスタグランジンE2の産生抑制作用によって、生活の質(QOL)を良くする効果もあるのです。(下図)
図:がん組織内では、がん細胞やマクロファージやリンパ球などによって、慢性炎症が起こっており、活性酸素や炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、TNF-α)の産生が増え、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)が誘導されてプロスタグランジンE2(PGE2)の産生が増えている。これらの因子は、がん細胞の増殖や血管新生を促進し、抗腫瘍免疫を抑制する。さらに、発熱や食欲低下や体重減少や抑うつや倦怠感などの症状を引き起こす。水素ガス(H2)は抗炎症作用によって、がん細胞の悪化を抑制し、症状を改善してQOL(生活の質)を高める効果がある。
【がんとの共存を目指すがん代替療法の3つのターゲット】
がん治療の目標の一つに「がんとの共存」があります。がん細胞を消滅できなくても、増殖を抑えることによって、症状を改善し、延命ができます。
がん細胞の増殖を抑えて共存を目指す手段としては、①がん細胞に直接作用させる方法、②体の免疫力や抵抗力や治癒力を高める方法、③がん細胞の増殖に影響するがん微小環境に作用する方法の3つが考えられます。
標準治療では、がん細胞のみをターゲットにしています。手術や抗がん剤治療や放射線治療はがん組織のみをターゲットにした治療法です。
標準治療では、体力や免疫力や治癒力、あるいはがん組織の微小環境をターゲットにした治療法は乏しいと言えます。したがって、がんの補完・代替療法では、これらの2つをターゲットにした方法が重要になります。
例えば、漢方治療は胃腸の状態を良くして栄養状態を良くし、組織の血液循環や新陳代謝を高めて免疫細胞が活性化しやすい状態にします。免疫増強作用を有するβグルカンとサポニンや精油成分は相乗効果によって免疫力を高めます。
アダプトゲン(adaptogen)という言葉は、ハーブや薬草を使う伝統医療や自然療法において、様々なストレスに対する体の適応能力や抵抗力を高める効果がある薬草や薬草由来成分を指す用語として使用されています。がん治療においては、手術や抗がん剤や放射線などの治療によって多大な身体的ダメージを受け、さらに、不安や心配などによる精神的ストレスの負担が増えるので、心身の適応能力や抵抗力を高めるアダプトゲンは役に立ちます。
さらに近年、がん組織の線維芽細胞や炎症細胞や血管やリンパ管や結合組織などの「がん微小環境」が、がん細胞の増殖や転移や悪性化進展などに重要な役割を果たすことが明らかになっています。
がん細胞の増殖や浸潤や転移といった生物学的な特性は、細胞の遺伝子異常のみで決定されるものではなく、がん細胞のおかれた微小環境や間質細胞との相互作用の強い影響下にあるのです。
【間質の細胞ががん細胞の増殖や転移に影響する】
がん組織はがん細胞と間質から構成されます。間質(Stroma)は基質とも言い、正常な臓器や組織の場合は、その臓器や組織に固有の細胞(粘膜上皮細胞や肝細胞など)に対し、それらの間に入り込む結合組織や血管や神経や線維芽細胞などを言います。
がん組織の場合は、がん細胞以外の結合組織やその中に存在する炎症細胞や免疫担当細胞や線維芽細胞や血管やリンパ管などからなる部分が間質になります。そしてこのようながん組織の間質は、がんを取りまく特徴的な微小環境を構築しており、「がん微小環境」と言われます。
がん細胞と間質は種(seed)と土壌(soil)の関係と同じで、土壌が悪ければ種は育たないのと同じで、がん細胞の増殖や転移に間質(=がん微小環境)が重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
すなわち、がんの増殖・浸潤・転移のしやすさは、がん細胞自体のもつ特性のみならず、がん細胞と微小環境との相互関係が深く関わっているのです。
例えば、がんの増殖や転移には、腫瘍血管の新生が極めて重要で、炎症細胞から産生される増殖因子などが血管新生を促進しています。また、がん間質中の線維芽細胞はがん関連線維芽細胞(Cancer associated fibroblasts: CAFs)と呼ばれ、血管新生を促進したり、がん細胞の増殖や浸潤や転移などに関与することが知られています。
このがん関連線維芽細胞は正常組織の線維芽細胞とは異なる性質を持っていて、がん細胞の増殖を助ける働きがあります。例えば、がん細胞を正常な線維芽細胞を混ぜて移植しても腫瘍を形成しないのに、がん関連線維芽細胞と一緒に移植すると腫瘍を形成するという実験もあります。これは、がん細胞とがん関連線維芽細胞の両者の間で液性因子(増殖因子やサイトカンや化学伝達物質など)を介した相互作用や、細胞間の接触や細胞成分の移動を介した相互作用などががん細胞の増殖や転移や悪性化に大きな影響を及ぼしていることを示しています。
このようながん微小環境(がんの間質)をターゲットにしたがん治療(Tumor stroma-directed therapy)も検討されています。
がん細胞は遺伝子変異が起こり薬剤耐性や悪性化進展が起こるので、薬が効きにくくなりますが、がん細胞の増殖や転移を促進するがん関連線維芽細胞や腫瘍血管は遺伝子的に安定なので、薬剤に対する感受性は変わらないという利点があります。
炎症細胞やがん関連線維芽細胞が産生する増殖因子や炎症性サイトカインやフリーラジカルやプロスタグランジンなどの伝達物質などの産生を阻害し、がん細胞を取りまく環境を変えることによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移や悪性進展を防ぐことも可能です。
この目的において、水素ガス吸入療法は有効です。
がんの治療戦略においては、がん細胞だけをターゲットにするのではなく、がんの間質と体全体の治癒力も重要です。水素ガス吸入療法は「免疫力や治癒力を高める効果」、「がん細胞に直接作用する効果」、「抗炎症作用などのがん微小環境に作用する効果」の3つをターゲットにして、抗腫瘍効果を発揮します。
« 602)がんの酸... | 604)がんの『... » |