136)Angiopreventionと漢方薬

図:がん組織が成長するためには血管新生(血管が新たに作られること)が必要。血管新生(Angiogenesis)を抑えることができれば、がん組織の成長や転移を防ぐことができる。血管新生を抑制してがんの発生や再発を防ぐ概念をAngiopreventionという。生薬や薬草はAngiopreventionに役立つ成分の宝庫と言える。

136)Angiopreventionと漢方薬

Angiopreventionとは】
食事の内容によってがんの発生率が変化することはよく知られています。食品成分の中には、発がんを促進するものや抑制するものがあり、発がんを促進する食品(動物性脂肪や赤身の肉など)を減らし、発がんを抑制する食品(野菜、果物、豆、魚油など)を多く摂取することが、がん予防のための食生活の基本になります。
食品成分から発がん予防に効果がある成分が多く見つかっています。例えば、野菜や果物に含まれるフラボノイド(ケルセチンなど)、お茶のエピガロカテキン・ガレート、ウコンのクルクミン、ブドウの皮のレスベラトロールなどがあります。
これらの成分ががん予防効果を発揮するのは、これらが抗酸化、免疫増強、抗炎症、血管新生阻害、がん細胞の増殖抑制・アポトーシス誘導などの薬効を有するからです。
がん予防に関連する作用を持つ物質を、食品や薬草などから見つけてがん予防剤として開発する研究が行なわれています。このようながん予防効果を持つサプリメントや医薬品を使って積極的にがんの発生を予防する方法にケモ・プレベンション(Chemoprevention:化学予防)と言います。「Chemo」は「化学」、「Prevention」は「予防」という言う意味で、化学薬品を使ってがんを予防するという概念です。
このがん化学予防の領域ではアンジオプレベンション(Angioprevention)という概念が提唱されています。決まった日本語訳はありませんが、「アンジオ(Angio)」は「血管」の意味ですので、直訳すると「血管予防」ということになりますが、正確には「血管新生阻害によるがん予防」という意味です。イタリアのAdriana Albini博士らによって提唱されています。

【血管新生を阻害すればがんは成長できない】
Angiopreventionの根拠は、「血管ができなければ腫瘍は数mm以上に成長したり、他の部位に転移することはできない」という事実です。
細胞が生きていくためには、酸素や栄養素が絶えず供給されなければなりません。毛細血管から酸素や栄養素が拡散して細胞に届く距離は数百μmmと言われています。つまり、血管ができなければ、がん組織は1~2mm以上の大きさには成長できないのです。酸素や栄養素が届かないと細胞は死ぬからです。また、血管ができなければ、転移も起こりません。
がん細胞は増殖するために、自らを養う血管を作る必要があります。すなわち、細胞が酸素不足になると、がん細胞自らが、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの血管を作るために必要な増殖因子を産生して、腫瘍組織を養う血管を作ろうとするのです。これを血管新生(angiogenesis)と言います。

がん細胞が腫瘍血管を新しく作るために、まず、がん細胞は血管内皮細胞増殖因子を分泌して、近くの血管の内皮細胞の増殖を刺激します。さらに周囲の結合組織を分解する酵素を出して増殖した血管内皮細胞をがん組織の方へ導き、血管の内腔を形成する因子を使って新しい血管を作っているのです。

このような血管新生に関わる様々な成長因子やシグナル伝達物質の働きを阻害してやると、がん組織を養う新生血管ができず、がんの成長を抑えることができるのです。

がん治療後に腫瘍の血管新生を阻害する薬を早期から使用すれば、残ったがん細胞の増殖を抑制して再発を防ぐことになります。がんが大きい場合もで、がん細胞を殺す抗がん剤治療などと併用すれば、抗腫瘍効果を高めることができると考えられています。


【血管新生阻害は副作用の少ないがん治療になる】
がん細胞を死滅させることを目的とする抗がん剤治療では、正常細胞にもダメージが及ぶので、辛い副作用が避けられません。
一方、血管新生阻害をターゲットにした治療は、通常の抗がん剤治療と比べて副作用が少ないのが特徴です。
血管新生阻害剤の副作用が少ない理由は、健常な成人においては、体の中で血管が新生する必要はないからです。
血管新生には正常(生理的)なものと病的なものがあります。生理的な血管新生は、妊娠初期(胎盤形成や胎児の発生過程)、創傷治癒過程(手術後やケガ)、虚血部位周囲での側副血行路の形成(心筋梗塞や閉塞性動脈硬化症など)で起こります。
一方、病的な血管新生は、炎症部位(慢性関節リュウマチ、糖尿病性網膜症、乾癬など)とがん組織で起こっています

したがって、血管新生阻害作用を有する薬は、妊娠初期や手術後や虚血性心疾患や閉塞性動脈硬化症など生理的血管新生が必要な場合には使用できませんが、このような状況でなければ、理論的には、体の機能に対する影響は無いということになります。

【漢方薬はAngiopreventionに適している】
血管新生阻害作用を持つ医薬品が開発され、がん治療に使われています。
たとえば、ベバシズマブ(商品名アバスチン)はVEGF(血管内皮細胞増殖因子)に対するモノクローナル抗体で、VEGFの働きを阻害することによって血管新生を阻害します。抗がん剤治療と併用することによって、生存期間や奏功率などの抗腫瘍効果を高める効果が臨床試験で確かめられています。

再発リスクが高いがんの治療後に使えば、理論的には、再発予防効果が期待できます。しかし、副作用もいろいろとあるので、アバスチンのような医薬品を再発予防の目的で使用するには問題があります。
また、血管新生には多くのプロセスが関与しているので、VEGFだけをターゲットにするより、血管新生に関与する他の因子も一緒に阻害すると血管新生阻害作用をさらに強くすることもできるという意見もあります。
例えば、炎症に関与する転写因子のNF-κBシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の活性を抑制すると血管新生阻害作用が高まることが報告されています。
野菜や果物や生薬やハーブなどから血管新生阻害作用を有する成分が多く見つかっています。それらの成分の作用機序は様々で、VEGFやNF-κBやCOX-2の働きを阻害する成分も数多く見つかっています。
例えば、ウコンに含まれるクルクミンや、緑茶に含まれるエピガロカテキン・ガレート(EGCG)、野菜や果物に含まれるフラボノイドのケルセチン、ブドウの皮に含まれるレスベラトロール、アシュワガンダのウィザフェリンA(Witharferin A)などには、NF-κBやCOX-2の働きを阻害して炎症や血管新生を抑える効果が報告されています。
このような成分を組み合わせることによって、副作用が少なく効果的なAngiopreventionが達成できるのではないかと期待されています。血管新生阻害作用をもった様々な生薬を組み合わせた漢方薬も、angiopreventionに非常に適している方法と言えます。

【Angiopreventionに有用な生薬および成分】
漢方薬に使われる生薬から血管新生阻害作用を有する成分が見つかっています。血管新生の過程そのものを抑えるものや、血管新生を促進する要因となる炎症を抑えるものなどが知られています。
以下のような生薬や、生薬由来の成分のサプリメントを組み合わせるとAngiopreventionの効果が高まると思います。

半枝蓮(ハンシレン)
半枝蓮(ハンシレン) (Scutellaria barbata)は中国各地や台湾、韓国などに分布するシソ科の植物です。アルカロイドやフラボノイドなどを含み、抗炎症・抗菌・止血・解熱などの効果があり、中国の民間療法として外傷・化膿性疾患・各種感染症などに使用されています。抗がん作用も経験的に知られており、がんの漢方治療でも使用する頻度が高い生薬です。
半枝蓮の抗腫瘍作用については、培養がん細胞や動物実験を使って多くの研究が報告されており、さらに最近は、人間での臨床試験も実施されるようになりました。米国では進行乳がん患者に対する半枝蓮の効果が検討され、有効性を示唆する結果が得られています。(詳しくはこちらへ)
半枝連ががん細胞を殺す作用機序として、がん細胞のエネルギー産生に必要な解糖系酵素を阻害する作用が報告されています。
さらに血管新生阻害作用についても報告されています。

黄ごん(オウゴン)
黄ごんはシソ科のコガネバナ(Scutellaria baicalensis)の周皮を除いた根で、漢方薬の代表的な清熱薬(解熱・抗炎症作用)の一つです。半枝蓮と同じScutellaria属の生薬で、漢方では呼吸器、消化器、泌尿器などの炎症や熱性疾患に幅広く使用されています。
黄ごんはフラボノイド類(バイカリン・バイカレイン・オーゴニンなど)を多く含みます。黄ごんに含まれるフラボノイドには、抗炎症作用・抗菌作用・抗ウイルス作用・抗アレルギー作用・プロスタグランジン生合成阻害作用・抗腫瘍作用・肝障害予防作用などの多彩な薬理作用が報告されています。(黄ごんの抗がん作用についてはこちらへ)
オウゴンのフラボノイドにはがん細胞や炎症細胞における転写因子のNF-κBを阻害する作用、抗酸化作用、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)活性阻害作用などが報告されています。 
これらの作用は、炎症に伴う血管新生を阻害する効果になります。
バイカリン・バイカレイン・オーゴニンなどオウゴンに含まれるフラボノイドが血管内皮細胞に直接働きかけて血管の新生を阻害する作用も、培養細胞や動物を使った実験で示されています。
オウゴンに含まれるフラボノイドは炎症を血管新生の両方に対して阻害作用を示すので、がんの治療や再発予防に効果が期待できます。

生姜(ショウキョウ)
がん予防の代表的食品と言われるショウガ(生姜)は、そのがん予防の機序として抗炎症作用が重要です。漢方では生姜は「ショウキョウ」と呼びます。
ショウガに含まれるジンゲロールやショウガオールという物質は、アラキドン酸を代謝してプロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンを合成するシクロキシゲナーゼやリポキシゲナーゼという酵素を阻害する働きを持っています。特にプロスタグランジンは炎症を引き起こし、血管新生を促進する作用があります。つまり、ショウガはプロスタグランジンの産生を抑制することによって炎症を抑え、炎症に伴う血管新生を抑制する効果があります。

鬱金(ウコン)
ウコン(Curcuma longa)はインドや東南アジアなど熱帯地方に生えているショウガ科の植物です。
昔から薬草としても使われており、利胆(胆汁の分泌促進)、芳香性健胃薬の他に止血や鎮痛を目的に漢方処方にも配合されます。肝臓の解毒機能を強化し、二日酔いの防止にも効果があります。最近では、胃腸病や高血圧などの幅広い効用も認められるようになりました。
ウコンの主成分であるクルクミンは胆汁分泌を促し、脂肪の消化吸収を助ける作用があり、肝臓の解毒作用を強化する働きがあります。強い抗酸化作用と同時に、NF-kBという転写因子の活性化を阻害することにより、炎症や発がんを促進する誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)やシクロオキシゲナーゼー2(COX-2)の合成を抑えてがんの発生を予防したり、がん細胞を死にやすくするなどの効果が最近の研究で明らかにされがん予防物質として注目を集めています
このような作用は、炎症に伴う血管新生を抑制する効果となります。

青蒿(セイコウ)に含まれるアルテミシニン誘導体
青蒿(セイコウ)は強力な解熱作用があり、中国ではマラリアの治療に古くから使用されていました。青蒿はartemisia annuaという植物です。artemisiaとはヨモギのことで、青蒿はキク科ヨモギ属の植物です。英語ではsweet Annieやwormwoodと呼ばれ、和名はクソニンジンとかカワラニンジンと呼ばれています。_その解熱成分の アルテミシニン(artemisinin) とその誘導体(アルテスネイト、ジヒドロアルテミシニンなど)は マラリア の特効薬として薬品として開発されています。このアルテミシニン誘導体にはがん細胞を死滅させる効果や血管新生阻害作用が報告されています。
アルテスネイト(Artesunate)には、抗がん剤に耐性になったがん細胞の抗がん剤感受性を高める効果があることが報告されています。抗がん剤治療にArtesunateを併用すると、抗がん剤の抗腫瘍効果を高める可能性が示唆されています。
日本で流通している生薬の青蒿(セイコウ)はartemisia annuaとは別の植物で、アルテミシンは含まれていないようです。アルテミシン製剤はサプリメントや医薬品(抗マラリア薬)として販売されています。青蒿を煎じて服用するよりアルテミシニン製剤を利用した方が良いと言えます。(詳細はこちらへ)

ジインドリルメタン
ブロッコリーやケールなどのアブラナ科の植物や野菜には抗がん作用のある成分が多く含まれていますが、その代表的な成分がGlucobrassicin(グルコブラシシン)です。
グルコブラシシンは加水分解してインドール-3-カルビノール(Indole-3-carbinol)になり、さらに胃の中の酸性の条件下では、インドール-3-カルビノールが2個重合したジインドリルメタン(3,3'-diindolylmethane, DIM)になります。ジインドリルメタンは消化管から容易に吸収され、体中の臓器や組織に移行することが知られています。
ジインドリルメタン(DIM)には乳がんや前立腺癌をはじめ、多くのがん細胞の増殖を抑え、細胞死(アポトーシス)を誘導する効果が報告されています。
転写因子のNF-κB活性を阻害することによって、がん細胞の抗がん剤感受性を高めることが乳がんや膵臓がんで示されています。
さらに、がん組織の血管新生を阻害する作用も報告されています。
ジインドリルメタンはサプリメントとして欧米で販売されています。(詳しくはこちらへ)

アシュワガンダ:
アシュワガンダ(Ashwagandha)は、インドやネパールや中東などの乾燥地帯に自生するナス科の常緑樹で、高さは1~2mほどに成長し、5cm~10cmほどの葉を1年中付けています。学名をWithania somnifera Dunalといいます。最近、日本でも栽培されるようになり、野菜やお茶として販売されるようになりました。

約5000年の歴史を誇るインドの伝統医学アーユルヴェーダ(Ayurveda)では、強壮・強精薬や若返り薬として用いられてきました。様々な効能があり「アーユルヴェーダの女王(Qeen of Ayurveda)」とも呼ばれています。アシュワガンダとはサンスクリット(インドの古典語)で馬という意味を持ち、これを摂取すると馬のような力が得られるということからアシュワガンダと呼ばれるようになりました。
アシュワガンダの根は朝鮮人参と同じような滋養強壮作用があることから、インド人参(Indian Ginseng)とも呼ばれています。体力と抵抗力の増強、若返りや寿命を延ばす効果が経験的に知られていますが、動物や人間での研究でもそのような効果が確かめられています。
近年の科学的研究によって、アシュワガンダの根や葉には、抗酸化作用、抗炎症作用、免疫調整作用、抗ストレス作用、滋養強壮作用、造血能増強作用、などを示す薬効成分が多数見つかっています。
さらに、がん予防効果や抗がん作用も報告され、がん治療への利用も言及されるようになりました。ナス科の薬草には抗がん作用をもったものが多く、アシュワガンダもその一つです。
動物実験の研究ですが、アシュワガンダが抗がん剤や放射線治療の効果を高め、副作用を軽減することや、がん細胞を死滅させる直接的な抗がん作用が報告されています。
アシュワガンダの代表的成分のウィザフェリンA(Witharferin A)に強力な血管新生阻害作用が報告されています。 (アシュワガンダについてはこちらへ

漢方薬の血管新生阻害作用は西洋薬に比べると弱いのですが、副作用が少なく、血管新生過程の複数のターゲットに作用して効果を発揮する点が特徴です。
血管新生や炎症を抑える漢方薬が、手術や抗がん剤治療後の再発予防の目的で有用な理由は、Angiopreventionの考え方から理解できます。


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