年金生活貧乏爺さん放浪記

定年して早8年が経ちました貧乏生活で宮沢賢治の「雨にも負けず」を生活の指針にして老春謳歌していきたい

    

がんと闘った息子と妻に「ありがとう感謝」

2020年06月25日 | つぶやき

久しぶりの投稿です

 タイトルの

がんと闘った息子と妻に「ありがとう感謝」

についてのつぶやきです

  ブログ投稿を休止していたのは私の長男が 神経鞘腫という特殊ながん、現在医学ではまだ治療方法が確立していない

稀少がんを発症し投稿する気力もなく、パソコンに向かうこともできませんでした

   発病から2年半手当の甲斐なく本年6月10日天国に旅立ちました

     親より先に死ぬのは親不孝

 とよく言いますが発病後共に過ごした2年数か月、自分の病気の泣き言や弱音を吐かず常に親を心配させまいと気丈に

  ふるまい死の恐怖戦っていた気配り思いやりの息子の孝行に感謝しています

   息子本人が病名を聞き治癒が困難と知ったとき

     死ぬことは覚悟したでも、今はまだ死にたくないもう少し時間が欲しい

 その言葉を聞き何があっても一緒に過ごし一日一刻を後悔しないようにしようと妻と誓いました

   息子のがんは左足腰部付近座骨神経にできた腫瘍で患部を切除の8時間に及ぶ大手術

  でした術後先生からの患部のがんはすべて取りましたとの説明に安堵

   しかし足の太い神経を切断し歩行機能を失い回復しないとの説明に車いす生活を覚悟しました

  息子は私たちに少しでも迷惑をかけまいと必死にリハビリに励み

    左足に装具をつけて松葉づえを両手に自力歩行するまでになりました

  病院の先生、市役所の担当者の皆さんのご助力で身体障害者に認定していただきました

   術後再発防止のためコバルト治療を受けましたが、効果なく患部近くにがんが再発し再び外科手術

   を受けました結果はがんの消えることはなく3度大きくなってきた患部再発に

    現在の先進医療

      粒子線放射

    の治療を受け、終えた後の患部は黒く焼けたような皮膚は大きく窪み痛々しく見るに堪えない

    状態となりそれでも癌細胞が消えることなく生き続ける憎き悪性がん

     日が過ぎ窪み部分が膨れてきて回復の兆しと期待もつかの間皮膚が膨らみ触ればこぶのようなものができ

    て外科では成すすべもなく抗がん剤投与の選択を余儀なくされました

      抗がん剤は何種類もの抗がん剤を順次投与する流れで最初の抗がん剤で

        脱毛、食欲なしあらゆる副作用

     効果がないのであればもう止めてあげたい気持ちでいたとき

      4種類目の抗がん剤説明の時

       息子が先生に

         薬に効果があるか効果がないを見るために、将来僕と同じ病気で苦しむ 

         人のためになるのであれば僕で臨床実験してください

           僕も家族が同じがんになるかもしれないし

      と先生からの提案に悩む時間なく即答した

      当然自分のがんに効果を期待したのであろうが、未来の治療のために役立てるのであれば

      との返答に親として息子の行動に涙した

     2年半息子とともに病気と闘う中で親子の絆一緒に過ごせた日々に感謝している

      息子への感謝とともに息子の傍らで手となり足となり看病した妻に感謝です

     手だてのない患部の腫瘍左臀部に大きく膨れカリフラワーのようにもこもこした

     腫瘍が裂け悪臭を放ち匂いを辛がる息子のためすこしでも匂いを抑えるため

      毎日何回もガーゼを取り換え、がんの痛みはあらゆる鎮痛剤(麻薬)を投与しても

     激しい痛みを訴える本当につらい試練、挙句の果て肺にがんは転移していた

       息子が

       僕こんな罰受けるような何か悪いことした?

        と泣きながら痛みを耐えていた

      大学病院でも治療の手だてがなく家近くの病院の緩和治療で痛みを和らげるだけ

      しか手立てなく

        痛さの緩和でモルヒネを投与しても痛さが勝り、寝ることができず殆ど寝れない日々

       妻は息子のそばで痛いところをさするしかない

         不思議なもので妻が手でやさしくさすることで安らぐのか寝息が聞こえるときが

          ある治療法に『手当』という言葉があるがまさにこれが手当

       と思った

         先生から今日?明日?何時亡くなってもおかしくない状態です

       との説明を受けた予期せぬ告知に私は嘆き悲しんだそのことを妻に告げると

         私は分かっていたと・・・・・妻は前日からすでに死期を感じたようです

         それでも1週間息子は痛みと闘いがんばってくれた

        妻が毎日息子に寄り添い痛みをさすり看病の息子は母の看病疲労の限界を知ってか

       近しい親戚がそろったときに静かに息を引き取りました

         若くして死に至った息子を思うと辛い悲しい事実より

       

            僕こんな罰受けるような何か悪いことした?

            と泣きながら痛みを耐えていた

        

        痛みから、やっと解放されたことの安堵共に病気と闘った親子の絆と思い出を

        作ってくれた息子との思い出を大切にしていきたい  

          最後にこの死が息子が希望した未来の医療に何かの礎となってくれればと願います

           妻の息子への愛とやさしさ長い間子供をささえてきた看病に感謝

          息子と妻に『ありがとう感謝』の言葉を送ります

                  最後までありがとうございました

                          

     

          

     

     

      

  

 

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